第356話 飲ませて! 抱かせて! 握らせろ!
じいことコーゼン伯爵は、グンマー連合王国総長アンジェロに報告を済ませると、以前から目をつけていた貴族五人を連れてエリザ女王国に戻った。
コーゼン伯爵がエリザ女王国に連れてきた貴族は、子爵が二人、男爵が三人だ。
この五人は、フリージア王国の負け組、つまり宰相エノー伯爵に組みした外交族である。
大使館へ到着すると、五人は応接室に設えられた暖炉の前に駆け寄った。
「うう……寒い!」
「凍えそうですな!」
「冷えが足から来るのですよ!」
「風がねえ……、身を切るように冷たくて……」
「空の旅は、想像以上に過酷ですな!」
五人は異世界飛行機グースに乗って来た。
どうやら冬空の旅が、よほど体に堪えたようだ。
しかし、五人の表情は明るい。
なぜなら、お役目が回ってきたのだ!
宰相エノー伯爵と神輿に担いでいたポポ第一王子が裏切りによって死亡して以来、かつての第一王子派閥は冷や飯を食うことになった。
領地や給金を削られるのは良い方で、第一王子派閥の貴族たちの中には、命を失った者もいた。
馬車の事故で死亡する者。
急病で亡くなる者。
娼館で娼婦とまぐわっている最中に死ぬという大変不名誉な死を迎えた者もいる。
手を回したのは、もちろんコーゼン伯爵である。
コーゼン伯爵は、エルキュール族を使い第一王子派閥の貴族たちを調べた。
アンジェロに対して反抗を企図した者には密かに死を与え、従順な者には支援を与えた。
アメと鞭を使うことで、第一王子派閥を自然解体に追い込んだのだ。
今回、コーゼン伯爵が、エリザ女王国に連れてきた五人の貴族は、アンジェロに対して反抗する意思がなく、かつ一定の能力を有する貴族である。
五人の貴族は、コーゼン伯爵からの指令を暖炉の前で手をすり合わせながら待った。
「ふう。待たせたのう。楽にしてくれ」
コーゼン伯爵が応接室に入ってきた。
気負わず自然体で五人の貴族に声をかける。
だが、ソファーに座る者はいない。
五人とも、暖炉からコーゼン伯爵に向き直り、外交貴族らしい優雅な佇まいを見せる。
顔には柔らかな笑みを浮かべているが、目は真剣だ。
コーゼン伯爵は、五人の様子を観察し満足すると仕事の説明を始めた。
「我が国とエリザ女王国の状況は、以前、伝えた通りじゃ。エリザ女王国側は、海賊や謀略に対してノラリクラリと逃げるばかりで埒が明かぬ。そこで、埒を明けるのが、我々の仕事じゃ」
五人の貴族が静かにうなずく。
コーゼン伯爵の説明は続く。
「お主らに頼みたいのは、エリザ女王国貴族とのパイプ作りじゃ。舞踏会、狩猟、意見交換……。理由は何でも良い。とにかくエリザ女王国貴族と会いまくるのじゃ」
五人の貴族は、静かに考えを深めた。
外交族貴族である自分たちが、エリザ女王国の貴族たちと会合を持ち、交流を深める。
それは、外交貴族として当然の仕事だ。
だが、社交だけが目的なら、大使や大使館にいる貴族だけで事足りる。
(我々五人に、わざわざ海峡を越えさせた理由はなんだ?)
五人の貴族は、コーゼン伯爵の狙いがわからず内心緊張を高めた。
それでも、リラックスして見える外見を装えているのは、流石である。
「さて、エリザ女王国貴族と交流する目的じゃがのう……。傍系王族を探して欲しいのじゃ」
応接室に、目に見えて緊張が走る。
五人の貴族は、表情を険しくした。
五人の代表格であるランデル子爵が、コーゼン伯爵に質問した。
ランデル子爵は四十過ぎの法衣貴族で、年齢の割に引き締まった体をしている。
白い物が混じった金髪を頭の真ん中で分けて、サイドをカールさせていた。
「傍系王族を探せとお命じですか……。目的をお伺いしても?」
「さて……」
コーゼン伯爵は、質問に答えない。
――これは自分たちに対する最終試験だろうか?
ランデル子爵は、内心身構えながらも、まろやかなテノールで話し続けた。
「エリザ女王国の直系王族を我が国は確保しています。アンジェロ陛下の婚約者であらせられるアリー・ギュイーズ侯爵令嬢です」
「ふむ」
コーゼン伯爵は、いかにもつまらなそうに返事をする。
素っ気ない態度だが、ランデル子爵は気にせずに続ける。
「アリー嬢は、旧メロビクス王大国の有力貴族の孫……。我らフリージア王国貴族とメロビクス王大国貴族を結びつける大切な婚姻であります。そしてアリー嬢は、エリザ女王国女王エリザ・グロリアーナ陛下の異母妹でいらっしゃる。エリザ・グロリアーナ陛下には、未だに子はない。従って、アリー嬢が王位継承権一位のはず」
ランデル子爵は、現状を整理して見せた。
他四人の貴族も、ランデル子爵の言葉にうなずく。
じいことコーゼン伯爵は、片手を上げてランデル子爵の言葉を修正した。
「事実じゃが、アリー様はエリザ女王国に興味はない。王位継承権を放棄しても良いとおっしゃっている」
「それは、アンジェロ陛下がお認めを?」
「アリー様の好きにすれば良いと仰せじゃ。アンジェロ陛下もエリザ女王国に興味はない」
「ふむ。我がグンマー連合王国は巨大ですからな……。まずは、内部の統治に力を注ぎたいと?」
「そうじゃ」
コーゼン伯爵は、片頬だけ笑んで見せた。
ランデル子爵は考える――どうやら、ここまでは合格点らしい。では、傍系王族を探す目的は何だろうかと。
ランデル子爵は、思考を続ける。
「アンジェロ陛下は、エリザ女王国の領土に興味はない。だが、今回のようにエリザ女王国が、我が国の足を引っ張っては困る。その為に、エリザ女王国の傍系王族を探せと……」
「うむ」
ランデル子爵の頭脳は物騒な答えを導き出し、一瞬言葉に詰まる。
だが、ランデル子爵は、何でもなさそうな素振りで爆弾を放り込んだ。
「エリザ女王国でクーデターを起し、エリザ・グロリアーナ陛下を失脚させるおつもりですか?」
じい、ことコーゼン伯爵の顔から表情がストンと抜け落ち、無表情になった。
メラメラと燃える暖炉の火が、コーゼン伯爵の顔を照らす。
しばらく、暖炉で薪がはぜる音だけが応接室に響いた。
五人の貴族は、息苦しさを覚えた。
五人の貴族が外面を繕えなくなった頃、ようやくコーゼン伯爵は口を開いた。
「まあ、そこまでやるかどうかは、あちら次第じゃよ」
コーゼン伯爵の声は、低く、まがまがしさに溢れていた。
誰かがゴクリとツバを呑み込む。
ランデル子爵は、声が震えぬように気を強く保った。
「クーデターを起こさぬでも、我らが焚き付ければクーデターが起るかもしれぬ……と、女王エリザ・グロリアーナ陛下に思わせることが肝心ですな。ですが、ブラフと思われては意味がない。本気でクーデターを起すつもりで当たらねば」
ランデル子爵の言葉を聞いて、じい、ことコーゼン伯爵の顔に笑みが戻った。
どうやら合格らしいとランデル子爵は内心胸をなで下ろす。
「そういうことじゃ。エリザ女王国の王族は、軒並み処刑されているが、生き残りがおるはずじゃ。どこぞの貴族が匿っておろう。なんとか見つけ出し、接触するのじゃ」
「手段は問わぬと?」
「そうじゃ。軍資金は、タップリ用意した。酒を飲ませろ! 女を抱かせろ! 金を握らせろ! 脅し! 懐柔し! 情報を引き出すのじゃ!」
「それは、我ら外交族貴族の得意とするところですな」
ランデル子爵は、優雅な仕草でコーゼン伯爵の命令を受け取った。
だだ、ランデル子爵は、一つ懸念があった。
「しかし、アンジェロ陛下は、このような謀略を嫌がりませんか? 私から見るとアンジェロ陛下は、その……、純粋な所がおありなので……」
「その様な甘さは、もう、無い。何せ戦で沢山死んだからのう。心配無用じゃ」
「わかりました」
「じゃが、この件にアンジェロ陛下もアリー様も関わらせぬ。お二方に汚れ仕事はさせられん。泥にまみれるのは、ワシらの仕事じゃ」
ランデル子爵は、コーゼン伯爵の考えがよく分かった。
庶民や獣人にも人気のある総長アンジェロと旧メロビクス王大国貴族から人気のあるアリー・ギュイーズ侯爵令嬢。
二人は国の看板である。
ゆえにキレイなままであれ。
(どうやら、これから汚れ仕事が、我らの仕事になりそうだ)
ランデル子爵は、コーゼン伯爵に背を向けるとニヤリと笑った。
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