第339話 工事現場の一幕

「昼メシだぞ~! 昼メシだぞ~!」


 工事現場に炊事係の声が響いた。


「やった!」

「昼メシだぞ!」

「さっきから良い匂いがしてたよな!」


 作業員の嬉しそうな声が聞こえてくる。

 みんな工具を放り出して、ワッと炊事場に向かった。

 あっという間に、順番待ちの列が出来る。


 俺、ルーナ先生、黒丸師匠も食事だ。

 他の作業員たちと一緒に列を作る。

 総長だからといって、順番を破ってはいけない。

 食べ物の恨みは恐ろしいのだ。


 今日のお昼ご飯は、オークの焼き肉、野菜スープ、ライ麦入りのパンだ。

 大きめのトレーに山盛りで出てきた。


 シンプルで量が多い。

 非常に男らしいメニューである。


「焼き肉であるな!」


「五日連続だけど美味しい」


「肉体労働ですからね。しっかり食べないと!」


 山盛りの焼き肉をゆっくりと食べていると、王都キャランフィールドから汽車が到着した。

 俺たちが昼メシ中なのを見て、ホレックのおっちゃんが混ざりに来た。


「よう!」


「ホレックのおっちゃん! お疲れ様!」


 ホレックのおっちゃんも入って四人でワイワイと地面に座って食事を取る。

 こうして気取らず、肩の力を抜いて仲間と食事を取る時間は幸せだ。


 仲の悪いドワーフとエルフだが、食事の時は休戦する。

 濃い目に味付けた焼き肉に舌鼓を打つ。


「こうやって外で食うメシはウメエな!」


「そうだね」


「アンジェロの兄ちゃんは王様なんだから、王都に戻って食った方が良くねえか?」


「いいんだよ。ここでみんなと食べた方が色々わかる」


 俺はそういうと、ワーロッタ子爵が連れて来た新人作業員たちの方を指さした。

 新人たちは、ボリュームのある昼メシに大興奮している。


「スゲエ! こんなに食べて良いのか!?」


「魔物の肉って、こんなに旨いんだ!」


「そうだな! 初めて食べたけど、牛や豚と変わらないな」


「何より肉が沢山食べられるのが嬉しいよ!」


 ホレックのおっちゃんが、得心がいったと深くうなずく。


「なるほどな。自分の耳で現場の情報を拾うってわけか!」


「そういうこと。鉄道や道路をドンドン整備するから、現場の声に耳を傾けないと」


「へー! 良い王様だな! もう、一丁前じゃねえか! ガハハ!」


 ホレックのおっちゃんが、バンバン俺の背中を叩く。


「あっ……そういえば、客がまた来たぞ……」


 ホレックのおっちゃんが、嫌そうな顔をした。

 何だろう?


「こら! そこのドワーフ!」


 貴族服を着た態度の悪い中年男が、ホレックのおっちゃんを怒鳴りつけた。

 俺、黒丸師匠、ルーナ先生は、食事をしながら横目で態度の悪い男を観察する。


 見ない顔だ。

 俺と馴染みのない、恐らく新しくグンマー連合に加入した国の貴族だろう。


 ホレックのおっちゃんは、面倒くさそうに中年貴族に返事をした。


「何だよ……。今はメシの最中だぞ!」


「食事よりも、私を案内する方が重要だぞ!」


「知らねえよ!」


「私は騎士爵だぞ!」


 何か面倒臭そうなヤツだなぁ~。

 ホレックのおっちゃんが、心底面倒臭そうに対応しているところを見ると、汽車でも何かあったのだろう。


 俺は小声で黒丸師匠と話す。


「黒丸師匠。どうしましょう?」


「面白そうだから、放っておくのである」


 ひどいなぁ。

 まあ、でもお昼休みの演し物だと思って眺めていよう。


 ホレックのおっちゃんと中年貴族がやり合うのを眺めていると、中年貴族と俺の目が合った。


「オイ! 小僧! アンジェロ陛下はどこだ?」


「えっ!?」


 中年貴族は、尊大な態度で俺をにらみつけた。


 俺の顔を知らないのか!?

 まあ、会ったことがない貴族もいるし、今日の俺は作業員と変わらない格好をしているから、アンジェロ総長と認識されなくても仕方がないが……。


 俺は食事をする手を止めて、呆れて中年貴族の顔を見た。


「プー!」


「クスクス」


 ルーナ先生と黒丸師匠が吹き出した。

 中年貴族がジロリと二人をにらんでとがめる。


「オイ! 貴様ら何がおかしい!」


「アンジェロに何か用?」


「貴様には関係ない! オイ! エルフ! アンジェロ陛下は、どこだ?」


「近くにいる」


「何!?」


 中年貴族はキョロキョロしだしたが、まだ、俺がアンジェロ陛下だと気が付かないようだ。

 ルーナ先生、黒丸師匠、ホレックのおっちゃんは、中年貴族の様子を見てニヤニヤしている。


 俺は中年貴族に声を掛けた。


「アンジェロに何の用ですか?」


「小僧! 貴様には関係ない!」


 ルーナ先生、黒丸師匠、ホレックのおっちゃんが笑い出す。

 中年貴族の顔は、怒りから困惑に変わった。


「何がおかしいのだ?」


「貴殿はアンジェロ少年に用事があるのであるな?」


「そ、そうだ! どんな用事であるか?」


「アンジェロ陛下に直接会って話す!」


「ここで話した方が良いのである」


 黒丸師匠が、盛大にヒントを出す。

 だが、中年貴族は俺の正体に気が付かない。


 食事休憩中の作業員たちも、ニヤニヤしながら中年貴族の出方を待っている。


「その方には関係なかろう!」


「アンジェロに用があるなら、言うのである」


「だから、その方には関係なかろう!」


 ルーナ先生が肩をプルプル振るわせている。

 ちょっとかわいそうだから、そろそろ正体を明かすか。


 俺は食事をする手を休めて、中年貴族に名乗った。


「俺がお探しのアンジェロですよ」


「えっ……」


「ですから、俺がグンマー連合王国総長のアンジェロです」


「ええっ!?」


 中年貴族は、驚いて後ずさりをした。

 周囲がドッと湧く。


「ダーハハハ! あのお貴族様やっちまったな!」


「アンジェロ陛下も人が悪いッスよ!」


「貴族おっさんドンマイ!」


 俺が正体を明かすと、中年貴族は、『ああああああ!』とか『ち、違うのですぞ!』とか意味不明な言葉を口にしていた。


 何が違うのだろうか?

 人は混乱すると、意味のない言葉を発するらしい。


 結局、用件は鉄道誘致だったので、一応話を聞いてお引き取りをいただいた。


 こうして鉄道敷設工事は、色々あるけど順調に進んでいる。

 俺たちの夏は充実して平和に過ぎていった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る