第324話 三度目の人生を異世界で
始祖の神による審判は下された。
既に始祖の神の気配は会場から消え、会場の神々の間に弛緩した空気が漂っていた。
神々は、それぞれの世界に戻る為に席を立つ。
赤獅子族のヴィスは、所在なげにしていた。
自分はこれからどうなるのか、どうすれば良いのか、わからないでいた。
自分は死んだ。
証言をするために生き返ったが、また、死ぬのだろうか?
不安な気持ちを抱えていたのだ。
女神ジュノーが、赤獅子族のヴィスに話しかける。
「ヴィス。協力ありがとう。ヴィスの話があったから勝てたのよ!」
女神ジュノーは、既に気持ちを切り替えていて、サバサバとした態度だ。
赤獅子族のヴィスにとっては初対面の相手だが、目の前に立つ女神ジュノーが主神であることを理解していた。
「あ、いえ……」
「お礼に転生させてあげるわ」
「マジですか!?」
また、生きることが出来る!
ヴィスの心は喜びで満たされた。
女神ジュノーは、地球からの転生者でありアンジェロに協力的なヴィスは何かの役に立つかもしれないと考えていた。
それに、今回の地球の神々との騒動で自分に協力してくれたのだ。
ご褒美があっても良いだろうとも思っていた。
始祖の神は、既にいない。
ヴィスを、そのまま残していた。
つまり、『女神ジュノーの好きにして良い』ということだろうと、女神ジュノーは受け取った。
「転生するのに、何か希望はある?」
「人間にして下さい! もう、獣人は嫌です!」
ヴィスは食い気味に、大声で返事をした。
あまりの勢いに女神ジュノーがたじろぐほどだ。
「俺……、赤獅子族に生まれ変わって、本当になじめなくて……。部族の生活習慣もダメだったし、自分の毛むくじゃらの体も嫌で……」
「あ~、日本にいた時とギャップがありすぎたのね!」
「そうです! だから、次は人間にして下さい! あ、それと赤ちゃんからは、勘弁して欲しいです!」
女神ジュノーが、どこからともなく大きな本を取り出し、立ったままめくりだした。
女神ミネルヴァと神メルクリウスが、大きな本をのぞき込み『あーだ。こうだ』と三人で話し始めた。
やがて、三人は大きな本に書いてるリストの中から一人の人物を指さした。
女神ジュノーがヴィスに告げる。
「あなたの希望に近いのは、十三才の男の子ね。人族の孤児で、もうすぐ病気で死ぬわ。その男の子に、あなたの魂を入れることは出来るわよ。どうする?」
「それで、お願いします!」
「本当に良いの? 人族の何の特徴もない男の子よ? 前みたいに戦闘力はないわよ?」
女神ジュノーの問いかけに、ヴィスは目を伏せてため息をついた。
「普通が一番ですよ。赤獅子族に生まれ変わったら戦争ばかりで……。大勢が死ぬのを見ましたから……」
「そう。なら、この十三才の男の子にしましょう。アンジェロには迎えに行くように言っておくわ」
「ありがとうございます!」
女神ジュノーは、何事かを大きな本に書き込み、腕を振るった。
ヴィスの仮初めの体は消え、魂だけが女神ジュノーの世界へ向けて飛んでいった。
*
キュラキュラ♪
キュラキュラ♪
オオミーヤの街を出発したケッテンクラートが軽快に走る。
ブンゴ隊長が乗り込むケッテンクラートだ。
運転席の副長が、荷台でくつろぐブンゴ隊長に大声で話しかけた。
「隊長! 何で急に出発するんですか?」
「アンジェロ陛下からの指示ッス!」
「でも、もうすぐ日が暮れますよ!」
時間は夕方の四時頃だった。
ブンゴ隊長たちが目的地に到着し、オオミーヤの街に戻ってくる頃には日が暮れているだろう。
ブンゴ隊長は、副長に檄を飛ばした。
「だから、急ぐッス! 子供を保護しろって命令ッスよ!」
「へいへい。それじゃ、飛ばしますよ!」
副長はケッテンクラートのスピードを上げ、目的地の村を目指した。
今日、午後三時頃、キャランフィールドから緊急連絡を携えた異世界飛行機グースが到着した。
緊急連絡はアンジェロからブンゴ隊長への命令だった。
『赤獅子族のヴィスが転生した。指定の場所に急行し、十三才人族の子供を保護せよ』
ブンゴ隊長には、信じられない内容だったが、詳細をグースのパイロットから聞いて納得した。
『女神ジュノー様の思し召しである』
ブンゴ隊長は信心深いわけではないが、人並みに神の存在を信じている。
それに、つい最近、キャランフィールドに女神様たちが顕現したと商人たちが噂しているのを聞いた。
で、あれば……、この命令は冗談や思い込みの類いではなく、本当なのだろう。
先の大戦で活躍し、最期は敵の大将と刺し違えた赤獅子族のヴィス。
彼の生まれ変わりが本当にいるのなら、最優先で保護しなくては……。
ブンゴ隊長は、気を引き締めた。
夕焼けが空を覆う頃、ブンゴ隊長たちは目的の村に着いた。
村はずれに、一人の男の子が立っている。
「あの子ッスね!」
「車を寄せます!」
夕焼けで男の子の顔は見えないが、背は低く、痩せているのが遠目でわかった。
栄養状態が悪いのだろうとブンゴ隊長は判断した。
男の子の前にケッテンクラートが停車する。
ボロの半ズボンと、これまたボロのランニングシャツを着た、ボサボサ髪の男の子は、ケッテンクラートの荷台に乗り込んだ。
「ああ、やっとお迎えが来た! 今日、一日待ったぜ!」
副長や兵士たちは、子供らしからぬ雰囲気の男の子に不審の目を向けたが、ブンゴ隊長はけろっとしている。
「名前を確認してもイイッスか?」
「ヴィスだ。前は赤獅子族だったが、今は普通の人間だよ」
「オッケーッス! じゃあ、オオミーヤに戻るッスよ!」
ブンゴ隊長の命令でケッテンクラートはUターンして、オオミーヤの街へ向かう。
ヴィスは、ケッテンクラートの荷台でくつろいでいた。
ブンゴ隊長が話しかける。
「家族は?」
「いや、いない。俺は孤児らしい」
「そうッスか」
自分のことを話しているのに、他人事のような話し振りだ。
ブンゴ隊長は不思議に感じたが、生まれ変わるとそんなモノなのかもしれないと納得することにした。
とにかく自分は命令を実行するだけだと思考を放棄して、辺りの警戒を始めた。
ヴィスは、沈みゆく夕日を眺めながら考えていた。
最初の人生、二度目の人生、これは三度目の人生だと。
三度目の人生は、どんな人生になるのだろう?
(とりあえず……カツ丼が食いたい! それには、アンジェロのところへ行かなくちゃな!)
ヴィスは、視線をブンゴ隊長に向ける。
「なあ、アンジェロのところへ連れてってくれるか?」
「もちろんッスよ! アンジェロ陛下から、お連れするように命令が来てるッス!」
「そっか。それなら安心だ」
ヴィスは、ケッテンクラートの狭い荷台で横になった。
小さなヴィスの体は、荷台にも収まって、ブンゴ隊長や兵士たちの邪魔になることはなかった。
既に辺りは暗くなり、ヴィスの目には星一杯の夜空が見えた。
心地よい揺れを感じながら、ヴィスは目をつぶる。
三度目の人生を素晴らしい人生にしようと思いながら。
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