第286話 おっさんたちの殴り合い(グロ有り注意)

 ――翌朝!


 フルシチョフは、目を覚ました。


「よしっ! 今日は自分で起きたぞ! 異常は……ないな?」


 フルシチョフは自分の左右を確認したが、今日はゴブリンもオークもいない。

 思わず笑いがこみ上げ、喜びの声をあげた。


「ふふふ……昨日は警備を強化したからな! 曲者もあきらめたか!」


 寝室のドアの前には、六名の護衛を張り付かせた。

 部屋の窓の下には四名を、また、建物の入り口にも見張りの兵士を立たせて、賊の侵入を防いだのだ。


 そう……防げた……はずだった。

 賊が、転移魔法の使い手であるルーナ・ブラケットでなければ。


「なんだ……? この臭いは……?」


 フルシチョフは、異臭に気が付いた。

 何度も息を吸い鼻を動かす。


「ドブの臭いと血の臭いが混じりあったような……」


 自分が寝ている寝台から臭うことに気が付いた。

 フルシチョフは、そっと毛布を持ち上げた。


「まさか、失禁してしまったのではあるまいな?」


 不安を紛らわすために、一人でブツブツとつぶやきながら、恐る恐る行動するフルシチョフ。

 毛布を持ち上げると、自分の寝間着にべったりと血が付いていた。

 臭いの元はここからだった。


「うっ! これは……一体何が……」


 寝間着には、緑色の液と真っ赤な血が大量に付いている。

 続けて、そっと毛布をめくると緑色の液と赤い血は、寝台の端の方へと続いている。


 毛布を持ち上げ血の跡を追う。


 すると、寝台の端にゴブリンとオークの生首が転がっていた。

 恨めしそうな目でフルシチョフを見つめるゴブリンとオークの生首と目が合い、フルシチョフは悲鳴を上げた。


「あああ! ああー! あーーーーー!」


 扉の外にいた兵士たちが、フルシチョフの悲鳴を聞きつけて、寝室に飛び込んできた。


「フルシチョフ閣下! いかがなされ――あっ!」


 兵士たちの目に映ったのは、真っ赤なオークの血と緑色のゴブリンの体液にまみれ、生首と戯れるフルシチョフだった。

 フルシチョフ本人は、驚きおののいていたのだが、兵士たちには、そう見えなかったのだ。


「ひでえ!」

「オエッ!」

「ご乱心!」


 マニアックな趣味が高じて、行き着くところまで行き着いてしまったのかと、次々に嫌悪の声があがる。完全な誤解である。


 護衛の隊長がすぐに指示を出した。


「幹部のみなさんを呼んでこい! 俺たちでは対処不能だ!」


 兵士が急いで駆け出す。

 フルシチョフは、錯乱して怒鳴りだした。


「オマエたちは、何をやっていたのだ! この体たらく! 役立たずめ!」


 エキサイトするフルシチョフを兵士たちが必死でなだめる。


「閣下落ち着いて下さい!」

「今、みなさんを呼んでいますから!」

「このことは、誰にも言いませんから!」

「どんな趣味を持とうと、閣下は大丈夫です!」


 兵士たちは、心の中で『ちっとも、大丈夫じゃない!』と思っていたが、フルシチョフをなだめ続けた。


 やがて、この国の幹部――政治将校たちが、フルシチョフの寝室に駆け込んできた。

 政治将校たちは、寝室を一瞥すると盛大にため息をついた。


 やがて、年輩の政治将校が首を振りながらフルシチョフに苦言を申し述べた。


「閣下……、閣下……。これはいけません……。どんな性癖を持とうが、閣下のご自由ですが……。いくら何でも、魔物をバラバラにして嬲るなどとは!」


「違う! 違うのだ! これは罠だ!」


「何の罠だとおっしゃるのですか! いい加減にして下さい!」


「馬鹿者おおおぉぉぉ~! 罠だと言っているだろうがあああぁぁぁ~!」


 フルシチョフと年輩の政治将校は、言い合いになった。

 フルシチョフは、『敵対勢力の陰謀だ!』と主張し、年輩の政治将校は、『火遊びにしても、悪趣味すぎる!』と苦言を呈し、胸ぐらをつかみ合い、最後は殴り合いになった。


 二人のケンカを見ていた政治将校たちも、実力行使となったのでさすがに止めに入った。


「同志! お止め下さい!」

「我々は、同じ志を持つ仲間です!」

「話せばわかるのです! たぶん……」

「グーは、いけませんぞ! グーは!」


 力尽くで二人を引き離し、なんとか騒ぎを収めた。

 肩で息をする二人をよそに、若い政治将校が思いついた事を口にした。


「あの……。もしも、フルシチョフ閣下の言う通り、外部の者が侵入してイタズラをしたと仮定するとですよ……」


「仮定とはなんだ! これは、ワシがやったのではないぞ!」


「わかりました! それで、外部の者の犯行だとするとですよ。フルシチョフ閣下は、なぜ生きているのですか?」


「貴様! なにを――」


 フルシチョフは、若い政治将校が言いたいことを理解した。


 フルシチョフは、普通に寝て起きただけなのだ。

 寝て起きたら、自分の横にゴブリンやオークが寝ていたのだ。

 それは、つまり、曲者は自由にフルシチョフの寝室に出入りしている証拠であり、その気になれば、いつでもフルシチョフの命を奪えるということなのだ。


 ――では、今日のゴブリンとオークの生首は何であろうか?


『オマエも、こうなるぞ!』


 という意味のメッセージだろうか?


 フルシチョフは震え上がり、奇声を上げた。


「あっ……あっ……ああああぁぁぁー!」


 そして、失禁した。

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