第269話 赤い覇権主義者

 ――同日、夜、キャランフィールドの執務室。


 俺たちはキャランフィールドに戻って、各地から集まる情報を待った。

 夜になり、俺、じい、ルーナ先生、黒丸師匠の四人で打ち合わせだ。


「結局、各方面で全面攻勢か……」


「はい。ソビエト連邦が攻撃したのは、ウーラ、ドクロザワ、南メロビクス王国、北メロビクス王国、マドロス王国、さらにアルドギスル・フリージア王国ですじゃ」


「まさか、アルドギスル兄上の所にも来るとはね……」


 クリスマスイブのこの日、ソ連は各所で全面攻勢に出た。

 特に驚かされたのは、歴史的上位国ことニアランド王国がソ連と組んで攻撃をしてきたことだ。


 ニアランド王国は、前の戦いで領土を失った。

 現在は、かろうじて王都が存在しているのみだ。


 俺が王都周辺に土魔法で防壁を作り、アルドギスル兄上の軍が監視にあたっている。

 一カ所に封じ込めて、『勝手に立ち枯れろ!』としていたのだ。


 ところが、ニアランド王国は、火薬を使って防壁の一部を爆破。

 爆破して出来た穴から、ニアランド王国軍が打って出たのだ。


「一時は混乱いたしましたが、アルドギスル様が上手く抑えましたじゃ」


 報告によれば、アルドギスル兄上は混乱する軍を立て直し、防壁の内側に攻撃をかけニアランド王国王都を占領した。


「ニアランド王国は消滅である」


「裏切り者の末路。同情の余地なし」


 黒丸師匠とルーナ先生が、バッサリと切って落とした。


 問題は被害の状況だ。

 現在把握しているだけでも、死傷者が三千人を超える。


 六カ所で同じ攻勢だから、ざっくり一カ所で五百人の死傷者が出たことになる。


 特に死亡者の比率が多いらしい。

 ウーラ近くの国境線には、俺とルーナ先生がいたので、すぐに回復魔法で怪我人を助けられた。


 だが、他の場所では、回復術士が爆発に巻き込まれて死亡したケースもある。

 亡命者の体調を心配して、回復魔法をかけようと近づいたところで――ドン!


 俺は手元の書類を放り出して、深くため息をついた。


「ハア……。どこもやり口は同じですね。亡命者に扮した自爆攻撃、初見殺しの鉄砲、混乱したところに歩兵部隊の突撃……」


 なかなか凶悪なコンボだ。

 転生者のヨシフ・スターリンが考えたのだろうが、面倒な!

 対策を考えなくちゃならない。


「火薬の恐ろしさですな。アンジェロ様が警告なさっておられましたが、それでもこれほどの被害が出るとは……」


 じいも渋い表情だ。


「魔法の撃ち合いよりもタチが悪い」


「ルーナ。どういうことであるか?」


「魔法使いは、数が少ないし、魔力量にも限界がある。一日に使える魔法には限りがある。火薬は、それがない」


「確かに、その通りである」


 ルーナ先生と黒丸師匠が話していることを、これまで俺は何度も言ってきた。

 各地に転移して、火薬を爆発させても見せた。

 だが、なかなか俺の持っていて危機感は伝わらなかったのだ。

 こうして大きな被害が出て、やっと火薬のヤバさが実感出来ている。


「アンジェロ様。それでも、ソビエト連邦を押し返しました。きゃつらの企みを頓挫させたのです」


「そうだな。被害は出たが、守り切った。課題は多いが、まずはヨシ!」


「そうであるな! 今日はクリスマスイブなのである! 街に繰り出すのである!」


「チキン! チキン! フライドチキン!」


 散々なクリスマスイブだったが、戦況は落ち着いたのだ。

 街へ出て、バカ騒ぎしても良いだろう。


 俺が椅子から立ち上がろうとすると、執務室のドアが勢いよく開いた。

 リス族のパイロットだ。


「大変です! ベロイア王国に、ソビエト連邦十万の大軍が攻め込みました!」


「なっ!?」


「じっ……十万!」


「ベロイアであるか!?」


「フライドチキンが……」


 ベロイア王国……そっちが敵の本命か!


 俺は息を切らすリス族のパイロットに駆け寄る。


「ベロイア王国から飛んできたのか?」


「はい。クイック配達の定期便で、ベロイア王都に今日の昼過ぎに到着しました。王宮は混乱しておりまして……。それで、ベロイア王国の外務大臣を乗せてきました」


「ベロイアの外務大臣が来ているのか?」


「はい。私だけ先に、空港から走ってきました」


「わかった。ご苦労様。ありがとう。ゆっくり休んでくれ」


「はっ!」


 リス族のパイロットがフラフラと執務室を出て行った。

 相当無理して飛ばしたのだろう。

 疲れ切っている。


「じい! ベロイアの大臣を迎えに行って!」


「かしこまりました!」


 しばらく執務室で待っていると、じいに連れられてベロイア王国の外務大臣が駆け込んで来た。

 でっぷり太った大柄な中年男性だ。


「ああ、あ、ア、アンジェロ陛下! どうか我が国に軍事支援を!」


「大臣殿、落ち着いて!」


 大臣を応接ソファーに座らせ、紅茶を出した。

 暖かい紅茶を飲んで、落ち着いたのか事情を話し始めた。


 今朝、ソビエト連邦がベロイア王国に侵攻したらしい。

 侵攻ルートは、旧ギガランドからベロイア王都へ直撃するルートだ。


 敵の数は、目視でおおよそ十万だという。

 正確ではないだろうが、とにかく大軍であることは間違いない。


「敵の数が多すぎて防ぎきれません! このままでは数日で、ベロイアの王都は陥落してしまいます!」


 額から汗を流しながら、すがるような目で俺を見る。


 ベロイア王国は、グンマー連合王国の南東に位置する。

 地図で見ると商業都市ザムザの右下にある国だ。


 大陸北西部の中堅農業国で、牧畜が盛ん。

 羊毛からウール生地が生産され、毛織物が主要な輸出品目だ。


「ベロイアであるか、丘陵と湖沼が多く、スライムがよく出る土地であるな」


「ダンジョンが多い。潜った」


 黒丸師匠とルーナ先生が懐かしそうにベロイアの思い出話をする。

 俺もベロイアのダンジョンは二つ潜った。


 スライム系の魔物が多くて実入りは、あまり良くない。

 だが、今はスライム系魔物の外皮をゴム代わりに利用している。


 ベロイアがソ連の手に落ちたら、産業面で痛いな。


「アンジェロ様。不味いですぞ! ベロイア王国が陥落すれば、商業都市ザムザが脅威にさらされます」


「確かにそうだね……」


 俺は頭の中に地図を思い浮かべてみた。


 ベロイア王国をソ連が支配すると。今まで安全地帯だった商業都市ザムザやキャランフィールドも危険になる。


 安全保障上も見逃せない事態だ。


「これで敵の狙いはハッキリしたのである」


「ええ。グンマー連合王国に全面攻勢をかけて、動けなくする。その隙にベロイア王国に戦力を集中して、ベロイア王国をとるつもりでしょう」


「グンマー連合王国に対して、包囲網をしくつもりであるな」


 黒丸師匠のいう通り、最終的な狙いは、包囲網だろう。


 ベロイア王国を落とし、次にブルムント地方の小国を落としていく。

 そうすれば大陸公路は封鎖され、グンマー連合王国は経済面で大ダメージをうける。


 ヨシフ・スターリンめ!

 赤い覇権主義者か!


「アンジェロ陛下! ベロイアに対して軍事支援をお願いいたします! 何卒ご英断を!」


 ベロイア王国の外務大臣が、土下座する勢いで頭を下げた。

 俺は、頭の中でグンマー連合王国の軍事力全体を計算する。


 ソビエト連邦の攻勢を防ぎつつ、ベロイアに出せる戦力は――。


「外務大臣殿。我が国もソ連から攻撃を受けている。よって、陸上戦力は出せない」


「陛下! それは――」


 俺は手を上げて外務大臣の言葉を止める。


「陸上戦力は出せないが、航空戦力と我ら『王国の牙』が救援に向かう! 安心されよ!」


「おお! ありがとうございます!」


 ベロイア王国の外務大臣は、飛び上がらんばかりに喜んだ。


 俺は、ルーナ先生と黒丸師匠に視線を移した。


「ルーナ先生! 黒丸師匠! 頼みます!」


「大丈夫。改良した火薬を持って行く。実戦で実験する」


「任せるのである! ウーラの借りは、ベロイアで返すのである!」


 こうしてベロイア遠征が決まった。

 予備のグースとブラックホーク、火薬を持って……。

 後は、忘れ物はないだろうか?


「何か、ベロイアに持っていく物はありますか?」


 俺が問いかけると、ルーナ先生がビシリと俺を指さした。


「チキンとケーキを忘れるな!」

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