第202話 シメイ伯爵領のおばちゃんたちアゲイン

「うーん、王子……いや、王様!」


「なんだ? シメイ伯爵」


「領地開発って、どうやるんだ?」


「オイオイ! しっかりしてくれよ!」


 まさか自分の臣下に、こんなことを言われるとは思わなかった。

 黒丸師匠も目を白黒させている。


「シメイ伯爵は、南部の雄である。有力貴族なのである。それが……、領地開発をどうやれば良いのか、わからないのであるか?」


「そうなんだよ。いや~参っちまって」


「参ったじゃないだろう!」

「参ったじゃないのである!」


 俺と黒丸師匠が、同時にシメイ伯爵を叱り飛ばし、頭にゲンコツを落とした。



 *



 頭で考えてグダグダ議論していても、ラチがあかないだろう。

 シメイ伯爵は、バカではないが、理論派ではない。


 ――と、考えて、シメイ伯爵領の領都カイタックにやってきた。


 ブラックホーク一機とリス族のパイロットを借りてきたので、俺、黒丸師匠、シメイ伯爵で乗り込み空に上がる。


 まずは、空から領地視察だ。


 シメイ伯爵領の領都カイタックは、田舎町……というよりも、辺境の町といった趣で、王都やキャランフィールドとは、また違った活気がある。


 好きな雰囲気の町だ。


 山間にある街だが、人が多い。

 市場は、それなりに大きく、商人も客も多い。

 これなら商人から税金が、かなり入るだろう。


「良い町だね」


「そうでしょう!」


 俺がカイタックを褒めると、シメイ伯爵が嬉しそうに胸を反らす。


「これだけの町があるなら、領地開発は色々やりようがあると思うけど?」


「そうであるな。領地の名産品を、この町で売るとか……。素人のそれがしでも思いつくのである」


 俺と黒丸師匠が思ったことを口にすると、シメイ伯爵が肩をすくめてみせた。


「いや、それなんですがね……。まず、金がない! 次に、アイデアがない! そして、やったことがない! まあ、ないない尽くしと言うわけでして。ナハハハ!」


「笑っている場合じゃないだろう!? 戦争の論功行賞で、金貨を渡しただろ!?」


「もう! ない!」


 シメイ伯爵が先の戦争であげた戦功は大きい。

 俺は領地を加増しようと思ったのだけれど、シメイ伯爵に断られた。


『新しい領地は、要らないですよ。ウチの領民は、生まれ育った土地から離れたがらないので……。俺もそうですよ』


 シメイ伯爵領は、良い意味で保守的なのだろうなと、俺は理解した。


 ――その土地に生き、その土地で死ぬ。


 そんな生き方を、地で行く土地柄なのだろう。


 領地の加増が嫌なら、金品で戦功に報いるしかない。


 そこで、金貨千枚を褒美として渡したのだ。

 日本円だと、ざっくり十億円くらいの価値がある。


 それが、もう、ないだと!?


「何に使った? 大金だったぞ!」


「従軍した領民に配りました」


「全部?」


「全部です」


「全部配るなよ!」


 従軍した領民に報酬を出すのは当然だ。

 だからといって、国王からもらった褒美を全部配ることはない。


 俺と黒丸師匠が呆れ返っていると、シメイ伯爵が下を指さした。


「王様! ウチの領民はあれですよ? あれ!」


「あれ?」


 シメイ伯爵の指さす先は、山間の小さな村だった。

 そこでは村のおばちゃんたちが魔物を取り囲んで狩りの真っ最中だ。


 狩っている魔物は……。


「オークか!?」


 太ったおばちゃんたちが、農具のピッチフォークや大鎌を手にオークを追い詰めている。


 リス族のパイロットが気を利かせて、高度を下げてくれた。

 おばちゃんたちの声が聞こえる。


「奥さん! 豚肉よ!」

「今夜は豚鍋ね!」

「睾丸は傷つけちゃだめよ! 高く売れるわ!」


 オークを豚肉扱いとは、何とも凄まじい。

 四人のおばちゃんが、オークを四方から取り囲む。


「さあ、ブタちゃん! 美味しい晩ご飯になりましょうね!」


 一人のおばちゃんが、言いざまピッチフォークをオークの眼前に突き出した。

 オークは、右手に持った剣でピッチフォークを払おうとする。


「BUHII!」


「フンッ!」


 だが、おばちゃんは、ピッチフォークを手元で回転させ、オークの剣を絡め取った。

 使い手を失ったオークの剣が、空中に舞う。


「「あっ……」」


 俺と黒丸師匠が、同時に声をあげる。

 これでオークは武器を失った。


 それからは、おばちゃんたちがオークを一方的にボコボコにするワンサイドゲームだった。


 哀れオークは、あっという間にオーク肉に姿を変えてしまった。

 オーク……カワウソ……。


「うーむ。あのご婦人方は、中級冒険者なみの実力である」


 黒丸師匠の目からも、そう見えるか。


「強いね……。ピッチフォークと大鎌……。農具って武器になるんだ……」


「そうであるな。ホレックが、オリハルコンで農具を作っていたのであるが、あながち間違いとも言えないのである」


「いや! それは、間違いでしょう! 農具は鉄製で十分ですよ!」


 あやうくオリハルコン農具の追加発注が出る所だった。

 危ない、危ない。


「なっ! 王様、わかったろ? ウチは領主より、領民の方が強いんだ!」


「物理的に強いよね……」


「南部騎士団、恐るべしである!」


 なるほど、シメイ伯爵が褒美を領民に気前よくばらまくわけだ。

 こんな強い領民が反乱を起こしたら、手に負えない。


「ふーむ。領主の舵取りが難しい土地柄であるな。上から一方的に命令して反発を招けば、領民が実力を持って――」


「そうだよ! 黒丸さんよお。一方的な命令なんかしたら、領民に殺されるぞ! 晩のおかずにされちまうよ! だから、シメイ伯爵家は、領民に愛される領主として、代々統治してきたんだ。領主と領民で仲良くが家訓だよ。俺は、みんなのガキ大将のつもりでいるのさ!」


 いろいろな領主像があるなあ。


『みんなのガキ大将』


 その割り切りに、むしろ感心する。


「シメイ伯爵。つまり……領民が強いというか……怖いというか……。だから、気前よく褒美をばらまかざるを得なかったと?」


「そうですよ。王様」


「わかった。シメイ伯爵領軍の戦功は抜群だったから、追加で褒美を出すよ。それで、領地開発がわからないというのは?」


「いやね。ウチの伯爵家は、代々『愛される領主』を演じてきたわけですよ。だから、領地開発は、あまり熱心じゃなくてですね」


「つまり、ノウハウがないのか?」


「そうです! 何に着目して、何をしたら良いやら……」


「なるほど……」


 さらにシメイ伯爵から話を聞くと、伯爵はあせりを感じているそうだ。


「ウチは、大陸公路の裏街道として栄えていますけどね。ほら、第二騎士団の自動車とか、ケッテンクラートとか、あんなのがバンバン走り出したら、裏街道なんていらなくなっちまう」


 シメイ伯爵は、バカじゃないな。

 状況をよくわかっている。


 グンマー連合王国では、アルドギスル兄上と俺の共同事業として、大陸公路の整備が予定されている。


 商業都市ザムザ――王都間の拡幅と、全面舗装化工事は、間もなく着手だ。


 さらに、王都近くの抜け道を拡幅して、王都――メロビクス王都間を現在よりも短距離にする予定なのだ。


 さらに、さらに、シメイ伯爵領の南にある青狼族、赤獅子族の旧テリトリーに第二騎士団を入植させ、ここの街道整備事業も予定されている。


 メロビクスへ通ずる道が増え、自動車が沢山走りだせば、山間のシメイ街道が寂れてしまう可能性は大いにある。


 シメイ伯爵領の経済が弱くなり、南部騎士団が弱体化してしまうのは、アンジェロ・フリージア王国国王として嬉しくない。


「わかった。領地開発について、アドバイスするよ」


「さっすが王様だ! 話がわかるね!」

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