第191話 餅つき大会とコカトリス雑煮(お正月閑話)

 ――年が明けた。


 新年といっても、この異世界には、新年らしいイベントはない。


 あまり文化文明が発展していない為だろう。

 王宮では新年を寿ぐ宴を一月中に開催するが、平民は新年だろうが働く人は多い。


 だが、俺は元日本人!

 正月と聞けば、ジャパンの血が騒ぐ!

 ジャパーーーーン!


 そこで、餅つき大会を開催し、お雑煮をキャランフィールドの人々に振る舞うことにしたのだ。


 準備において満塁ホームラン級の活躍をしたのは、従兄弟の商人ジョバンニだ。


 最初、俺は、小麦を使って餅もどきを作ろうとしていた。

 するとジョバンニが、もち米や醤油など、ジャパンテイスト溢れる食材を持ってきてくれたのだ。


 なんでも、大陸東部にヤシマという国があるらしい。

 このヤシマ国から大陸公路を伝って、米、醤油など、ジャパンテイスト溢れる食材が少量だが輸入されるらしい。

 運良く、年末にヤシマからの荷が、商業都市ザムザに入荷したそうだ。


 ――もち米と醤油。


 ここまで条件が揃ったら、餅つきをやるしかないでしょう!

 俺はキャランフィールドの広場に、主立ったメンバーを集めた。


 臼と杵は、手先の器用な獣人リス族に作ってもらった。


 まず、トップバッターは、ホレックのおっちゃんだ。

 やはり異世界の力持ちと言えば、ドワーフ族だろう!

 筋骨隆々のドワーフなら、餅つきを始めるに相応しい。


 ホレックのおっちゃんは、しげしげと手に持った杵を見つめた。


「変わった形のウォーハンマーだな……。それに木製か……。耐久性はどうだろう?」


「ホレックのおっちゃん。それは杵だよ」


「キーネね。ふむ……試してみるか……。そりゃ!」


 ホレックのおっちゃんは、勢いよく杵を振り下ろした。

 まだ、もち米の入っていない、空の臼なのに……。


 ドカンと大きな音がして、臼が真っ二つに割れてしまった!


「どうだ! みたか!」


「おっちゃん! 何やってるんだよ!」


「えっ!? 何って? ウォーハンマーの試し打ちだが?」


「だから、それはウォーハンマーじゃないよ! 杵! 餅を作る為の、道具なんだよ! 食料加工用の道具だよ!」


「えっ!? そうなのか? いや~。悪い、悪い! お詫びにオリハルコンで、この壊しちまったウッスを――」


「作らないで良いから! 予備があるから! おっちゃんは、オリハルコンを打ちたいだけだろう!」


「バレたか! ガハハ!」


 まったく!

 新年早々、物を壊すなよ!


 人選を誤った。

 ホレックのおっちゃんは、鍛冶場に縛り付けておくべきなのだ。


「アンジェロ! 食べ物のことなら、私に任せる」


「ルーナ先生……と、イセサッキ!?」


「グアアア♪」


 イセサッキにまたがって、ルーナ先生が登場した。

 餅つきにグンマークロコダイルは、不要だと思うが……。


 今度は、まず、俺がやってみせることにした。


「このように、蒸したもち米を臼に入れます。そして、この杵でペッタンペッタンとつきます」


「ペッタン! ペッタン!」


「グア! グア!」


 ルーナ先生に続いて、イセサッキが鳴き声を上げる。

 イセサッキには、関係ないぞ!


「それで、本当は二人でやるのですが、相方が手を水で濡らして、こうクルリと――」


「クルリ! クルリ!」


「グア! グア!」


 俺は臼の中で、もち米を裏返してみせる。


「こんな具合にして、もち米をついて、餅を作るのです」


「なるほど。じゃあ、アンジェロがペッタンする。私がクルリ担当」


 ルーナ先生が腕まくりをして、臼の近くに座って構えた。


「じゃあ、いきますよ! ホッ! ホッ!」


「クルリ!」


「ホッ! ホッ!」


「クルリ!」


 やはり子弟だから、息が合う!

 しばらくすると、餅がつきあがった。


 横で見ていた黒丸師匠が、餅を指で押しながら喜ぶ。


「ほう。これがモッチーであるか。柔らかいパンであるか?」


「そうですね。パンと同じで主食です。祝い事があった時に食べます」


「それはゲンが良いのである!」


「後でお雑煮という料理にします。もっと、餅を作りましょう!」


 今度は黒丸師匠が杵を持って、餅をつく。

 引き続きルーナ先生がひっくり返し役だ。


「ホッ! ホッ!」


「クルリ!」


「ルーナ先生。クルリじゃなくて、ハイで良いですよ」


「わかった」


 この二人も息が合う。

 長年、冒険者パーティーを組んでいた成果が現れているな。


「ホッ! ホッ!」


「ハイ」


「ホッ! ホッ!」


「ハイ」


 また、餅が一つ出来上がった。


 うん! うん!

 お正月感があって、良いね!

 元日本人としては、この光景に満足だよ!


 するとルーナ先生が、意味不明のことを言い出した。


「今度は、イセサッキとお餅をつく」


「イセサッキとですか!?」


 イセサッキは、ワニ型の魔物だから杵を持てない。

 餅つきは出来ないだろう……。

 いや、ひょっとして、口に杵をくわえるのかな?


「じゃあ、イセサッキ……。これが杵だよ」


「グア!」


「えっ!? いらないの!?」


 イセサッキは、首を横に振って杵は不要と意思表示した。


「イセサッキ、いくぞ!」


「グアア♪」


 ルーナ先生とイセサッキコンビによる餅つきが始まった。


「グア♪ グア♪」


「ハイ!」


「グア♪ グア♪」


「ハイ!」


 なんと、イセサッキは、大きい尻尾を杵代わりにして、ペッタンペッタンと尻尾で餅をついている。

 いや、ペッタンペッタンというよりは、ビタンビタンだ。


「おお! イセサッキもやるであるな!」


 黒丸師匠は感心しているが、これ、いいの?

 餅が一つ出来上がると、突然イセサッキが遠吠えした。


「グアアアーーーー!」


 イセサッキが遠吠えすると、マエバシ、タカサキ、ミドリが、グンマークロコダイル部屋から駆けてきた。


 四匹が臼を取り囲むポジションを取る。

 まさか……。


「マエバシ! タカサキ! イセサッキ! ミドリ! グンマーストリーム餅つきをかけるぞ!」


「「「「グアアアア♪」」」」


「あああ! やっぱり!」


 四匹のグンマークロコダイルが、大きな尻尾を上下させ餅をつきだした。


 ビタン!


 ビタン!


 ビタン!


 ビタン!


 尻尾が餅を叩く度に、景気の良い音が響く。


 ビタン!


 ビタン!


 ビタン!


 ビタン!


「ハイ!」


 ビタン!


 ビタン!


 ビタン!


 ビタン!


「ハイ!」


 なんということでしょう!

 あっという間に、餅がつき上がってしまった!


 グンマーストリーム餅つき!

 恐るべし!


「で、では、お雑煮を作りましょう!」


 食堂のキッチンに移動して、お雑煮作りだ。


 俺は前世では東京出身なので、餅は四角い角餅だ。

 餅は一度焼いてから、器によそう。


 お雑煮の具は、昨晩倒したコカトリスの肉を使って鶏肉風にする。


 野菜は、魔の森に生えている野草を使う。

 長ネギに似た野草ギーネを斜め切りにし、ほうれん草っぽい野草パイポをたっぷり入れる。


 醤油で味付けをして、三つ葉に似た薬草を上にのせれば出来上がり。


 早速食べてみると、なんとも懐かしい!

 実家で食べた鶏肉を使ったお雑煮っぽい味がする!


「なかなか旨いのである!」


 黒丸師匠は気に入ってくれたらしい。

 お箸が使えないので、俺以外は木製のフォークでお雑煮をパクついている。

 イセサッキたちも、皿に盛られた雑煮をご相伴だ。


「コカトリス雑煮美味しい。来年も暴走する」


「「「「グアア♪」」」」


「来年は、暴走しませんよ!」


 ルーナ先生から、何気に危険な発言があったので、すぐに打ち消す。


 食堂は大賑わいで、領民たちが振る舞った雑煮を珍しそうに、美味しそうに平らげていく。


 なかなか、平和で幸せな光景だ。

 毎年、この光景が見られるようにがんばろう。


 俺はルーナ先生と黒丸師匠に向くと、居住まいを正し、頭を下げた。


「ルーナ先生! 黒丸師匠! 今年もよろしくお願いします!」


「うん! 今年もよろしく!」


「今年もよろしくなのである!」


「「「「グアアー♪」」」」

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