第181話 復讐は何も生まないが、前には進めるかもしれない
「こやつは……」
国王は、女魔法使いミオを凝視している。
だが、誰かは分かっていないのだろう。
俺は一歩下がり、ミオに任せることにした。
ふと、振り向くと第二騎士団副官のポニャトフスキ騎士爵が心配そうにしている。
この戦争が始まる前に、ポニャトフスキ騎士爵から、ミオと結婚したいと申し出があったのだ。
ポニャトフスキ騎士爵いわく、ミオも満更ではないらしい。
ポニャトフスキ騎士爵の勘違い、独り相撲の可能性もあるが……。
まあ、そこは置いておくとしよう。
俺は、『良いかな?』と思ったのだが、じいがストップをかけた。
「ポニャトフスキ騎士爵! 待たれよ! かの女魔法使いは、メロビクス王大国のハジメ・マツバヤシに仕えていたのじゃ!」
「存じております……。いけませんか?」
「そりゃ……、絶対にダメではないがのう……。これからメロビクス王大国と戦争になるのじゃぞ? タイミングが悪すぎよう」
そうだな……。
じいの言う事は、もっともだ。
ミオは商業都市ザムザで真面目に仕事をしているが、他の人からみたらどうだろうか?
今は、俺に仕えているが、元々は敵国の重要人物の腹心だ。
『ひょっとしたらスパイでは?』
なんて疑う人もいるかもしれない。
これからメロビクス王大国と戦う可能性が高いのだから、今、ミオと結婚すると『あらぬ誤解』を呼ぶ。
ポニャトフスキ騎士爵も、その辺りの事情は当然わかっている。
悔しそうに歯を食いしばる。
「では……戦後なら?」
「戦後……。うーむ……。戦の成り行きにもよるがのう。ポニャトフスキ騎士爵、お主は、アンジェロ王子に非常に近しい人間なのじゃぞ。そのお主が、経歴に傷のある女を嫁にするのは……」
「そんなに、いけませんか!」
「うーむ……」
じいの言う事もわかる。
ポニャトフスキ騎士爵は、第二騎士団の副官。
つまりは、俺の派閥でも幹部クラスの重要人物だ。
もっと政略的に有利な貴族家の女性を嫁に迎えた方が、ポニャトフスキ騎士爵の将来の為に良いと思う。
しかし、俺の中にある元現代日本人の感覚としては、ポニャトフスキ騎士爵とミオの結婚を祝福してあげたい。
お互い好き合っているなら何よりだ。
俺は助け船を出した。
「じい。ミオには、メロビクス王大国との戦に参加してもらう。故国と戦い、手柄を上げた。そうなれば、あらぬ誤解ってヤツはなくなるだろう」
「むう……。それはそうですが……」
「アンジェロ王子! ありがとうございます!」
ポニャトフスキ騎士爵は、涙を流さんばかりに喜んだ。
「この事はミオにも話すが良いか?」
「ええ。構いません」
後日、この事を、ミオと話した。
ミオは顔を赤らめていたが……ふむ……もう、ただならぬ関係になっている雰囲気……。
ポニャトフスキめ!
「とてもありがたいお話です。私も参戦いたします」
「故国メロビクスとの戦いだが大丈夫か?」
「ええ。私は私の為に……。私自身の未来の為に戦います!」
「そうか。それなら参戦してくれ。魔法使いは一人でも多い方が良い」
「アンジェロ王子。一つお願いが、メロビクス王大国の国王は、私に討たせて下さい」
ミオは決意のこもった目をしている。
メロビクスの国王を討ちたい?
なぜだろう?
「理由を聞いても?」
「国王は、私をハジメ・マツバヤシに売ったのです」
「……」
ミオは『売る』と強い言葉を使った。
実際に奴隷売買が行われた訳ではなく、ハジメ・マツバヤシに仕えていただけだが……。
ミオとしては、売られた気分だったのだろう。
「あらゆる辱めを受けました。ハジメ・マツバヤシは、この手で処分しました。残りは――」
「国王キルデベルト八世か……」
ミオは表情を変えず、無言でうなずいた。
『復讐は何も生まない』
そんな言葉があるが、必ずしも正しいとは限らない。
復讐しなくちゃ前へ進めない場合もあるだろう。
きっとミオは、キルデベルト八世を討ち、心に区切りを付けてから、ポニャトフスキ騎士爵と結婚したいのだ。
「わかった……。確約は出来ないが、チャンスがあればミオに回す……」
「ありがたき幸せ」
ミオが『フッ』と笑った。
――そんなやり取りが、この戦争の前にあったのだ。
俺はミオとの約束通り、復讐の場をセッティングした。
同時に……。
この場での振る舞いは、諸将が見ている。
ミオ次第だが、諸将から信用を勝ち取れる振る舞いが出来れば、ポニャトフスキ騎士爵との婚姻に異を唱える者はいなくなる。
それをわかっているから、ポニャトフスキ騎士爵も出しゃばらずに、心配そうにミオを見ているだけなのだ。
俺も余計な手出し、口出しをせず静観する事にした。
「キルデベルト八世陛下……。ご無沙汰をしております……」
「はて……? お前は……?」
淡々として口調で、ミオが国王に話しかけた。
国王はミオが誰かわからないでいる。
「ハジメ・マツバヤシ伯爵にお仕えするよう、陛下に命じられた魔法使いのミオでございます」
「おお! 生きておったのか!」
「ええ、陛下のおかげをもちまして……」
ミオの言葉に殺気がこもった。
一瞬、威圧を受けたような、腹にズシンと響く感覚があったのだ。
ミオは身につけていた防具やローブを脱ぎ始めた。
白い肌があらわになり、諸将から困惑の声が上がる。
だが、ミオの肌に刻み込まれた沢山の傷や痣が目に入った瞬間、みな口を閉じた。
ミオは、一糸まとわぬ傷だらけの姿をさらし、国王キルデベルト八世と対峙する。
「陛下……。あなたの命に従い私はハジメ・マツバヤシに仕えました。そして、このような体にされたのですよ」
「そ……それは……なんとも……気の毒な――」
「ウソを言うな!」
ミオが国王の言葉を遮り、怒りをぶつけた。
感情をむき出しにしている。
こんなに感情的になったミオは、初めて見る。
「ハジメ・マツバヤシから聞いたのですよ! 国王には『好きにして良い女が欲しい』と言ったと……。その結果が! この体だ!」
諸将はみなうつむいて視線をミオから外している。
少なくとも誇りある王族や騎士のやる事ではない。
王命に忠実そうな。
何かあっても泣き寝入りしそうな。
そんな女をあてがった。
それが、ミオだった……。
ポニャトフスキ騎士爵は、拳を握り、涙を流している。
耐えろ!
国王は、あきらかに動揺し、玉座から転げ落ちそうだ。
敵国の王子よりも、個人的な恨みをぶつけてくる女の方が恐ろしい……か……。
「いや……待て……。それは、その……」
「お前は私を売り飛ばしたのだ! 場末のチンピラが女を売るように! 何が国王だ! ふざけるな!」
「し……知らん! 知らん!」
「シラを切っても無駄……。私はあなたを断罪する! あなたの罪は、私を売り飛ばした事。判決! 死刑!」
「ヒッ……」
「オマエを国王として死なせない。女の生き血を吸う下衆として死ね! フフッ……楽には死なせない……」
ミオは、底冷えする笑いを一つすると魔法を発動した。
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