第176話 グンマー・オア・トリート!

「グンマー・おあ・とりーと」


「は?」


 同じ言葉を繰り返すルーナに、フォーワ辺境伯は困惑した。


(これは何かの合言葉であろうか……。グンマーとは、何だ……?)


 グンマーはシメイ伯爵領の方言である。

 グは、『強い』、『大きい』を意味する。

 ンマーは、『うわー!』、『すげー!』といった、感嘆を意味する。


 だが、フォーワ辺境伯は、当然知らない。

 意味のない言葉にしか、聞こえないのだ。


 困惑したフォーワ辺境伯が、マカロン男爵を見ると、すぐに目の前の女性を紹介した。


「こちらは、ルーナ・ブラケット殿です。アンジェロ王子の魔法の師であり、冒険者パーティー『王国の牙』のメンバーでいらっしゃる。ルーナ殿、こちらはフォーワ辺境伯です」


「よろしく。フォーワ辺境伯。私はルーナ・ブラケット。付け加えるとアンジェロの婚約者」


「おお! ご高名はかねがね伺っております!」


「グンマー・おあ・とりーと」


「え……」


 フォーワ辺境伯の困惑は続く。



 *



 俺の天幕に黒丸師匠が入ってきた。


「アンジェロ少年。フォーワ辺境伯が到着したのである」


「来ましたか!」


 フォーワ辺境伯は、メロビクス王大国南西部の雄と言われる人物だ。

 北西部を抑えるギュイーズ侯爵は、既に我々に味方しているので、フォーワ辺境伯が味方してくれれば、西部が丸ごとこちらサイドになる。


 じいが交渉をしてくれて、既に不戦の約束は取り付けてあるから、味方してくれる可能性は高いと見ているが……。


「打ち合わせ通り、マカロン男爵が野営地を案内しているのである」


「最後はグンマークロコダイルの所ですね?」


「そうである。タカサキたちを見せて、ビビらすのである」


 ルーナ先生と黒丸師匠の希望で、見学ツアーの最後はグンマークロコダイル……。

 ビビるかな?

 多少なりともビビってくれれば、後々の交渉がやりやすい。


 俺と黒丸師匠は、野営地の隅、グンマークロコダイルがいる場所へ向かった。


 現在、グンマークロコダイルは四匹いる。

 王都に置いてきた一匹のグンマークロコダイルが合流して、合計四匹になったのだ。

 四匹目は、メスで名前はミドリ。


 ルーナ先生に名前を付けろと言われて、俺が名付けた。

 群馬県出身の美人声優さんが、みどり市出身なのでミドリ。


 オス三匹に囲まれて、絶賛姫プレイ中のグンマークロコダイルだ。


 俺と黒丸師匠が、グンマークロコダイルたちがいる場所に近づくとルーナ先生とマカロン男爵がいた。

 そして、もう一人の男性、多分フォーワ辺境伯だろう。


 ルーナ先生は、ミドリを両手で掲げフォーワ辺境伯に何か言っている。

 何をしているのだろう?


「グンマー・おあ・とりーと。グンマーか、とりーとか、どちらか選ぶ」


「で、では! グンマー!」


 フォーワ辺境伯が『グンマー』と言うと、ルーナ先生はかがみ込んだ。

 フォーワ辺境伯の股間にミドリを近づけると、ミドリが――。


「ガブ♪」


「んんんんがーーーーーー!」


「「あ」」


 俺と黒丸師匠は、呆気にとられた。

 ルーナ先生は、グンマークロコダイルのミドリをフォーワ辺境伯の股間にかみつかせたのだ。

 股間を押さえてうずくまるフォーワ辺境伯。


 俺がこの前ハロウィーンを教えたら、やりたがっていたのだが……。


 今のは、違うぞ!

 ダメだろう!


 ルーナ先生は、ゲラゲラ笑っている。

 フォーワ辺境伯は、顔が真っ赤だ。


「ちょっ! ルーナ殿! かまれましたぞ!」


「大丈夫。ミドリはメス。メスの甘噛み。良かったね」


「良くは、ありませんぞ! 痛いです!」


「じゃあ、ヒール」


 フォーワ辺境伯が、柔らかい緑色の光に包まれた。

 ミドリに噛まれた痛さは、消えただろうが、来客にこれは不味い!


 俺は慌てて割って入る。


「ルーナ先生! 違うから! トリック・オア・トリート! お菓子をもらうのですよ!」


「誰もお菓子をくれないからアレンジした」


 他の人にもやったのか?

 そりゃ、みんなノーリアクションだろう。

 異世界では、ハロウィーンなんて誰もわからないよ。


「グンマー・おあ・とりーと!」


「ルーナ先生!」


 また、ルーナ先生が、フォーワ辺境伯に無茶ぶりした。

 ルーナ先生は、気に入るとしつこい。


「グンマー・おあ・とりーと!」


「えっと……。じゃあ、今度は、ト……トリート?」


「ふん!」


「ふおおお!」


 ルーナ先生が、ミドリを振り回してケツバットをフォーワ辺境伯に食らわした。

 悶絶するフォーワ辺境伯。


「ルーナ先生! ダメですって! なんで、トリートで、ケツバットなの! そこ、黒丸師匠! 笑わない! フォーワ辺境伯も返事をしない!」


「いや……ルーナ殿が楽しそうだったので、つい……」


「フォーワ辺境伯は良い人。気に入った」


 何この状況……。

 ルーナ先生も変なアレンジするなよ……。



 *



 フォーワ辺境伯との会談は、思いのほか順調だった。

 フォーワ辺境伯は、参戦を約束してくれた。


「それでは、よろしくお願いします!」


「お任せを! このフォーワ! アンジェロ王子のお役に立ちましょうぞ!」


 フォーワ辺境伯は、グースに乗って帰っていた。


「ま、まあ、結果的にビビらせたのである。交渉は成功であるな!」


「そうだ。そうだ」


 黒丸師匠が無理矢理なフォローをし、ルーナ先生が尻馬に乗る。


 グンマー・おあ・とりーとってなんだよ……。

 股間にかみかれるか、ケツバットの二択なんて理不尽過ぎるだろう。


 これ以上、犠牲者が出る前に、ルーナ先生の興味を違う方向へ向けよう。


 もうすぐ、十二月だから……そうだ!


「ルーナ先生。クリスマスというお祭りの話しをしましょう……。俺が前にいた世界では、十二月二十四日に、チキンを食べて、恋人が共に夜を過ごすのです」


 自分で話していて何だが……。

 日本のクリスマスは、何か間違っている気がした。


「サンタクロースという人がいて――」


「ふーん。サンダーさん」


「サンタです!」



 *



 フォーワ辺境伯は、無事に領地に帰った。

 戦況有利なフリージア王国軍のアンジェロ王子と友好的な関係を築き、アンジェロの婚約者であり、エルフの有力者でもあるルーナ・ブラケットに気に入られるという金星を拾ったのである。


「やれやれ、疲れた一日だったが、実りの多い一日だった」


 その晩、フォーワ辺境伯は、ぐっすりと眠れた。

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