第168話 武器を置け! ズボンを脱げ!

「一チンコ! 二チンコ! 三チンコ! ギャハハハハ!」


 シメイ伯爵は、ご機嫌である。


 彼の視線の先には、下半身丸出しで、スゴスゴと母国へ向かうメロビクス王大国軍兵士たちの姿があった。


 勇敢な兵士。

 果敢な兵士。

 勇猛な兵士。


 みんな等しく、チンコ丸出しであった。


(どうしてこうなった……)


 メロビクス王大国軍兵士たちは、後悔で一杯であった。


 この格好で故郷に帰るのか……。

 この格好で妻の元へ帰るのか……。


 憂鬱な表情をした一団は、フラフラと故郷へ向けて歩き出した。



 *


 ――時間は少々さかのぼる。



「クソッ! 何とかならないか!」


 ルーナたち――グンマークロコダイルから逃げてきたメロビクス王大国軍兵士たちが、石壁の前で悪態をついていた


 石壁は、魔の森の中にアンジェロが魔法で生成した物である。


 石壁の高さは約四メートル。

 跳躍力のある獣人や空を飛ぶドラゴニュートなら、飛び越えることが出来るが、人族には難しい高さだ。


「私が試してみましょう」


「おお! 魔法使い殿!」


 ローブを着た中年男性の魔法使いが進み出た。

 魔法使いはベテランのアースメイジである。


 魔法使いは、石壁に手を添えると土魔法を発動した。

 石壁の一部を砂にして、抜け穴を穿とうとする。


「砂化!」


 魔法使いが、『砂化』の土魔法を発動した瞬間、石壁の中に埋め込まれた魔石が反応した。

 魔石が反応することで発する淡い光が辺りを照らし、魔法はレジストされてしまった。


「ダメか……」

「あーあ」

「印術ってヤツだな!」


 周りで見ていた兵士から落胆の声が上がる。

 しかし、魔法使いは、力強く請け負う。


「大丈夫です! 恐らく、埋め込まれている魔石は少ない。『砂化』の魔法を撃ち続ければ、石壁を崩せそうです!」


「ほ、本当か!?」


「長年のカンです! お任せを! フン! 砂化!」


 ベテランの魔法使いは、再度『砂化』の魔法を発動した。

 同じようにレジストされたが、すぐに次の『砂化』魔法を放つ。


 電球が明滅するように、魔法と魔石が反応する光が、途切れ途切れに兵士の顔を照らす。


 兵士の中から、やや甲高い少女の声が聞こえた。


「オイ! どうだ?」


「ああ、いけそうだ!」


 魔法使いは、『こんな声の持ち主が隊にいたかな?』と一瞬考えたが、すぐに魔法を発動する方へ意識を戻した。


「ヨシ! オマエは腕の良い魔法使いだから、捕虜にするぞ!」


「えっ!?」


 声の主は、白狼族のサラである。

 サラたち白狼族の特殊部隊は、ブラックホーク、グースとともに、石壁を巡回していたのだ。


 サラは、兵士の間からスルッと抜け出すと魔法使いの腹にパンチを見舞った。


「グフッ……」


 気を失い、ゆっくりと崩れ落ちるベテラン魔法使い。

 サラは魔法使いの体を受け止めると、兵士たちに警告を発した。


「オイ! オマエたち! 大人しく降参しろ! 降参すれば、悪いようにはしないぞ!」


 だが、兵士たちはサラの頭に三角形の獣耳があることに気が付いた。


 ――獣人。

 メロビクス王大国では、社会的地位が低い。

 兵士たちは、サラをなめてかかった。


「ふざけるな!」

「獣風情が!」

「そっちが降参しろよ!」


「……」


 口々に文句を言いつのるメロビクス王大国軍兵士たちに、サラはイラッとし、無言で片手を上げた。



 ガガガガガ!



 空中で待機していたブラックホークのガンナーが、攻撃用魔道具から魔法を連続射出した。

 兵士たちの足下に、魔法で生成した石礫が着弾し土煙が上がる。

 着弾音だけで、強烈な威力があると分かる。


「ちょっ!」

「待て!」

「あああ!」

「お助け! お助け!」


 さきほどの強気な態度は、どこへやら。

 メロビクス王大国軍兵士たちは、涙目になった。


「これは、警告だ! 次は、当てるぞ! 降参するか?」


「「「「「降参します……」」」」


 メロビクス王大国軍兵士たちは、縄でくくられブラックホークに積み込まれた。

 ブラックホークは、捕虜とともにシメイ伯爵の野営地へ向けて飛び去った。


 サラは軽く跳躍すると、石壁の上に飛び乗った。


「ムッ……、また、光った! 魔法使いがいるな!」


 サラは、石壁の光る方へ走っていった。



 *



「ここで武器を置け!」


「ここでズボンを脱げ!」


「なんで、ズボンを脱ぐんだよ……」


 捕虜になったメロビクス王大国軍兵士は、困惑していた。


 縄で縛られ、空飛ぶ魔道具――ブラックホークに乗せられ、魔の森の外に連れてこられた。

 そこには、フリージア王国軍が陣を張っていた。


 そして、到着していきなりコレである。


「ここで武器を置け!」


「ここでズボンを脱げ!」


「だから! なんで、ズボンを脱ぐんだよ!」


 シメイ伯爵は、相手によって対応を変えていた。



 まず、貴族は一カ所に集めて食事をとらせた。

 王都に攻め込んだメロビクス王大国軍は、王都の中央軍が中心だ。


 領地持ちの貴族は少ない。

 しかし、彼らからは、身代金が取れるのだ。


「貴族は、金づるだからな! 乱暴してはいかんぞ!」


「ハッ!」


 逃げないように、シメイ伯爵領の兵士に見張りをさせ天幕で休ませた。



 次に、魔法使い。

 魔法使いは、貴重だ。

 どこの領主も抱えたがる。

 アンジェロからも魔法使いは、殺さずに確保しろと命令されていた。


「魔法使いか……。シメイ伯爵領にも仕官してくれないかな……。ヨシッ! 美味いものを食わせて、酒も飲ませてやれ!」


「わかりました~!」


 そこで、シメイ伯爵領民の中から見た目の良い男女をピックアップして世話係にした。

 食事をとらせ、酒も飲ませた。


 平民出身の士官も、魔法使いと同様に丁重にもてなした。

 彼らをスカウト出来れば、フリージア王国軍で活躍してくれるのだ。



 そして、間道から逃げてきたメロビクス王大国軍兵士たち。


「あんな大人数を世話出来るか! さっさと帰れ! まあ、メシだけは食わせてやれ!」


「あいよ! スープを煮込んでおくよ!」


 兵士は、とにかく数が多い。

 全員を捕虜にするのは不可能だし、かといって全員を処刑するわけにもいかない。


 彼らは武装解除し、食事を与えて、帰宅を許可した。

 食事を与えれば、ちょっとは恩を感じてくれるだろうとの打算もあった。



 最後に、壁際で捕虜になったメロビクス王大国軍兵士や、抵抗したメロビクス王大国軍兵士たち。


 彼らには――。


「ここで武器を置け!」


「ここでズボンを脱げ!」


「落ち着け! ズボンは武器じゃないぞ!」


 幸運な事に、抵抗したメロビクス王大国軍の兵士たちも、故郷に帰ることを許された。


 だが、不運な事に、この寒空の下、下半身はスッポンポンで、つまりシメイ伯爵流に言うと『チンコ丸出しの刑』で家路につくはめになった。


 この対応には、シメイ伯爵軍に与力する獣人、狐族と鹿族があたった。


「なあ、狐の」


「なんだ、鹿の」


「これ……ズボンを脱がせる必要はあるのか?」


「知らん……」


 鹿族は、心底不思議だった。

 獣人に降参した相手のズボンを取り上げる習慣はない。


 なのに人族は、ズボンを取り上げる。

 なぜなのか?


「人族は、ズボンを脱ぐのが降参の印なのか?」


「知らん……」


 狐族の返答は、素っ気ない。

 鹿族の疑問は大きく膨らんだ。


 そう言えば、シメイ伯爵領の戦闘でも敵のズボンを脱がした。

 チンコ丸出しにしろと指示を受けた。


「チンコ丸出しに、何か意味があるのか?」


「知らん! 俺に聞くな!」


 狐族は、うんざりしていた。

 シメイ伯爵は付き合いやすい人族で、気前よく食料を支援してくれる。

 おかげで毎日美味しいパンを食べられる。


 戦でシメイ伯爵に力を貸すのは、やぶさかではない。


 だが、敵兵士からズボンと取り上げる身にもなって欲しい。


「ここで武器を置け!」


「ここでズボンを脱げ!」


 鹿族と狐族は、サラたちが敵兵を捕まえてくると同じフレーズを繰り返して、ズボンを取り上げた。


 ズボンを取り上げられた兵士は、下半身スッポンポンで、おばちゃんから与えられたスープをすすりパンをかじった。


 やがて、運ばれてくる敵兵士もいなくなった。


 一息つくと鹿族の族長は、狐族の族長に明るい声で話した。


「まあ、シメイ伯爵が喜んでいるから良いか!」


「そうだな。戦に勝ったから、褒美に何かもらえるから良いさ!」


 獣人は良い意味で単純である。


 フリージア王国軍の旗が夜風にひるがえり、シメイ伯爵のご機嫌な声が響いた。


「ギャハハハハ! 六十チンコ! 六十一チンコ! 六十二チンコ!」


「……」


 ごく一部のチンコ丸出しの刑にあったメロビクス王大国軍兵士は、前を手で押さえ、腰を退いた姿勢で、故郷へ向けて歩いて行った。


 その姿を、月が優しく見ていた。


 ルーナたちも、ニヤニヤしながら見ていた。

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