第129話 ミスリルラッシュで賑わうアンジェロ領

 ゴールドラッシュならぬ、『ミスリルラッシュ』に沸く、我がアンジェロ領キャランフィールド。


 移住希望者受け入れから一月がたち、八月下旬になった。


 フリージア王国各地から移住してきた冒険者と外国から来た冒険者が入り交じり、なかなかカオスな状態だ。


 話す言葉は大陸共通語だが、生活習慣が微妙に違ったり、食生活が違ったり、着ている服のデザインが違ったりと、楽しませてくれる。


 多くの冒険者を受け入れたが、アンジェロ領に沢山の住宅はないし、旅館もない。

 そこで、ほとんどの冒険者に野営をしてもらっている。


 冒険者たちは、思い思いの場所でテントを広げ、食事も自分たちで作ったり、領主館で行う炊き出しを利用したりして生活している。


 普段から野営する機会の多い冒険者たちだから、みんな不満もなく、上手いことやってくれている。

 建物が出来上がり次第、順次入居してもらう予定だ。



「いらっしゃいませえ~」


 イカツイ顔のミディアムが冒険者ギルドの受付に座り、冒険者へ対応している。


 ミスリル鉱山を発見するきっかけになったゴブリン掃討作戦。

 この作戦に参加した冒険者には、ミスリル鉱山の採掘権が与えられた。


『領主六割、ギルド四割』


 この契約を俺はきちんと守っていて、ミスリルと魔石の柱を採掘して得られる四割の金額を冒険者ギルドに支払いをしている。


 もちろん、採掘にかかった必要経費はちゃんと差し引かせてもらっている。

 また、冒険者ギルドで事務手数料を差し引かれる。


 それでもミディアムたちには、毎月かなりの額が冒険者ギルドから支払われているそうだ。

 働かなくても暮らしていける充分な額だ。


 彼らゴブリン掃討作戦参加者は、いわば『勝ち組』なのだ。

 移住してきた冒険者たちから羨望の目を向けられ、よく話しかけられている。


『いやあ、あの時はさあ。ゴブリンの数が多くて参ったぜ! 森の中一面にゴブリンがひしめき合っているんだ。ありゃ、十万……、いやあ、ひょっとしたら百万匹はいたかなあ。たかがゴブリン、されどゴブリンさ! 迫り来るゴブリンを俺たちは――』


 今日もどこかで、お得意の自慢話が炸裂していることだろう。


 仕事をしないで、彼らが身を持ち崩しては大変と、冒険者ギルド長の黒丸師匠が口酸っぱく注意をしている。


「ミスリル鉱山からミスリルがとれなくなったら、お金は支払われなくなるのである。それは明日かもしれなし、今日かもしれないのである!」


「いやあ、そんな……大丈夫でしょう?」

「大丈夫……ですよね?」


「油断大敵である! 働くのである!」


 そんな問答が冒険者と黒丸師匠の間で交され、ゴブリン掃討作戦に参加した冒険者たちは、黒丸師匠から尻を叩かれながら働いている。


 彼らは、冒険者ギルドの臨時スタッフとして、受付業務から街の案内、もめ事の仲裁まで一手に引き受けてくれた。


 彼らが、新たに移住してきた冒険者たちに目を光らせてくれたおかげで、アンジェロ領の内政担当者――アリーさん、エルハムさん、ジョバンニ――の負担がかなり軽減された。


 一方で移住してきた冒険者たちにも差が出ている。


 お金を持っている冒険者パーティーは、冒険者ギルドからの依頼を受けずに、魔の森に入り探索をしている。

 そう、彼らは未発見の鉱山を探しているのだ。


 最初に彼らの行動を聞いたときは、危険だから止めさせようかと思った。

 何せ前人未踏の広大な魔の森なのだ。


 俺と黒丸師匠が上空から見て、あまり強い魔物はいないと確認しているが、見落としている可能性もある。

 どんな危険な魔物がいるかもわからないのだ。


 しかし、自分たちで魔の森に分け入る冒険者パーティーは、腕に覚えがある連中だ。

 出会った魔物は狩り、どんな魔物がいるか冒険者ギルドに報告を入れてくれる。


 俺と黒丸師匠は、彼らの自由行動を認めた。

 勝手に探索と魔物討伐をしてもらっていると思えば、こっちは楽で良い。

 彼らには、討伐報酬と気持ちばかりの情報料を支払うことにした。


 そして一番多いのが、お金のない冒険者パーティー。


『行けば何とかなる!』


 と考えて、着の身着のままアンジェロ領に来た連中だ。


 彼らには、冒険者ギルド経由で俺が仕事を発注した。


 ・北部縦貫道路の建設作業

 ・農地拡大作業

 ・ミスリル鉱山の採掘作業


 力仕事は山ほどあるし、『まあ、悪くない額』を支払っている。

 アンジェロ領領主である俺から、冒険者ギルドに支払われる金額は、非常に多額だ。


 では、領主の俺は赤字で困っているのか?

 そんな事はない。


 冒険者ギルドの売り上げに応じて、領主に税金が支払われている。

 さらに、冒険者たちが毎日飲食し、生活に必要な物を購入する度に、俺にお金が落ちる。


 アリーさんのアドバイスに従いアンジェロ領に商人を誘致している。

 だが、交通手段が乏しいので、まだキャランフィールドに店を開いた商人はいない。


 領主の独占事業となっているのだ。


 ジョバンニがグースに乗って、各地で物資買い付け商談を行い。

 リス族がグースに乗り、マジックバッグに物資を回収し物流を担う。


 マジックバッグは、キャランフィールドに滞在するエルフの魔道具士たちが私物を貸し出してくれたのだ。

 新規のマジックバッグ製作も引き受けてくれた。


 ありがたい!

 ありがたい!

 エルフ様々だ。


 食料は、ジョバンニの調達、港に来る商船、セイウチ族が売りに来る海産物、冒険者たちが狩る魔物、この四ルートで入手している。

 今のところ食料切れは起こしていない。


「ジョバンニ! 何とかなったね!」


「本当に良かったです! 来年になれば農地が増えますので、状況はさらに改善されるでしょう!」


 俺もジョバンニもホッとしている。



 ブルムント地方やベロイア地方から、ドワーフもやって来た。

 見た目はホレックのおっちゃんと似ている。


 ずんぐりむっくり体型で、ヒゲもじゃ。

 人族の俺には見分けがつきづらい。


「ミスリル打ち放題はここか?」

「ミスリルを打たせろ!」

「打ち放題! 打ち放題!」


 打ち放題って……ウチは、ゴルフ練習場じゃないぞ!


 ドワーフは、商人からミスリル鉱山発見の噂を聞きつけ、家族も連れて本格的に移住してきたのだ。

 その数、十家族五十人。


 結論から言うと、ホレックのおっちゃんに丸投げした。


 最初は俺が配置しようかと思ったのだけれど――。


「いいか? よく聞けよ小僧……。俺は鍛冶に生き! 鍛冶に死ぬ! だから、ヘンテコな魔道具なんて、作らねえぞ!」


「ミスリルで新しい武器を開発したくてな! ブーツにミスリルの刃をつけて……」


「オリハルコンもあるだろ? あるだろ? あるだろ?」


「酒は? 強い酒があるだろ? えっ!? 昼間から飲むなって!? バカいえ! 俺が酒を飲みたいんじゃない……、酒が俺に飲まれたがっているんだ!」


 ――この調子である。


 みんな好き勝手なことを言って、我が強い!

 とても面倒を見切れないので、ホレックのおっちゃんに仕切ってもらわなくては無理だ。


 ドワーフは、女子供でも鍛冶が出来る。

 性格に難ありではあるが、五十人のドワーフ鍛冶が加わったのだ。

 アンジェロ領の鍛冶師不足は完璧に解消した。


「溢れ出るミスリルを、思う存分叩くが良い!」


 俺がドワーフに言い渡すと、彼らは涙を流して喜んだ。



 さて、移住希望者の受け入れは、この一月で大体終わった。

 残りは、友好的でない国からの移住希望者の受け入れだ。

 具体的には、敵国のメロビクス王大国とニアランド王国。


 友好的でない国からの移住は、紹介制にした。

 紹介制――つまり身元を保証する人がいれば、移住を受け入れるのだ。


 まず、メロビクス王大国から二組の冒険者パーティーが、ウォーカー船長の船『愛しのマリールー号』に乗ってやって来た。


「侯爵様から手紙と紹介状を預かっているぞ」


 アリーさんの祖父『ギュイーズ侯爵』の紹介状だ。

 差し出された紹介状には、ギュイーズ家の家紋とギュイーズ侯爵のサインがバッチリ入っていた。


 敵国とは言え、大物貴族の紹介、かつ、アリーさんの祖父の紹介だ。

 俺は、この二組の冒険者パーティーを受け入れることにした。


 幸いメロビクス王大国出身の冒険者パーティー『エスカルゴ』がいるので、彼らに同郷のよしみで面倒を見てもらっている。


 残るは、ニアランド王国だ。


 あきらめるかな?

 ……と思っていたのだが、ニアランド王国王都の冒険者ギルドから連絡が来た。


 紹介状を持つ移住希望者が現れたそうだ。


 俺は受け入れの為に、アルドギスル領アルドポリスへ転移魔法で移動した。

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