第127話 アリー流絶対に負けない交渉術。今日から、あなたもタフ・ネゴシエイター!

 大規模なミスリル鉱山がアンジェロ領で発見された。

 ホレックのおっちゃんによれば、大規模なミスリル鉱床らしい。


 ミスリル鉱床に負けないくらい大規模などんちゃん騒ぎの翌日。

 俺は転移魔法でゲートを開き、王都へ向かった。


 国王である父上への報告。

 そして王宮との交渉だ。



 ミスリル鉱山が見つかったのは、大変めでたい。

 だが、どこかの領主や王都の貴族から、横やりを入れられるかもしれない。


 例えば――


『アンジェロ様の鉱山は、我が○○家の五代前の当主が開拓しようとした場所です。我が○○家にも権利がございます!』


 ――と、こんな風に恥も外聞もなくゴネる貴族が出てくるかもしれない。


 何せ高額な金属であるミスリルの鉱山なのだ。

 ほんの少しでも権利を得られれば、それだけで一生遊んで暮らせる。


 早めに王宮に報告し、俺たちの権利を確定した方が良い。



 ……と、先日ウォーカー船長が連れてきたアリーさんが教えてくれたのだ。


 アリーさん、マジ優秀!

 お姉さんであるエリザ女王国の女王に疎んじられたと聞いたが、女王はこの優秀さに脅威を感じたのだろう。



 アリーさんの勧めに従い、早速転移魔法で王都へ飛ぶ。


 国王陛下は、驚き興奮しつつも、息子の俺を案じる父親の顔を見せてくれた。


「北部王領は何もない場所と聞いていたが、ミスリル鉱山が見つかったのなら安心だ! 良かった! 良かった!」


「父上、ありがとうございます」


 さて、ここからは交渉だ。

 今、俺がいる謁見室には、父上と王宮の役人が五人いる。


 父上は何も問題ないのだが、王宮の役人が、何か言いたそうにしているのだ。

 たぶん、『国にも何割が収めろ!』と言いたいのだろう。


 俺は、アリーさんに教えられた通り先手を打った。


「父上。新たに発見したミスリル鉱山について、ご提案がございます」


「提案? 申してみよ」


「向こう三年間、ミスリル鉱山の採掘権の中から、三割を国王陛下に献上いたします」


「何!? 三割もくれると申すのか!?」


「はい。軍備の強化にお役立て下さい」


 俺が『採掘権の三割を三年間献上する』と言うと、父上は素直に喜んでくれた。

 しかし、王宮の役人たちは、難しい顔をしている。


 たぶん、頭の中で色々計算をしているのだろう。


 これもアリーさんが、事前レクチャーしてくれた事だ。


『アンジェロ様。恐らく王宮の役人は、ミスリル鉱山の採掘権を欲しがるでしょう』


『えっ!? でも、ミスリル鉱山の採掘権は、俺と冒険者ギルドが『六』『四』で持つ事に決まっているよね?』


『そこに国が割り込もうとするでしょう。ですから、先手を打つのですわ』


 アリーさんは、ニッコリ笑って、その後の交渉方法も教えてくれた。


 俺からの提案『三年三割』には、二つの意味がある。


 一つは、こちらから『三年三割』と提案する事で、交渉の主導権を握る。

 もう一つは、三割納めるミスリルを使って、軍の強化をしてもらいたいのだ。


 じいからの情報によると、メロビクス王大国が再戦を検討しているらしい。

 兵の装備を、鉄製装備で強化しているのだ。


 ならば、フリージア王国としても防衛力を強化しなくては、生き残れない。

 あちらが鉄なら、こっちはミスリルだ!


 それにどうせ、アンジェロ領では、大量のミスリルを使い切れない。

 商人に売却すれば、ミスリルが敵国の手に渡ってしまうかもしれない。


 ならば、国王に献上して、フリージア王国軍の強化に役立てもらえば、次の戦いで俺たちアンジェロ領軍も楽になる。


 冒険者ギルドのミスリル取り分も書類上はギルドに四割渡すが、実物は渡さずに全て俺の方で買い取ってしまう予定だ。


 あの鉱山から出たミスリルは、フリージア王国内だけに売却をする。

 敵国に戦略的資源は渡さない。


 ふと、ホレックのおっちゃんの顔が頭に浮かぶ。

 いや……、使い切れないよな?

 いくらなんでも……、ホレックのおっちゃんでも、使い切れないよな?


 うん、まあ、良い。

 使い切れないと思っておこう。



 さて、アリーさんの予想通り、王宮の役人が口を出し始めた。


「アンジェロ殿下。三年間、三割を献上とは、お見事なお心がけ! 国王陛下への忠誠を見事にお示しになりました」


「うむ」


「ですが、三年間、三割は、いささか少なくはございませんか? せめて半分をご献上頂きたいのですが?」


 これもアリーさんの予想通り。


『王宮の役人は、交渉するのが仕事ですから、必ず交渉して来ますわ。そうですわね……例えば、『五割寄越せ』とか、吹っかけてくるでしょう』


『五割! 王宮には要求する根拠がありませんよね?』


『ええ。けれど役人は交渉することが仕事ですから。彼らにとって、根拠がなければ無理矢理こじつけてでも、『もっと寄越せ!』と言うはずですわ』


 俺はアリーさんと事前にした話を思い出しながら、バシッと役人に切り返す。


「ずうずうしいですね。ミスリル鉱山の発見は、アンジェロ領がお金を出したゴブリン討伐の最中でした。私自身も最前線で戦いましたし、真っ先にミスリル鉱山をみつけたのも私です」


「……」


「それでも、私は国と国王陛下に貢献しようと『三年三割』と申し出たのですが、あなたは不服だと?」


 俺が真正面から反論したことに、王宮の役人たちは面食らったのか、目を白黒させている。

 彼らは、俺が『十一才の子供王子』だと、どこかでなめていたのだろう。


 俺は、遠慮なく追撃する。


「ミスリル鉱山の採掘権は、領主が六割、冒険者ギルドが四割と、ギルドとの契約で決まっているのです。五割を国に献上したら、アンジェロ領の取り分は一割になってしまいます。それはあまりにヒドイでしょう?」


 ここで年輩の役人一人が再起動した。

 となりの若い役人に小声で確認をとっている。

 若い役人は、恐らく鉱山担当の役人だろう。


 俺が話した『領主六割、冒険者ギルド四割』について、確認かな?

 ウソじゃないから、確認してもらって構わないぞ。


「アンジェロ殿下。大変失礼をいたしました。確かに領主が六割、ギルドが四割と規定があるそうです。しかし、鉱山の場所は北部王領から、だいぶ南に下がっていますね?」


「ああ。魔の森の中に、ゴブリンの巣になっている洞窟があった。その洞窟でミスリル鉱床を発見した」


「でしたら! 『誰の土地なのか不確定な場所でミスリル鉱山が発見された』、ということで、国にも権利があるのではございませんか?」


 ほら! ほら!

 理由をつけてきたよ!

 これもアリーさんが想定済みだ。


 俺は年輩の役人にキッパリと言い返す。


「いや。あのミスリル鉱山の権利は、私の物です」


「恐れながら、その根拠をお聞かせ頂けますか?」


「魔の森を開拓した場合は、開拓したエリアは開拓した者の領地となる。これは間違いないですね?」


「間違いございません。大陸北西部の慣習であり、また王国の法にも、その旨が明記されております」


「現在、アンジェロ領キャランフィールドから、商業都市ザムザまで、直通の道路を建設中です。魔の森の中で作業しています」


「えっ!? 魔の森の中を!? 道ですか!? それは危険では!?」


 王宮の役人たちが、明らかにひるんだ。

 魔の森と聞いて、危険を想像したのだろう。


 彼らは、恐れ、一歩退いた。

 その分、俺は、一歩進み、強気でズケと言い放った。


「ああ、危険だ。だから、護衛の冒険者を雇い安全を確保した上で、作業をさせている。心配なら見学しますか?」


「……いえ。……結構です」


「それで! 俺は北部縦貫道路を建設し、魔の森の中を開拓している。俺が開拓をしたのだから、あの辺り一帯は、俺の領地になるのだ」


 俺は、ジャイアンになったつもりで言い切る。

 年輩の役人は、眉根を寄せ遠慮がちに反論をして来た。


「それは……少々乱暴では?」


「いやあ。事実だよ。ミスリル鉱山があるのは、道路建設現場の近くだ。ああ、お疑いなら現地を案内しよう! 何なら今から行くか?」


「……いえ」


「先ほど、言ったよね? 『大陸北西部の慣習であり、また王国の法にも、その旨が明記されている』と……。つまり、君自身の言葉が、私の権利を保障してくれる訳だ。あのミスリル鉱山は、私の領地だとね。ありがとう!」


 俺がニッコリ笑うと年輩の役人は、『しまった!』という顔をした。

 慣習であり、法律に明記されているなら、俺の主張を否定できない。


 そもそも、俺の目の前にいる男は、ミスリル鉱山発見に何の貢献もしていないのだ。

 それなのに澄ました顔で、口を差し挟んで来る。

 俺は王宮の役人たちの厚顔さに、イラ立ちを覚えた。


 だが、年輩の役人は、まだ何か言おうとする。


「いや、しかしですね……」


「まさか、汗一つ流さず! 銅貨一枚も払わず! 権利だけを寄越せと君は言うのかい? 誉れ高き王宮に出仕する者が、まさか、そんな恥知らずではないよな?」


 俺の辛辣な言葉に、年輩の役人はタジタジになった。

 そして、ついに――。


「ぐっ……。も、もちろんです。ミスリル鉱山は、アンジェロ殿下のご領地で間違いございません……」


 よし!

 勝ったー!

 俺の領地で確定!


 アリーさんに教わった想定問答が役に立った。



 この後、交渉を続け――


 ・期間:五年間

 ・ミスリル採掘権:アンジェロが三割、国王が三割

 ・ミスリル採掘に関する費用は、採掘権に応じて負担する。


 ――と決まった。



 俺の当初の申し出『三年三割』だ。

 俺が『五年三割』に、わざと譲った。


 これは想定内の年数で、アリーさんとの事前打ち合わせでは、期間十年までは妥協する範囲としていたのだ。


 俺は渋々の体で、『期間を二年伸ばすこと』にして、王宮の役人に花を持たせた。

 彼らは厳しい条件交渉の結果、『期間を二年伸ばすこと』を勝ち取った気になっている。

 全てはアリーさんが事前に予想した範囲内だとは知らずに。


 この交渉結果だが、実は俺の方にも得がある。


 1 費用負担を明確化出来た。

 2 王宮に貸しを作れた。

 3 採掘権をミスリルに限った。


 特に三番は良い。


 あの洞窟に沢山生えていた魔石の柱は、アンジェロ領と冒険者ギルドの物になったのだ。

 国王、王宮側の取り分はない。


 魔石は、異世界飛行機グースや六輪自動車タイレル、ケッテンクラートの燃料になるから、いくらあっても困らない。


 最後に国王陛下から、羊皮紙に交渉結果が記された書類を受け取った。


「アンジェロよ。ミスリルは、非常に助かる」


「軍備の強化ですね? メロビクス王大国が仕掛けて来そうですからね。今回のミスリルは、防衛力強化にお使い下さい」


「うむ。そうしよう」


 俺は転移魔法でキャランフィールドに帰った。


 早速アリーさんに報告だ。

 交渉の経過を話すとアリーさんは、嬉しそうに笑った。


「お見事ですわ!」


「アリーさんが、事前に色々教えてくたからです。ありがとう!」


「どういたしまして!」


 アリーさんは、交渉の流れを読み切っていた。

 俺より年上で王族として色々経験があるとはいえ、本当に凄いと思う。


 出発前に、アリーさんに言われた言葉を思い出す。


『独占しないで、甘い蜜は周囲に分け与える。それこそが、王者の度量ですわ』


 王者の度量か……。

 それは、今後身につけていかなくてはならない。


 俺は分からなかったことを質問し、アリーさんに教えを請うた。


「あの……交渉が不首尾だった場合……。例えば、『期間を二十年』に設定されてしまうとか……。その時はどうするつもりだったのですか?」


 俺の質問にアリーさんは、涼しい顔で答えた。


「どうもいたしませんわ」


「えっ!?」


「アンジェロ様が王位を継がれれば、結局ミスリル鉱山の権利はアンジェロ様の手に戻ります」


「あっ! そうか!」


「アルドギスル様が王位を継いだ場合ですが……。二十年の期間が過ぎれば、新国王はアンジェロ様に採掘権の期間延長を願われるでしょう。その時は、『新国王への貸し』にすれば良いのです」


「……」


「ねっ? どう転んでもアンジェロ様の損にはなりませんわ」


 俺はわかった。

 今回の交渉で勝利したのは、俺でもなく、王宮の役人でもない。


 勝利者は、俺の目の前で上品に微笑むアリーさん――アリー・ギュイーズだ!


 俺はアリーさんを、正式にアンジェロ領幹部に迎えようと心に決めた。


「アリーさん。これからもよろしくお願いします!」

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