第109話 赤獅子族のヴィス

 ――三月になった。


「アルドギスル様! お迎えに上がりました。アンジェロ王子に迷惑をかけてはいけませんよ」


「ゲッ! ヒューガルデン! なぜ、ここに!?」


 アルドギスル兄上が、自分の領地に帰ろうとしない。

 業を煮やした俺は、兄上の腹心ヒューガルデン伯爵を呼び寄せた。


 ヒューガルテン伯爵が王都で仕事をしている間に、アルドギスル兄上は自分の領地を抜け出したのだ。

 そして、俺の領地へ来てエンジョイしている……。もうね、ちゃんとやろうよ!


 ヒューガルテン伯爵は、白い眉を上げ、厳しい口調で兄上に告げた。


「お仕事をサボってはいけません。さあ! 執務していただきます!」


「ええ! いやだ! アンジェロ! 何か言って!」


「仕事して下さい! 兄上! ヒューガルデン伯爵にグースを貸し出しました。逃げられませんよ!」


 ヒューガルデン伯爵は、異世界飛行機グースの貸し出しを前々から希望していた。


 ・王都

 ・アルドギスル兄上の領地

 ・ヒューガルデン伯爵の領地

 ・アルドギスル派閥の貴族の領地


 ヒューガルデン伯爵は、あちこち移動しなくではならないそうだ。

 出来る男は忙しい。


 俺としてもヒューガルデン伯爵には、がんばってもらいたい。

 そこでチャーター便ということで、ヒューガルデン伯爵とグース貸し出し契約をした。


 チャーター便だから、パイロットはこちらから出すし、整備もこちらでやる。

 技術流出は、最低限に抑えられるだろう。

 もちろん料金は取る。


「じゃあ、バイバイ!」


 アルドギスル兄上は、ヒューガルデン伯爵に首根っこをつかまれて連れて行かれた。


 俺は飛び立つ二機のグースを見送りながら、アルドギスル兄上から言われたことを思い出していた。


「アンジェロが転生者だって事は、あまり言わない方が良いよ」


「みんなが信じてくれるとは、限りませんよね」


「それもあるけれど……。反応が読めないよね……。利用しようとする人……、警戒する人……、反発する人……、悪用する人もいるかもしれないね」


「それは……確かにそうですね……」


 アルドギスル兄上は、純粋に俺の事を心配して『気をつけろ!』と警告してくれたのだ。


 俺の存在がこの世界で大きくなる。

 つまり俺の影響力が増えれば、転生者である俺に対して今までとは違う反応があるかもしれない。


 今後は転生者であることを、あまり人に言わないようにしよう。



 *



 女魔法使いミオは、商業都市ザムザで暮らし始めた。


(なかなか暮らしやすい街ですね)


 ミオは商業都市ザムザを気に入った。

 メロビクス王大国の王都メロウリンクほど洗練されてはいないが、十分に都会を感じられた。


 温暖な気候で冬でも過ごしやすく、外国から入ってくる食材や香辛料が豊富で料理が美味い。


「どうであるか?」


「今日も忙しいですね」


 ミオの職場に、黒丸が顔を出した。

 黒丸は商業都市ザムザにいる時は、必ずミオの様子を見に来た。

 面倒見の良い男である。


 ミオは新しく開設された第三王子府で勤務していた。


 第三王子府は、商業都市ザムザ郊外にある。

 アンジェロが魔法で造成した空港とルーナの実験農場に隣接していた。


 職員は現地雇用中心で二十人。

 ミオは現地人に混じって、事務作業に追われていた。


 来月、第二騎士団が王都から移動してくる。

 受け入れの準備だけで、二十人の職員はてんてこ舞いだ。


 黒丸は第二騎士団のポニャトフスキ騎士爵を伴っていた。


「こちらは第二騎士団副官ポニャトフスキ騎士爵殿である。王都から来た先発組である」


 また、仕事が増えるのかとミオは内心ため息をついたが、笑顔でポニャトフスキにあいさつをした。


「はじめまして。第三王子府のミオと申します。よろしくお願いいたします」


「……」


 しかし、ポニャトフスキ騎士爵は、何の返事もせず固まっていた。


「あの……」


「結婚してください……」


「えっ!?」


 ポニャトフスキ騎士爵は、頬を赤らめ突然ミオにプロポーズをした。

 一目惚れだ。


 ミオは一瞬何を言われたのか理解できなかったが、やがてポニャトフスキが口にした言葉を理解した。


 頬を赤らめて見つめ合う二人がいた。


 二人の様子を見ていた黒丸は、頭をかきながら第三王子府を後にした。

 外に出ると、春を告げる魔鳥ラークのさえずりが聞こえた。


「もう、春なのである」



 *



 フリージア王国南部にあるシメイ伯爵領の領主館では、領主を中心に会議が行われていた。

 会議の議題は、『獣人を取り込む』。


 シメイ伯爵は、メロビクス戦役で白狼族サラと熊族ボイチェフの戦働きを見て、領地周辺に住む獣人一族を影響下に取り込もうと考えた。


 会議では四人の腹心がシメイ伯爵に報告をした。


「我が領地の周囲には四つの獣人族が住んでおります。鹿族、狐族、黒狼族、赤獅子族です」


「鹿族と狐族は、見たことがあるな。ここに来るよな?」


「はい。鹿族と狐族は、領地北側の山深くに住んでいます。時々、交易に訪れます」


 鹿族と狐族は、シメイ伯爵領の北にある標高の高い山に住んでいた。

 シメイ伯爵領の領都カイタックを訪れ、狩った魔物の素材を売却していた。


「よし! 鹿と狐は仲良くしろ! 交易をちょっと優遇してやれ!」


「かしこまりました。それでは、交易税を下げましょう。もう少し暖かくなりましたら、使者を送ります」


「黒狼族と赤獅子族は、見たことがないな……」


「黒狼族は、我らの領地の南に住んでいます。我が国とイタロスの間の平原が彼らの縄張りです。山に隔てられ道も無く、交流がございません。イタロスと交流があるようです」


「ふむ……。ダメ元で使者を送っておくか? イタロス経由なら行けるのだろう?」


「そうですね。手配をしておきます。問題は赤獅子族です。彼らは、我が国とメロビクス王大国が接する平原を縄張りにしております」


「シメイ街道の近くか? メロビクスに取り込まれると厄介だな」


 シメイ伯爵領の西側は、メロビクス王大国と境を接している。

 女魔法使いミオが通ってきた『シメイ街道』を使えば、メロビクス王大国はシメイ伯爵領に攻め込める。


 シメイ伯爵は、赤獅子族がメロビクス王大国の戦力になることを警戒した。


「赤獅子族は、どんな獣人族なんだ?」


「はい。戦闘力が高く、独立独歩の気風が強い一族です。あまり人族と交流を持っていません。時々、行商人が訪れるだけと聞きます」


「戦闘力が高いのか……ほう……」


 シメイ伯爵の目がギラリと光った。


「そりゃあ、是非お友達になりてえな! 赤獅子族に使者を出せ! クイックを一樽付けてやる!」


 シメイ伯爵の腹心は、赤獅子族にクイックを贈ることに驚いた。


 クイックは一樽金貨五枚もする高価な酒だ。

 さらに、生産しているのがアンジェロ領キャランフィールドだけなので、数が出回っていない入手困難な酒なのだ。


 シメイ伯爵がアンジェロ派だから定期的に購入できているが、クイックを手にできないフリージア王国貴族は多い。


 その貴重な酒を、酒好きのシメイ伯爵が手放す。

 腹心はシメイ伯爵に念を押した。


「よろしいのですか? クイックですよ?」


「ああ。ここはケチらずに、ドーンと大盤振る舞いよ! 赤獅子族がメロビクス王大国になびいたら厄介だ。味方になってくれれば最高。最悪でも中立にしたい。少なくともメロビクス王大国と和平が結ばれるまではな」


「おっしゃる通りです。それでは赤獅子族に使者を送ります」


「使者は腰の低いヤツにしろよ。すぐにケンカするような短気なヤツは送るなよ」


 シメイ伯爵は、赤獅子族に使者を送った。



 *



 その赤獅子族では、族長の息子ヴィスがイライラしていた。


 赤獅子族は、平原に暮らす獣人で、半獣半人の姿をしている。

 真っ赤なたてがみを持つ獅子の頭に、筋骨隆々の体。

 鋭い爪を持ち平原で魔物を狩って食料とする。

 農業は行わず、天幕で移動生活をする。


 赤獅子族は人族に比べて成長が早い種族で、五才のヴィスは、人族から見れば立派な大人だ。


 ヴィスは、自分の天幕で一人尋ね人を待っていた。


「待たせた……」


 天幕の隅に黒い布を頭からかぶった人物が現れた。

 ヴィスは、悪態をつく。


「相変わらず気持ち悪いな。いつの間に天幕に入りやがった……」


「いつでも良かろう。それより頼まれた物を持ってきた」


 黒い布をかぶった人物は名乗ることもなければ、自分の正体を見せることもない。

 男なのか、女なのか、人族なのか、獣人なのか、ヴィスには一切がわからなかった。


 しかし、この人物が自分を転生させた地球の神の使いであり、頼めばヴィスの望む物を届けてくれた。

 ヴィスには、それで十分だった。


「おおー! 待ってたぜ! これこれ」


 地球神の使いから包みを受け取ったヴィスは、早速包みを開け中に入っていた食物を食べ始めた。

 その様子を見て、地球神の使いは深いため息をつく。


「ヴィスよ。もう少し考えて物を頼め。毎度そのような食物ではなく、もっと役立つ物を――」


「例えば、なんだ?」


「拳銃とか」


「いらねえ。赤獅子族は強い。拳銃なんかなくても、この体があれば戦は楽勝よ! それにあれだろ? ハジメとかいうヤツは、拳銃を持ってても死んだよな?」


「そんな事もあったな……」


 地球神の使いは、感情を表さない。


 転生者ハジメ・マツバヤシが死亡したのは、自分の失点であると理解しており、ヴィスの言葉には苦い思いを感じていた。


 しかし、自分が使っている転生者の前で、自分のミスを認めるようなヘマはしない。


 一方でヴィスは、イライラしていた。

 日本で死んだと思ったら、異世界に転生しろと一方的に神に命じられたのだ。


 転生してから五年。

 日本とのあまりの違いに、ヴィスのフラストレーションは限界に来ていた。

 地球神の使いは、ヴィスのフラストレーションを上手く利用できないかと考えていた。


「次は、二月後になるだろう。それで、次は何を欲しい?」


「焼きそばパンを買ってこい!」


「貴様はいつもそれだな……」


「嫌がらせだ。パシられとけよ!」


 地球神の使いは、無言で消え去った。

 ヴィスは、赤いたてがみをかきむしり吠えた。


「人をこんな世界に転生させやがって! グチャグチャにしてやるよ!」

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