第103話 カーブを曲がれない

「ダメだ……曲がれない……」


「アンジェロの兄ちゃん、ダメなのか?」


 俺は試作した異世界自動車タイレルの上で頭を抱えた。

 異世界自動車タイレルは、カーブを曲がってくれないのだ。


 緩やかな大きなカーブは曲がることが出来るが、十字路はダメだ。

 車が止まってしまう。


「なぜだろう……」



 ――異世界自動車タイレルは、わずか一週間で組み上がった。


 パーツの開発は極めて順調。


 板バネは、ホレックのおっちゃんが三日で作り上げた。

 複数の長い板を重ね合わせ車軸のクッションになるように、剛性も調整してくれた。


 商業都市ザムザで仕入れてきた中古の荷馬車に板バネを取り付け、馭者席の真下にグースの魔導エンジンと車輪を一つ設置する。

 アクセルもグースで使っているアクセルを流用した。


 四輪+駆動輪の五輪荷馬車(馬なし)になったのだ。


 ここで走行実験をするが、制作途中の異世界自動車タイレルは動かない。


「うーん……走り出すにはパワー……、トルクが足らないかな……」


 車は時速ゼロ状態から、動き出す時にパワーが必要なのだ。

 日本で乗っていた車も停止状態から、走り出す時はアクセルを強く踏む。

 ギヤもローギヤに入っている。


 異世界自動車タイレルの駆動輪は、魔導エンジン直結でギヤチェンジはない。

 走り出す為のトルク――パワー不足なのだろう。

 アクセルを強く踏むが、動き出してくれない。


 俺が考え込んでいると、おっちゃんが意外な解決方法を提案してくれた。


「走り出す時は、後ろから押したらどうだ?」


「えっ!? 人力で押すの!?」


「おう! 馬車だって荷物が多い時は、人が後ろから押して補助してやるモンだぜ」


 そういう物なのか……。

 現代日本だと車を手で押すなんて風景はなかなかお目にかかれないが、異世界の荷馬車はそうでもないらしい。


「んじゃ、押すぞ!」


 ホレックのおっちゃんが後ろから押すと、異世界自動車タイレルは前へ進み出した。


 アクセルを踏めば加速。

 ブレーキを使えば減速。


「ほう! ちゃんと走ってるな!」


「成功だね! 次は、ハンドルを取り付けよう!」


「ふむ。曲がれるようにするんだな! おっしゃ!」


 次のステップは、ハンドルの取り付けだ。

 馭者台の前に木枠を設置してハンドルを設置する。

 ハンドルから丸い鉄棒が伸びて、鉄棒の先に車輪を取り付けた。


 ステアリングは、いわゆる重ステだ。

 昔、アルバイトをしていた酒屋の店長に聞いたのだが、昔はパワーステアリングなんてなかったらしい。

 どの車も重ステだったとか。


 パワーステアリングは、油圧やモーターの力を利用して、少ない力でハンドルを回転できる仕組みだ。

 だから片手で軽々とハンドルを切れる。


 重ステだと、停止状態でハンドルを切るのは難しい。

 タイヤに車の重さが掛かっているので、ハンドルが重いのだ。


 とにかく、四輪荷馬車に駆動輪と操舵用前輪を取り付けた六輪異世界自動車タイレルが誕生した。

 実態は六輪だが、パッと見はオート三輪に近い。


 現代日本の自動車を見慣れた目には、ヘンテコな形の車だが、とりあえず人が乗って動ければ良い。


 早速キャランフィールドの町中でテスト走行をしてみたのだが、急角度で曲がれない事が発覚した。

 ハンドルを切ることは出来るのだけれど、エンストしてしまう。


 ゆったりとした曲線なら曲がれるのに……。

 なんでだ?


「どうだ? アンジェロの兄ちゃん、一回工房に戻らねえか? 押して戻そうぜ」


「そうだね。ここで立ち往生していても、仕方がない。工房へ戻ろう」


 俺は馭者台から降りて、おっちゃんと一緒に十字路で停止したタイレルを押し戻す。


 すると、ガリガリと車輪が地面を削る音が聞こえた。


「ん?」


 さらにタイレルを押す。

 やはり、ガリガリと車輪が地面を削る。


「……」


「どうした?」


「ホレックのおっちゃん。悪いけど、一人で押してくれないかな? 車輪の具合を見たい」


「……いいぜ」


 何か気になる。

 ホレックのおっちゃんも、俺の様子で察してくれた。

 おっちゃんが、 ゆっくりと異世界自動車タイレルを押す。


 タイレルが曲がり角を逆戻りすると、外側の車輪が地面を削っている。


(これ、なんだ?)


 外側の車輪をジッと観察すると、車輪が地面の上で滑っている。

 この現象を見て、俺は原因がわかった。


「内輪と外輪の回転数の差か!」


「おっ! わかったのか?」


「わかったよ。おっちゃん、車輪の回転数の差だよ!」


「回転数の差?」


 俺は地面に曲線を描いて説明を始めた。


「馬車が急角度で曲がろうとするだろう? そうすると、内側の車輪が通る軌道と、外側の車輪が通る軌道の距離を見てくれ」


「外側の車輪が通る軌道の方が、距離が長げえな」


「そう。だから、外側の車輪は内側の車輪より沢山回転しなければならない」


「そりゃ、そうだな。距離が長いんだか……ら……!」


 ここまで説明した所で、ホレックのおっちゃんは理解した。


「あー、わかるぜ。内側の車輪が一回転で済むところを、外側の車輪は二回転しなきゃならねえ、みたいな感じだろう?」


「そう! けれど、内側の車輪と外側の車輪は、車軸でつながっているから、外側の車輪は回転しきれない。それで、エンストを起こした!」


 外側の車輪は回転数が足りないので、滑るようにして地面を削っていたのだ。


 内輪と外輪の回転数の問題を解決するには、デファレンシャル・ギヤが必要だ。

 昔、ラジコンを作った時に、デファレンシャル・ギヤを組み立てたので覚えているが……。


 強度とか、かみ合わせとか、開発に時間が掛かりそうだな……。


 手っ取り早く解決するには、リヤカー方式だろう。


「ホレックのおっちゃん。解決方法を思いついた。この四輪を車軸なし。荷台の外側に独立してつけられないかな?」


「うーん……。それだと強度が厳しいんじゃねえか? 重い物を載せたらぶっ壊れるぞ」


「リヤカーっていうのがある。荷台の外側にフレームをつけて加重を分散する方式だ。これならどう?」


 地面に描いたリヤカーの絵を見て、ホレックのおっちゃんがうなずく。


「面白え。この方向でやってみるか!」



 *



 女魔法使いミオは、駅馬車の旅を続けていた。

 夕方になり、駅馬車は山間にある小さな村に立ち寄っていた。

 今日は、この村に一泊すると言う。


 女魔法使いミオは、小さな宿屋に部屋を取り村の中をブラブラと散策していた。


 井戸で水を汲む女。

 走り回る子供たち。

 薪を背負って山から下りてきた老爺。


(ノンビリとした田舎の村ですね。朴訥とした村人を見ていると心を洗われます)


 ミオは村の広場の一角に腰を下ろした。

 駅馬車に同乗していた行商人の若い男が、商いを始めていた。


 村の女たちが行商人に群がり、商品がさばけていく。


「この髪飾りは?」


「メロビクスの髪飾りだよ。都で流行っている形だよ」


「へえ~。じゃあ、これ貰うよ」


「毎度! 銀貨二枚だよ!」


 銀貨二枚。日本円にして、二万円相当の髪飾りが売れた。

 結構、儲けているのだろう。

 行商人の男から、自然に笑顔がこぼれる。


 行商人の様子を見ていたミオは、ふと疑問に感じた。


(田舎の村なのに、お金を持っている人が多いですね。そう言えば、村人の身なりは悪くありません。何か、現金収入があるのでしょうか?)


 見たところ山間の小さな村で、畑は小さい。

 農業収入が多いとは思えない。


 にしては、先ほどから高額な宝飾品が売れている。


 ミオは、首をひねった。


「おかあさーん!」

「キャッ! キャッ!」

「晩ごはーん!」


 村の外から子供たちの声が聞こえた。

 田舎道をはしゃぎながら駆けて来る。


 しかし、子供たちの後ろに土埃が舞い上がっている。


 ミオは、土埃の原因を見て、ギョッとした。


「オーク!」


 子供たち三人がオークに追いかけられているのだ。

 しかし、子供たちは追いかけっこでもしているように、満面の笑顔で村に向かって駆けて来る。


 オークは中級冒険者への登竜門とされる魔物だ。

 体が大きく、力が強い。初心者冒険者では、討伐が難しい。


 ミオは魔法を発動しようと身構える。


(クッ……子供たちが邪魔です。魔法の射線に入ってしまっている……)


 ミオは緊張感を持って身構えたが、周りの村人たちはノンビリとした雰囲気を崩さない。

 それどころか……。


「あら! 豚肉だわ!」

「豚肉がきたわよ!」

「ちょっと奥さん! 豚肉よ!」


 がっしりした体格のおばちゃんが丸太を肩に担ぎ上げた。

 細身の奥様は包丁を持ち、若い母親は赤ん坊を背負ったまま木製のミートハンマーを手に取った。


 ミオは女たちの様子を見て、『何が始まるのか!?』と行動に迷っていた。

 すでに、オークは村に入ろうとしている。


「ほいっ!」


 体格の良いおばちゃんが担いだ丸太が、カウンターでオークのアゴをカチ上げた。


「BUHIIII!」


 たまらず悲鳴を上げ、ひっくり返るオーク。

 そこに村の女たちが寄ってたかって、包丁やミートハンマーを振り下ろす。


「この豚は、ちょっと小ぶりね」

「睾丸はつぶしちゃだめよ! 高く売れるから!」

「ロース貰って良い? 旦那の誕生日なのよ!」


 オークの断末魔が村に響いた。

 村の子供たちは、美味しい晩ご飯を想像して笑顔である。


 あっと言う間に解体されてしまったオーク。

 ここの村人にかかっては、オークもただの豚肉扱いである。

 オークは哀れな弱者であった。


 女魔法使いミオは思う。


(中級冒険者への登竜門とは、何だったのでしょう……)


 店仕舞いをする若い行商人の男に聞いてみることにした。


「あの……フリージア王国では、今の光景は普通なのでしょうか?」


 行商人の若い男は、何とも言えない酸っぱい物を口に突っ込まれたような顔をして答えた。


「いや……、シメイ伯爵の御領地だけだね。ここが異常なんだ……」


「なぜでしょう?」


「そりゃ、ご領主のシメイ伯爵様が、異常だからさ。住人が強すぎる!」

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