第100話 王位への気持ち

 じいは、俺に『王位につく気はあるか?』と聞いてきた。


 問い詰める雰囲気ではない。

 じいの問いかけには、むしろ優しさがこもっていた。


 俺は、即答できずに黙り込む。


 黒丸師匠が口を開いた。


「じい殿。アンジェロ少年は、王になるに相応しい素質を持っているのである。五年後であれば、立派な王になれるのである」


「ドラゴニュート殿。それは、わかっておりますじゃ。私が聞きたいのは、アンジェロ様ご自身が国王になりたいのかどうかです」


「アンジェロ少年自身の気持ちであるか……」


 じいと黒丸師匠が、俺を見る。

 俺は二人から目をそらさずに答えた。


「正直、わからない」


 そう、わからないのだ。


 俺は第三とはいえ、王子だ。

 母上が平民出身とはいえ、王子だ。

 だから、俺が王位を継ぐのは法的にも、大陸北西部の慣習でも、問題はない。

 後ろ暗いところは、ないのだ。


 しかし、急に王位継承候補者にされて戸惑っているのも事実だ。


 じいが、これまでにない優しい口調で話す。


「やはりそうでしたか。無理もございません。アンジェロ様は、王位継承には関係のない王族として育てられてきました。それが急に『五年後に王位を譲られるかもしれない』と言われても……」


「その通りだよ。正直に話すが……。ついこの間までは、クイックの開発をしたり、グースの開発をしたり、アンジェロ領で気楽に過ごしていた。それが、五年後にアルドギスル兄上か俺が王様だと言われて、正直、困っている」


「ふむ……なるほど。アンジェロ少年としては、突然、表舞台に放り出された気分なのであるな」


「その通りです。黒丸師匠」


 俺は自分の気持ちが分かってもらえて、ホッとした。

 こんな事を言ったら、『しっかりしろ!』、『そんな事でどうする!』と叱られるかと心配していた。


 ルーナ先生が、立ち上がり俺に近づいてきた。

 俺の頭を撫でながら、優しい声を出す。


「私は王になって欲しい。アンジェロが良い」


「ルーナ先生……」


 いつものジト目に優しげな光がさしている。


「アンジェロは、王様になるのが嫌?」


「嫌……という訳ではないですね。王様のやり手が誰もいなければ、俺がやります。ただ、フリージア王国全体に対して、責任を負えるかな? と自分自身の気持ちに疑問を感じているだけです」


「なるほど。責任……。アンジェロ領には?」


「出来る出来ないは別として、責任を負う気持ちはあります。今、ここにいる人たちやアンジェロ領の関係者は、俺が生活を守って、食べさせていかなくちゃと思っています」


「ふむ……。新たに領地になった商業都市ザムザは?」


「ザムザは……顔見知りも多いですし、昔から活動しているので、街全体が顔見知りって感じです」


「だけど、フリージア王国全体は、わからない?」


「そうですね。冒険者として訪れた街は多いし、交流した人たちもいます。しかし、王国全体の責任は……うーん……」


 話していて気がついたのだけれど、俺は『手の届く範囲の人たち』なら責任という荷物を背負っていける。

 しかし、それ以外は背負えない。


 俺は正直に今の自分の気持ちを話してみた。


「アンジェロ少年。自分一人で背負い込むのは、良くないのである。冒険と同じ、仲間と力を合わせるのである」


「黒丸の言う通り。今は手が届かなくても、そのうち手が伸びるかもしれない。今は責任を負えなくても、責任を負えるようになるかもしれない。時間は五年ある。仕事をしながらゆっくり考えれば良い」


 黒丸師匠とルーナ先生の言葉に、俺はうなずいた。


「そうですね。五年先の事を悩んでも仕方がありません。とにかく、アンジェロ領に帰りましょう! 開発や内政で、やりたいことが沢山あります!」


 それから数日をかけて、王宮や第二騎士団と打ち合わせを行い。

 俺たちは、アンジェロ領に戻った。



 *



 女魔法使いミオは、逃亡生活を送っていた。


 ハジメ・マツバヤシを殺害したので、メロビクス王大国の王宮には戻れない。

 メロビクス王大国と接近したニアランド王国も危険。

 敵国だったフリージア王国も危険。


(身の置き場がありませんね……。しかし、戦場近くにとどまるのも危険です……)


 仕方なくメロビクス王大国とニアランド王国の国境線近くの街を、点々と伝って南下していた。

 移動は乗合馬車や徒歩だ。


 ハジメ・マツバヤシは、金払いは悪くない主君であったので、幸い逃亡資金は十分に持っていた。


(どこかで冒険者でもやりますか……。ミスル、イタロス、ベロイア……。うーん、どこが安全でしょう)


 将来の事を色々考えながら、メロビクス王大国の南東部まで下ってきた。

 小さな街の宿屋に入り、部屋で荷物の整理を始めた。


 金はまだある。

 しかし、どこかで落ち着いてくらしたい。

 服や下着を洗濯して、ゆっくりと食事をして、自分のベッドに横になる。


「当たり前の普通の生活で良いのですが……」


 荷物を整理しながら、独り言をつぶやく。

 孤独が嫌いではないが、ずっと一人は気が詰まる。

 解消する為に、何かを口にするのだ。


 荷物の中から、小さな革袋が出てきた。

 あの日、ハジメ・マツバヤシを殺害した日から見ていない物――拳銃が入っている革袋だ。


 女魔法使いミオは、革袋をジッと見た。

 自分の気持ちに区切りをつけるつもりで、革袋から拳銃を取り出してみた。


 拳銃を握ってみるが、手に馴染まない。

 この武器の威力は認める。

 ハジメ・マツバヤシだけが、持っていた武器だ。

 価値は高いだろう。


 拳銃を触っている内に、あの日の記憶が蘇ってきた。

 敵国の魔法使いである自分を見逃した二人の王子。


「名前は、アルドギスルとアンジェロでしたね……。そう言えば……拳銃について何も聞かれませんでしたね……。なぜ?」


 ミオは不思議に思った。

 自分がハジメ・マツバヤシを殺害した武器は、フリージア王国の王子二人が見たこともない武器のはずだ。


 何も聞かれなかったのは、なぜだろう?


「……興味が出てきました」


 それに二人の印象は悪くない。

 フリージア王国は敵国ではあるが、あの王子二人なら話が出来るのではないか?


「あの時も見逃してくれたし」


 翌朝、ミオは宿屋の女将に、フリージア王国への行き方を聞いた。


「フリージア王国なら、シメイ伯爵領まで乗合馬車が出ているよ」


「シメイ伯爵領ですね。ありがとうございます」


 女魔法使いミオは、シメイ伯爵領へ向かうことにした。

 オンボロ乗合馬車に乗り、メロビクス王大国から東へ。


 安全な訳ではない。

 不安はある。


 荷台にゴロリと寝転がり、ミオはつぶやいた。

 あの日アンジェロに言われた言葉だ。


「美人が嫌いなヤツは、いないでしょう」

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