第92話 極大魔法メテオストリーム メロビクス王大国軍戦4
「アンジェロ! 極大魔法メテオストリームを放て!」
「わかりました!」
ルーナ先生からの指示は、極大魔法の使用――つまり、魔法一発で終わらせろと言っている。
極大魔法メテオストリームは、大賢者と呼ばれた古のハイエルフが考案した大規模魔法だ。
隕石落としのメテオを広範囲で発動させる。
大量の魔力を消費する上、土属性魔法と火属性魔法の合わせ技なので、難易度は非常に高い。
使えるのは、おそらくルーナ先生と俺だけだろう。
かつてルーナ先生に手本を見せてもらった時は、メテオストリーム一発でルーナ先生が魔力切れを起こし昏倒した。
その後、ルーナ先生は、丸一日寝ていた。
それほどの魔法をこの戦場で使えば、敵に多数の死傷者が出る。
だが、俺はもう敵に対する同情心は消えていた。
獣人の村を襲い皆殺しにしたメロビクス王大国軍。
裏切ったニアランド王国軍。
両方まとめてメテオストリームで、斬って捨てる!
「発動までの時間稼ぎをお願いします」
「任せろ」
俺は両腕を伸ばし、目の前の虚空に大量の魔力を練り込む。
魔力を練り込み大きな岩の塊を作り出す。
それを複数箇所、同時に行う。
どこから、どこまでを攻撃範囲にするか?
敵と味方がもみ合っている最前線は除外しよう。
最前線から少し下がった位置を始点に、メロビクス王大国軍陣地、ニアランド王国軍陣地までを攻撃範囲に設定する。
設定した攻撃範囲上空に無数の岩石が形作られ、火属性魔法で岩石が燃え上がる。
チラリと地上を見ると、シメイ伯爵隊と第二騎士団が、メロビクス王大国軍と激しくやり合い、異世界飛行機グースが空から魔法を撃ち込んでいる。
中央ではアルドギスル兄上の部隊が、メロビクス王大国軍を馬防柵越しに押し返し、横から攻めてくるニアランド王国兵には、盾を並べて対応していた。
危険な箇所は、ルーナ先生が上空からピンポイントで、魔法攻撃を行い防御線は崩れていない。
(黒丸師匠たちも無事か)
国王本営近くで、ニアランド王国兵をダース単位でぶちのめす黒丸師匠が見えた。
ゴルフの打ちっぱなしでも来ているように、気持ちよさそうなスイングを見せている。
ボイチェフ、サラ、豹族の少女二人も、黒丸師匠のカバーを上手くやっている。
(さて……そろそろ……煮えてきたかな?)
空中に浮かぶ岩石は、火属性魔法の火炎で炙られて、芯まで熱せられている。
大きな魔力と気温の変化が気象に影響を与え、雲が恐ろしい早さで流れていく。
「アンジェロ。そろそろだ」
「はい!」
ルーナ先生が頃合いを知らせてくれた。
俺は莫大な魔力を使って、真っ赤に熱せられた岩石を上空高く舞い上がらせる。
体中から魔力が引き抜かれていく感覚を味わいながら、巨大な岩石が空の点になるまで魔力を放出する。
青い空の果て、俺の持ち上げた岩石がケシ粒の大きさに見えた。
「メテオストリーム!」
俺は腕を振り下ろし、空高く舞い上げた岩石に逆の魔力を与える。
高高度から魔力に押された大量の岩石が、地上に落下を始める。
ゴゴゴゴゴゴ……。
空から不気味な音が降ってきた。
熱せられた岩石の落下音だ。
大量の岩石は自由落下で加速をしながら、空気を切り裂き、大気と擦れ、熱量を増大させて地上に降り注ぐ。無数の岩石が、無数の隕石と化すのだ。
地上の兵士たちが、異様な音に気がつき、皆空を見上げる。
「な、何であるか!」
黒丸師匠が、ひっくり返った声を上げた。
あ……ごめん。
黒丸師匠に極大魔法を発動すると、伝えるのを忘れていた……。
ルーナ先生が、黒丸師匠に怒鳴りつける。
「黒丸! 本営へ待避だ! メテオストリームが来る!」
「早く言うのである!」
血相を変えた黒丸師匠が、豹族の少女二人を両脇に抱え走り出した。
サラとボイチェフも必死に走り、黒丸師匠の後に続く。
「バカ! アンジェロ! デカイの撃つ時は、先に言え!」
「あーんじぇろ! それはないだ! なーんまら、恐ろしいだ!」
すまん……。
多分、範囲外だと思うけど、国王本営の方へ逃げてくれ。
黒丸師匠が逃げ出したあたりから、両軍の兵士が悲鳴を上げて逃げ出した。
「うわああああ!」
「逃げろ! やられるぞ!」
「総員退避! 退避だー!」
最前線だった所がきれいに空き、東西に兵士が逃げていく。
重装騎兵も必死で逃げるが、最前線を除く戦場全体が攻撃範囲だ。
悪いが、馬の足じゃ逃げ切れない。
「アンジェロ! 魔法障壁を! 私は北側に張る!」
「了解です! 西側に張ります!」
俺とルーナ先生は、メテオストリーム着弾後の衝撃に備えて魔法障壁を展開した。
フリージア王国軍を守る形で、厚めに覆う。
これで多少の衝撃波や土塊は防ぐことが出来る。
耳障りな落下音が大きくなってきた。
ルーナ先生が、声をはる。
「間もなく着弾……今!」
空高く舞い上げられた岩石が、地上に降り注いだ。
轟音と共に炎と土煙が舞い上がり、大量の衝撃波や土塊がフリージア王国軍に降り注いだ。
「くっ……」
俺が予想していたよりも、極大魔法メテオストリームの威力が強めだったらしい。
空中に浮かぶ俺とルーナ先生は、ぐらつきながらも何とか姿勢を保った。
異世界飛行機グースが衝撃波に煽られ背面飛行になり、後部座席の魔法使いが必死でシートにしがみつくのが視界の端に見えた。
地上では、立っていた兵士が吹き付けられた衝撃波で転倒し、数メートル転がっていった。
敵メロビクス王大国軍、裏切り者ニアランド王国軍の様子は、土煙と巻き上がる炎で見えない。
やがて、土煙が収まり視界が確保された。
「アンジェロ。見事だった。戦争は、終わった」
「……はい」
空から見下ろす大地は、地形が変わり、無数の兵士の死体が横たわっていた。
動く者はなく、生き残ったフリージア王国軍兵士ですら一言も発しなかった。
*
――数分前。
メロビクス王大国軍のシャルル・マルテ将軍は、上機嫌だった。
本営から戦場を見渡し、ほくそ笑む。
示し合わせた通り、ニアランド王国が裏切り、フリージア王国第一王子ポポの軍勢が後退をした。
国王本営を直撃する重装騎兵の突撃は寸前で阻止されたが、二の矢三の矢を放てば良いだけだ。
メロビクス王大国軍の優勢は、変わらない。
シャルル・マルテ将軍は、そう戦局を分析していた。
「シャルル・マルテ将軍! ニアランド王国副将アラルコン様がいらっしゃいました!」
「お通ししろ」
本営を守る騎士に案内されて、ニアランド王国副将アラルコンが現れた。
「これは! これは! 将軍! この度の勝利! おめでとうございます!」
「ふっ……。アラルコン殿、気が早いのではないかな?」
「いえ、いえ! 我らの策が、はまりましたこと間違いございません! 勝利は、揺るぎません! つきましては、戦後はよしなに……」
「うむ。貴官と貴国の協力は、本国に必ず伝えよう。宰相である我が父ミトラルにも、良くお伝えしよう」
「ははーっ!」
アラルコンはもみ手をし、シャルル・マルテ将軍は余裕たっぷりに受け答えた。
二人とも自軍の勝利を微塵も疑っていないのだ。
「お客人にワインをお持ちしろ」
二人は銀杯に注がれたワインで乾杯をしようとした。
シャルル・マルテ将軍は、気がついた。
陽の光を受けて輝いていた銀杯が鈍い色に変わり、赤く美しいワインの色もどす黒く変わった。
先ほどまで、頬を照らしていた暖かな太陽が陰ってしまったらしい。
辺りが薄暗くなっているのだ。
(はて? 雨でも降るのであろうか? そういえば、空がゴロゴロ鳴っていたな……)
シャルル・マルテ将軍は、のんびりとそんなことを考えた。
「空が……落ちてくる……」
「なに?」
シャルル・マルテ将軍の横に立つ従者が、空を見上げ顔を引きつらせながらつぶやいた。
シャルル・マルテ将軍は、客の前で主人の許しもなく言葉を発する従者の無調法をとがめようとした。
だが、従者の恐怖に引きつる異様な顔を見て、視線の先――空を見上げた。
「なっ!」
シャルル・マルテ将軍の視界いっぱいに、炎をまとい落下する隕石群が見えた。
「こっ! こんな……バカな!」
シャルル・マルテ将軍は、言葉を失う。
ニアランド王国副将アラルコンは、空を見上げたまま失禁し、腰を抜かした。
既に前線の兵だけでなく、本営の兵士も逃げ始めていた。
重装騎兵があちこちに逃げ回り、本営も混乱の波にのまれた。
「助けてくれ!」
「逃げろ!」
「ひいー!」
悲鳴と絶叫が辺りを支配する。
シャルル・マルテ将軍もニアランド王国副将アラルコンも、なすすべがなかった。
――どうしてこうなった!?
二人とも、そう叫びたかったが、恐怖に支配され声が出なかった。
「将軍! お逃げ下さい! 早く!」
将軍付きの騎士が、シャルル・マルテ将軍の体を強引に抱え走り出した。
「う……うむ……」
転倒しそうになりながら、シャルル・マルテ将軍は走り出した。
後ろから、ニアランド王国副将アラルコンの涙混じりの声が聞こえた。
「将軍! お待ちを! 私も! 私も! お助け――ぐへっ!」
振り返ると、恐怖に震えるアラルコンが、逃げる重装騎兵に踏み潰されていた。
(あれでは、助かるまい……。いや、今はそれより、我が身のことを……)
シャルル・マルテ将軍は、駆けた。
やがて、轟音と共に多数の隕石が着弾し、地面が揺れ、衝撃波と熱が襲いかかってきた。
お付きの騎士ともはぐれ、マントも破れ、よろけながら逃げ惑うシャルル・マルテ将軍。
その頭上に高高度から落下する隕石が、凶悪な唸りと共に迫った。
足を止め、空を見上げた時、シャルル・マルテ将軍は絶望し叫んだ。
「なぜだ……、なぜだ……、なぜなのだあー!」
シャルル・マルテ将軍の問いには、誰も答えなかった。
否、シャルル・マルテ将軍の周りに、生存している者はいなかった。
視界いっぱいに広がる燃えたぎる隕石。
それがシャルル・マルテ将軍が、最期に見た光景だった。
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