第66話 異世界飛行機テスト飛行

「ふう。飛行場は暑いな」


 俺はテスト飛行前の異世界飛行機の操縦席で独り言ちる。


 アンジェロ領で迎える初めての夏。

 大陸北部にあるアンジェロ領は、夏でもそれほど暑くはならないようだ。体感で昼間は二十五度くらい、夜になるとかなり涼しい。

 記憶の中にある日本の猛暑に比べると過ごしやすい。


 今日は異世界飛行機の一回目のテスト飛行を行う。

 土魔法で造成した、だだっ広い飛行場に俺の乗った飛行機『グース』がポツンと待機している。


 飛行場は荒れ地エリアに作ったので遮蔽物がない。その上、荒れ地エリアは風も吹かないので夏場はちょっと暑い。

 飛行場に夏の日差しが降り注ぐと滑走路の石は熱を持ち、輻射熱がパイロット席に座る俺を焼く。


「まあ、今日は失敗する予定だけどね……」


 開発メンバーや見学者たちは、滑走路から離れた所に待機している。聞こえないのを良い事に、俺は一人で言いたい放題だ。


 今回テスト飛行に漕ぎ着けた異世界飛行機『グース』は、『ウルトラ・ライト・プレーン』だ。


 ウルトラ・ライト・プレーンは、転生前の日本でTVやインターネットで見かけた。ハンググライダーの下に小さなエンジンと座席を設えた超小型飛行機で、TVの中では渡り鳥と一緒に編隊を組んで空を飛んでいた。


 ウルトラ・ライト・プレーンの利点は、コンクリート製の飛行場がなくても、平地、草地なら離着陸出来る上に、離着陸に必要な距離も短い。機体重量が軽いからだ。エンジンも、ちゃんとした飛行機ほどのパワーを必要としない。


 欠点としては、操縦者はほぼむき出しの状態なので、空の寒さに影響を受けるし、空気の薄い高度まで上昇は出来ない。

 また、機体強度がなく、エンジンが小さいので、強風に弱い。



 今回テスト飛行をする異世界飛行機『グース』は、ハンググライダーのような三角形の布製翼の下に木材で骨組みを作り操縦者が座る。魔導エンジンとプロペラは操縦者の後ろに取り付けた。


 魔導エンジンを除くとほとんどが木製で、テスト機というよりは、実物大のモック――木製の模型だ。正直、このテスト機で飛行は出来ないと思う。

 今日は失敗しても良いのだ。



 異世界飛行機の構想は、大分前からあった。

 女神ズからこの世界のポイントを上げろと言われた頃から朧げに考えていた。


『異世界で飛行機を飛ばしたら、みんなビックリするだろう!』


 飛行機を開発しようと思ったきっかけは、そんな悪戯心だ。 

 実現方法を考えているうちに『自分で作った飛行機で空を飛びたい!』と気持ちが強くなった。


 つまりは……ロマン!

 サンテグジュペリに、愛を捧げるのだ!


 もちろん、ロマンだけではない。

 飛行機を開発すれば、情報伝達の高速化や軍事利用などの実利もある。

 飛行魔法を使えない者でも、空を飛ぶ事が出来るのは大きい。


 技術ツリーをコツコツと書き地球の技術体系を整理して、ルーナ先生の妹ファーさんに魔導エンジンの開発を手紙で依頼した。


 手紙のやり取りは五年以上続き、ルーナ先生の妹ファーさんはアンジェロ領に引っ越して来てくれた。


 ファーさんはダメな理系女子って感じで、髪の毛はいつももしゃもしゃ。動きやすいからとショートパンツを愛用しているが、あまり色気を感じさせない。


 俺とファーさんは、五年間の手紙のやり取りがあるので、異世界飛行機が『どんな物なのか』具体的なイメージを共有できている。

 だが、ホレックのおっちゃんや他のエルフ、リス族のキューは、異世界飛行機のイメージが掴めていない。

 そのせいで作業に迷いがあるようだ。イマイチ作業スピードが上がらない。


 そこで、俺はみんなを急かして無理矢理『グース』を組み上げ、テスト飛行を強行する事にしたのだ。

 グースが飛ばなくても動いている所を見れば、自分の作っているパーツがどんな役割なのか? 自分の作業は何の為にやっているのか? その辺が掴めると思う。


 滑走路わきに立つリス族のキューが手を上げた。ゴーサインだ。

 俺は操縦席から振り返り、機体後部の魔導エンジンのスイッチをオンにした。


 ハイブリッド車が走り出す時に似たフィーンという音が聞こえて来た。魔導エンジンが燃料タンクの魔石から魔力を取り込み起動した証拠だ。

 魔導エンジンが動き出し、機体後部の木製プロペラがゆっくりと回転を始めた。


「おおっ!」

「回転した!」

「魔導エンジンは順調!」

「すごい!」

「画期的だ!」


 滑走路脇で様子を見ているエルフやホレックのおっちゃんたちから歓声が上がる。


 魔力を回転運動に変換する事、無属性魔石の魔力を燃料にする事はクリアだ。ルーナ先生の妹ファーさんが、この五年間取り組んで来た研究成果が実証された。


 さて、ここからどうなりますか……。


 プロペラの回転速度が上がり、徐々に異世界飛行機『グース』が前進を始めた。

 タイヤも木製なので乗り心地が悪い。運転席にゴツンゴツンと振動が伝わって来る。滑走路は魔法で造成したので、真っ平で継ぎ目はない。振動が伝わるという事は、タイヤが歪んでいるか、車軸の不具合だな。


 長い滑走路をグースが進んでいくが、スピードが上がらない。

 スクーターがゆっくり走る程度の速度しか出ない。これではとても飛行は出来ないな。


 プロペラの軸受けの部分は木製なので、キイキイと摩擦音がうるさい。これでは魔導エンジンのパワーを相当ロスしている。

 魔導エンジン自体もパワーが足りない。もっとパワーアップしないと空には飛びたてない。


 滑走路の端まで来たので機体から降りて手作業でグースを回転させ、また滑走路を走る。

 すると見学に来ていた白狼族のサラがグースに並走し出した。


「アンジェロ! 凄いな! ちゃんと走っているじゃないか!」


「ああ、でも今回は失敗だよ。空を飛ぶ事は出来なかった」


 俺は気落ちした声でサラに答えた。失敗するだろうとは思っていたけれど、実際に失敗するとガッカリ来る。


「でも、走っているぞ! 凄いぞ! 凄いぞ! ハハハハハ!」


 この異世界の人にとっては、魔道具が自走するだけでも画期的な出来事だろうな。


 サラは楽しそうに笑うとグースにヒョイと飛び乗り、俺の背中に抱き着いて来た。サラと二人乗りのグースは、ノンビリと滑走路を進む。ふふ、悪くないな。気持ちが和んだ。


「ありがとう。サラ」


 俺は小さな声でサラに礼を言った。だけどプロペラの音がうるさいみたいで、サラにはよく聞こえなかったらしい。


「うん? 何か言ったか?」


「別にー!」


 後ろからギュッと抱き着いて来たサラに照れながら、俺は開発メンバーが待つ方へグースを走らせた。


 魔導エンジンのスイッチを切って、グースが完全に停止すると開発メンバーが集まって来た。

 さて、課題はまだまだ多いが、一つ一つみんなで力を合わせて乗り越えて行かないとな。


 今日が異世界飛行機『グース』開発の再スタート日だ。



 *



「ご苦労だった。それでは報告せよ」


 リス族の族長ペーは粗末な小屋の囲炉裏のそばに座り、目の前に座るリス族の男に報告を命じた。男はアンジェロ領とリス族の間を定期的に往復している連絡員だ。

 族長ペーも連絡員もあまり人化していない為、大きなリスのぬいぐるみが向かい合って話をしているように見える。


「はっ! キュー様は新しい魔道具開発に加わっており、先日そのテストが行われました」


「ふむ。空を飛ぶ魔道具だったな? テストは見たのか?」


「はい! それはもう不思議な光景でした! こう……大きな物が動いたのですよ!」


 族長のペーは男の話している事が、さっぱりわからなかった。

 ただ、何か凄い物をアンジェロ領では制作しており、その制作に自分の息子が加わっている事は理解出来ていた。


「うむ。それで空飛ぶ魔道具は完成したのか?」


「いえ。まだ難しいそうです。そこでアンジェロ殿から依頼が来ております。空飛ぶ魔道具の制作にリス族の人手を借り受けたいそうです」


「ほう!」


 族長ペーは、喜びの声を上げた。


 アンジェロたちと接触してから、獣人三族の暮らしに変化が訪れた。

 それまでは騎士ゲーと細々と物々交換を行うだけだった。物々交換で得られるのは、ほんの少しの塩と大麦だけ。

 獣人たちの食事は質素で、少しの塩を振りかけただけの魔物の肉と大麦のカユであった。


 だが、アンジェロと交易を持ってから小麦の柔らかいパンを食べられるようになり、肉に使う塩の量も増えた。


 どうやら前の交易相手より、新しい人族の長であるアンジェロは良い交易相手だ。

 獣人の族長たちはアンジェロと積極的に交流を持つ事を決め、自分たちの子供――サラ、ボイチェフ、キューの三人を領主エリアに常駐させる事にした。


 すると子供たちは、ちょこちょこと仕事の依頼を引き受けて来る。

 人族の長アンジェロは、小麦、塩、酒、鉄製の道具を対価として支払ってくれた。獣人の族長たちは喜び、人族の若い長アンジェロへの信頼を深めた。


 だが、リス族の族長は、自分の部族が他の獣人族――白狼族と熊族より少し出遅れたと考えていた。


 白狼族は狩りの得意な獣人部族で、魔物の素材や採取した薬草を定期的に人族の長アンジェロと交換している。

 オマケに白狼族族長の娘サラは、人族の長アンジェロについて回っているらしい。


 熊族はとにかく力が強い。若い熊族の男を木こりとして人族の集落へ派遣し対価を得ている。


 だが、自分たちリス族は……手先が器用で得意なのは道具作りだけだ。

 人族の持つ道具の方が、物が良いので、取り引きをする材料がない。


 獣人三族の中で力が弱く、元々少し引け目を感じていたリス族は、自分たちの置かれた状況に危機感を感じていた。

 これまでは自分たちが獣人三族の中で道具作りを引き受ける事で、存在価値を示して来た。


 だが、人族の鉄製の道具が入って来た為、自分たちの存在価値が下がり始めている。


(リス族が生き残る為には、どうしたら良いのか……)


 族長のペーは、悩んでいた。

 そこへ人族の長アンジェロから、『リス族の人手を借り受けたい』と言う依頼は心が晴れやかになる出来事だった。


 自分たちリス族は必要とされている!

 その事を族長ペーは素直に喜んだ。


(ここかも知れぬ……)


 自分たちリス族が生き残るには、空飛ぶ魔道具制作に貢献する事だと族長ペーは考えた。


「わかった! 人族の長の依頼を受けよう!」


 リス族は派遣を決定した。


 こうしてアンジェロ領北部にある獣人たちは、徐々にアンジェロに依存し取り込まれて行くのであった。

 アンジェロ領は、多部族多人種が共存する領地として発展しようとしていた。

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