第64話 角刈りでM16ライフルを持っている人
会議は荒れた。
それはもう大荒れになった。
エルフの奴隷と聞いた瞬間にルーナ先生ブチ切れた。
当然の事ながら四人のエルフもブチ切れた。
流石に館を破壊する事はなかったが、『メロビクス王大国を攻め滅ぼせ! エルフを助け出せ!』と、五人で俺に詰め寄って来た。
だが、一領主で第三王子という立場の俺には無理な相談だ。
俺は詳しい調査実施と、調査の結果エルフ奴隷が存在するのであれば必ず救出すると約束した。
大混乱の会議は解散して、俺、じい、ジョバンニ、黒丸師匠で書斎に移動した。
ドアが閉まった瞬間、俺はぼやいた。
「参ったな……。また、エルフ奴隷か……」
「ルーナたちは、ブチ切れていたのであるな。エルフは同族愛が強いのである」
「奴隷商人ベルントの所で一度経験していましたが、改めて凄いですよね……」
黒丸師匠も処置なしだと腕を組んでドカリとソファに腰かけた。
ジョバンニが心配そうに聞いて来た。
「それでアンジェロ様、どういたしますか? メロビクス王大国でと一戦交えるのは流石に不味いかと」
「いやあ、そりゃダメでしょ! 俺の立場じゃ不味いよ! 俺が原因でメロビクス王大国とフリージア王国が戦争になるとか不味いでしょ!」
「それにメロビクス王大国は、その名の通り大国である。一戦交えて簡単に勝てる相手ではないのである」
黒丸師匠の言う通りだ。
ルーナ先生たちは感情的になって『攻め滅ぼせ』なんて言っていたけれど、そんな事が出来る相手じゃない。
「それでは、放っておきますか?」
「それも不味いだろう。『人族領域において困難な状況のエルフ族を見つけた場合は、保護する』ってエルフとの約束としたばかりだからな。俺は『エルフの友』になっちゃったしね」
それまで黙って考え込んでいたじいが、ズシリと腹に響く声を出した。
「少数精鋭で奪還するしかありませんな」
メロビクス王大国から戻って来てから、じいは迫力が増した気がする。
言葉にも説得力が出て来た。じいの考えを聞いてみよう。
「続けて」
「エルフの奴隷がメロビクス王大国にいる事は確定でしょう。アンジェロ様はエルフとの約定がございますので、助け出さなくてはなりません。しかし、メロビクス王大国と表立って事を構えるのはまずい。ならば……」
「極秘作戦か?」
「左様でございます」
どうだろう?
やった事がないから想像がつかないし、良し悪しの判断もつかない。
「ふむ。その方が良いのである。『王国の牙』が正面切ってメロビクス王大国に乗り込んで交渉しても、エルフの奴隷を解放するとは思えないのである」
黒丸師匠は極秘作戦に賛成か。
黒丸師匠の言う通り正面から交渉しても良い結果は得られないだろう。
メロビクス王大国は、『エルフを奴隷にしない』という不文律を破っている。
俺たちが何か言ったところで、エルフの奴隷を解放しないだろう。
俺はじいに続きを促す。
「じい、何かプランがあるのか?」
「まず、奴隷にされたエルフたちの居場所を探りましょう。居場所さえ分かれば、アンジェロ様やルーナ殿が転移魔法を使って、エルフたちを脱出させる事も出来ましょう」
確かに、転移魔法を防ぐ手はない。
俺とルーナ先生がエルフ奴隷のいる場所なり建物なりに密かに入り込めば、誰にも気づかれないように転移魔法でエルフ奴隷を逃がす事が出来る。
「問題は居場所を探る方法だな……」
「プロを雇いましょう。心当たりがございます」
「大丈夫なのか? その人物は信用出来るの?」
「口は堅いですし、仕事も確実です。ただ……」
「ただ?」
「料金は、ちと高額です」
どんな人だ?
俺は頭の中にМ16ライフルを持った角刈りでスーツ姿の男を思い浮かべてしまった。
「わかった。エルフの居場所を突き止めるのは、そのプロに任せよう。ジョバンニお金を用意してあげて」
幸いクイックの販売が好調だから、調査費用は捻出出来る。
話が一段落すると、黒丸師匠がじいを護衛して来た四人の冒険者について話し始めた。
「アンジェロ少年。あの四人の冒険者はどうするのであるか?」
「どうとは?」
「メロビクス王大国に帰すのは、不味いのである。こちら側の動きがバレるのであるよ」
「ああ、確かに……」
四人には十分な報酬と謝礼を渡した。
だが、メロビクス王大国に戻ってからアンジェロ領で何があったか黙っていてくれる保証はない。
かといって始末するって訳にもいかない。
協力者な訳だから流石に不味い。
俺が判断を迷っていると黒丸師匠が意外な提案をして来た。
「アンジェロ領に冒険者ギルドの支部を開設するのである。あの四人にアンジェロ領の冒険者ギルド所属になって貰えば、問題は解決するのである」
「ええ!?」
「話はそれがしの方で進めるのであるよ。アンジェロ少年は許可だけ出してくれれば、良いのである」
冒険者ギルドの支部か……。
ちょっと驚いたけれど、先々を考えたらあった方が良いな。
それにあの四人の冒険者を軟禁するよりも、『ウチの領地の冒険者ギルドで、ぜひ働いてください!』ってスカウトする方が良いよな。
「それ名案ですね。冒険者ギルド開設の方向で進めて下さい」
「わかったのである。ところで、この町の名前はどうするのであるか?」
「えっ!? 名前? アンジェロ領の町ですけど?」
「いや、それでは呼びにくいし冒険者ギルドの支部を開設するのに困るのである。『ザムザ』みたいに、町の名前をつけるのである」
「ああ、わかりました」
面倒臭いがしょうがない。
町の名前か……。どうするかな……。
*
その夜、アンジェロ領の客間でじい――コーゼン男爵を護衛していた四人の冒険者『エスカルゴ』は、酒を飲んでいた。
「クッ……まず……」
「グエ……この味……」
「いや、未体験の……」
「酒精は強いわ……」
四人はアンジェロ領の新しい名産品即製酒クイックを飲んでいた。
先ほどアンジェロが差し入れた物だ。
「しかし、変わった王子様だったな」
リーダーで戦士のミシェルはオレンジ色の髪の毛をかき上げながら、先ほどのアンジェロを思い出していた。
アンジェロは、『エスカルゴ』の四人に『アンジェロ領で冒険者として働かないか?』と誘いに来たのだった。
「いやあ、まったく。俺は王子様と話をしたのは初めてだぜ。王子様ってあんなにやさしい感じなのかね?」
ミシェルの弟マルセルは、アンジェロに良い印象を持っていた。
王族でありながら有名な冒険者パーティー『王国の牙』のリーダーでもある。
威張ったりせずに一人の冒険者として、対等な立場で誘われた事に驚いたのだ。
マルセルの言葉に盗賊のジャンが反応した。
「あれは例外だろ。普通は王子様だの王様だのは、俺たち冒険者と口をきいてくれないよ」
「そうだな。メロビクスの王様や王子様なんて、見た事もないからな」
「だろ? それにあの食堂! 王子様も奴隷もみんな一緒に同じ物を食ってたぜ!」
「ああ! ありゃ驚いた!」
アンジェロ領では、まだ出来たばかりの領地なので食品の流通がない。
食料品店もなければ、定食屋も居酒屋もない。
そこでアンジェロは、みんなに食堂で食事を提供する方式にしている。
元日本人のアンジェロの感覚で言えば、『社員食堂』や『学食』のノリ、ごくごく普通の事だ。
だが、この異世界の四人にとって、身分の高いアンジェロと身分が最底辺の奴隷が同じ場所で同じ物を食べるのはあり得ない事だった。
「あたしは良いと思うな」
紅一点魔法使いのルネが、アンジェロ領に残留する明確な意思表示をした。
「ここはご飯も美味しいし。アンジェロさんも親切よ。私たちでお手伝いできる事があるなら、やってあげようよ!」
マルセルとジャンは、ルネの言葉に肯くとリーダーのミシェルを見た。
「そうだな。じゃあ、『エスカルゴ』はここアンジェロ領で活動しよう!」
こうしてアンジェロ領に人が増えた。
今度はメロビクス人、次はどこの国の出身者がやって来るのだろうか。
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