第61話 ミーとコウモン
「いやあ世話になったな! また寄らせて貰うぜ!」
ウォーカー船長の船『愛しのマリールー号』の修理に十日間かかった。
俺とじいとジョバンニは、出発の見送りで波止場に来ている。
ちなみに『マリールー』はウォーカー船長の奥さんの名前らしい。
まったく、木材を片端から船の修理に使いやがって!
こっちの在庫がなくなっちまったじゃねえか!
だが、ここからは俺のターンだ……。
俺は笑顔でウォーカー船長に語りかける。
「ところでウォーカー船長。お酒はお好きですか?」
「酒? 当たり前だろう! エリザ人は、産湯につかるより早く酒を飲むって言われているんだ。エリザ人で酒が嫌いな奴はいねーよ」
「じゃあ、これを試してみませんか?」
俺はアイテムボックスからクイックの入った小樽を取り出し木のコップに注いだ。
アルコールの匂いが潮風に混じる。
「うん? 透明な酒? エールじゃねえし、ワインでもねえ?」
ウォーカー船長は怪訝そうに木のコップに注がれた酒を見ている。
値踏みする商人の目だ。
「アンジェロ領の特産品です。クイックと言います。『早い』という意味です。これを飲むとすぐに酔っぱらうからクイックです」
「おもしれえな。エリザ人相手に酒の強さ自慢かい? そいじゃ、いただきま――グッ! グオ! なんて物を飲ませやがる!」
ウォーカー船長は、ヘッドバンキングみたいに頭を上下に振った。
ふふ。エリザ人にもインパクトがある酒だったみたいだね。
「どうですか?」
「どうもこうもねえ。すげえ強い酒だな!」
「でしょう。まあ味の方はひどいと思いますが……」
「そうか? クセはあるけど、結構イケルぞ?」
「……そいつは良かった」
あの味が『結構イケル』なのか……。
エリザ人の味覚がおかしいのか?
それともウォーカー船長の味覚が――まさか、奥さんのマリールーさんがメシマズ嫁とか!?
味の件には触れないでおこう。地雷を踏み抜いてはいけない。
俺はクイックの入った中樽を四つアイテムボックスから取り出しウォーカー船長の前に並べた。
「クイック中樽四つならお分けしますよ」
「売ってくれるのか? いや、待てよ、オイ……。これだけ強い酒だ。高いだろ?」
「一樽金貨五枚――」
「買った! 四樽で金貨二十枚だな? 買った! ホレ受け取れ! オーイお前ら! この樽も積み荷だ! 良いか大切に扱え! 落とすなよ!」
ウォーカー船長は、俺の言葉の途中で商談をまとめてしまった。
すぐに手下の船員に指示を出しクイックの入った樽を船に運び込ませた。
そんなに気に入ったのかよ!
「えーと、ちなみにブルムント地方では、一樽金貨七枚が販売価格です」
「その辺は俺に任せてくれよ。ブルムントは内陸国だよな? なら馬車で運ぶだろ? こっちは難破遭難の危険を伴う船乗り稼業よ。命の値段を価格に上乗せさせて貰うぜ。良いだろ?」
ジョバンニをチラリと見ると肯いている。
確かにウォーカー船長の言う事も一理ある。売値はウォーカー船長にお任せしよう。
「わかりました。売値はご自由に。それとこの小樽は差し上げますので、道中で楽しんで下さい」
「良いのかよ! いや~気前が良いな! それから、ここの領地で売れる物が何か教えてくれよ。次、来るときに仕入れて来るぜ」
おっ! クイック効果かな? 次も来る気満々だな。
「そうですね。ウチの領地で足りないのは食料ですね」
「鉄鉱石やミスリルは?」
「うーん、とりあえず足りていますね」
「食料ね……。わかった何か考えとくわ」
「次もお待ちしています!」
ウォーカー船長の船『愛しのマリールー号』は、帆を上げてゆっくりと波止場から離れて行った。
今回の『愛しのマリールー号』来港は、アンジェロ領にかなりのインパクトを残した。
まず、海上交易の可能性が具体的になった事。
それに伴い港に必要な施設が分かった。倉庫、宿屋、水場はすぐに整備が必要だ。
他の船も寄港するようになり、港が動き出せば、新たに雇用も生まれる。
それからメロビクス王大国の情報は気になる。
メロビクス王大国で開発された新しい農業の方法、数年中に戦争が起こる可能性、そして神童の存在。
「アンジェロ様。私をメロビクス王大国にお送りください」
「調べてくれるか?」
「お任せを。また冒険者ギルド経由で連絡を入れますので、アンジェロ様は領地開発の推進に力を注いで下さい」
「わかった。護衛に誰かつけるか?」
「いえ。メロビクス王大国の冒険者ギルドで雇います。地元で人を雇う方が、情報が集まりやすいのですよ」
じいはそう言うとニンマリと笑った。
どうやら一人であちこち動き回る内にじいなりの情報収集法を確立したらしい。
「わかった。任せるよ」
俺はじいをメロビクス王大国の王都に転移魔法で送った。
じいなら何か情報を掴んで来てくれるはずだ。
*
メロビクス王大国の王都メロウリンクでアンジェロと別れたじい――ルイス・コーゼンはすぐに行動を開始した。
まず服屋に入りメロビクス王大国風の服を手に入れた。
コーゼンのこれまでの経験上地元風の服装をしていれば、怪しまれる可能性は低い。無用のトラブルに巻き込まれる可能性も少ない。
フリージア王国貴族服から、メロビクス王大国の裕福な商人服に着替えた。
次に冒険者ギルドに赴いた。
カウンターで受付嬢に穏やかに告げた。
「私は商人のルイスと申します。隠居をして気ままに旅をしておりましてな。旅の護衛を紹介していただけますかな?」
これがコーゼンお得意のカバーストーリーだ。
以前アンジェロから聞いた地球世界の話しを参考にしている。船商人のご隠居のフリをした副王が、国中を旅して悪代官や悪徳商人を懲らしめる話だ。
アンジェロ曰く、『何故だか絶対に正体がバレない』のだそうだ。
実際、イタロス等で情報収集した時もバレなかった。
コーゼンはこのカバーストーリーをいたく気に入っていた。
(確か『ミーとコウモン』とかいう話だったかのう)
フリージア王国の男爵位を振りかざすよりも、
冒険者ギルドの受付嬢はコーゼンを見て、やさしそうな金持ちおじいちゃんの一人旅と判断した。
「かしこまりました。何かご希望はございますか?」
「そうじゃのう。この通りの年寄りですので、気の優しい方が良いですな。それと料金は多少高くても構わないので、腕の良い冒険者を紹介して下さらんか」
「なるほど。では、手配が出来たら宿に使いを出します」
翌朝、早速使いの者がコーゼンの泊まる宿屋に来た。
冒険者ギルドに着くと、四人組の冒険者パーティー『エスカルゴ』を紹介された。
全員が冒険者ランクは二級で、中の上クラスのパーティーだ。
盗賊つまり斥候役の赤毛で細身のジャン。
戦士が二人。ミシェルとマルセルという兄弟で、長身で揃いのオレンジ色の長髪を後ろで束ねている。
紅一点、回復役の魔法使いルネは、癖のある黒髪をトンガリ帽子で抑え込んでいた。
「どうもルイスさんですね。このパーティーのリーダーのミシェルです」
ミシェルがコーゼンに挨拶をするとエスカルゴの全員が軽く会釈をした。
(ふむ。朴訥そうな青年たちじゃ。田舎の出かの。性格重視で選んでくれたか)
護衛の料金は一人一日銀貨一枚。日本円で約一万円を提示された。
第一印象が良かったので、コーゼンは契約する事にした。
それからは、王都近くの農村を中心に地元人の話を聞き歩いた。
コーゼンがメロビクス王大国に入って半月が過ぎた。
色々と情報を集めた結果、どうやら農業技術は王領のある農場から伝わって来ているらしい。
その農場は王都メロウリンクから東に徒歩で5日の距離にあった。
コーゼンは農業技術が開発されていると思われる農場に向かった。
(む! なぜか知らぬが警備が厳しいのう……)
王領の農場は警備が厳しく侵入する事が出来なかった。
柵などがある訳ではないのだが、馬に乗った騎士が農場の周囲を巡回していた。
三日間様子を見たが、コーゼンは情報を得られないでいた。
その夜、宿屋のコーゼンの部屋に盗賊ジャンとリーダーで戦士のミシェルが訪れた。
部屋に入るとリーダーのミシェルが契約の延長について話し出した。
「契約の残り日数が少なくなって来ました。もし、王都メロウリンクにお帰りにならないなら契約の延長をして頂きたいのですが」
「うむ。そうじゃな。契約を延長するのでよろしく頼む」
「ありがとうございます。それと気になっていたのですが、ルイスさんは農業に興味があるのですか?」
コーゼンは予め考えておいた話を口にした。
「そうじゃ。わしは気楽な隠居の身なのでのう。息子の店で売り出す何か新しい作物はないかと探しておるのじゃ」
「ああ、それで王領の農場を気にしているのですね。それで、ジャンから提案があるのですが……」
ミシェルはジャンの方をチラリと見た。
盗賊のジャンは声を潜めてコーゼンに提案を話した。
「ルイスさん。今夜、俺が王領の農場に忍び込んで来ましょうか?」
コーゼンは黙ってジッとジャンを見つめた。
悪い提案ではない。
聞き込みで情報は得られなかった。
あの王領の農場で何を作っているのかまったく不明なのだ。
例えば小麦やありふれた野菜を生産しているのなら、近隣の住民も気軽に教えてくれるはずだ。
だが、誰に聞いても何も知らない。ウソをついている様子はなく、本当に何も知らないのだ。
どう考えても異常。
たかが農場にそこまで厳重な情報封鎖をする理由は何なのか?
コーゼンはあの農場にメロビクス王大国の農業生産力が上昇した秘密があると考えていた。
しかし、農場の警備は厳重で昼間は近づく事が出来なかった。
それなら夜忍び込んでみるのも悪い手ではない。
「やれるのか?」
盗賊のジャンは、ニヤリと笑った。
「大丈夫ですよ。昨晩ちょっと様子を見に行ったのですが、夜になると巡回している騎士も引き上げていました」
「ふむ……」
「俺が忍び込んで、農場の様子を見て報告しますよ。後は作っている作物を何本か引っこ抜いて来ましょう」
どうやらジャンは既に忍び込む下見を済ましているらしい。
ならば成功の可能性もあるだろう。
「頼めるか?」
「良いですよ。その代わりボーナスをはずんで下さいよ」
「良いだろう。約束する」
その後、三人は計画を話し合った。
打ち合わせが済むとコーゼン一行はすぐに旅支度を整えて宿を出た。
盗賊のジャンと戦士ミシェルが農場に忍び込み、コーゼンと残りの二人は街はずれに待機していた。
盗賊のジャンは用意周到に逃走ルートも計画していた。
「バレないようにやりますが、万一バレた時の事も考えて今夜中に町を出ましょう」
コーゼンたちは街外れの街道沿いの木の陰でジッと待っていた。
今夜は満月で忍び込むには不向きな夜だが、農場の様子を見るには月明かりがあり悪くない条件だ
時間は夜の十時を過ぎた頃であろう。
この異世界の夜は早い。町の住民は、もう寝静まっている。
コーゼンは目をつぶり木に寄り掛かり仮眠を取ろうとしていたが、気持ちがジリジリしてとても眠れなかった。
コーゼンが焦れて来た頃、町の方から微かに足音が聞こえて来た。
ジャンとミシェルである。
背中に沢山のズタ袋を背負い足音を殺し速足でコーゼンたちの方へ近づいて来る。
ジャンが親指をグッと上げ、成功をハンドサインで伝えて来た。
コーゼンは肯くとジャンたちの背後を見た。どうやら追手はいない。
リーダーのミシェルが、ハンドサインで指示を出した。
『静かに、前進』
全員無言で肯くと、王都メロウリンクとは逆方向の東へ静かに夜道を歩き出した。
これはジャンが計画した逃走ルートで、王都メロウリンクとは逆方向にある『エスカルゴ』の地元ブルゴンへ向かう。
途中魔物の出る森を通り危険はあるが、そこで追手を巻く事も出来る。
町から離れると歩く速度が上がった。
今夜は夜通し歩く。コーゼンは黙々と足を動かした。
それから五日が経ちコーゼンと『エスカルゴ』の面々は、無事にブルゴンの町に到着した。
一行はブルゴンの宿屋の食堂で久しぶりの暖かい食事とワインにありついた。
「ふう。無事に辿り着けて良かったぜ」
リーダーのミシェルが深く息を吐き出した。
ここまで余計な事はしゃべらずひたすら歩き、途中出くわした魔物を討伐して来たのだ。
「ご苦労だった。感謝しておるぞ。ところで、そろそろ良いじゃろう。農場はどうだった?」
食事が終盤に差し掛かった所でコーゼンは、農場に忍び込んだ報告を求めた。
盗賊のジャンは肩をすくめてみせた。
「いや、ルイスさんには悪いけど普通の農場だったぜ」
「ふむ。他所と変わりないのか? 最近農業の方法が変わったと聞いたがの」
「ああ、その事か! そうそう変わったよ。ウチの実家もやり方を変えたよ」
「何!? ジャンの実家は農家なのか? やり方が変わったのか?」
「ああ、そうだよ。ブルゴンのご領主様は王様と仲が良いからね。去年あたり農業指導員って人が来て、輪栽式に切り替わったんだ。効率が良いらしいよ」
コーゼンは驚きジャンを見つめた。
すると横からミシェルも話に加わり輪栽式農業の話になった。
なんと『エスカルゴ』のメンバー四人の実家は農家で、手伝いに帰った時に全員輪栽式農業の話を家族から聞いていたのだ。
コーゼンは考えた。
ここまでの道中でジャンが盗んで来た作物を見せて貰った。
何種類かあったが、どれも見た事のない奇妙な作物だった。
これは大して価値のある物ではないだろうとコーゼンは考え、盗んだ作物をあまり評価していなかった。
それよりもメロビクス王大国の農業生産力を上げた輪栽式農業の情報を欲していたのだ。
もちろんこれまでに自分なりに情報を集めたが、この四人が持つ情報を欲しい。
コーゼンは決断した。
「どうじゃろう。特別ボーナスを出すので、その話をわしの息子に直接聞かせてやってくれないか?」
「ルイスさんの息子さんにかい? 話すのは構わないが、住んでいるのはフリージアだよな? ちょっと遠いな……」
「フリージア王国への護衛任務とその輪栽式農業の話を息子にしてくれたら、護衛費用とは別に金貨一枚出そう」
「金貨!?」
「金貨!?」
「金貨!?」
「金貨!?」
エスカルゴの面々は目を丸くした。
護衛の報酬とは別に金貨一枚。日本円にして百万円、一人当たり二十五万円のボーナスだ。
二級冒険者のエスカルゴの面々は、これほど報酬が良い仕事を相談されたのは初めてだった。
しかし、フリージア王国は少々遠い。
せっかく地元のブルゴンに帰って来たのだ。ゆっくりしたい気持ちもある。
四人はどうしようかと頬杖をついて考えだした。
するとコーゼンが更なる提案をした。
「一人金貨一枚を支払うがどうじゃ?」
「一人金貨一枚!?」
「一人金貨一枚!?」
「一人金貨一枚!?」
「一人金貨一枚!?」
四人の目の色が変わった。
「やる。やります!」
「お引き受けいたします!」
「フリージアでもどこでも行きます!」
「ルイスさんに付いて行きます」
コーゼンは、心の中でグッと拳を握った。
四人の持っている情報は完璧ではないだろう。
だが、自分が得た情報と突き合わせれば、輪栽式農業の姿が見えてくるかもしれない。
一刻も早くフリージア王国に帰ろう。
「ここからフリージア王国へ行くには、どういう道筋かのう?」
リーダーのミシェルが答えた。
「ここからならニアランド王国を経由してフリージア王国入りですね」
「馬車をチャーターすると何日位じゃ?」
「馬車ならニアランドの王都まで五日ですね。そこから先は、行った事がないのでわかりません」
「よかろう。明日馬車をチャーターしてニアランド王国へ出発じゃ。すまんの。地元に帰って来たところで申し訳ないが、息子に早く会いたくてのう」
「いえいえ。お気になさらず! そうだ! ルイスさん、ここの名物料理を食べてみませんか?」
「名物料理?」
「ええ、俺達のパーティー名『エスカルゴ』の由来料理です」
「ほう。それは是非とも試してみたいのう」
リーダーのミシェルが注文したのは、エスカルゴという大きなカタツムリ型の魔物料理だった。
ここブルゴンではこの料理はご馳走で、ミシェルとしては一人に金貨一枚のボーナスを支払ってくれる気前の良い雇い主に気を遣ったのだ。
コーゼンはアンジェロが歌っていた『ミーとコウモン』の歌を思い出し、目の前に置かれたエスカルゴから視線を外し遠い目をした。
こうしてコーゼンのミッションは無事終了した。
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