第42話 気の毒な家族作戦
奴隷商人のベルントが、応接室に戻って来た。
ベルントの後ろから、ぞろぞろと奴隷が応接室に入って来る。
みんなちゃんと洗った清潔な平民用の服を着ている。血色も良い。ちゃんと食事もさせているのだろう。
うん、管理は行き届いているみたいだな。
全員人族だ。ぱっと見朴訥そうな田舎の人って感じで見た目は普通だ。
奴隷と言っても『りっしんべん』の方じゃなく、労働力の方だからね。
「アンジェロ殿下。ここにおりますのは、農民と木こりでございます」
いち、にい、さん、しい……七人いる。
「ベルント、人数が多いようだが? 必要な奴隷は、使用人にする農民一人と、木こり一人。二人もいれば良いと思っていたのだが」
「はい。ジョバンニさんから、伺っております。しかし、家族ごと買ってしまった方が、殿下のご領地の住民が増えて良いと思いまして、ご用意させていただきました」
「ああ、そういう事か」
まあ、確かにアンジェロ領は住民が少ないからな。
奴隷とは言え人が増えるのは悪い事じゃない……。
ん?
ん、ん、ん?
いやいや、待てよ!
食料問題があるから、やたら人を増やすわけにもいかないな!
アンジェロ領の農地は、あの小さな村の農地だけだ。
だから食料を自給出来ない。
基本的に食料は外部購入。今は商業都市ザムザで買っている。
とすると、人数をやたら増やすのは悪手か?
「ちょっと待て! 食料調達の問題があるから、やたらと人数は増やせないぞ!」
俺が強い口調で告げると、ベルントは大袈裟に驚いて見せた。
「ええ!? そうなのですか? わかりました。それではご入用な者だけをお買い上げください。それでは、奴隷をご紹介させていただいてもよろしいでしょうか?」
いや、いや、いや、ベルントはさ。
俺が王子でお金持ちだから、沢山奴隷を買わせようと思っているだろう。
商人だから売れそうな所には、バンバン押し込もうって魂胆が見え見えだ。
その手には引っかからないぞ!
「……始めてくれ」
「かしこまりました。まずこちらが使用人候補の農民の家族でございます。夫が二十三才、妻が二十一才、娘が五才でございます」
娘は五才って……。
あんな小さな子も売り物なのかよ……。
不安そうな顔で母親の足にしがみついている。
見ているだけで胸が痛い。
「この家族は非常に真面目でございまして、働き惜しみをいたしません。年も若いですから長くお使い頂ける奴隷でございます」
奴隷商人ベルントのセールストークが続く。
笑顔で身振り手振りを交えて、見た目は普通の営業トークなのに、扱っている商品は人間……。
しかし、ちょっと疑問なのは、この家族は真面目なのに奴隷として売りに出されたって事だ。
真面目に働いていれば税も払えるだろう。
どういう経緯で奴隷になったのだろう?
質問してみるか。
「ベルント。そこの者は真面目で働き惜しみをしないと言うが、それなら何故奴隷として売られたのだ? 税が納められないから、領主に売られたのではないのか?」
「はい。ブルムント地方は、ここ数年不作でございまして……。税を納められない者が増えております」
「不作……。なるほど……。では、彼らは怠けていた訳ではないのだな?」
「左様でございます。まだ若い夫婦ですので、村から割り当てられた農地も少なく、その上不作で……。ちょっと気の毒な農民家族なのでございます」
「うーむ。なるほど」
そういう事情なのか……。
それで家族丸ごと、税のカタに売りに出されるのは気の毒だな。
まだ子供も小さいのになあ。
領主も税を待ってやれば良いのに!
俺が考え込んでいるとジョバンニがプッシュして来た。
「アンジェロ様、この者たちは領主エリアの使用人としてお買い求め下さい。荷物の整理や日常の細々した事を片付けるのに人手が必要です」
「うーん、確かにそうだが。人をやたらと増やすのはな……」
「それに彼らは農民です。将来農地を拡張した際は、土地を与えて農民として住まわせる事も出来ます」
「うーん、まあ、そうだね……」
ああ、そんな話しが出たな。
まあ、農地拡張はかなり先になると思うから、しばらくは使用人か。
しかし、三人も必要か?
やはり食料調達面が気になるなあ。
「ベルント、次の紹介を」
「次は木こりの家族でございます。夫と妻は三十五才、息子は十八才、娘は十五才でございます。この家族が奴隷となりましたのは、少々気の毒なケースでございまして……」
また気の毒なのか!
さっきから気の毒アピールをされている気がする。
なんか同情を誘って売りつけようとしていないか?
奴隷商人ベルントは、目をウルウルとさせながら悲壮感たっぷりに語る。まったく! クサイ芝居をしやがって!
「この家族の兄が賭け事で借金を作ってしまいまして……。その兄が先日亡くなってしまったのです。この夫が借金の保証人になっていた為に、借金のカタで奴隷に売られてしまったのです」
それは気の毒だな。
日本でも借金の連帯保証人になった為に、家屋敷を取られたなんて話を聞いた記憶がある。
「そんな事情でございますので、本人たちには何も問題がございません。人格はいたって健全、仕事ぶりは真面目で体も丈夫です。一番のオススメといたしましては、息子も木こりなので、父親と二人でご領地の森林開発に従事させられます。さらに、製材も出来るのですよ!」
「製材か……それは良いな……」
父と息子の二人で木こり……、労働力が二倍だ。
さらに製材も出来るって事は、切り倒した木を木材に加工して貰える訳だ。
領地エリア北側の台地に生えているナラの木や森の木を活用できるぞ。
二人ともガッチリした体格で体も大きい。ベルントの言う通り体が丈夫そうだ。
これはアタリの人材だな!
「木こりは、良い人材だ」
「ありがとうございます!」
「しかし……、二家族買うとなると全員で七人か……。うーん、あんまり人を増やしたくないな……」
アンジェロ領の本拠地エリアに住むのは、俺、ルーナ先生、ジョバンニ、じいの四人だよな。
そこに七人加わると、十一人か……。金はあるが、食料の調達が心配だ。
「ジョバンニ、人が増えると食料が心配だ。他にも鍛冶師や陶工もこれから雇うしな……」
「アンジェロ様、食料が心配なのはわかりますが、ここ商業都市ザムザで調達すれば問題ありません。商業ギルドには、食品商を紹介してもらっております。食料調達はご心配無用です」
「うーん……、そうか……。なあ、ジョバンニ。知っての通り、俺はあまり奴隷を買うのに気が進まない。それも……、あんな小さい子供も買うなんて……。男だけ買えば良くないか?」
そうだな。俺の気が進まない原因は食料問題もあるが、元日本人の倫理観もある。
どう考えてもあんな小さい子供を売り買いするなんて、間違っていると思う!
「アンジェロ様! お優しい気持ちは尊いですが……。家族ごと買い取らねば、家族はバラバラになり、かえって可哀そうな事になりますよ!」
「えっ!? そうなの?」
「そうですよね? ベルント殿?」
「はい、その通りです。もちろん、男だけ買い取る事も可能です。そうすると、残った女房と女の子は別の所に売る事になります」
「別の所?」
「まあ、例えばですが、娼館ですとか」
「ええっ!? 娼館!?」
さっきから農民と木こりの家族が、不安そうな顔をしている。
木こりの方の十五才の女の子は、泣きそうな顔をしているし、農民の五才の女の子は涙目になっている。
にもかかわらずベルントはデカイ声で話して……、あっ!
それ俺に話しているんじゃなくて、奴隷家族の方にわざと聞かせているだろう!
「あの、私たちも真面目に働きますので、夫と一緒に買ってください」
木こりの奥さんが、必死になってアピールして来た。
娘も続く。
「掃除でも洗濯でも何でもやりますのでお願いします! 家族一緒にお願いします!」
ううううんん。そんなに必死に頼まれると……。
「お手伝いします! お父さんとお母さんと一緒にいさせて!」
ああ、小さい女の子までアピールかよ。
参ったな。
俺が対応に困っていると、突然ルーナ先生が声を上げた。
「料理は出来るか?」
両家族の女性陣が、必死で返事をする。
「出来ます! 田舎料理ですが出来ます!」
「料理だけじゃなくて、山鳥を解体することも出来ます!」
「私も手伝い出来ます!」
「アンジェロ。女は私が使いたい。『はんばぐ』を覚えさせる。子供は手伝わせる。だから家族ごと買っても無駄にならない」
珍しくルーナ先生がジト目でなく、やさしい目をしている。
家族愛とか、そういうのに弱いのか?
ちょっとした新発見だな。
ああ、奴隷家族がすがる目で俺を見ている。
そうだよな。家族がバラバラになるのは、悲劇だよな。
むううう……。
「わかった! 全員買おう!」
奴隷家族がワッと喜びの声をあげた。
食料問題はあるけれど、まあ、喜んでくれるから良いか。
人が増えれば出来る事も増えるだろう。
しかし、まんまと奴隷商人ベルントの『気の毒な家族作戦』にやられた気がする。
次は鍛冶師の奴隷だな。
確か犯罪奴隷だったし、きちんと見極めなくちゃ。
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