第17話 転移魔法と魔導エンジン

 ウインドドラゴン討伐から二週間がたった。

 俺の周りの雰囲気はガラリと変わった。

 フリージア王国中に噂が広がっているらしい。


「アンジェロ王子がドラゴンを討伐した!」


「なんと雷魔法一発で仕留めたらしいぞ!」


「魔法の才は本物であったか!」


 そのせいで母上と俺が住む橙木宮に、貴族と商人の出入りが増えた。

 どうやら俺は『有力な王族』と貴族社会で認められたらしく、俺や母上に顔をつないでおこうとする人がひっきりなしにやって来る。


 今も俺の前に見知らぬ貴族が座っている。

 なんたら伯爵で、髭面+マッチョ+大きな傷と三拍子揃ったいかにも『戦場の狼』的ないかつい男だ。


「――で、ありまして。騎士団といたしましては、ぜひアンジェロ王子に演習参加して頂きたいと考えております」


 俺は、ろくすっぽ話を聞いていない。

 相手が上流貴族の伯爵なので一応俺も顔を出してはいるが、俺は五才の子供なのだ。

 こういうのは隣に控えるじい、ことコーゼン男爵が守役として対応する。


「うーん、伯爵様。そうはおっしゃいましてもアンジェロ様はまだ五才です。騎士団の演習に参加するのは、あまりにも早すぎるのではありませんか?」


「これはしたり。アンジェロ様はドラゴンを魔法一発で倒したと伺いましたぞ! 魔法の才に年は関係ありますまい!」


「しかしですな……」


 マッチョ髭伯爵は騎士団の偉い人らしく、俺を騎士団つまり軍部に取り込みたいのだ。

 じいと押し問答をしている。


 どうも軍部は、俺がドラゴンを討伐した事を高く評価しているらしい。

 この二週間、軍関係の貴族からの接触が多い。


 マッチョ髭伯爵が急に声を潜めた。


「……それに、アンジェロ様が将来王位を望まれるのでしたら、騎士団を中心に支持する貴族を募りますぞ」


「伯爵様! それは!」


「我々軍を預かる貴族としては、強力な魔法を持つアンジェロ王子に次期王となって頂ければ大変心強いのです。なにせ戦場で役に立つのは、力ですからな」


 こういう事らしいのだよね……。

 俺を神輿に担ぎ上げたいらしい。

 軍関係の貴族に会うと必ず言われる。

 そして、俺は必ずこの答えを返すのだ。


「伯爵。私は王位継承争いのゴタゴタには巻き込まれたくないのだ。誰が王になろうとも、その方を支えるのが私の務めだと思っている」


 そして必ず似たような答えが返ってくる。


「なるほど……。今は時機にあらずという事ですな。時来たらば、遠慮なく我らにお声がけ下さい。では!」


 これだ! これなのだ!

 その時は来ねーよ!

 俺は平和主義、争い事が苦手な元日本人だ。

 この異世界で平穏に暮らしたい。シコシコ技術開発したいだけだよ!

 マッチョ髭伯爵は、言いたい事を言うだけ言って帰った。


「じい……どうにかならないの?」


「こればかりはどうにも……。今まで軍部系貴族は、王位継承について様子見でしたので……」


「どういう事?」


「いわゆる外交族の貴族は第一王子のポポ様を支持、内政族は第二王子のアルドギスル様を支持しております。軍部は中立……というよりも、どちらか決めかねていたのです」


「そこにドラゴンを倒した俺か……」


「左様でございます。軍部の仕事には、強力な魔物討伐が含まれておりますからな……」


「俺はドラゴンを倒して冒険者でミスリル級。強力な魔物が出た場合に一緒に戦ってくれそうだもんな」


「強力な魔法の援護があるというだけで、頼もしく感じる者もおりましょう」


「そうだな」


 これはもう仕方がないか……。

 一人一人失礼のないように、お断りしていくしかなさそうだ。


「アンジェロ様。今日の面会はここまでです。今日はこれから乗馬のお稽古です」


「わかった」


 王子と言っても毎日気ままに過ごしている訳じゃない。

 剣術の基礎、乗馬、マナー、国内事情、外国事情等を教わっている。


 算数も習ったが、これは一日でOKが貰えた。

 この異世界では、四則演算が出来れば十分優秀な部類に入るらしい。

 日本の義務教育が凄いのか、この異世界のレベルが低いのか……。

 そのうち算数の本でも書いてみよう。


 しかし、女神ズやニート神は、まったく顔を見せない。

 神様のサポート期間は終了なのかな?

 なんて考えると少し寂しい。



 乗馬の稽古が終わるとルーナ先生が俺の部屋にやって来た。


 ルーナ先生は、橙木宮の一室に住んでいる。

 俺に魔法の稽古をつける以外は自由にしていて、料理をしたり、庭の一角で薬草を育てたりしている。


「アンジェロ。妹から返事が来た」


 ルーナ先生は、妹さんからの手紙を持って来た。

 エルフの里で魔道具師をやっている妹さんだ。


「妹は飛行機に興味を持っている。製作に加わりたいそうだが、仕事の整理をするので数年待てとの事だ」


 おお!

 異世界飛行機プロジェクトの魔道具師を確保だ!


 それにしても返事が届くのが早いよな?

 エルフの里って近所なのか?


「ありがとうございます! それにしても返事が来るのが早いですね。エルフの里は、ここから近いのですか?」


「いや遠い。エルフの里は西方の海にある島だ。ここから一年はかかる」


「……じゃあ、妹さんからの手紙はどうやって?」


「転移魔法と魔道具だ」


「そんなのがあるんですか!」


 当たり前だが、この異世界にはネットやメールはない。

 それどころか郵便制度もない。


 一般人の場合は、行商人や旅人に金を払って届けて貰うと聞く。

 当然ながら手紙のやり取りには、数か月から年単位の時間がかかる。


 それなのに転移魔法と魔道具で、遠方と二週間で手紙のやり取りが出来るのか?


「やってみせた方が早かろう。そこのドアの脇に転移して見せよう」


 ルーナ先生の横に蜃気楼の様な空気の揺らぎが発生した。


「アンジェロ。ドアの横を見よ」


 言われるままにドアの横を見ると、同じように空気が揺らいでいる。

 人が一人通れる位の大きさだ。


 ルーナ先生が、空気の揺らぎの中に入ると、ドアの横の空気の揺らぎから現れた。


「このように魔法で場所と場所をつなげるのが転移魔法だ。ただし……」


「ただし?」


「魔力の消費が激しい。空気の揺らぎを見たか?」


「はい、見ました。蜃気楼みたいな感じでした」


「アレをゲートと言う。ゲートが大きく、転移する距離が長いと魔力の消費が大きくなる」


「なるほど。ルーナ先生は、どれくらいの距離を転移出来るのですか?」


「ここから隣の国の王都くらいの距離だな。それで一日分の魔力を使い果たしてしまう」


 それでも馬車で移動するよりも驚異的に早い。


「でだ。このゲートを小さいこれ位の円にするのだ。それで魔力はかなり抑えられる」


 ルーナ先生は右手の親指と人差し指で円を作って見せた。


「そして、エルフの里の私の家に小さな円でゲ-トを繋いで、そこに丸めた手紙を放り込むのだ。小さな円なら魔力消費を抑えられるので、エルフの里まで繋げられる」


「ああ! そうすれば、こちらから手紙を送るのは一瞬ですね。じゃあ、あちらからの返事も転移魔法ですか?」


「いや。転移魔法は一度行った事のある場所しかゲートをつなげる事が出来ない。妹はフリージア王国に来たことがない。だから冒険者ギルドの連絡用の魔導具でリレーして貰う」


 どういう事なのか詳しく聞いてみると、冒険者ギルドには手紙を転送できる魔道具があるらしい。

 これで各地の冒険者ギルド間で連絡を取っているそうだ。


 ただし、転送できる距離は短く、隣の冒険者ギルドか、もう一つ隣の冒険者ギルドくらいまでしか一度に転送出来ないらしい。


 そこで、リレー方式になる。



 妹さん

 ↓

 エルフの里の冒険者ギルド

 ↓

 冒険者ギルドA

 ↓

 冒険者ギルドB

 ↓

 ~中略~

 ↓

 フリージア王国王都の冒険者ギルド

 ↓

 ルーナ先生



 料金は銀貨十枚、日本円で十万円だそうだ。

 一瞬高いと感じたけれど、よく考えるとそうでもない。


 もしルーナ先生の妹さんが、人を雇って手紙を届けるとなると銀貨十枚ではとてもきかない。

 それなら冒険者ギルドで手紙を転送して貰った方が良い。


「アンジェロ。何か妹に伝える事はあるか?」


「そうですね……。手紙を書くので転送して貰えますか?」


「良いだろう」



 俺はルーナ先生の妹さんに、異世界飛行機プロジェクトで必要となる魔道具のスペックを書いて送ることにした。


 魔道具師の妹さんに開発を頼みたいのは、『魔導エンジン』だ!


 飛行機を飛ばす時に最もネックになりそうなのがエンジンだ。

 この世界には内燃機関がない。

 そもそも石油があるのかさえ分からない。


 石油は化石燃料と言われている。

 大昔の植物や動物が地面の中でドロドロになった物だという説もある。


 生態系の違うこの異世界に化石燃料があるのか?

 あるかもしれないが、なさそうな気もする。


 そこで俺は考えた。


 あるかないか分からない石油を探して内燃機関を開発するよりも、魔法で何とかした方が良いんじゃね?

 目を付けたのは魔石だ。


 魔石という物がこの世界にはある。

 魔物の体内から出てくるガラス玉に似た石で、魔力が込められている。


 この魔石を使った魔道具という物があって、例えば火の玉を発射する杖や水を生成する水筒なんかがある。

 そんな物が作れるなら、魔石の持つ魔力を回転運動に変換する事も可能じゃないか? と考えた。


 最初は魔力をエンジンの中で爆発させピストンを動かす『魔力内燃機関』をイメージしたのだけれど、金属加工にかなりの精緻さが必要になるので『魔力内燃機関』はあきらめた。


 いくらドワーフが金属加工を得意としていても、現代日本の技術には劣るだろう。


 そこでこの異世界の技術レベルで実現可能な……、と考えた時に思いついたのが、『魔石の持つ魔力を回転運動に変換する』だ。

 魔導モーターと言った方がイメージ的には近いかもしれない。


 まあ、俺の言葉の好みで『魔導エンジン』と名付ける事にした。


 魔導エンジンに必要なスペックは下記だ。


 一 魔石の魔力を回転運動に変換する事

 二 プロペラを回転させる程度のパワーがある事

 三 アクセルを踏むことで、回転数のコントロールが出来る事

 四 あまり大きくないサイズ、飛行機に設置できるサイズである事


 俺は『魔導エンジン』の概要と必要なスペックを記し、『エルフの里で空いている時間で開発を進めて欲しい、ただし極秘で』とメッセージを添えた。


 俺の手紙と差し当たりの報酬金貨二十枚、約二千万円をルーナ先生に送ってもらった。


 金貨二十枚は多い?

 いや、ここでケチッてはいけないと思う。

 材料費とかもかかるだろうし、準備金は必要だよ。


 ほんの少しだけれど異世界飛行機プロジェクトが進んだ事に、俺はドキドキした。

 そしてルーナ先生に転移魔法を教わる事にした。

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