第8話 雷魔法をぶっ放せ!
俺は後宮の自室で書き物をしている。
二才の子供らしからぬが、中身は元社会人二十二才の好青年だからな。
後宮とは、王妃とその子供たちが生活するエリアだ。
一方で王宮は王様や重臣たちが政治をする仕事エリアで、後宮は王宮に隣接している。王様は仕事が終わると、後宮にお通いになる訳だ。
広い庭園の中に王妃ごとに建物が分かれている。
同じ建物に住んだら毎日王妃同士のケンカや嫌味がハンパなさそうだからね。
その予防措置だろう。
一番大きい建物が第一王妃の住む白夜宮だ。
白い大理石造りで、神殿のように神々しく美しい。
ここに第一王妃と第一王子のポポ兄上が生活している。
第一王妃は隣国ニアランド王国の出身だ。
外交を仕事にする貴族とニアランド商人の出入りが多いらしい。
貢物も多くてこの後宮で一番派手で動きがある宮かな。
順調に行けば第一王子のポポ兄上が王位を継ぐわけだから、次代の王様とその母親に貴族や商人が売り込みをかけている訳だ。
五才年上のポポ兄上は俺の事が気に入らないらしい。
以前、庭園で顔を合わせたので、丁寧に挨拶をしたら腹に蹴りを食らった。
まったく乱暴なガキだ。
「平民腹め!」
ポポ兄上は、俺の母親が平民の商人出身なのが気に入らないらしい。
ビバ! 身分制度! ……って感じなんだろうな。
ポポ兄上の事は気に入らないが、あちらの方が立場が上だ。
殴り返すわけにもいかないので、じっと耐えた。
それ以来俺はなるたけ後宮は出歩かないようにしている。
第二王妃の宮――黒耀宮もなかなか立派な建物だ。
こちらは黒光りする御影石と深い落ち着いた茶色の木材を組み合わせた高級感溢れる建物だ。
第二王妃は国内の有力貴族の出身なので、国内の貴族の出入りが多い。
第二王子は会った事はないが、俺より三つ年上と聞いている。
第一王子のポポ兄上の対抗馬になるのは、第二王子だ。
この二つの宮は、何かと張り合っているらしい。
そして俺と母様が住む第三王妃の宮――橙木宮が一番小さい。
平民出身なので、他の王妃に遠慮して小さく建てたそうだ。
しかし、小さい宮と言っても侍女や料理人の部屋もあるし、来客用の部屋もあり、日本の住宅よりは遥かにデカイ。
この辺りは流石に王族だね。
この宮は美しい木目の建材を使った温かみのある建物だ。
俺は石造りの建物より、この木造の宮の方が好きだ。
やはり日本人感覚が抜けてないからだろう。
最近安い紙を手に入れたので、書き物を始めた。
目の粗い植物紙だけれど、ノートやメモ書きには十分だ。
日本の知識を忘れないように色々と書き留めている。
「アンジェロ、今日は時間があるか?」
いつの間にか黄金のフクロウが机の上にいて話しかけて来た。
女神ミネルヴァ様だ。書き物に集中していて気が付かなかった。
猫耳侍女のフランは?
いないな……。
「はい、ミネルヴァ様。特に予定はありません」
「そうか。なら今日は魔法について教えよう。ついて来い」
そう言うと黄金のフクロウに化けている女神ミネルヴァ様は窓から外へ飛び出して行った。
飛行魔法を発動して後を追う。
二人で空を飛びながら話す。
女神ミネルヴァ様が質問して来た。
「アンジェロは魔法の事が、どれ位わかっているのかな?」
「そうですね。基本の四属性魔法は、本を見て覚えました。それぞれ初級魔法は使えます」
「うむ。ちゃんと勉強をしているようだな。では、四属性の関係はわかるかな?」
「えーと。火は風に強い。風は土に強い。土は水に強い。水は火に強い。ですよね?」
まるでジャンケンみたいだ。
つまり敵が火魔法で攻撃してきたら、水魔法で防御すると非常に有効になる訳だ。
それとこの世界には魔物がいる。
ゲームに出てくるモンスターみたいな奴だ。
魔物の中には、属性がある魔物がいるらしい。
つまり『火属性の魔物は、水魔法が弱点になる』と本に書いてあった。
「そうだ。そこまで理解しているなら先に進もう。ああ、その辺りで良いだろう」
王宮から少し離れた森の中にある池の
周りに人は……、いないな。
女神ミネルヴァ様は、黄金のフクロウから人型に姿を変えている。
初めて見たがなかなか美人だな。
「四属性魔法の中で最も攻撃力があるのが火魔法だ。弱点になる属性がない魔物や対人戦なら、火魔法が有効だ」
「なるほど」
「だがこのように魔法障壁を張るとどうだろう?」
女神ミネルヴァ様の周りに薄い黄色のガラスのような物が展開された。
あれが魔法障壁か……。見るのは初めてだ。
魔力で壁を作り、敵の攻撃をブロックするらしい。
「さあ、アンジェロ。火魔法を打ち込んで来い」
「わかりました。ファイヤーボール!」
俺は野球ボール位の火の玉を女神ミネルヴァ様に向かって撃ち込んだ。
ファイヤーボールは、女神ミネルヴァ様の展開した魔法障壁にぶつかって霧散した。
「……と、このように魔法障壁に防がれてしまうと魔法攻撃が通らない訳だ。火魔法は貫通力がないからな」
「貫通力?」
「魔力を一点に集中する事だ。火魔法は広範囲を焼くのは得意だが、堅い防御を貫通するのは苦手だ」
なるほど……。
「じゃあ、土魔法はどうでしょう? 土を槍状に尖らせて、魔法障壁を貫くとか……」
「うん、悪くない選択だ。だがもっと良い魔法がある。雷属性の魔法だ。この魔法が一番貫通力が高い」
「おお! 高度属性魔法ですね」
「うむ。難易度が高いとされているらしいが、魔力が高ければどうという事はない。手本を見せるぞ」
黄金のフクロウに化けた女神ミネルヴァ様が池の方を向いた。
小さな稲妻が池の上で発生した。
パーーーン!
うお!
小さいと言っても稲妻だ。
音が凄い。
「こんな感じだ。今のは威力を抑えたが、アンジェロは遠慮せず全力でやってみろ。安全の為に、魔法障壁を周りに張っておいてやる」
「わかりました! 全力で行きます!」
それから一時間が経過した。
まったくダメだ。
俺は雷魔法を撃てていない。
「うーん……。ダメです……」
「アンジェロは何か難しい事をしようとしていないか?」
「難しい事? いや、そんな事もないと思いますが……」
「どういうイメージで魔法を撃とうとしている?」
「えーと。雨雲を発生させてですね。その雨雲から雷を落とそうとしています」
「あー……」
あれ?
俺なんか間違えたかな?
雷は天気が悪くなって雨雲と一緒に発生するよね?
「アンジェロ。それは忘れろ」
「えっ!?」
「良いか? ここは地球と似ているが地球ではない。別の世界だ。地球世界と同じ世界の
それは薄々感じていた。
魔力で空を飛ぶなんて、万有引力の法則とか科学とかを完全に無視している。
やはり別世界……、異世界なのだ……。
「えーと……、ではどうすれば?」
「初心に帰れ。魔法は自らのイメージを魔力を使って具現化する技法だ。火属性の魔法を使う時は、『火よ出ろ!』と念じているだけだろう? それと同じ事だ」
なるほど。
確かにファイヤーボールを使う時に、酸素がどうとか、化学反応がどうとかは考えていない。
火の玉が現れて、敵に飛んで行くイメージだけで魔法が発動している。
じゃあ、雷魔法は?
稲妻をイメージすれば良いだけなのか?
「もう一度やってみます……」
「うむ。難しく考えず雷をドン! だぞ」
すげー感覚的だ。
女神ミネルヴァ様のアドバイスに苦笑しながらも、何となくピンと来る物があった。
魔法の発動は理屈よりも感覚なのだろうな。
では……。
右手を前に出し目をつぶる。
頭の中に稲妻を思い浮かべる。
稲妻のイメージがはっきりした瞬間に魔力を右手から放出する。
パーーーン!
「おお! 出来た!」
「うむ。その感じだ。続けてやってみろ」
パーーーン!
パーーーン!
パーーーン!
池の上に連続して稲光が発生する。
向こう岸にいた動物か魔物が逃げていくのが見えた。
「大分感覚が掴めて来たな。では、池の上に魔法障壁を展開するので雷魔法で打ち破ってみろ」
池の上に厚みのある魔法障壁が展開された。
「ぶ厚いですね。これを貫く雷魔法となると……」
「かなりの魔力を注ぎ込まないと抜けないぞ。雷魔法なら注ぎ込んだ魔力が一点に収束するから抜くことが出来る。この魔法障壁が抜ければ合格だ。さすれば、ドラゴンの鱗でも紙同然だぞ」
ドラゴンの鱗が紙って……。
この女神様は何基準で俺を鍛えようとしているのか……。
まあ、それは置いといて。
女神ミネルヴァ様の魔法障壁は、さっきの雷魔法の威力では抜けなさそうだ。
もっと強力なイメージをしないと……。
魔法は自らのイメージを、魔力を使って具現化する技法……。
ならもっと自由にイメージしてみるか!
まずは、池の上空に電気の渦をイメージして発生させてみよう。
そう、中央に穴が開いたドーナツ状の電気の渦だ。
「むっ! 今までと違うな! 続けてみろ、アンジェロ」
「ハイッ!」
そして同じ電気の渦を……、そうだな、三つくらい縦に並べよう。
やばそうな音がして来たな。
バチバチ! バチバチバチ!
電気の渦が放電している。
この三つの渦にもっと魔力を込めて……。
もっと……。
もっと魔力を込めて……。
俺は三つの電気の渦から、一つの稲妻を発生させ落雷させずにその場でキープした。
ドーナツ状の真ん中を貫き静止した稲妻に向けて、三つの電気の渦からエネルギーが収束していく。
今すぐにでも落雷しそうだが、稲妻は俺がコントロールしている。
電気の渦の中に稲妻が留まり、まだ池には落ちない。
稲妻にエネルギーを貯めている状態だ
「うお! こ……、これは!」
女神ミネルヴァ様が何か言っている。
だが、気にしちゃいられない。
今は魔力のコントロールで手一杯だ。
電気の渦から中央の稲妻に物凄いエネルギーが集まっているのがわかる。
これを一点に集めて、魔法障壁を貫く!
「ここ!」
ダーーーーーーーーーーン!
俺の放った雷魔法が分厚い魔法障壁を貫いた。
見た事もない
「おお! 素晴らしいぞアンジェロ!」
「ありがとうございます! コツが掴めました!」
「今の威力ならドラゴンをも貫けよう。ああ、池の水が蒸発してしまったな……」
「えっ……」
しまった!
稲妻の威力が強すぎて池の水が……。
あー、池の底が見えている。
「水魔法で池を元に戻すか……」
「ですね……」
その後、女神ミネルヴァ様と二人で、水魔法を使って池に水を戻したが、池の魚はほぼ全滅だった。すまぬ……。
感電死した魚を風魔法で岸に集めて、片端からアイテムボックスに収納した。
どれが食べられるのか食べられないのか、俺にはわからないからね。
魚は俺の住んでいる橙木宮だけじゃなく、他の宮にもお裾分けした。
そのせいで、王宮近くの森で特大の雷魔法が発生した原因が俺だとバレてしまった。
雷魔法の威力がでかすぎて、王宮も後宮もパニックになっていたらしい。
「雷竜の襲来かと思ったではないか! しばらく魔法の練習は禁止じゃ!」
父上から、また怒られてしまった。
*
アンジェロに雷魔法を教えた女神ミネルヴァは、天界に戻った。
すると天界は大騒ぎになっていた。
下級神は右往左往しており、留守番の神メリクリウスは頭を抱えていた。
「メリクリウス! この騒ぎはどうしたのだ?」
「おっ、おお、ミネルヴァ。帰ったのか……」
「ああ。今戻ったところだ。この騒ぎは何だ?」
メリクリウスは、普段のお気楽グータラ振りに似合わぬ沈痛な面持ちで事情を話し出した。
「ジュノーが地球で捕まった……」
「なに!? それは間違いないのか?」
「先ほど始祖の神様から使いが来て、ジュノーは地球の神に捕らわれたそうだ」
「そ、そうか……。帰りが遅いと思ったら、捕まっていたのか……。だが、ジュノーは無事なのだな?」
「ああ、無事らしい。近々審判が開かれるので、俺とお前に出席しろとさ」
「……わかった。これでアンジェロの事がバレるな」
「ああ。審判では、ウソをつけない」
二人は下を向きしばらく黙り込んだ。
先にメリクリウスが口を開いた。
「アンジェロは……、どうなるかな?」
「処分される可能性も……。無くはない」
「地球の神々の要求次第か?」
「そうだな。あいつら次第だ……」
「クソッ!」
神メリクリウスは、机を蹴飛ばした。
机は粉々に砕けて散った。
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