24:俺はあくまで『捨て駒』です

 最初に飛び出したのは、俺。


「ほう、君から来るか」


 その様子に、会長はどんと構える。

 一方、会場のみんなは落胆しているだろう。


 捨て駒。


 そんな言葉をみんなが思い浮かべているだろう。

 現状戦いにおいて俺が一番使えないことになっている。

 そのため、考えられるのは時間稼ぎ。


「会長、行きますよ」


 俺のその言葉と共に、振りかぶる拳。

 会長は微動だにしない。

 その拳は会長に迫っていき、


 寸止めで止まる。


「攻撃しないのか?」

「えぇ。

 俺はあくまで『捨て駒』です」

「そうか」


 会長は俺の言葉を聞き、目を瞑り、


「なら、早々に退場してもらう」


 会長は構えない。

 ただ自身の手で俺に触れに来る。


 会長の能力は『高温』

 その温度は俺に叩き込んだときで1000度と言っていた。

 つまり、その触れにくる手は『高温』


 触れられれば、服は焼失する。

 会長の手は俺の胸元に触れそうになる。

 近づいただけでわかる。


 触れられれば『水晶』の判定で敗退になってしまう。


 パシッ


 だから、俺は、


「はぁぁぁぁあ?!」


 会長の叫び声。


 俺は、会長の手を払った。

 自身の手で。


 会長は驚きの表情を浮かべている。


 目の前の光景を見れば一目瞭然だろう。


「どうしました、会長?」


 俺の手は、黒く焦げた。

 正確には、会長の手を払った左手が炭化した。


 しかし、俺は退場しない。


 手が炭化しただけ。

 それはもはや手ではない。

 俺はダメージを受けていない。

 そう、『水晶』に娯認識させる。


 だから俺は、退場しない。

 ……昔の検証がここで役に立つとは思ってはいなかったけど。


 会長は俺と距離を取る。


「……君は馬鹿なのか?」

「何の話でしょうか?」


 会場が、ざわつく。

 それは、俺の行動に対してだろう。

 普通に考えれば、腕が炭化するほどの高温に触れるほど、人間は馬鹿にできているわけではない。


 反射というものがある。

 人間は暑いもの、冷たいものに触れれば、そこから手を遠ざけたくなる。

 なのに、それを感じさせない行動。


 それに、炭化した手に対して俺は痛みを感じる素振りを見せない。

 

「早く退場したほうがいい。

 君の腕、取り返しのつかないことになるよ」

「そうでしょうかね?」

「……そういうことか」


『覆瀬君っ!

 大丈夫なのかね?!

 その腕は即刻退場しないといけないほどの代物だよ!』


 『体育場』にアナウンスで響き渡る声。

 耳道さんのものだ。

 俺はその声に余裕そうに笑いながら、


「俺の能力は『治癒』ですよ!

 たとえ両腕がなくなろうと大丈夫です!」


 違う。

 俺の能力からして『治癒』は不可能だが、それに近いことはやってのける。

 だからこそ、考案した手段。


「……私を人殺しにさせないでくれよ」

「大丈夫です。

 その前に退場しますんで」


 ちなみに痛みに関してだが、意識的に切っている。

 結構慣れが必要なのだが、一回できるようになると以外に重宝するもんだ。


 俺は炭化した左手を見ながら、構える。


「さぁ、どこからでもかかってきてください」

「馬鹿なことを言っている自覚は?」

「全く」


 鼻に肉の焦げる嫌な匂いが香る。

 その瞬間、会長は俺に向かってくる。

 動きは、早い。


 ……能力によって身体能力を上げている?

 俺はその様子を冷静に眺めながら、対処する。


 会長は俺の胸元に向かって腕を突き出す。


 わかっている。


 会長がやるべきことは、『覆瀬の早期退場』

 そして、それを叶えるためには、俺に触れることが最優先。

 そして俺の行動を見る限り、会長は俺に手を払われないように立ち回る。


「会長、わかってないんではっきりいいます」


 接近して来た会長に対して、小声で話す。

 胸元に迫る手を右手で手首・・を掴む。

 熱くはない。


 そのまま手を上に逸らし、土手っ腹に膝蹴り。

 手首を掴まれているため、後ろによろめくことはできない。


「その程度の覚悟で倒せるとは思わないでくださいね」


 もう一撃……


 続けざまに蹴りを放とうとした瞬間、危険を感じ、左手で攻撃する。

 炭化した火だれての攻撃とともに、手首も離し、会長から距離を取る。


「っち……」


 見ると、右手も炭化していた。

 先程までは手首まで『高温』じゃなかった。

 なのに、今は右手が炭化している。


「確かに、君を相手にする時点で本気であるべきだったかなぁ」


 会長を見ると、会長の両腕全体が、紅く染まっていた。


 あれは色をつけたとかそういうものではない。

 『高温』の色。

 熱され金属のような、そんな色。


「本気で、行かせてもらう」


 その長い髪が、揺蕩う。

 まるで下から風に吹かれているように。


 会長の姿が、消える。

 いや、移動している。

 俺に向かって一直線に。


 一段回も開放していないのに、これを躱すのは不可能。

 俺は即座に思考を別のことに向ける。


「っらぁ!」


 まるで炎のような輝きを放つその腕に、俺は触れられる。

 でも、俺の服は燃えない。


「へ?」


 会長が素っ頓狂な声を出す。

 その様子に、俺は笑みを浮かべる。


「会長、そのままですよ」

「あー」


 会長は現実を理解できていないのか、俺の声に反応できていない。

 俺はしっかりと地に足をつけ、会長の土手っ腹に、


「ぐっ……」


 ヤクザキックをかました。


 会長は二メートルほど飛ぶ。

 俺はその様子を見ながら、作戦が成功した実感を得る。


「……ほんとに大丈夫っすか? その腕」

「ま、危なくなったら退場するよ」


 後ろから声が聞こえる。

 その声に俺は軽快に答える。


 後ろにいるのは、堂上。


 先程の不発の仕組みは、簡単だ。


 堂上の能力によって強制的に会長の能力を解除した。


「それにしても、きついっすよ」

「我慢しろ」


 堂上の能力は『感情の強制』

 自身の抱いている感情を他人と共有できる。


 それを使って、堂上には会長と『心のチカラ不足』の感情を共有してもらう。

 『心のチカラ』は精神的なものだ。

 だからこそ、感情に左右されるところも大きい。


「効くもんなんっすね、これ」

「ま、『心のチカラ』ってくらいのものだからな」


 だからこそできることなのだが、ここで一つ矛盾が生じる。

 『心のチカラ』不足なのに、どうやって能力を発動させたのか。


 それに関しては簡単だ。


 『心のチカラ』は回復し続ける。

 それと同じ量出力すれば、問題ない。


 ……ただし本人は想像を絶する精神的ダメージだが。


「大丈夫か? 堂上」

「むーさんに心配されるとは……」

「どういう意味だこら」

「だってこれ以上に辛い『訓練』受けてるんすよ?」


 『訓練』はこの状態に更に運動を追加している。

 それに比べれば、これは天国だろう。


「なかなか、やるじゃないか。

 これが、『訓練』の成果といったところかな?」

「そうっすよ」

「……そうか、堂上くんの仕業か。

 これができるということは、たしかにすごいことだ……」


 だがしかし、と会長は続ける。

 普通ならば、この状況で能力を使うのはかなり厳しい。

 そう、普通なら。


 会長の腕は紅く光る。

 その光はまるで、金属を熱したときのような、そんな光。


「この状態でも、問題なく使えるよ、私は」

「……あちゃー。

 むーさんの言ったとおりっすね」


 最後のセリフは小声で俺のみに話す。


 そう、いくら堂上の能力で感情を強制したところで、『心のチカラ』そのものが減っているわけではない。

 会長だって恐らく不足の状態での発動は経験があるのだろう。

 気合で乗り切っている。


「さ、それだけならさっさと堂上くんから潰させてもらおうかな」


 会長は俺らを一心に見ている。

 そう、俺と、堂上を。


 会場のみんなも、気づいていない。


「っ?!」


 もう一人この場にいる、ということに。


 会長が突如、後ろを振り向く。


 そこには、可憐に笑うポニーテールの女の子がいた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る