第3話 封じられし闇のドラゴンとの出会い

 キバと穏やかに暮らしていた森に、人間が現れた――。 


 禁止区域に人間って…。悪い人たちかもしれないってことよね? 出くわしたらいきなり戦いが始まってしまうんだろうか? 突如変わった空気に不安をかかえながら、キバに言われた通りに布を頭からかぶり、木陰に身をひそめる。


 キバが見つめる先、森の奥から防具をまとった2人の男が現れた。鳥かごのようなものを持っており、その中に弱弱しく鳴くくまの赤ちゃんのような魔物が入れられているのが見える。


『貴様ら、人間禁止区域に何の用だ。その魔物の子をどうするつもりだ』


 キバが問いかけると、2人の男は一瞬驚いた後下卑た笑いを浮かべた。


「おいおい、この山って雑魚モンスターしかいないんじゃなかったか? 人語を話してる。なかなかの上位種だぞこいつ」

「一角狼で意思疎通ができる個体はレアだな。せっかくだし、こいつも狩っていくか」

「いいな、そうしよう」


 悪党さながらのセリフを吐き、剣を抜いて構える男たち。どの世界にもどうしようもない悪人がいることに瑠璃は悲しくなった。どうやらキバと戦う気のようだ。戦闘が始まったらどうしよう…。

 キバはここら一帯で一番強いと言ってたけど、得もいえぬ不安がよぎる。はらはらしながら瑠璃は動向を見守った。


『貴様ら密猟者か。今引き返せば殺さずに置いてやる。即刻失せろ!』

「嫌だね。この辺の魔物は他の土地にはいないレアなのが多いんだよ。レアな魔物の子は、売れば金になるんだ。お前は殺して素材にしてやる!」


 男の一人がキバに飛び掛かった! 男の攻撃をひらりと躱し、キバが腕に噛みつく。そこから血が吹きだし、男の一人がのたうち回る。すごい、キバ! 瑠璃はガッツポーズをする。


「ぎゃあああ! 腕が…!! ぐっ…このやろう…!!」

「バカ! 油断するからだ! こいつ強いぞ…アレを使おう!」


 もう一人の男がテニスボールぐらいある赤い石を懐から取り出した。瑠璃は嫌な予感がした。わからない、わからないけど逃げなければ―――そう思った時にはもう遅かった。


「もったいないけど、とっておきのやつ食らわせてやるよ」


 男が赤い石を空にかざすと、カッ! と光り、無数の"赤い光の矢"が空から出現し、キバ目がけて降り注ぐ。

 ドドドド!! 大きな音を立てて矢が落ち、激しく砂煙が舞う。瑠璃は堪えきれずキバの名を叫び飛び出した。

 砂煙がうっすらと消えた後に、矢に貫かれ血を流すキバの姿があった。瑠璃は泣きながらキバに駆け寄り抱きしめる。


「キバ! キバ……! なんてひどい…!」


 男2人はもう戦闘は終わったとばかりに剣をしまい、傷を回復している。

 瑠璃の姿を見つけると驚いた顔になる。


「嘘だろ…? 人間の女の子がなんでこんなところへ?」

「迷い込んじゃったのかな? ねえ君、結構かわいいじゃん。そいつにトドメを刺したら任務完了だからさ、俺たちと遊ぼうよ。いいこと教えてあげるからさ」


 にやにやする男たちに憎しみが湧く。キバを守らなきゃ、こいつらをやっつけなきゃ…!

 ぶわっと瑠璃の感情が大きくなるのと同時に、黒いモヤが瑠璃の体から出てくる。その拍子に頭からかぶっていた布が地面に落ちた。現れた瑠璃の真っ黒な髪を見て、男たちは驚愕した。


「な…な…黒髪!? 嘘だろ…」

「こいつ、魔族か!? 最上位の魔族でもこんな色見たことねえぞ…」

「なんなんだよお前は…!」


 瑠璃に慄き、剣を抜く。震えながら戦闘態勢に入った男たちを瑠璃は睨みつける。

 男達を見る瑠璃の目は冷たかった。こいつら、殺そう。そう思うほど瑠璃の中にうまれる黒い黒い感情は溢れて止まらない。自分が自分じゃない感覚。今なら"何か"が出来る気がする。瑠璃が自分の手のひらを見つめると、そこから一層禍々しい黒いモヤが出る。それを男達にかざそうとしたところで、キバが大きく吠えた。瑠璃はハッと正気に返る。体からにじみ出ていた黒いモヤは消えた。


(私今、何をしようとしたの…?)


 キバがよろよろとなんとか立っている状態で瑠璃に体をすり寄せた。


「キバ! 無理しちゃだめよ…!」


 瑠璃がキバを支えようとすると、キバは呼吸を整え、力を振り絞るかのように瑠璃を背中に乗せ走り始めた。


「逃げだぞ! 追え!!」

「あいつらを殺せ!」


 男たちは瑠璃の禍々しい何かを見た恐怖からか躍起になっているようだった。瑠璃とキバを追いかけながら後ろから矢を射ってくる。矢は瑠璃の左腕を切り裂いた。


「うっ…!」

 《ご主人! あいつら、よくもご主人を…!!》

「キバ! 大丈夫だから、私のことを降ろして逃げて…! このままじゃキバが死んじゃう!」

 《そんなこと絶対しません! ご主人はオイラが守る! あいつらさえ振り切れれば…!!》


 キバは瑠璃を乗せたまま、更に加速する。木々の間をすり抜けていき開けた場所にでると、そこは…崖だった。高さ30メートルはある崖の下には川が流れている。キバは足を止め、もう一度別の方向に走りだそうとしたところで体中に受けた矢傷が痛んだのか、その場に崩れ落ちる。


「キバ!!」


 どうしよう、どうしたらいいの…! 体の大きなキバを抱えて動くこともできず、回復してあげる手立てもない。瑠璃が絶望でいっぱいになりながらキバを抱きしめていると、男たちが追い付いてきた。


「ようやく追い詰めたぞ。魔物どもめ…」

「この黒髪、金になるぞ」

「ああ、こんな黒髪みたことない。物好きの金持ち貴族に売りつけてやろう」


 瑠璃はキバを庇うように前に立ち、男たちを睨みつけるが、自分を捕まえて売ろうと考える男たちの言葉に、怖くて怖くて足がすくみそうだった。さっき湧き上がっていた戦う力はもうなく、恐怖だけが瑠璃を支配する。失敗したらキバは殺され、私は恐らく死んだほうがマシだと思うくらい最悪な場所に売られるのだろう。

 元居た世界でも、異世界でも、なぜこんなに醜い人間にばかり出会ってしまうのか。またしても無力な自分に絶望しかけた時、キバが最後の力を振り絞り、瑠璃の体をくわえて一緒に崖から落ちたのだった。

 キバは瑠璃を包むようにして下に落ちていく。自分だけを守ろうとしているキバの行動に気づき、瑠璃は悲痛な顔で叫ぶ。


「キバ! だめ、死なないで――――」


 川に落ちる直前で瑠璃の意識は途絶えた―――。



 *



 それからどのくらいの時間が経ったのかわからない。目覚めた瑠璃を待っていたのは、大きな大きな爬虫類ならぬドラゴンとの出会いだったのだ。


 《そなたを主として、永久に仕えよう―――――》


 瑠璃はようやく目の前の巨大生物が、映画やアニメで見たことがあるドラゴンだと気が付く。突然巨大ドラゴンから忠誠を誓われた訳だけれど、まだ起きたばかりで頭がぼーっとしているし、全然頭が追い付かない。なんでこんなことになっているんだっけ? 瑠璃は記憶をたぐりよせてハッとした。


「キバは!? ねえあなた、角が生えた大きな狼をしらない?」


 瑠璃はキバの安否を思うと、巨大ドラゴンを怖がっていたことなどどうでもよくなっていた。ドラゴンはちら、と視線を瑠璃の背後にやった。


 《あそこに倒れている犬のことか? まだかすかに息があるようだ》


 瑠璃が背後に振り向くと、すぐ近くに倒れたキバの姿を見つけた。すぐにドラゴンから飛び降りて駆け寄る。


「キバ、キバ…!」

(このままじゃ死んじゃう! どうしたらいいの?)


 《そなたほどの闇の力があれば、その犬ごとき治癒することは容易かろう?》


 ドラゴンのまさかのアドバイスに瑠璃は驚いて振り返った。ドラゴンは冗談を言っているわけではなさそうだ。


「えっ…私の闇の力ってそんなことも出来るの!?」

 《強く念じよ。できるはずだ》


 そんなアバウトな…瑠璃はそう思いながらも、もう他に手立てはないと、ドラゴンに言われた通りに念じることにした。キバの体に手を当て、目を閉じる。



 お願い、私の中の不思議すぎる”闇の力”……キバを助けて。

 この異世界で私にとって一番大事な友達、キバを助けて――



 瑠璃は念じた。すると、黒いモヤがまた瑠璃の中から現れる。もうわかっている。これが怖いだけのモノじゃないってこと。キバを進化させた黒い黒い闇の力。”闇の力”ってネーミングが極悪すぎるのよね…

 少しだけ力を貸してくれる? そう問いかけると黒いもやが瑠璃の顔を優しくなでた。


 モヤがキバを包むイメージをするとその通りにキバが包まれる。お願い…お願い…

 しばらくした後、煙の隙間から無数の光が放たれる。煙は消えていき、そこから現れたキバはもうどこもケガしてなんかいなかった。キバが目覚める。


『あれ…ご主人…? ご主人、無事ですか!』


 キバは気が付くとすぐに瑠璃の心配をした。あんなに大けがして死ぬかもしれなかったのに、私のことばかり心配して…瑠璃はキバをぎゅっと抱きしめた。

 じわじわとここに来る前にあったことを思いだしたのか、キバが涙をこぼし始める。


『オイラが弱いせいで、ご主人を危険な目にあわせてしまった。オイラはご主人に仕えるものとして失格です』

「何言ってるの。キバがいなかったら私はとっくに野垂れ死んでいたわ。守ってくれてありがとうキバ」

『それにしても、どうしてオイラのケガが直ってるんですか? それにここはどこで…』


 キバがようやく瑠璃の背後にいるどでかいドラゴンに気が付く。声にならない声をあげると丸まって瑠璃の背後に隠れてしまう。キバも十分大きい体のはずだがドラゴンの大きさは規格外なのだ。キバが犬だとすると、ドラゴンはティラノサウルスくらいある感じ、そんなわかりづらい例えが瑠璃の頭をめぐる。


『ご主人、あのあのあのあああの、あのお方は…!!』

「さっき知り合ったドラゴンさん。キバを助けるアドバイスをくれたの。お礼を言ってね」


 キバは瑠璃の話がまったく耳に入ってない様子で慄いている。


『その美しい鱗、魔王様の存在を感じさせるほどの”闇の力”…まさかあなた様は、封印されていたダークロード様では…!?』


 封印? ダークロード? そういえばキバがこの世界について説明してくれた時にそんなことを言っていたな…。このドラゴンって、もしやものすごい大物なの? 驚愕するキバの横で瑠璃が考えていると、ドラゴンはフンッと鼻息を吐いてドヤ顔(に瑠璃には見えた)で口を開く。


 《お前のような弱い魔物でも我のことは知っていたか。そうだ、我が3万年前に勇者に封印されていたダークロードよ》

『はっははーー』

 《お前たちは、川に流され私の眠る禁域にたどり着いたのだ。普通どんな生き物もここに入ることは叶わないのだが、大方その娘の闇の力が引き寄せたのだろう――》

『なんと恐れ多いっす――…!』


 キバがひれ伏している。私から見るとコントのようにしか見えないのだけれど、このドラゴン、もといダークロードは相当すごい魔物みたい。そう瑠璃は感心しながらドラゴンの大きな体を見上げていると、突然左腕に激痛が走った!


「あっぐっ…!!!」

『ご主人!?』


 瑠璃はとんでもない痛みを感じてその場に倒れる。傷んだ左腕は、あの男たちに矢で切り裂かれた部分だ。キバが傷口を見ると青黒く変色し、腕全体に広がり始めていた。


 《毒だな。時間が経ち娘の体を壊し始めたのだろう。誰にやられた》


 ダークロードが瑠璃の傷口を見て答える。キバが人間たちに襲われた事を説明すると、ダークロードは難しい顔をする。

 毒? ものすごく痛いけど、私すごくピンチ? 痛みで朦朧とする意識の中、瑠璃に不安が押し寄せる。


 《人間の毒か、この山で解毒剤を作るのは難しいかもしれぬ》

『じゃっじゃあご主人はどうすれば…!』

 《一つ、心当たりがある。あそこなら大抵の毒の治療は可能だろう…》

『オイラ、どこでも行くっす!! ご主人を救いたいです!』


 ダークロードは大きく翼を広げた。ざあっと風が吹き抜ける。そして前足で瑠璃を優しくつかむと、地面から浮き上がった。


 《犬、お前はここで待っていろ。我の結界がある故、安全だろう》

『ダークロード様! ご主人をどこへ…!!』


 どんどん地上から遠ざかるドラゴンと瑠璃。じりじりと飛び掛かるか否か、いつでも飛び掛かれる体制を取るキバに、最強のドラゴンはニヤリと微笑んだ。


 《案ずるな。貴様の主人は死なせない。魔王城へ連れていく――》


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