175 見守りミッション5
亜香里が思い直して、ビージェイ担当に聞いてみる。
「『世界の隙間』に行っていなければ、法王と大使館はどこへ行ってしまったのですか?」
「エアクラフトのカメラが、大使館消失の状況を捉えていますので、ご覧ください」
壁一面のディスプレイの左半分が録画された映像に変わる。
左上が通常の衛星カメラの映像、左下が赤外線カメラの映像となっている。
映像の右上にJST 22:57と表示されていた。
説明のあった大使館が消失する3分前からの映像が流れ始める。
高高度の監視衛星用のカメラを使用しており、画像処理済みのためか夜間撮影にも関わらず敷地内の様子がよく分かる。
通常のカメラの映像には庭園のライトに照らされた木々が芝生に影を落としている様子が分かり、赤外線カメラの画像には大使館の番犬なのか、門の付近を動いている2匹の犬の形が見える。
時刻表示が22:59を過ぎる頃から画像がぼやけ始め、23:00には敷地内から建物だけでなく、敷地にあった木々の一切が無くなっていた。
赤外線カメラに映っていた犬影も無くなっている。
映像を画像を見ながら、考え込む亜香里たち。
考えても何か思いつくわけではないのだが、優衣が確認する。
「今の映像を見る限り『世界の隙間』に入った感じとは違いますよね? 『世界の隙間』に入った時は、もっと『スッ』と消える感じですから」
「ええ、みなさんが『世界の隙間』に入るところは『組織』で都度記録していますが、どの記録も篠原さんが言われたとおり『スッ』と今の世界から消えています。ですから大使館は違う形で、何処かに行ってしまったと考えるのが妥当だと思います」
亜香里は、先ほどからビージェイ担当が自分の方を見て何かを促すように説明するのが気になっていたが、その意図に『ハッ』と気がつき話し始める。
「ビージェイ担当、現時点で大使館消失の対策について、当局は打つ手無し、『組織』はどうして良いのか分からない、という状況ですね。でもバチカン市国や世界各国との関係を考えると早急に何とかしなければならないのが、日本とそれを支援している『組織』の立場ですよね?(ビージェイ担当「その通りです」)消失した原因究明をしている時間は無いので、取りあえず時間を1日前に巻き戻して、教皇と大使館の人たちを事前に避難させようと考えているのではないのですか? たまたま私がミッションの初日に『遠心シミュレーター装置』に乗って、1日前に戻ってしまいましたから」
「小林さんにそこまで察して頂き幸いです。今回のミッション初日に小林さんが1日前に戻ってしまったことは、既に『組織』の上の方まで報告済みでして『組織』は万が一に備えて、小林さんが『遠心シミュレーター装置』に乗って1日前へ戻る対策を『Bプログラム』と称して、設定しております」
優衣が不安そうな顔で質問する。
「今、不測の事態が発生しているのは分かりましたが、亜香里さんが1日前の『世界の隙間』へ行けることを『組織』は安易に考えていませんか? 父からも『世界の隙間』に入るときには気をつけるように言われています」
「篠原さんの言われることはよく分かりますが、国家に関わる緊急事態です。小林さんが1日前の『世界の隙間』に入って、そこから今の世界に戻って来られることを『組織』は確認済みです。何故そこに入口が出来たのかは分かりませんが、小林さんがここにある『遠心シミュレーター装置』を使うと24時間前を行ったり来たり出来ることは事実です。ここからは小林さんへのお願い事となりますが、小林さんに再度『遠心シミュレーター装置』に乗って頂き、1日前の『世界の隙間』へ行き、ローマ教皇と大使館が火曜日の夜に居なくなることを知らせて頂けないでしょうか?」
「でも1日前に戻ったら、誰も今回の緊急事態を知らないわけですから、私がいくら騒いでも、誰も話を聞いてくれないのではないでしょうか?」
「小林さんが1日前に戻って『Bプログラムが発動された』と言って頂ければ『組織』は動きます。当局は『組織』からの連絡を受けて対応してくれます」
亜香里は『ハァー、仕方ないか』という顔をしながら答える。
「分かりました。非常事態ですので『遠心シミュレーター装置』に乗ります」
「ありがとうございます。1日前に戻って、今の状況を伝えて頂くだけで結構です。念のためポッドに入るときは通常のミッション遂行と同じ装備をして下さい。藤沢さんと篠原さんも同じ装備をしてそばでスタンバイをお願いします」
それからビージェイ担当は、具体的な手順を説明し、ミーティングルームでの打ち合わせは終了した。
3人は同じフロアにある『準備室』とビージェイ担当が呼ぶ部屋に入って行く。
「ここは研修センターのトレーニングA棟にあった更衣室を思い出すわ」
「詩織さん、あそこよりも凄そうです。ロッカーやパウダールームだけではなくて横に武器庫みたいなものがありますよ」
「ビージェイ担当はミッションと同じ装備をするように言っていたから、そこに入ってジャンプスーツを着て、ライトセーバーとブラスターを持って行けばいいのでしょう? さっさと着替えて、1日前に戻りますよ。真夜中に起こされたから、じっとしていたら眠たくなります」
亜香里は眠りを覚ますように急いで準備を始め、詩織と優衣もそれに合わせて急いで着替えをする。
3人はミッションモードで娯楽室へ入り、亜香里は『遠心シミュレーター装置』のポッドに乗り込んだ。
「何とか気絶しませんように。気がついたときに気持ちが悪くなるから」
「亜香里、気をつけてね。無理せずに体調がやばいと思ったら非常停止ボタンを押すのよ」
「了解です」
亜香里はポッドの座席に座り、体勢を整えてシミュレーターの起動スイッチを押す。ポッドの回転速度が速くなり、しばらく回転を続けた後、回転が止まった。
亜香里は気を保ったままハッチを開け、ポッドから娯楽室へ出るとまた室内は暗く詩織と優衣の姿はないが、今回は警備ロボットも現れなかった。
スマートフォンで日にちを確認してみると、火曜日の午前0時過ぎであった。
「上手くいったね」亜香里は独り言を言う。
廊下に出て、ランプが点いているミーティングルームに入ると、ジャンプスーツ姿の詩織と優衣がいる。
「アレッ? 何故、その格好でここにいるの?」
「亜香里がポッドに入ってシミュレーターが回転を始めたら『組織』からまた緊急呼び出しが掛かったから、この部屋に来たのだけど? 亜香里は1日前に行けなかったの?」
「いやいや、ちゃんと水曜日の午前0時から火曜日の午前0時に戻りましたよ」
「亜香里さん、私たちは水曜日の午前0時に娯楽室からこの部屋に戻って来ただけなのですけど… あれ? スマートフォンもスマートウォッチも1日前に戻っています! 亜香里さんが世界全部を1日前に戻したのですか?」
「まさか『世界の隙間』プロの亜香里でも、そんなことは出来ないでしょう?」
3人が『どうなったのだろう?』と話をしていたら、壁一面のスクリーンにビージェイ担当が現れた。
「みなさん手際が良いですね。ジャンプスーツも着用されて直ぐにでも出動できそうですね。それでは説明します。緊急事態が発生しました。先ほど、教皇と大使館が大使館敷地内から消えてしまいました」
「知っていますよ。そのために1日前の『世界の隙間』に、わざわざ来たのですよ」
「小林さん、言っている意味が理解できないのですが? 教皇と大使館は先ほど、日時は月曜日の午後十一時に消失してしまいました」
亜香里とビージェイ担当の会話が噛み合わない。
「今は火曜日の午前0時過ぎで合っていますよね?」
「はい、それで間違いありません。繰り返しますが、教皇と大使館は月曜日の午後十一時に敷地内から消えてしまいました」
「エーッ!? ちょっと待ってください。まず火曜日の深夜、もうすぐ水曜日になる頃に『組織』が召集をかけて、今と同じ説明をビージェイ担当から聞きました。それで『Bプロジェクト』が発動され、私は『遠心シミュレーター装置』を使って1日前に来たのですよ。ビージェイ担当にお願いされて」
「『Bプロジェクト』が既に発動されているのですか?」
考え込むビージェイ担当。
「小林さんから見て、今は1日早く教皇と大使館が消失した『世界の隙間』ということですか?」
「結果としてそうなります。それに『遠心シミュレーター装置』に乗らなかった詩織と優衣までが、火曜日の深夜から月曜日の深夜に飛ばされています。ですからジャンプスーツとミッション用のフルセットを装備してここにいるのです」
また考え込むビージェイ担当であった。
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