159 クルマ通勤 と 船舶免許

 フォローアップ研修(亜香里たち3人にとってはニュージーランド・トレーニング)の翌週8月の第2週、亜香里たちにとっては一週間ぶりの出社である。

 前の週、土曜日の夕方、インタビュー終了後に優衣は週末を自宅で過ごすこととなり(優衣『父親がどうとかこうとか』)、詩織は日曜日に定例となっている叔父の道場を手伝いに行った。

 亜香里は寮で療養に専念していて、ふと思いついて2階の医務室へ行き、医療用マシーンを相手にスマートクラッチを最初のモノ(ブラスターライフル内蔵)と交換出来ないかの交渉していた(ダメだった)。

 月曜日の朝、いつもの通勤時刻より早い時間に詩織が亜香里の部屋をノックする。

「準備が出来たら行くよ!」

「あと、5分待って(詩織「じゃあ、多目的室で待ってる」)急いで用意します」

 5分後、バタバタと亜香里が部屋から出て来た。

「亜香里さぁ、松葉杖を使うから移動に時間が掛かるよね。早めに起きなよ」

「それは分かっているのですが、ご存じの通り遺伝で…」

 亜香里は最近、自分の寝坊を遺伝子のせいにしていた。

 2人はエレベーターで地下のガレージへ降りていき、亜香里のGLA45(『組織』改)へ乗りこみ、詩織が運転する。

「詩織さん、スミマセンね、運転手をしてもらって」

「良いよ、運転は嫌いじゃないし、電車通勤よりもこちらの方がストレスも溜まらないし。面倒なのは渋滞だけね」

 詩織はエンジンをスタートし、地下のガレージから地上に出て、表通りに入りナビで渋滞状況を確認する。

「回り道になるけど首都高が空いているから上に上がるよ、その方が早いから」

 首都高2号線を走り、会社があるビルを横目に通り過ぎ最寄りの出口から、会社近くの道路に出て、ビルの地下ガレージに入る。

 自動ゲートの前で一旦停止するとゲートが開いた。

「この駐車場は初めて入るけど、カメラで車のナンバーを認識しているのね。江島さんが亜香里の車の入庫許可手続きをしてくれたのかな? 何処に停めれば良いの?(フロアにLEDの流れる矢印が表示される)なるほどLEDでガイドしてくれるのね」

 通路に表示される点滅に従って詩織が車を進めていくと、指定された駐車スペースのLEDが点滅し、そこに駐車をする。

「隣の車は『組織』が使っている大きな黒いワンボックスカーじゃない?」

「そうね、でも私たちが羽田空港の往復で使ったのと、ナンバーが違うような気がする。『組織』だから同じ型の車を何台も持っているのかも。それより始業開始まであまり時間がないから、早く会社に入ろう。駐車場からの行き方も良く分からないし」

「うん、私は松葉杖で走れないからね」

 2人は周りを見回してエレベーターホールを見つけ、乗りこむとそのエレベーターは、自分たちのオフィスまで直行しないことが分かった。

「会社のセキュリティーゲートが地下駐車場には無かったから、当然よね」

 亜香里と詩織が1階でエレベーターを降り、1階ホールにある会社のセキュリティーゲートから中に入ると、松葉杖をフロアに突きながら歩く亜香里の姿を、他の社員が『どうしたの?』という表情で見ている。

「なんだか、みんなに見られている気がするんですけど。ニューカレドニアの海岸で顔と手だけ日焼けしてしまったから、海へ遊びに行って怪我したと思われているのかな?」

「見られてるね、亜香里はその骨折、職場で何と言って説明するの? 『ニュージーランドに行ってバイクで転んで骨を折りました』とか言えないよね? うちらは先週、研修センターでフォローアップ研修を受けていたはずだから」

「そうだ! 骨折の理由を考えていなかったよ。こういう事こそ、江島さんが的確なアドバイスを能力者補の私たちにするべきだと思うのよね」

 その辺、亜香里は熟練の能力者に対して容赦ない。

「うーん、『研修で骨折しました』とか言ったら上の人が『労災じゃない?』って言いそうだし『週末に駅の階段で足を踏み外して転んだ』ことにしておくかなぁ。自分で言っておいて、間抜けよね。格好悪―い。今週は本居先輩が出張から戻っているはずだから相談してみよう。本居先輩だったら本当のことを言っても大丈夫よね」

「それが無難ですね」

 2人はエレベーターに乗って、それぞれの職場へ向かった。

     *     *

 お昼休み、亜香里たちは1週間ぶりに社内食堂の一角、NEOエリアに集まった。

「亜香里さんが、社内でその格好をしていると目立ちますね」

「優衣に言われるまでもないけど、朝から散々見られています。うちの会社は障害者雇用に積極的だから足に障害のある社員を何人か見かけるけど、みんな車椅子を使っているからね。新入社員で松葉杖を使っているのは自分で見ていても目立つなとは思います。職場で周りの人からも聞かれたけど、最初に本居先輩に相談して、駅の階段で転んだことにしました」

「じゃあ、亜香里もしばらく車椅子にする?」

「イヤ、これで良いよ。車椅子にすると何処ででも寝てしまいそうだし、これを使っていると上半身のトレーニングになっている気がする。結構疲れるし」

「そうね、亜香里はよく食べるから椅子に座りっぱなしだと摂取カロリーがそのまま身になるよ(亜香里「デブじゃないから!」)そう言えば土曜日に話した『『組織』にお願いするリスト』の件、どうなった? 江島さんにメールしてみた?」

「そうそう、言うのを忘れていました。昨日、3人のとりあえずの希望をまとめて江島さんにメールをしたら、今日の午前中に返信が来ました。私のバイク免許、それから全員の船舶免許は『組織』が面倒をみてくれるそうです」

「良かったじゃない。でも船舶免許は私と優衣の希望じゃなかったっけ?」

「2人も3人も同じでしょう? それにバイクの免許は骨折が治るまで取れないけど船舶免許だったらギプスをしていても取れそうじゃない? それでスクールの予定ですが今日の夜、手続きに行って明日から週末まで頑張れば、今週中に小型船舶免許1級が取れるそうです」

「ホントですか? それだったら頑張ります。週末、家に帰ったとき船舶免許の話をしたら父が喜んでくれて『来月、西海岸に用事で行くから優衣も遅い夏休みが取れれば連れて行くから、クルーザーの操縦できるよ』と言っていました」

 相変わらず篠原家は特殊だと思いながら、詩織が聞く。

「アメリカは小型船舶の操舵に免許は不要よ。優衣のお父さんのことだから、言っているクルーザーは小型じゃないと思うけどね」

「そうなんですか? でも日本の免許でも持っていたら、向こうに行って『免許持ってます』って言えるじゃないですか」

「まあ、先のことはともかく、今週中の小型船舶免許1級取得を目指して頑張りましょう」

「「免許、取りましょう!!」」

「でも、土日はともかく平日の夜間にスクールがあるのは不思議。船舶関係のスクールは普通昼間だよね?」

「そうなの? 『組織』だからいろいろなツテがあるんじゃない?」

     *     *

 3人は定時後すぐに、ビルの地下駐車場から亜香里の車に乗り船舶免許取得のため、優衣の運転でスクールに向かった。

 スクールの場所は羽田空港から近く、首都高1号線に入り優衣が運転をしながら話を始める。

「やっぱりこの車、不思議です。亜香里さんの車だったGLA220を『組織』がGLA45に代えたと言うか、オシャカになったGLA220の代わりに『組織』がGLA45の外見をGLA220に改造して、亜香里さんに引き渡したところまでは分かるのですが、それもちょっと違うのかな?と思います」

 四輪車では穏やかな運転をしながら、首を傾げる。

「どういう風に違うの?」

「なんだかエンジン以外のものも、ついているんじゃないのかって思うくらいパワーが溢れているというか、トルクが過剰な感じがするんです」

「優衣もそう思う? 私も前に運転した時、不思議な感じがしたのよね。レシプロエンジンじゃない、何か?」

「その辺、持ち主の小林家は拘ってないから大丈夫です。ちゃんと動けば」

 亜香里の言葉でそれ以上の車の追求は終わり、羽田空港を離着陸する飛行機を車窓から眺めながら『エアクラフトと比べると全然遅いねー』とか、どうでも良い事を話していると、スクールに到着した。

 普通であれば丸々4日間かかるスクールであるが、翌日以降も同じ様に3人は仕事が終わってから座学を中心にスクールへ通い、土曜日は朝からほぼ一日中、船の上で技能講習を受け、日曜日の試験には、3人とも無事に合格した。

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