157 インタビューと亜香里の労災?

 亜香里たち3人は、桜井由貴に連れられて別室に入り、由貴が壁際に備えつけられた大型のクロゼットを開け『どれでも好きなものに着替えてください』と伝えられる。

 亜香里は、このあと医務室へ行くことを思い出し、ギブスをしているのでTシャツと巻きスカート、詩織は『亜香里に付き添ったあと泳ぎに行く』と言いスエットの上下、優衣が『私も』と言ってスエットの上下に着替えて、ミーティングルームへ戻って来た。

 部屋に入ると江島氏が壁一面に設置されたディスプレイに、亜香里たちが到着したイルデパン島の景色を映し出している。

「それではインタビューを再開します。ここからはニューカレドニアで『世界の隙間』に入ってからの状況を聞かせてください。ご存知と思いますが『世界の隙間』に入ってからのことは『組織』にも分かりません。質問内容が細かくなりますが容赦ください。日本に戻って来るまでの間に、みなさんが桜井さんに現地で話した内容は桜井さんから聴取済みです。ではまずディスプレイを見てください。この映像はみなさんが『世界の隙間』に入ったあと直ぐに、エアクラフトに装備されているドローンを遠隔操作で飛ばして撮影した映像です。この映像を見て何か思い当たることはありませんか?」

 ディスプレイの映像は、亜香里たちが『世界の隙間』で一日居たイルデパン島の東海岸の景色を映し出している。

「私たちが一日居た海岸とあまり違いは無いと思います。違うのはエアクラフトが映っていることと、私たちが居ないことです」

 亜香里が(『当たり前のことを言っているけど』と思いながら)発言する。

「そうですか、みなさんは三十年前の同じ世界に行ったわけですが、季節も同じで、あの海岸は今も観光用に開発されていないので同じ景色なわけですね。分かりました。次の質問です。みなさんが『世界の隙間』に入ったと意識した瞬間と、その後の対応はどの様にされたのですか?」

 亜香里たち3人は、顔を見合わせて『誰が答える?』と小さな打ち合わせをして、詩織が答えることにした。

「エアクラフトが到着してハッチが開いたときに見た景色には驚きました。東京の駐機場に着いたと思っていましたから。3人で『ここはどこだろう?』となり、エアクラフトから降りて砂浜を海岸に向かって歩いているときに『世界の隙間』の入口に特有の『空気のゆらぎ』を感じて、『マズイ!』って思ったときにはもう『世界の隙間』に入っていて、振り返るとエアクラフトがありませんでした」

「ということは、藤沢さんたちが通った『世界の隙間』の入口は砂浜にあったのですか? イルデパン島の東側の海岸に?」

「結果としてはそうなりますが、そのあと通ってきた海岸付近を何回も歩いてみても入口は見つかりませんでした。私たちが南九州の霧島神宮で『世界の隙間』に入ったときは、あとで『あの時は入口を見逃したのかも?』と思ったので、今回は半日以上かけてズッと砂浜を歩いて捜し続けましたがダメでした。これは3人の推測ですが、私たちがエアクラフトであの海岸に到着したから『世界の隙間』の入口が一時的に出来たのではないかと思っています」

「『一時的に』ですか… 確かに『組織』が関知している『世界の隙間』も場所によっては無くなったり、新たに出来たりする入口がありますから、考えられない話ではありません。今回は特に『世界の隙間』への感度が高い3人の能力者補が、そこを訪れたわけですから」

「以前に一度、伺ったと思いますが『世界の隙間』の入口は、能力者だけが通過出来て、一般の人が同じ場所を通っても何も変わらないのですか? それと私たちは『世界の隙間』に対して特別な何かがあるのですか?」

「厳密に言えば、能力者または能力社補とその本人が携行出来るモノだけが『世界の隙間』の入口を通過することが出来ます。藤沢さんたちが他の能力者と比べて『世界の隙間』に入り易いのは、入社してから4ヶ月間の客観的な事実から考えられることで、検証されてはおらずその理由もまだ分かりません。質問を続けます。みなさんは夕方まで砂浜で『世界の隙間』の入口を捜し回ったけど、見つからず野宿をされたわけですね? 翌日は海岸での入口捜索を諦めて、本島へ渡ることを考え一日いた海岸を離れたところで、運良くトラックに乗せてもらい、港でレンタルボートを借用して本島に近づいたら、世話人の桜井さんが港に迎えに来ていて、一緒に今の世界に戻ってこられたと?」

「はい、筋だけまとめれば、江島さんがご説明された通りで『世界の隙間』から簡単にこちらに戻って来たように感じられますが、途中ではいろいろと大変でした。思い出しましたが、イルデパン島から本島までのレンタルボートは無断借用したまま、こちらの世界に戻ってきましたので費用の支払いが未だです。本島の港で接岸の際にボートに傷を付けてしましましたので、その修理代も発生しています」

「レンタルボートの件は、連絡先を日本同友会本部にして相手に連絡済みであることも含めて、桜井さんから聞いておりますし、先方への支払も含め対応済みです」

「ちょっとよろしいですか?」

 亜香里が手を挙げて質問する。

「江島さんがまとめた話によると、私たちは理由が分からないまま一九九〇年のイルデパン島へ行ったことになりますが、私が不思議に思うのは本島に私たちが着いたとき、桜井先輩が上手く同じ時代にいたことです。これって偶然過ぎると思いませんか?」

「なるほど、小林さんはそこが疑問なのですね。私はそこをあまり疑問には思いません。みなさんがイルデパン島で入った『世界の隙間』の入口は、本島のヌーメアにあるセント・ジョセフ大聖堂の『世界の隙間』の入口のエコーの様なものではなかったのかな?と考えています。あの地域に能力者が訪れることは滅多にありませんし、その様な場所に感度の高い能力者補3名が急に現れたため、空間のゆらぎが発生したのではないかと思います。それよりも私が疑問なのは『組織』が予め行き先を東京にセットしておいたエアクラフトが、何故かイルデパン島へ到着したことです。これから技術チームが戻って来たエアクラフトを調査しますが、今までにこのような事例は発生したことがありません。エアクラフトはミッション遂行で必ず使用する重要なツールですので、調査が終了するまでエアクラフトの使用は控えた方が良いのかも知れません」

「こちらが確認したかったことは以上です。これでインタビューを終わりますが、みなさんから何かありますか?」

 亜香里が再び手を挙げて質問する。

「私はこれから医務室へ行くようなのですが、今回の怪我は労災にはならないのですか?」

 江島氏は、苦笑いしながら答える。

「負傷しているのに笑うのは失礼ですね、スミマセン。会社の業務、例え研修中であっても怪我をすれば労災認定される訳ですが『組織』の海外トレーニングとなると、そもそも申請書に書ける内容ではないことは、ご理解いただけますよね?」

「はい、それはニュージーランドに居るときに3人で話をして、難しいとは思っています」

「そこまで理解されているのであれば、その通りです。労災申請は難しいですが『組織』として出来ることはやらせてもらいます。幸い小林さんの怪我は休業するほどの怪我ではありませんので、労災認定されても休業補償給付は難しいと思います。療養補償給付いわゆる治療代は『組織』の医務室で十分治療しますので不要です。そうなると、あとは小林さんの足が治癒するまでの物理的な負担をどうするかです。ギブスが取れるまでの通勤は車の送迎を手配しようと思っています」

「『組織』の送迎って、あの黒くて大きなワンボックスカーですよね?(江島氏『そうなります』)それはチョット大袈裟だなぁ。あんな車で会社に乗りつけたら目立つし…… そうだ! ここから会社まではあまり遠くないので、クルマ通勤が出来ればなんとかなると思います。『組織』は本社があるビルにパーキングスペースを持っていますよね?(江島氏「ええ、十分な広さを持っています」)であれば、しばらく1台分を貸してください。折ったのは左足首なので、アクセルとブレーキを操作するのは問題ありません。詩織や優衣に運転してもらうことも出来ます」

「そうですか? それで良ければ駐車場を手配します。日本同友会から会社へ小林さんの自動車通勤を申し入れておきましょう。『組織』のトレーニング中に怪我をしたわけですから。他にも何か必要なものがあれば、後でも良いので申し出てください。良ければこれでインタビューを終わります、お疲れ様でした」

 江島氏は部屋を退室し、亜香里は桜井由貴に促されて2階の医務室へと向かい、詩織と優衣もそれに付き添って行った。

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