148 研修からの帰還 1

 亜香里たちはそのまま待避壕で休息を取り、うたた寝(と言っても深夜なので熟睡)をしていると待避壕の平たい屋根の上に、エアクラフトが到着した。

 エアクラフトが待避壕の堅い屋根の上に到着した音で詩織は目を覚まし、外へ出て屋根の上を見てみると、エアクラフトのハッチが開き3人を待っていた。

 詩織は待避壕に戻り、亜香里と優衣を揺さぶって起こす。

「おはよう、朝ご飯ですか?」

 深夜とは言え亜香里の寝ぼけ方は平常運転のようだ。

「寝ぼけてないの。今回はエアクラフトで帰還よ」

「ウンッ? 帰りはエアクラフトなの? それだと食事をしながら、直ぐに日本に戻れるね」

「エアクラフトですか? 快適に帰れそうですね。身体のあちらこちらが痛くて」

 優衣は大きな怪我をしていないが、身体のあちらこちらにアザを作っていた。

 3人は待避壕の屋根に登り、エアクラフトに乗り込んだ。

 ハッチが閉まるとシートベルト着用のサインが出て、3人ともシートベルトを締めるとエアクラフトは直ぐに発進し、ディスプレイに『通信機器正常』の文字が表示される。

 亜香里たちがトレーニング中は使えなかったスマートフォンも、電波受信状態となり日時が表示される。

「もう金曜日? おまけに深夜というか早朝よ。エアクラフトだから金曜日の朝一に研修センターに着くのかな? そのまま金曜日の研修受講となったらキツいね」

「亜香里さんは、右足首が折れていますから、そのまま帰っても良いのではないですか?」

「優衣の言葉で思い出した! この骨折は研修期間中だから労災になるのかな?」

「どうなんだろう? 私たちは社員になってから4ヶ月経っているし、会社が労災保険を納めているはずだから研修センターで研修中に怪我をしたのであれば労災になると思うけど、研修期間中に『組織』の怪しいトレーニングをするためにパスポート無しで国外に出て無免許でバイクに乗ってスッ転んで骨を折った、と言うのを正直に申告すると、労災以前に他の問題がいろいろとヤバいと思う」

 詩織が真面目に答える。

「ムーッ、やっぱりそうなるかぁ。その辺が『組織』の活動って、ブラックなのよね。『組織』のトレーニングで海外に行っても海外出張手当もつかないし(詩織『私と優衣はミッションで海外に行ったけど、手当は無かったよ』)そうだよね。その辺がなんだか、タダ働きをしているような気がするんだけど… アーッ! しまった。私! 自分が保険に入るの忘れてた! ずっと入らなければと思ってたのに『組織』活動に気を取られていて、うっかりしていたよ。詩織と優衣は入ったの?」

「ゴールデンウィークにみっちり勉強させられたから、本社に出社した週に契約しました。生保以外に担当の損保の傷害保険もね」

「私は入社前からこの会社の保険には親が入っていましたから、契約変更手続きを済ませました。でも亜香里さんの骨折は『組織』の医療ロボットが処置したから診断書は出ませんよね?治療費の領収書も。そうだとすれば保険金の請求は難しいのではないでしょうか?」

「2人ともしっかりしてるなぁ、会社に戻ったら直ぐ契約しよう。でも優衣の言うとおり診断書も領収書も無いから保険は下りないよね。『組織』の活動って怪我をしやすいから、何か特約保険とか無いのかな?」

「それはないと思うよ。『世界の隙間』に入ったら『組織』も状況は把握できないのでしょう? 怪我をしても、その時の状況説明が出来ないじゃない?」

「ダメかぁ、なんだかその辺、すごく損をしてる感じがするのよね」

「ビージェイ担当が『貢献に応じて『組織』が能力者に報いる』と言っていませんでしたっけ?(亜香里「言っていたのは覚えてます。具体的には何も説明が無かったけど」)そうですよね。今度、ビージェイ担当に会ったら聞いてみたら良いと思います。ところでこのエアクラフトは、光学迷彩モードがズッと続いていますが、どうしてでしょう?」

「そう言われてみればそうですね、加速は無くなった感じがするから水平飛行に移っていると思うけど… 国境をまたぐからステルス機能がずっと効いているのは分かるけど、光学迷彩も効きっぱなしで外が見えないというのは初めてね。まあ何か事情があるのでしょう」

 亜香里たち3人は、木曜の昼にグチャグチャになったランチボックスで昼食を取ったあと何も食べていなかったので、エアクラフト内のギャレーに行き軽食を食べ始める。

 しばらくすると『シートベルト着用』のサインが表示される。

「もう着いたの? エアクラフトが速いといっても、早すぎない?」

「『組織』は未来から、ワープ航法の技術を手に入れたのでしょうか?」

「さすがにそれは無いと思うよ、そもそも未来に行ってもワープ航法があるのかどうかも分からないし」

 3人が座席に着きシートベルトを締めると程なく、着陸の軽い振動と到着のサインが表示されたが、光学迷彩が稼働したままでハッチも開かない。

「全く外の様子が見えなくて何も分からないけど、もう着いたの?」

 亜香里が聞くが、同じ状況の2人もハテナマークの顔。

 3人がシートベルトを外すとハッチが開き、いきなり熱い日差しが機内に降り注いできた。

「ここはどこなの? 研修センターでないのは確かよね?」

「とりあえず、外に出てみましょう」

 詩織がまずエアクラフトの外に出て、亜香里、優衣もそれに続いた。

 先ほどまでの涼しいニュージーランドとは違い、そこは熱い砂浜の上で、空は抜けたように青い。

「もしかしたらエルフの森の水鏡で見た海がここなのかな? トレーニングのお疲れさま休暇で、会社と『組織』が私たちに夏休みをくれたのかな? それにしても周りに建物が無いのね」

 亜香里があたりを見回しながら、ファーストインプレッションを述べる。

「どこかの海岸ですね。でも日本の海岸でこんな風景ってありましたっけ?」

 優衣は『この海岸は日本じゃないはず』と思い始めていた。

「ウーン、どこだろう? 今まで来たことのない海なのは間違いないけど」

 学生時代にマリンスポーツ全般をやっていた詩織は、いろいろな海に出掛けていたが、国内のどの海とも感じが違うため、優衣と同様に『ここはどこの国?』と思い始めていた。

 3人がエアクラフトから波打ち際まで歩いていると突然、空気の揺らぎが感じられた。

「なんか、ヤバくない?」詩織が反応する。

「イヤな予感がします」優衣が応える。

 3人が『ヤバイ! ヤバイ!』と騒ぎ始めたときには、ときすでに遅く、振り返るとエアクラフトが消えていた。

「もしかして『世界の隙間』に入ったの?」

「亜香里さん、『もしかして』じゃなくて『間違いなく』、『世界の隙間』に入っています」

 3人は急いでエアクラフトがあったところに戻ってみるが『世界の隙間』の入口は、見つからない。

 亜香里がスマートフォンを確認すると日付が、二〇〇一.〇一.〇一になっている。

「ダメだぁ! これよりも過去ということは二十世紀? GPSは? 生きてる! どこなの? エェー! ニューカレドニアのイルデパン(Île des Pins)島? だからニュージーランドから直ぐに着いたんだ!」

「昭和の時代に『天国に一番近い島』と言われたところです。でも天国ではないですよね?」

 優衣の話は、全然説明になっていない。

 3人は入ったばかり『世界の隙間』の入口が絶対に見つかるはずと思い、砂に着いた足跡を忠実に何度もたどってみるが、入口は見つからない。

 やがて潮が満ちてきて、エアクラフトが到着していたはずの場所も海の中に入ってしまった。

 「「「  どうしよう? 」」」

     *     *

 その頃、日本時間の金曜日の朝早く、日本同友会本部に詰めていた高橋氏は大慌て。

 今回のニュージーランド・トレーニングプログラムを作成し担当をしている高橋氏が、江島氏に緊急のビデオ通話をコールする。

 2コールで、未だ眠たい目をしている江島氏がディスプレイに現れた。

『朝早くから、どうかしましたか?』

『小林さんたちが、行方不明になりました』

『どういうことですか?』

『ニュージーランドでのトレーニングが無事終了して、エアクラフトで日本へ帰還中に、ニューカレドニアに着陸しました』

『小林さんたちが操縦して着陸したのですか?』

『ミッションだったらあり得ますが、今回はトレーニングプログラムからの帰還なので、オートマチックモードで東京に戻って来ることしかできません』

『で、今の状況は?』


『エアクラフト自体は、ニュージーランドのイルデパン島に到着したままなのですが、エアクラフトの機内にも周りにも、小林さんたちの姿がありません。エアクラフトからリモートで非常用のドローンを飛ばして周辺数キロを調査しましたが、どこにも3人の姿形(すがたかたち)は見つかりませんでした』

『彼女たちがエアクラフトで、ニューカレドニアに到着したのは確かなのですね?』

『はい、到着してエアクラフトの外に出るまで、機内に居た映像が残されています』

『ウーン、そうですか… 直ぐに本部へ向かいます』

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