139 フォローアップ研修 指輪の旅 7
小林亜香里(バイクですっ転んで左足首負傷中)、篠原優衣(川でバイクを流されて徒歩)、藤沢詩織(初めて2人を引っ張って瞬間移動が出来て好調)の3人は『エルロンドの館』に入って行った。
亜香里は2人に手伝ってもらいながらバイクを降りる。
「ありがとうございます。全然痛みが引かないから、詩織の言う通りトレーニングをリタイアした方が良いのかな? 二人に迷惑ばかり掛けているし」
「亜香里さんにしては弱気ですね。ここは癒しの郷ですよ。トレーニング設備を周到に準備する『組織』のことですから、ここに治療機器や回復させる設備が必ずあると思います。無ければ、その時にどうするのかを考えれば良いのではないでしょうか?」
「優衣の言う通り。亜香里は初めての場所に来たら先の事は考えずに、まず『探検』でしょう?」
「『先の事は考えずに』というのは少しムカつくけど仰せの通りです。本音はこの旅(トレーニング)をまだ続けたい。ニュージーランドで『指輪物語』の旅なんて、願っても叶うものではありませんから」
「そうと決まれば館を歩くのに必要な杖を探して来るから、待っていて」
詩織は『エルロンドの館』に幾つもある室内の内の一つに入って行き、しばらくするとその部屋から杖を持って出て来た。
「亜香里が気に入りそうなものが見つかったよ。はい! どうぞ」
「これって魔法使いの杖じゃないの? ありがとう、魔法も使えるのかな?」
亜香里は杖を使って立ち上がり、少し歩いてみる。
「左足首の痛さは変わらずだけど、何とか歩くことは出来そう」
「亜香里さん、無理しないで下さいね。左足首がどうなっているのか分からないのですから。私はチョット『匂いそうなところ』を見て来ます」
「匂いそうなところ、って何?」
亜香里が聞く前に、優衣は早足に建物の向こう側へ行ってしまった。
「詩織、何か匂う?」
「いや、オゾンたっぷり緑の香りはするけど、何かを感じる匂いはしないかな?」
「優衣は何が匂うのだろう?」
しばらくすると、ニコニコしながら優衣が戻って来た。
「ビンゴです。ここには寮の二階にあるのと同じ医療マシンがぎっしりと詰まった医務室があります」
「『組織』はここに来るまでの間に、誰かが怪我をすることまで予測済みですか? 『組織』のトレーニングとはいえ、そこまで予想されるのはチョット悔しいなぁ。怪我しちゃったし」
亜香里が眉根に皺を寄せて文句を言う。
「優衣、さっきは何が匂ったの?」
「まだ確かなことは言えないのですが、この前、一週間ほど意識不明の状態から目が覚めたら、不思議な能力が身についたようです」
「匂うって、鼻が犬並みの嗅覚になったとか?」
「違いますよぉー。多分、精神感応に関係しているものだと思うのですが、どこかへ行った時、そこに誰も居なくても、知っている人が居たあとなら、その人の気配がして何をしていたのかが薄らと見えるのです」
「分かったような、分からないような能力だけど、ココでは具体的に何が分かったの?」
「『エルロンドの館』に着いた時、『最近誰か知っている人がココに来ている』と感じました。それを強く感じるのがあの建物の向こう側なので行ってみて、その部屋の前に立つと高橋さんの姿が浮んでくるのです。ドアを開けると医務室になっていて、高橋さんが室内をチェックしているところが目に浮かびました。いつ頃来たのかは分かりませんが、最近なのは間違いありません」
「それって優衣が知っている人の過去の行動が見えるって事?(優衣『はっきりと見えるわけではないので、まだ分かりません』)だとすると今回のトレーニングプログラムは、新入社員研修で最後のトレーニングにだけ顔を出した、能力者の高橋さんが計画したのね。まあいいや、取りあえずそれは置いておいて、寮と同じ医務室があるのなら亜香里をそこに運び込もう。医療マシンが自動で診断して、治療してくれるのでしょう?」
「ウン、UFOから落とされたあと、運び込まれた時はそうでした」
詩織と優衣は両脇から亜香里に肩を貸して、優衣が見つけた医務室に亜香里を運び込み、ジャンプスーツとブーツを脱がせ、診察台の上に亜香里を載せた。
医療マシンの作動音がして、頭の先から足先まで検査のためのスキャニングが始まり、詩織と優衣は部屋にある椅子に座ってそれを見守る。
しばらくすると医療マシンの検査が終わり、ディスプレイに検査結果が表示され、横たわっている亜香里からは見えないため詩織が読み上げた。
「『左足関節骨折(足首のくるぶしの骨折)、骨以外で靭帯等の損傷は無し。ズレの無い骨折であり保存的治療(ギプス固定等)が有効』だそうです」
「痛いはずよね、骨が折れているし。ギブス固定だけなら、この旅(トレーニング)は続けられるのかな?」
「ここにはギブスをしてくれるお医者さんは居ませんから、やっぱりトレーニングはリタイアするしかないと思いますけど……」優衣が残念そうに語る。
「待って!『保存的治療に入ります』って、ディスプレイに出てるよ」
詩織がディスプレイを読み上げる間もなく、壁を占有している医療マシンから2本の金属のアームが出てきて、骨折した亜香里の左足を掴んで固定した。
「痛い、痛い! 何をするの!」
亜香里は大声で騒ぐが、ロボットアームに固定された左足は全く動かすことが出来ない。
固定したアーム以外にも自動車工場の溶接用ロボットアームの様に、医療マシンから数本のアームやノズルの付いた機器が出て来る。
何をやっているのかよく分からないが、折れた亜香里の左足首を固定して、ギブスを作っている様だ。
「亜香里からは見えにくいけど、この医療マシンは凄いよ。亜香里の足に合わせて3Dプリンタでギブスを作ってる。石膏じゃなくて何かの樹脂みたい。黄色い繊維? ケブラー? でもエポキシ樹脂じゃなさそうだし… 『組織』の事だから何かハイテクな高機能樹脂を使ってるのかな? 樹脂の成分は分からないけど光硬化樹脂を使っているみたい」
詩織が医療マシンの作業を実況しているうちに治療は終了した。
ケブラーと樹脂で固められたギブスの大きさに合わせた太目のブーツも、マシンが作成し、それを亜香里に履かせたところで、医療マシンは元の通り壁に収まった。
「ディスプレイにまた何か表示されている『鎮痛剤を処方します。痛い時だけ服用してください。今までのジャンプスーツのままでは着られないので、ジャンプスーツを壁の医療マシン横にあるシューターに入れてください』だって。指示通りに亜香里のジャンプスーツを入れちゃうよ」
「アッ! ちょっと待って。胸ポケットに指輪が入ってる」
詩織は胸ポケットから指輪が入っている封筒を取り出し、ジャンプスーツをシューターに入れると、しばらくして上の棚からジャンプスーツが出て来た。
「早すぎるんじゃない? どこが変わったの?」
詩織が棚からジャンプスーツを取り出すと左足の先がカットされている。亜香里が治療を受けてギブスとブーツを被せられた左足を見て詩織は納得する。
「なるほどー『組織』謹製の高機能ジャンプスーツが着られなくなるとトレーニング中は危ないから、特製ブーツとジャンプスーツの間に隙間が出来ない様な加工がされたんだ。亜香里、これ着てみ? そのブーツとジャンプスーツが繋がると思うから」
「もう立っていいのよね?(詩織「Yes!」)アッ! ほとんど痛くない。さっきは死ぬほど痛かったのに。ではジャンプスーツを着てみますね。足を通して、っと…」
亜香里の着替え方が危なっかしいので、優衣が手伝う。
「なるほど、これで今まで通りかな」
「亜香里さん、無理しないほうが良いですよ。たぶん『組織』のハイテクなギブスが体重をうまく分散させて痛くないのだと思います。骨を折ったばかりなので、基本的にはリハビリモードですよ」
「ウン、分かった、気をつけます」
「亜香里の治療も終わったし、外も暗くなったから、今日はここに泊まることにして、どこかに用意されているはずの食事を探しに行きますか?」
「お腹すいたぁー、ギブスを付けて痛みが減ったら、急にお腹が空いてきた」
「いつもの亜香里さんですね」
「亜香里、モニターにまた何か出てるよ『移動中はスマートクラッチの使用を推奨します』だって」
医療マシンの脇にある宅配ボックス状の扉が一つ開き、詩織が中にあるものを取り出す。
「これ知ってる。陸上選手が足を故障したときに使っていたのを見たことがある。腕を肘掛に乗せる様にして使う松葉杖ね」
ポールの部分を伸ばして亜香里に渡す。
「これはイイね、2本あるから山登りにも使えそう… ンンッ? グリップのところにスイッチがある。何だろう?」
亜香里がスイッチをいじると、ポール部分の色が変わり、赤いスイッチを押してみるとポールの先をつけている医務室の床が激しい音と共にポッカリと穴が空いた。
詩織と優衣が驚いて、床に空いた穴を確認する。
「亜香里さん、分からないものを操作する時には、前持って何か一言、言って下さい。心臓に良くないです。それはブラスターライフルです。『組織』の技術グループは、物騒なものを作りますね」
「負傷者は弱き者だから、常時武装しているくらいで丁度いいんじゃない? では武器も手に入ったことだし、食料を探しに行きましょう」
仕込杖ならぬ、ブラスター内蔵スマートクラッチを使いながら亜香里は『エルロンドの館』の探検を始めた。
『大丈夫かなぁ』と思いながら、ついて行く詩織と優衣であった。
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