054  研修最後のトレーニング3

 亜香里たちの目の前に3Dホログラムが現れた。数週間前に見た、本来このトレーニングチームの担当である高橋氏である。

「私の担当していたミッションがなかなか終わらずに、みなさんへの指導が出来ないまま新入社員トレーニングの最終回になってしまい申し訳ありません。私は今、みなさんがいる場所からそれほど遠くないところからこの映像を送っています。ここに来てからのみなさんの行動は把握済みです」

「この先へ進もうとしてタスケン・レイダーに行く手を阻まれ、相手は銃を持っている。さて、どうしたものか?という状況も把握しています。ミッションを遂行する上で、このような事態には度々(たびたび)遭遇します。その時、発生したトラブルへの対応が遅れれば遅れるほどリスクが高まるため、即断速攻が求められますが、今日はトレーニングですので幾つか対応方法を考えてみたいと思います。それでは小林亜香里さんいかがですか?」

 突然現れた指導者に5人は驚き、話を振られた亜香里は(急に言われても何も思いつかないよ)と思いながら、とりあえず話しながら考えてみる。「えっとですね、古くからの諺(ことわざ)に『急がば回れ』があります。今回は渓谷の谷間を通らず、渓谷のどちらかの峯を迂回して進むのが、善後策だと思います」

「なるほど、地道に回り道をすると… でもその分、時間がかかりますよね。今日は良いのですが対応に急を要するミッションだったら、どうしますか? 萩原悠人さん」

 (次に僕ですか?)と思いながら、亜香里の受け答えの間に考えた案を披露する。「この渓谷を突破しなければならないことを前提に、チームを2つに分けます。相手は数名とあまり多くなさそうなので、注意しながら両側にある岩を防御する壁に使い相手に近寄り、タイミングを見て片側からブラスターで威嚇しながら、そのスキに反対側のメンバーが相手に急接近してサンドクローラーの下に回り込めば、ブリッジに居る相手からは死角となり、中に入れるので制圧出来ます」

「積極的に攻めて行き、相手の隙(すき)を突いて攻め込むわけですね? 両サイドに別れたチームの連携がうまくいけば良いのですが? では次に藤沢詩織さん」

(そろそろ来るかなとは思っていたけど難しいよ。サバイバルゲーム的には『一気に凸る』も有りだけど)「先ほどの攻撃を見ていると、相手は射撃スキルが低いのか、銃の性能が低いか分かりませんが命中率が低そうなので、標的となる面積を最小にするために一列になって突っ切ります。頭上をライトセーバーで保護しながら」

「ユニークなアイデアです、1人2人は犠牲になるかも知れませんね。加藤英人さんは、如何いかがですか?」


(だいたい、やりそうな事は言われてしまったし、何を言おうかな?)「悠人のに少し似ていますが、チームを3つに分けます、両側に2人、真ん中に1人、真ん中の人は全員のライトセーバーを借りて、それを盾にしながら進みます、その分、両側は攻撃が減りますから、悠人と同じ方法で攻め込みます」

「萩原さんと藤沢さんのミックス版ですね、ライトセーバーが5本あるとは言え、真ん中の人は怖いでしょうね。最後になりましたが篠原優衣さん、名案はありませんか?」

(みんな、いろいろと考えるのですね、戦いとか今まで考えた事がないから、何も浮かびません)「さっき敵が攻撃してくる前の亜香里さんの説明では、普段はサンドクローラーに乗るはずのないタスケン・レイダーが乗っているので、彼らにも何か事情があるはずです。こちらからは危害を及ぼさないことを、積極的にアピールして話し合いに持ち込めれば良いと思います」

「篠原さんは外交使節団になる能力がありそうです。残念ながら『組織』も会社も、その様な機能は持ち合わせておりませんが」

「ひと通り、みなさんの意見を聞いてみました。同じ意見はなくてそれぞれの意見に個性があり能力者補としての姿勢は良いと思います。最初の人の意見のあとに『前の人と同じです』と言う意見がなくて安心しました。これからのトレーニングでも聞かれることがあると思いますが、最初から一つの意見や結論ありき、といった考え方で行動しないようにしてください」

「能力者の能力は、普通の人の想像を遥かに超えた大きなチカラです。その様な能力を持つ能力者たちが一つの誤った方向に突っ走ってしまったら、直ぐに人類は滅んでしまします。そうならないためにも、特にミッション遂行時には必ずチーム内で合意形成をしてから作戦を進めて下さい。『組織』はミッションにより世の中が平和に安定することに努めており『組織』の方から一方的に何処かを攻撃する様なことは基本的にありません」

「従ってミッション遂行時にチーム内の意見が明かに分かれた場合には『ミッションを中断する』という選択肢もあります。意識的に『やらないことを、実行する』です。みなさんはまだミッションを経験していないので理解しにくいかもしれませんが、心の何処かに留めておいてください」

「先ほど質問したタスケン・レーダーへの対応方法について、みなさんは実戦経験がないので仕方ありませんが、現状把握が足りません。まず相手方の情報が全く不足していることを認識して下さい。手元にあるリソースを改めて確認して、情報不足であることが分かれば、例えば今回の場合1〜2名が崖の上から観察するとか、1人が違う方向からアプローチして相手の反応を伺うとか、少しでもこちらが有利になるように相手の情報を集めて、自分たちが置かれている状況を的確に把握することが重要です」

「実際のミッションでは能力者のリスクを最小限にするため、あらゆるリソースの提供を『組織』は惜しみません。衛星カメラで十センチ程度のモノの動きまで確認できますし、ハチドリと同じ大きさのドローンを飛ばしてターゲットにナノマシーンを装着させることも出来ます。巨大な荷物を搭載可能なドローンで上空からあらゆる物質的な支援も出来ます。レーダー網もほぼ世界中の軍用のものを援用できます」

「デジタルデータの現状については、みなさんもご存じですよね? 一度ネットに乗った情報は必要に応じて全て取得できます。ダークネットも全てではありませんが把握に努めています」

「ミッション中は光学迷彩が施されたウエア、備品を装備しますし、各種レーダーに対するステルス機能は全ての装置、移動機器が対応済みです。これからみなさんが安心して活動してもらえるよう『組織』の機能について一部説明しました。それでは目の前のトレーニングに戻って下さい。ここから少し先にある街に私はいます。ではのちほど」

 3Dホログラムの髙橋氏が消えた。

「高橋さんからいろいろ講義があったけど、どうする?」亜香里が『どうしましょう?』の表情でみんなに聞く。

「ミッションが始まったら『組織』が手厚くサポートしてくれるみたいだけど、ここでは、何も無いことが分かったから、高橋さんのアドバイスの通り、崖の上に登って見ます。さっき崖の右側にバイクで登れそうなところがあったから」

「詩織さんが右手なら、私は左手の崖を登ります。ちょっと戻りますが、すんなり行けそうな道がありましたから」

「では英人と僕は谷の両脇を、岩陰を使いながら進みます。合図はバイクのホーンで、1回はGo、2回はStop、3回はReturnで」

「私はどうしよう?」

「亜香里さんはバイクの運転が、まだまだなので無理せずに俺たちについて来て下さい。海竜の時の様に急に凸らないで下さいね」英人は前回のトレーニングで亜香里のやった事が、目に焼きついている。

「分かりました、では作戦を開始しましょう」

 詩織と優衣は、渓谷を引き返し、登口に向かう。悠人と英人は谷の両脇から少しずつ前に進み、亜香里も低速走行でバランスを取りながらユックリとついていく。

 しばらくすると渓谷のかなり上の両側を、詩織と優衣がバイクで走っている。

 バイクのホーンが1回鳴る。悠人と英人が、お互いに目で合図して進むスピードを上げる。先ほどと同じようにサンドクローラーのブリッジからタスケン・レイダーが悠人たちを狙ってブラスター・ライフルを撃ってくる。

 渓谷に転がる大きな岩に隠れながら応戦して進むが、撃ってくる頻度が増え、なかなか前に進めない。

 その時、渓谷の上から詩織と優衣がブリッジにいるタスケン・レーダーに向かってブラスターの連射を始め、あっという間にタスケン・レーダーたちは倒れてしまった。

「今のうちに、前進しよう!」谷底にいる3人は、サンドクローラーに全速力で向かう。 上にいる詩織と優衣も細い渓谷の溝の部分を前進する。

 3人がサンドクローラー下部、キャタピラー近くまで来たところで、ブリッジ部分に別のタスケン・レーダーたちが現れたが、亜香里たちは死角に入っており、彼らはブラスター・ライフルの照準を、上にいる詩織と優衣に合わせて撃ち始めた。

「詩織、優衣! 早く岩の陰に隠れて!」離れていて2人には聞こえないが、亜香里が叫ぶ。

 優衣は渓谷の溝が深くなっているところにバイクごと隠れることが出来た。反対側にいる詩織は見晴らしの良いところを走っていて隠れるところがなく、バイクを倒して下からの攻撃を避けようとしたところで、タスケン・レーダーのブラスターが胸に当たり、崩れるように倒れてしまった。

 亜香里たちのいるところからは、倒れた詩織の足先しか見えない。

「詩織! 詩織ぃ!」亜香里が叫び続けるが、詩織からの返事はない。

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