043 研修第3週 能力者補トレーニング4

 亜香里たちと離れて先に進んでしまった詩織と悠人は、なんとか海岸にたどり着いたが二人とも疲れ果てていた。

「アーッ、疲れたぁー、まだまだ出てくるのかな?『もういい加減にして!』という感じです」詩織は疲れがピークに達した勢いで腹を立てている。

 彼女は疲れてくると腹が立つらしい、頼もしい限りではあるが。

「いやほんと。渡り終えた橋が目の前で崩れ落ちたからラッキーだと思ったら、川のこちら側が恐竜の生息地だったとは。知っていれば橋を渡りませんでした」詩織と同じように疲れが溜まり、倒れる寸前の悠人がグダグダと文句を言う。

 2人はインターカムで亜香里たち3人と連絡を取ったあと、海岸を目指してバイクを飛ばしていると、空と陸の両方から恐竜が出てくる、出てくる、これでもかというくらい。

 ブラスターとライトセーバーで近寄ってくる恐竜をなんとか凌ぎながらバイクで走ったが、油断すると体当たりや尻尾による殴打を食らいそうになるくらい恐竜の数が多い。草食系の恐竜がほとんどのようで捕食のために襲ってくる恐竜はいなかったようだが(気づかなかっただけかも?)恐竜の大群が駆けてくるので、避けるだけでも大変。

 2人に向かってくる小型恐竜もおり、電動オフロードバイクを片手運転しながらブラスターとライトセーバーで蹴散らしながら海岸へと向かう。留まると大型恐竜に踏み潰されそうになるので、とにかくバイクで走った。

 しばらく走ると恐竜の数が徐々に減ってきて、恐竜が来なさそうな崖の近くの海岸にようやくバイクを停めることができたのである。

 大きな岩に身体をもたれかけて、詩織と悠人はボーッとする。

 とっくに日は暮れており、あたりは真っ暗で星と月がよく見える。

「あれは、南十字星ですよね?」詩織が明るい星を指さして尋ねる。

「あ、ホントだ! と言うことは今回のトレーニングは南太平洋に連れてこられたのかな?」

「インド洋かもしれませんよ?」

「南大西洋かも知れない? いずれにしても、この暑さと南十字星が見えるということは、南半球の赤道近くの島にいることは間違いなさそうです」

「亜香里たちと話したことがあるけど『組織』は新入社員研修中の新人能力者補のトレーニングなのに費用のかけ方が半端ないよね? って」

「英人とその話をしたことがあります。我々5人だけのために、これだけの設備や人や諸々の費用を『組織』はどこから捻出しているのかな?と。篠原さんの叔父さんは『組織』にいたことがあると聞きましたが、何か情報はありましたか?」

「優衣は、その叔父さんと『組織』の話をしたことがなくて何も知らないそうです。優衣が中学生の時に亡くなったから。時々3人で『組織』の話をするけど、最後はいつも『組織』だからねー、で話が終わります

「そうなりますよね、あまりにも分からないことだらけですから。恐竜の大群がいなくなったので、休むところを探しませんか? そうだ! 英人たちがどうなったのかインターカムで確認してみます」

『こちら、萩原です。どなたか応答下さい』

 待っていたかのように直ぐに応答がある。

『小林です。こちらはお休みモードに入り、順番に焚き火番をしています。そちらはいかがですか』

『こちらは、ようやくバイクを停めて、休んでいるところです。途中で恐竜の大群に遭遇して大変でした』

『おお! ジュラシックワールドね。こちらは恐竜が一頭も出てきません。一晩過ごすのに安全な建物を見つけて、そこで順番に休んでいます。念のため寝込みを襲われない様に焚き火を続けています』

『私(詩織)だけど、夕食はどうした?』

『詩織が心配しない様に自重しましたよ。明日の朝食分は十分に確保しています。ただこの辺に川や湧水が無いので、明日の早いうちに水を確保しないと途中で足りなくなるかも』

『亜香里たちはバイクのGPSを使っていないでしょう? 無人島のような島だから建物とかは無いけど、川や海岸は分かるよ』

『そっかー、道がないからGPSは意味がないかと思って使っていなかったよ。明日出発する時に使ってみます』

『これから休めそうなところを探すから、通信終わります』

『了解です、気をつけて』

 通話を終わらせて、悠人と詩織は海岸線をバイクで走り始めた。

 日没から時間が経ち、頼りはバイクのライトと月明かりだけ。

『藤沢さん、先の方に大きな建物が見えます』

『何かありますね、元リゾートホテルみたいな?』

『その可能性大です。フカフカのベッドで寝られる可能性はないと思いますが、洞穴で寝なくても済みそうです』

 2人が走る海岸線は見通しが良く砂地が固いので、バイクのスピードを上げる。

 元リゾートホテルのような建物の形が、だんだんはっきりと月明かりに浮かび上がってくる。

『藤沢さん、廃屋のようです』

『私にもそう見えます。中を調べてみませんか?』

 2人は建物までたどり着き、正面玄関であったらしいところからロビーの中までバイクで乗り込んだ。

 中に何がいるのか分からないため、ヘルメットとインターカムを装備したままブラスターを片手に周囲を見渡す。

『急に襲ってくるモノは、いないようですね』

『キッチンを探しに行きませんか?』詩織はバイクでロビー右手の廊下を低速で進んでいく。

 悠人は詩織が何故キッチンを探しに行くのか理由が分からなかったが、反対する理由もないので、とりあえずついて行く。

 小宴会場のような部屋を横目にいくつか通り過ぎ、奥の大宴会場のようなところに突き当たり、その横の通路を入って行く。

「勘で走ったけど場所はビンゴ。この奥をバイクで入るのは無理なので、ここに停めてと…」詩織はバイクを降り、厨房であったであろう部屋にライトを点けて入っていく。

「藤沢さん、なぜ厨房なのですか?」悠人は詩織について行きながら聞いてみる。

「理由は2つあります。今は携行食がありますが、ここにどれくらい長く居るのかも分からないので缶詰や食料を探すこと。それから缶詰があれば賞味期限でこの島がいつ頃まで使われてきたのかが推測出来ます」

「なるほど、この島は今『組織』が所有していると思いますが、この元リゾートホテルは『組織』が島を買い取る前からここにあったはずですから、この島を普通の人が使っていた時期が分かりますね」

「あった、あった。コンビーフ缶、賞味期限は… とっくに過ぎてる。ウインナーの缶詰もあるけどこれも賞味期限切れ。こっちのアンチョビの缶詰は? これも賞味期限切れ。このホテルが閉まってから相当な年月が経ったことはよく分かりました。その割には海岸べりにあるのに、よくこの姿を保ってきたと思います」

「このホテルに目ぼしいものはなさそうですね。ただ、もう夜だしこの暗さで外にいると恐竜や獣に襲われるかもなので、このホテルをビバーク基地にしませんか?」

「そう思っていました。バイクは近くに置いておきたいから、このフロアのどこかにしませんか?」

 バイクに乗り来た廊下を戻りながら、安全そうな部屋を探してみる。

「あそこに2階に上れるスロープがありますよ。バイクでも上れそうだから上がりませんか?」詩織は悠人の提案に頷く。

 悠人はロビーから2階に続くスロープをバイクで駆け上り、詩織もそれに続いた。

 登ったところは海を見渡せる広いバルコニーになっており、建物側にはバルコニーに続く、開け放たれた部屋がいくつもある。ホテルが開業していた頃には、避暑をしながら海を眺められる優雅な場所だったのだろう。

 悠人と詩織はバルコニーにバイクを停めて、古びた木のベンチに腰を下ろし、ようやく一息つくことができた。

「いま何時か分かりませんが、ここで携行食の夕食を取りませんか」

「この島に来てからずっと動き続けて、食べることを忘れていました」詩織はリュックから携行食を取り出し食べ始め、悠人も自分のリュックから取り出して食べ始める。

「先週末の事を教えてくれませんか? 週末に十年分がどうこうしたってやつ」食べながら悠人が聞く。

「ああ、あれですか? この会社に入って『組織』に加入してから『人生は、謎だらけ』なのですが、ここでライバル会社のCM「人生は、夢だらけ」を捩(もじ)っても仕方ないですね。どれも『組織』が私たちのトレーニング用に計画した、始めと終わりがあるプログラムですが、先週末は放って置かれたら終わりのない空間に放置されそうになりました」

「内容は全然分かりませんが、大変だった事は分かります」

「疲れているのかな? 説明がまとまりません。そのままあったことを説明すると長くなるので、知りたいことを聞いてくれれば説明します」

「そうですね、こちらも聞きたいことを話してくれた方が早いので、質問します。週末にどこで何が起こったのですか?」

「土曜日、優衣に呼ばれて亜香里と一緒に自宅へ行きました。彼女の家にある蔵で、私たち3人は十年前に飛ばされたようです。そこで『組織』のトレーニングみたいに、亜香里が映画に例えて説明する『宇宙戦争』のトライポッドという巨大なタコ型ロボットが出てきて私たちを襲ってきて戦った、というのが起こったことです」

「ああ、そうですか? とは、なかなか言い難い話ですね。理解は置いておいて、どうやって今の世界に戻ってきたのですか?」

「トレーニングの時と同じように、ビージェイ担当が3Dホログラムで現れて、もう一度蔵に入れば元の世界に戻れると教えられ戻ってこられた、というのが顛末です」

「ビージェイ担当が現れたと言うことは、その世界は『組織』が作ったのですか?」

「それについては、ビージェイ担当が強く否定していました。能力者補の私たちが作り出した世界だと。そこからの説明は『宇宙は一本の線ではない』とか『重なり合っている』とか『シュレーディンガーの猫』とか理解を超える説明でした」

「シュレーディンガーの猫、コペンハーゲン解釈、エヴェレットの多世界解釈とかですかね?」

「最初の2つは説明に出てきたと思います。そういうので私たち3人が変なところに紛れ込んだのだと」

「興味深い説明ですが、SFのような話です。でもなぜ? ビージェイ担当は、その紛れ込んだ世界の3人を見つけられたのですか?」

「亜香里が、先週のトレーニング『猿の惑星』で使ったライトセーバーとブラスターを持ち歩いていて『組織』は所在をトラッキングしていたそうです。それで、この2つの武器がこの世界から消えたので、どうやって探したのかは分かりませんが、私たちを変な世界から見つけ出したそうです」

「うーん、ますます分からない話ですね、『組織』は多世界も往き来できるのですかね? そもそも多世界があるのかどうかも分かりませんが、いずれにしても分からないと言うことがよく分かりました」

「今やっていることをちゃんと理解して、対応しなければとは思うのですが、あまりにも非現実的なことが多すぎて『何で?』という思考は、とりあえず封印しています。考えていると頭を休める時間がなくなりますから」

「そうですね、その方が心身の健康を保てると思います。月の位置がだいぶ動きました。少し休みましょう。2人とも寝てしまうと危ないから、僕が先に見張りをします。お先にどうぞ」

「では遠慮なく。そこのバルコニーに面した部屋だったら、何かあったときに、直ぐ動けると思うので、そこで横になります。時間が経ったら交代しますので起こして下さい」

 詩織が部屋に入ると、長い間潮風にさらされて以前はソファーであったような家具が床に転がっている。一度持ち上げて床に叩きつけてもホコリ以外何も出てこないので、リュックに入っているアルミブランケットにくるまって、元ソファーの上で眠ることにした。

 悠人に気をつかって仮眠程度と思い横になったが、次に詩織が目を覚ますと水平線から日が昇り始めていた。

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