040 研修第3週 能力者補トレーニング1
「今日から3回目のトレーニングか。1回目と2回目のトレーニングで俺らは、ほとんど活躍の場が無かったけど、大丈夫かな?」
「悠人に同じくそう思うよ。でも小林さんは最初から基本的なパフォーマンスが全然違っているからね。仕事と違って『組織』のミッション遂行力は、各々の能力に依るところが大きいからね。それぞれの能力者が持っている、能力の程度に合わせて活動すればいいんじゃない?『組織』の能力者全員がスーパーマンではないだろうし」
「そういう考え方をしないと『組織』では、やって行けないんだろうなぁ。会社も同じようなものかな? 社員みんなが同じ仕事をする訳ではないし。これは基本的な事だと思うけど、社会人として最初から自覚しているのと、そうではないとではメンタルにも影響しそうだね」2人は話をしながら亜香里たち3人よりも一足早く、トレーニングA棟に到着し扉を開けた。
「おっ! ビージェイ担当は有言実行だね。ホールの設備が充実してる」
ホールの右手は見慣れた男女別の更衣室入口と、食事をした部屋の入口の扉があるだけだが、向かって左手には新しく明るい色のカーペットが敷かれており、ソファーやテーブル、ヨギボーまで置かれていて、壁近くには飲み物がギッシリと詰まった冷蔵ケースとコーヒーマシーンや電子レンジまで用意されている。
「これなら、時間通りに始まらなくても、ゆっくりと待てる」
「ゆっくりし過ぎて、今から昼寝をしてしまうかも」
悠人と英人が話をしていると、扉が開き亜香里たちがホールへ入って来た。
「オォーッ! ビージェイ担当はやれば出来る子ね。アッ! これは寝られそう」亜香里はヨギボーに凸って、早くもダラっとしている。
(うーん、やっぱり小林さんは上手(うわて)だ)と悠人は認識を新たにした。
5人がホールに新しく入った設備を確かめていると、3Dホログラムのビージェイ担当が現れた。
「みなさん、こんにちは」白いワイシャツを着た上半身姿とオフィスの背景もいつもと同じ映像である。
「また、お前か? とお思いかも知れませんが、今回も私、ビージェイが担当します。みなさんの担当の高橋ですが、当初の予定を大幅に超過して現在も難しいミッションを遂行中です。申し訳ありません。来週には、必ずみなさんとお会い出来ると思います。それでは今週も先週と同じように更衣室で準備をしてから、トレーニングに入って下さい」
「それからトレーニング中に使用した備品は間違って持ち帰らない様、注意して下さい。万が一ココへ持ち帰った場合は、トレーニングウエアと一緒に更衣室に置いてからここを退出して下さい。こちらからの連絡は以上です。では気をつけてトレーニングに入って下さい」(先週、持ち帰ったライトセーバーとブラスターを更衣室に置いておけ、という意味ですね)亜香里は黙って了解する。
トレーニングも3回目となり5人とも迷わずドアを開け、更衣室へ入って行く。
女子更衣室に入ってから詩織が確認する。
「名指しはしなかったけど、亜香里のことを注意していたね」
「持ち帰るな、持ち帰ったら更衣室に置いておけ、ですよね。週末のあの世界のことは、お咎め無しですかね?」
「私が原因になって、あの世界に行って『組織』に迷惑をかけたことを怒られるのかと思っていました」
「あの世界は『組織』にとっても微妙な案件じゃないのかなぁ? ビージェイ担当が『組織が作り出したものではない』と言いながら、『不安定な世界に私たち能力者補を長居させられない』と言って、私たちを今の世界に連れ戻したと言うことは、あの世界の固有のことも『組織』は知っていると思うの。もしかしたら優衣の叔父さんが亡くなったのも、あの世界が関係しているのかもしれないよ」
「もしかしたら、あの世界に閉じ込められたまま? とかあるのかも知れませんね」
「優衣、あまり考え込まない方がいいよ。また、あの世界に紛れ込んだら大変だから」
「そうですね、叔父さんがなくなった原因究明はしばらく封印します。いつもの様にロッカーのディスプレイに何か表示されていますよ」
『ロッカーにあるユニフォームに着替え、ロッカー内の備品を全て装備して、退出ドアから出て下さい』
「また、黒のジャンプスーツだ! 前回のビキニと破れた皮のワンピースよりはマシだけど」
「備品は1回目の時と同じかな? リュックの中に、折りたたみヘルメット、ゴーグル、用途不明のカード。 おぉ? 久々に新しいグッズ。これって『組織』専用のインターカムよね? 離ればなれになったときの通信用かな? あとはファーストエイドキット? 怪我をしそうなところに行くのかなぁ?」
「ということは、離ればなれになりそうなシナリオが用意されていて、最後はどこかに集合しないとトレーニングがクリア出来ないってことね。ファーストエイドキットは何に使うんだろう? 何かに刺されるとか、噛まれるとかかな?」亜香里は想定されるイベントのことを考えていた。
「行ってからのお楽しみね」詩織はサッサと着替えを済ませ出口ドアへ向かう。
「それにしても、指導者の高橋さんは何時になったら、ミッションが終わるんだろう? うちらのトレーニングも3週目でしょう? ということは高橋さんは3週間以上、ミッションで長期出張中ってこと? 前にビージェイ担当が『組織』のミッションは『労働ではなく、世の中への貢献』と説明をしていたけど、労働として見れば、まさしくブラックよね」
「詩織の言うように、労基法的にはモロにブラックだよ。たぶん『組織』とは書面の契約は結ばないのだろうし、報酬も『貢献に見合った処遇』を『組織』がするわけでしょう? そろそろ説明が欲しいよね」亜香里は詩織に同意しながら、優衣と急いでドアへ向かう。
優衣も口を挟んでくる。
「『組織』とは契約を結ばないと思います。だって『ブラスターやライトセーバーの取扱いについては…』とか契約書には書けませんよね? そもそも日本国内であんな武器を持っていることが違法でしょう?」
「そっかー、そもそも『組織』の存在自体が国の法律を超えているって事か。じゃあ、これ以上考えても仕方ないね。とりあえず目の前のトレーニングに集中、集中」亜香里の楽天的な
先週と同様に途中に階段がある通路を歩き、照明が明るい機内に入る。
「先週と同じ機内」
「そうだ! 着席する前にギャレーで食料を確保しよう」その辺に亜香里は抜かりがない。ギャレーの食料品をひと通りさらって、亜香里が着席してシートベルトを締めると同時にカプセルが上昇し始める。
中央のディスプレイの表示が変わった。
『乗船後は、速やかに着席して下さい』
「なんか注意されたけど。『組織』的には、これは船なんだ。宇宙船か何なのかはよく分からないけど」
「どっちでもいいよ、うちらはこれからトレーニングをこなさなければならないんだから」
「詩織さんの言う通りです。私たちはこのトレーニングと研修が終わってからが、仕事始めです」連休明けの配属が気になる優衣、初めての職場が人事部とは気が重いところ。
先に席についていて、女子3人の会話を聞いていた悠人と英人。
「みなさん、トレーニングも3回目で『またか?』って思うかも知れませんが、来月から配属になってそれぞれの職場で仕事を始めて、ルーチン業務をこなすことを考えたら、『組織』のトレーニングは変化があって面白いと思いますよ。研修期間中なので楽しみながらやりましょう」悠人の言葉に、そう言う考え方もあるなと思う4人だった。
カプセルが持ち上がり、移動する様子が室内にも伝わる。
今回は、どうなるのかを見届けようと思って頑張って起きていようとするが、あっけなく入眠する亜香里と他の4人。『組織』がカプセル内の空気(添加するガスも含めて)を調整しているので無駄な抵抗である。起きていても窓がないため、どこに行っているのか分からないわけだが。
ビージェイ担当は機内の5人が眠ったことを確認して、トレーニングプログラムを開始する。
「トレーニングサイトまで5人を運びます。女子の方には少し意見がありそうですね。最終週の来週に少し説明する機会を設けますかね」
5人が乗ったカプセルは南太平洋まで、エアカーゴで運ばれて行った。
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