034 休日に優衣からのお誘い1
研修センターの最寄り駅から都心のターミナル駅まで、男子2人とは時間が前後したらしく、亜香里たち3人で電車に乗りターミナル駅で解散した。
亜香里は自宅がある私鉄に乗り換えて、車内から妹の由香里にメッセージを送ると『外出中、友達の家に泊まる。親は先週と同じく実家に帰省中』とのこと。
おじいちゃん、そろそろなのかな(心配)と思いながら、車窓から暗くなった外を見ていた。
最寄りの駅に着くと午後9時を過ぎており、駅前のスーパーで週末の食材を調達して家へ帰る。
脇門から入りポストで朝夕刊(由香里、新聞くらい持ってきて読めよ)や郵便物を取って玄関を開ける。誰も居ないはずだか、習慣化している「ただいまー」を家の中に向かって言う。
買ってきた食材を冷蔵庫に入れ、牛乳を飲みながら自部屋へ。
ベッドにダイブするのは亜香里のルーティンである。
先週はこのまま寝落ちして時間をロスしたので、今日は5分で立ち上がる。
机にあるMacBookを開き、メッセージをチェックする。亜香里も大概のことはスマートフォンで済ませるのだが、必要な情報は別途クラウドに保存するので自宅ではパソコンを使いことが多い。
ただ亜香里は、保存したデータの存在を忘れてしまうのが悩ましいところ。
同期の友人のほとんどが新社会人で、自分と同様に忙しいためか連絡なし。院に残った友人や部活の後輩は、大学が未だ本格的に始まっていないためか沙汰なし。
久々にぽっかりと空いた時間。
1月に最後の試験(もう単位は取れていたから数科目だけ)、2月は遠くに行ってしまう友人のお別れ会、3月の小旅行、卒業式、4月の入社式、社内研修、そして想定外のトレーニングと続き、久々に明日と明後日は予定がブランクなことに気がつき、どうしたものか?と思ってしまう。
(マズイ、マズイ、『何もないことが良いのであって、何か予定を詰め込もうとする社会人は出世しない』と何かの本で読んだぞ)どうでも良いことを、ボヤッと考える。
ボーッとしていたら、スマートフォンにメッセージが入ってくる、優衣からだ。
『おつかれさまです、明日は何か用事が入っていますか?』
「幼女(ようじょ)が用事(ようじ)とは、これ如何(いか)に?」
独り言を言っておいて(これは受けない)とひとり突っ込みをする。
『ないよー、どした?』と送ると、すぐに返信が入る。
『お休み中のところ恐縮ですが、明日、会えませんか?』幼女からお誘い?
『デートか? デートのお誘いか?』またすぐに返信。
『ハイハイ、デートでも良いのですが、折り入ってご相談したいことがありまして、拙宅まで、ご足労いただけませんか?』
(ずいぶんクラッシックなお願いの仕方だなぁ。何をかしこまっているのだろう?)
『良いよ、優衣のお家って、私のところからだと直線距離は近いけど、電車だと乗り換え2回でしょう? 車が停められたら車で行きたいけど?』詩織の様にバイクだと便利だな、と思う。
『大丈夫です、駐車スペースは余分にありますから。亜香里さんがすごく大きな車で来ない限り大丈夫です』
家に帰って来た時、大きい方の車(といっても5メートルは超えていない)は、親が帰省に使っており、車庫にあるのは赤いGLAだけだった。
『小さい車で行くから大丈夫、何か用意するものはある?』
呼ばれたからには、何かあるよね。
『亜香里さんが来ていただければ充分です。お昼ごろまでに来られますか?』
優衣、やたらと気を使ってるなぁ、お昼を用意するって事?
『気を使わなくて良いからね。優衣んち、都会だから一度、行ってみたかったんだ。近くに美味しいお店もありそうだし』
『ではお昼頃に来て頂くということで。近くまで来て迷ったら、連絡ください』
『了解』やりとりが終わる。
優衣が改まって相談って何だろう? ずっと研修センターで一緒だから、聞こうと思えば何時でも聞けたのに。
アキおじさんは生きていました、とか? それは無いよね。
私はエルフです。今まで隠していてすみません。とか?あるかも知れない(まさか?)
何だろう?
明日会えば分かるから今考えるのはやめて、今日はちゃんと寝よう。今月に入ってから『組織』のせいで、まともに寝ていない気がする。そう思いながらベッドに横になり、そのまま朝を迎える亜香里だった。
「アーッ、あのまま寝ちゃったの? 何時? 10時って、朝の10時? 急いで優衣の家に行く準備をしないと!」
昨日から着たままの服を脱ぎ捨ててバスルームへ向かい、シャワーを浴びながら(片付けは、帰ってからね)家のことはあきらめ、ざっとシャワーを浴びてからタオルドライをしながら、キッチンへ行く。ミルクを飲みながら卵とベーコンを炒めて、食パンをトーストし、レタスとミニトマトを適当にちぎって皿に盛り食べ始める。
食べながらメッセージをチェックする。
昨日、寝てしまったあと詩織と優衣から何本か連絡が入っていた。
亜香里が寝たあと詩織と優衣とでやり取りがあり、詩織も優衣の家に行く事になった様だ。最後のメッセージは詩織から。
『少し回り道すれば、亜香里んちに寄れるからバイクの後ろに乗って行けば? ヘルメットのBluetoothの充電を忘れずにね』だった。
(そんな話になったのかぁ)と思っていたら、遠くからバイクの排気音が近づいてきて家の前でエンジン音が止まり、インターホンが鳴る。
誰だか分かったけどインターホンのカメラで確認する。バイクに乗ったままライダーズジャケットを着た詩織が、ヘルメット姿でカメラに写る。
「詩織、門を開けるから、とりあえずバイクを中に入れて」
「了解」
ヘルメット越しなので『モゴモゴ』としか聞こえないが、多分そう言ったのだと思う。
スイッチでスライド式門扉を開ける。モニターを見て詩織が敷地内に入ったあと門扉を閉める。モニターには、バイクから降りヘルメットを取って膝の屈伸をしている詩織が映っていた。
ミルクのお代わりを飲みながら玄関まで詩織を出迎えドアを開ける。
「準備するから、とりあえず入って」バスローブを着て、頭にタオルを巻いた亜香里が出迎えた。
「では、お邪魔します。朝風呂ですか?」
「昨日、優衣からの連絡があったあと、そのまま寝落ちしちゃって、さっき起きたところ。朝食を食べながらメッセージをチェックしていました。詩織がウチに寄ってくれるって、ところを読んだのがたった今です。何か飲む?」
「とりあえず、いいよ。ご家族は外出中?」
「親は父方の実家に行っているの。おじいちゃんがそろそろだとか。妹は友達んちに外泊したみたい」
「そうなんだ。うちも全員出払っていて、私一人。新聞ある?」
「朝刊は未だ取りに行っていないの。門扉横のポストに取りに行ってもらえると助かります。ポストのカードキーはこれ」
「了解、取ってくる。優衣んちまで、ここからバイクだと三十分も掛からないと思うけど、もう十一時だからそろそろ準備を済ませた方がいいよ。Bluetoothの充電も」
「了解です」
詩織は門扉横のポストに新聞を取りに行き、亜香里は朝食を片付けたあとドライヤーを使ったり、着替えたり、急いで準備をした。
先週、バイクの後部座席に乗ったときの寒さを教訓に温かい格好をして、ヘルメットと斜め掛けショルダーバッグを持ち、詩織が新聞を読んでいるリビングへ行く。
「準備ができました」
「その格好だったら、寒くなさそうね」
亜香里はワードローブからムートンのジャケット、厚手のジーンズ、皮の手袋を用意した。
「優衣の用事がなんだか分からないけど、途中、寒いのは嫌ですから」
今日はドンヨリと曇っており、4月半ばにしては気温が低い。
「では出かけますか。それにしても最近の日経はどうなの? 土曜版はともかくとしても、日曜版は真ん中の広告ばかりのカラー印刷の部分を抜いたら、ペラペラで読むところが無いじゃない?」
新聞をよく読む詩織は文句を言いながら、ヘルメットを持って玄関に向かう。
亜香里はそこまで熱心な読者ではなかったので、それには答えずに「Bluetoothの充電、時間が短かったから充電が足りないかも?」
「モバイルバッテリーで充電しながら使えるから問題なしです」
玄関を出て亜香里がヘルメットを被りながら、戸締まりをする。
「私、戸締りをするから、先に出てもらえる?」
門扉スイッチを開にして、詩織とバイクが道路に出てから、門扉脇のスイッチの閉を押してから自分も出てくる。
「電動は楽でいいね。うちのは手動で重たくて。今度、兄貴が帰ってきたら頼んでみるかな」
「お兄さん、どこかへ行っているの?」
「中東のどこか。夏頃、一時帰国すると思うけど。さあ乗って、もう十一時半過ぎよ」
詩織に急かされ、急いで後部座席に乗りBluetoothをONにすると直ぐにバイクは発車した。
日曜のお昼前、表の道は混んでおり優衣の家まで裏道を使いながらジグザグに進むルートとなった。十二時ちょうどに優衣宅の門前に到着する。
「クラッシックな風情のある家ね。こんな都会にこういう建物があるのね。明治時代の洋館って感じ。蔵もあるし」詩織は一通り感想を述べ呼び鈴を鳴らす。
「うん、ドレスを着たメイドが出てきそうな雰囲気」亜香里が感想を述べると、メイドではないがドレスを着た優衣が玄関から出てきた。
玄関扉の高さが優衣の背丈の倍以上あるため、いつも以上に優衣が小さく見える。
門から玄関まで三十ほどあるため、ますます優衣が小さく見える。
「優衣はエルフ改めドワーフね。でもドワーフの女の子とかあまり映画に出てこないけど、どんな感じなんだろう?」
「亜香里さん、全部聞こえてますよ! 今度はドワーフ呼ばわりして、そろそろ、その趣味はやめて下さい!」
優衣は門扉まで歩いてきて大きな内開き型の門を開ける。彼女はこの門の開閉で力を付けているのか?
「左にあるガレージの一番左側がバイクスペースなので、そこに停めて下さい。ロックは掛けていませんから左の扉を持ち上げれば開きます」
詩織はエンジンをかけ、スルスルとZ900RSをガレージの前まで走らせる。
「Z1のオマージュ、かっこいいですね。タンクの色もキャンディトーングリーンで」
「詩織さん、そのジャケットとバイクの組み合わせは最強でしょう? バイク好きのオジサンホイホイじゃないですか? ツーリングに行ってバイク停めたらオジサンたちに囲まれて、なかなか発車できないんじゃないですか?」コメントがあまりにも優衣らしいのでスルーして、ヘルメットを被ったままガレージの扉を跳ね上げ、空いたスペースにバイクを停める。
チョットはしゃぎ過ぎたと思い、優衣は違う話題を振る。
「その暖かそうなライダーズジャケット素敵ですね。どこのですか? たまに探すんですけど、なかなか良いのがなくて」
「SchottのSHEEPSKIN ONESTAR JACKET メンズのSだよ。ライダーズジャケットの女性モノって、バイク乗り用がほとんどないからね」
「これが、優衣が『猿の惑星』で言っていた Ninja 400 KRT EDITIONですか。けっこう大きくない?」
「とりあえず爪先はつきます、無理していますけど。走ってしまえば楽なのですが」
「となりにあるのが、お父さんのH2?って、これ CARBON じゃない! 実物を初めて見ました。ブレーキがブレンボのすごいやつだし、スーパチャージャーがついてるし、優衣のお父さんってナニモノ?」
「ちょって変わっていますが、普通のオジサンです」
「(普通のオジサンが200馬力越えのバイクには乗らないと思うけど)ところで、亜香里と私に相談事って何?」
「そうでした。ガレージで立ち話も何なので家へお入りください。ヘルメットはここに置いたままで大丈夫です」
優衣は2人を家の中へ案内した。
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