026 休日だけどミッション? 2
電話を切ったあと、亜香里は温めた惣菜を急いで口に入れ、着替えながらアイスクリームを三口で食べ終わり歯を磨く。化粧を直すのはパス。
(ヘルメットを被るから、しなくても良いよね)亜香里流の解釈である。
時計を見ると電話を切ってから二十分以上過ぎているので、玄関に向かいながら妹に一言、声をかける。
「ちょっと、出かけてくる」
「お姉ちゃん、こんな時間に出かけるとか、どうかしたの?」
自分の部屋から顔を出して由香里が尋ねる。
「同じ会社に入った大学の同期と研修のことで打ち合わせ」
半分ホントで、半分詭弁。話しているうちに詩織から電話が入る。
「ふーん(信用していない由香里)まあ社会人の大人だからね。気をつけて」
最後の言葉を聞く前に玄関のドアを閉めロックをして、詩織の電話に「今いく」と答えながら門を出た。
詩織は消防署前に、大型のオートバイを停めて待っていた。
「大きなバイクね、詩織の身長なら似合っているけど、なんていうバイク?」
「KAWASAKI Z900RS、兄貴のを借りてきた。亜香里のヘルメットはこれね。前髪がかからない様に前からかぶって、あご紐を締めて、そうそう、後ろのステップに足を乗せて、私のお腹の前に両手を回してしっかり結ぶ、お腹は、くすぐらないこと」
亜香里に説明しながら、詩織はライディングポジションを取る。
「じゃあ行くよ、しっかり掴まって」
詩織はスタータースイッチを押し、すぐに発進した。
「おぉー! 初めてのバイク乗車だよ。速い速い!」
「何、盛り上がっているの! しっかり掴まって!」
「おぉー! 亜香里の声がヘルメットの中から聞こえる! どうなっているの?」
「ヘルメットにBluetoothインカムをつけているから2人で話せるの。それからカーブで身体を起こさないようにね。タンデムの後ろが身体を起こしたら曲がるものも曲がらなくなるから」
「よく分からないけど、詩織さんの引っ付き虫をします」
時刻は真夜中を過ぎており車も少なく、すぐに多摩川河川敷付近の道路に到着した。
バイクから降りながら、亜香里が叫ぶ。
「暗いけど詩織の言うとおり、緑色のモノがたくさん盛り上がっているよ! なんなのこれ?」
バイクのエンジンを切って、バイクにまたがったまま詩織が言う。
「亜香里にも見えるよね? 良かった、やっぱりなんか変なのがいるんだ」
「いるどころではないよ。なんか緑色の塊が大きくになって、こっちに近づいて来る!」
「『組織』のトレーニングじゃないから、とりあえず逃げよう!」
詩織はエンジンをかけ、亜香里はバイクに飛び乗り、すぐに発車した。
堤防沿いの道を川下に走ると道路との間に自動車教習所があり、川沿いから少し距離が離れたのでバイクを停止させた。
エンジンを止めて、2人ともバイクを降りる。
「自動車教習所の車が、やばそうだけど」
「うん、何だろう? 水没ではなく、クラッシュしている感じ?」
2人の目の前では、教習所の車が何台も上から大きな岩を落とされたように潰されていく。
「何か空から青い光が来るんだけど」
「今度はなんなの? バイクでどこに逃げれば良いの? って、これは逃げなくても良いかも」
空からの青い光は、川から出てくる緑色の塊を攻撃しており、攻撃された塊は次々と消滅していく。塊があらかた消えたところで青い光から映像が現れた。
2人の前には、研修センターで見慣れた3Dホログラムのビージェイ担当が現れる。
「小林さん、藤沢さん、今日は新入社員研修も研修センター外でのOJTトレーニングもないと思いますが、どうされました? 高橋さんから何か指示がありましたか?」
ビージェイ担当がいつもの調子で聞いてくる。
「ビージェイ担当、聞きたいのはこっちの方です。川から出て来る緑色の塊は何なのですか? クルマを壊しているし、それを攻撃している青い光は『組織』の何かなのですか? 一番の疑問は3Dホログラムですがビージェイ担当、なぜあなたがここにいるのですか?」
亜香里はここでビージェイ担当が出て来たことに驚き、思わずたくさんの疑問を投げつける。
「なるほど、高橋さんの指示ではなさそうですね。そうであれば、なぜあなた方がここにいるのか? 『組織』として疑問ですし、理由を伺いたいところですが、質問合戦になっても仕方ないので、まずこちらから説明します。緑色の塊は、我々人類にとって好ましくないものです。脅威になるのかどうかは調査中です。青い光は、ご想像のとおり『組織』からの攻撃です。そして私、ビージェイが現れたのは、お二人が『組織』のモニターに映ったからです。現在この区域は閉鎖されており、普通の人は外から見えないし、入って来られないところです。お二人は能力者補だから見ることが出来て、入ることが出来たのだと思います」
ビージェイ担当が話をしているうちに、緑色の塊は消滅し多摩川とその周辺は、いつもの川沿いの夜景に戻っていた。
自動車学校に残った数台の車の残骸を除いて。
「以上が『組織』として説明できる範囲です。それでは改めて質問します。能力者補のトレーニングを始めたばかりの小林亜香里さんと藤沢詩織さんが、なぜ、この場所にいるのですか?」
『それは私が答えます』と詩織が説明を始めた。
「研修センターから自宅に戻り、川沿いを走っていると変な緑色の塊を見つけ、他の人は誰も気が付かず違和感を感じたまま帰宅すると、世界の他の場所で同じ現象が起きていることをネットで知りました。亜香里と改めて物体の存在を確認していたら緑色の塊が迫ってきたので、ここまで逃げてきたところです。あとは先程、ビージェイ担当が説明した通りです」
「詩織さんの説明でよく分かりました。それでは本件もトレーニングと同様に他言無用です。お二人に一つお願いしたいことがあります。自動車学校の被害は我々が処理しますので、今から渡すものを『組織』のある場所へ届けていただきたいと思います」
「私たちじゃないとダメなのですか? 『組織』だったら、どうにでもなりそうですが」
亜香里が素朴な疑問を投げかける。
「ちょっと事情があり今すぐには動けないのです。場所は横浜MM21なので、お二人の今の仕様であれば、三十分もあれば着くと思います」
3Dホログラムの中のビージェイ担当は、二人の後ろに停車しているバイクを見ていた。
「今なら第三京浜を使えば、そのくらいの時間で着きますが、これは仕事なの?」
詩織がもっともなことを聞く。
(こんな真夜中に横浜まで何を届けろというの?)
「新入社員とは言え、社会人の自覚がありますね『組織』で動くときも、その様な意識を持ってもらえば大丈夫です。質問の答えは『組織』としてのミッションとなります。最初に説明したとおり、能力者には活躍していただいた分、応分のものが付与されます。今日は深夜ですので、それ以外に横浜の担当者に横浜中華街のお店をお二人の休息用に一軒押さえてもらいます。MM21まで今から渡すものを運んでいただいたあと、お店に行けば食事が出来るようにしておきます」
「なんの問題もありません! 速かに遂行させていただきます」
ニヤニヤ顔で答える亜香里。
誰が見ても分かる表情。中華街のお店の深夜貸切に釣られている。
「亜香里ぃ、運転するの私なんだからね。まあ良いか。明日というか、もう今日だけどお休みだし。それで持っていくものは何ですか?」
2人の前にドローンが近づき小さな箱を落としていった。
「箱を開けてください。スマートフォンと小さな箱があるはずです。スマートフォンのスイッチを入れると地図アプリが立ち上がるので、MM21に近づいたらそれに従ってください。目的地に到着したら、そこで待っている担当に小さな箱とスマートフォンを渡してください」
「ミッションは承知しました。では私が箱をしっかり持ち、詩織の運転で必要なところへ届けます」
真面目に答えているつもりだが、亜香里の目と口が中華街仕様になっておりビシッとしない。
「では、お任せしますので気をつけて」
3Dホログラムが消えていった。
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