020 研修4日目 代行トレーニング2

 3人が長く歩いてきた洞窟に突然開いた穴から、容赦なく降り注いでくる外光の眩しさに、暫くするとようやく目が慣れてきた。

「次のことを話していると、次のイベントが起きるのかなぁ? とりあえず開いたところから外へ出てみようよ! 穴の中は歩き飽きました。変なモノが出て来ても、暗い穴を歩き続けるよりもずっとマシよ」

 小林亜香里は勇者モード継続中のようだ。

 3人は穴が開く時に崩れ落ちてきた岩場を足がかりに、洞窟から外へ這い出てみると、今まで洞窟の中を歩いていたはずなのに、亜香里たちが出て来たところは広い道路の真ん中にあるマンホール。

 片側3車線以上ある広い道路なのに車は一台も走っていない。

「今度はどこなの? ジュマンジ、サンクタム、とアドベンチャー系のアクションが続いているけど、ここの景色は見たことがある気がする。どこだったかなぁ? 確かアメリカの内陸部の街のような気がする」

 亜香里は映画脳ライブラリーから映像記憶を探している。

 街の周囲は山々や森林に囲まれており、通りの表示は " Central St. " と表示されていた。

 少し離れたところに警察署のような建物が見え、通りのあちらこちらには燃えたり、ひっくり返って壊れた自動車が散乱している。

「亜香里、この街のことを知っているの?」

「あそこに見える警察署に行けば、たぶん思い出します。そうすればココでの対処方法も分かるはず」

 亜香里は歩き始めていた。

「勇者亜香里さんについて行きましょう」

 優衣が亜香里のあとを追い、詩織もついて行く。

 以前はきれいな建物であったはずのビルの壁面には焼けて焦げた跡があり、窓が割れている。

「なんだか、気持ち悪いですね」

「う~ん、もしかしたら…」

 亜香里は記憶を呼び起こしながら歩いて行き、警察署の前にたどり着いた。

「あーっ! やっぱりそうだ!」

 警察署の看板には " Raccoon Police Department " と書かれていた。

「ここってもしかして、ラクーン・シティーなの?」

 詩織の問いに亜香里がうなずく。

「ってことは、ゾンビがウヨウヨいるってこと?」

 青ざめながらゾンビが苦手な詩織はキョロキョロと周りを見回している。

 3人が出てきたマンホールの近くから、数体のゾンビが現れた。

「詩織! 優衣! この街がバイオハザードシリーズの何作目か分からないけど、警察署は安全だと思うから中に逃げ込むよ!」

 亜香里が言い終わる前に、詩織と優衣は警察署の玄関から中に飛び込んで行った。

 亜香里も急いで中に入り、正面玄関扉の脇にあった鉄の棒で扉を閉鎖する。

 鉄格子付きの窓から外を見ると、こちらに向かってくるゾンビが増えている。

「玄関はこれでしばらく保つとしても、他にも入り口があるよね?」

 詩織にしては珍しく不安顔。心底ゾンビは苦手らしい。

「地下駐車場の出入口は普段シャッターが降りていたはずです(亜香里の映画記憶)全体的に防犯設備はしっかりしていたと思う。警備システムが稼働していればだけど」

 バイオハザードシリーズはいくつかの版が家にあったが、亜香里はあまりゲームをやらなかったのでよく覚えておらず、映画のシリーズとも記憶がゴチャゴチャになっていて、亜香里が記憶するバイオハザードのストーリーはいろいろなモノの見所を混ぜ合わせたものである。

「入口を塞いでも、いずれゾンビは上がってくるから、先に上に行って武器を探そう!」

 詩織と優衣からは肝が据わってきた勇者亜香里に見えるが、本人はこの世界を思いっ切り楽しんでいた。

「バイオハザードは基本ガンアクションだから、飛び道具中心で武器を探すのよ。接近戦とかは無理だから。銃を使うのは初めてで最初は慣れないかもだけど、警察署の上の方からゾンビを撃っていれば、そのうち扱い方にも慣れてくるはずです」

 亜香里の勇ましく適当な解説を聞きながら、武器庫を探す詩織と優衣。

 武器庫ではないが3階に武器がまとまって収納されている部屋を詩織が見つけた。

「ガンと爆弾だらけの部屋よ。亜香里がターミネーターに使った手榴弾もある」

「あのとき加藤さんが2階の事務室で言っていたマシンガンもあります。これって安全装置を外したら撃てるのかな?」

「優衣、直ぐに引き金を引かないようにね。それはアサルトライフル、M16A4」

 なぜか詩織は銃にも詳しいようだ。

「おぉ! これがM16ですか? 映画で米軍が使っているモノね。ズッシリくるけど持てない重さではないね。これと手榴弾を持って窓からゾンビを狙ってみますか」

 亜香里は、ワクワクしながら新しいゲームをはじめる子供のような雰囲気。

「では私も同じもの持っていきます」

 小柄な優衣はサクッとM16、手榴弾と小銃の入った袋を持って立ち上げる。

「私も同じのにしよう。その方が3人で慣れるのも早そうだし。あとマガジンを忘れないようにね。連射にすると、あっという間に弾がなくなるから」

 だから何で詩織は銃に詳しいの?

「これは映画で何回も見たことがあるから、試しに持って行こうかな? チョット重いけど」

 亜香里が肩にかけようとしているのはRPGー7。なぜ警察署にあるのか分からないが、手軽でいまだによく出回っているからであろう、旧ソ連製のロケットランチャー。

「亜香里さぁ、それ対戦車砲でしょう? 戦争でもするつもり? 使い方を知っているの?」

 詩織の言うことは、至極まともである。

「映画で見たとおりだと、肩に担いで砲弾を筒に入れて引き金を引けば『ドンッ』て行くはずです。これ一度、撃ってみたかったんだ。気持ちよさそうじゃない?」

 ゲーム感覚で装備をした3人は、3階からだとゾンビが近すぎる(弾が当たったらグロそう)という理由で屋上まで上がって行く。

 地下4階、地上4階の建物なので、屋上は5階の高さからゾンビを狙うこととなる。

 亜香里は階段を上る途中で自動販売機からペプシとプリングルズも拝借(ドルを持っていないので銃床でガラスを割る)した。

「おーっ、やっぱり屋上は気持ちが良いね。コーラとポテチもおいしい。さてゾンビ退治を始めますか。確かこんな感じでやれば弾が出るはず」

 亜香里は安全装置を外し、M16打ち始めた。

『ダダダッ ダダダッ ダダダッ』いきなり連射モード、バタバタと倒れるゾンビ。

「これだけ、標的が多いと結構当たるね。あそこの通りの真ん中あたりにゾンビが固まっているから、こっちもやってみますか?」

 亜香里は手榴弾のピンを抜いて思いっきり投げる。

 亜香里が投げた手榴弾はきれいな放物線を描き、ゾンビの集団に到達して爆発した。

 詩織と優衣も最初は恐る恐るだったが、徐々に撃つのに慣れてきた。

 第三者的に見ると若い女性3人が、屋上から銃でゾンビを一網打尽にしている映像である。

 しばらくして、急に打つのを止める詩織。

 M16の銃身がかなり熱くなっている。

「ちょっとストップ、ストーップ! 打ち方やめぃ! いつまで、これをやるの? 弾がなくなるまで?」

 詩織は少し冷静になっていた。


「私たち、能力者補のトレーニング中だよね? トレーニングテストの時は脱出して終了だったけど今回もそうだとしたら、どうやってここから抜け出したら良いの?」

 亜香里は撃ち飽きてきたのか、次のことを考え始めていた。

「ゲームだと、ヘリコプターや列車で街から脱出して終わりだったような気がします」

 優衣は子供の頃の微かな記憶がよみがえる。

「そうそう、ヘリコプターで助けにきてくれるのよね。今、屋上にいるから助けにくるには、ちょうど良いと思うのだけど」

 亜香里は映画脳からゲーム脳にスイッチする。

「でも救助に来そうにないじゃない? トレーニングだから自力でなんとかするのが基本だと思うよ」

 勇者亜香里を諭す詩織。

「そっかー、じゃあ、とりあえずここから移動しようよ。結構ゾンビをやっつけたから、今だったらここから逃げられると思う」

「今日はたくさん走ったり歩いたりしましたから、また全力疾走するのはきついです」

 優衣はヘタっていた。

「街の中を足で走って逃げたりはしません。残った弾と武器を持って地下の駐車場まで急いで降りますよ。ゾンビが警察署になだれ込んで来る前にね」

「なるほど、了解。それで誰がパトカーを運転するの?」

 詩織は分かっていながら亜香里に聞いてみる。

「詩織に決まっているでしょう? ラクーン警察署のパトカーはフォードのフルサイズセダンのはずだから、私や優衣が運転するのはサイズ的に難しいと思うの」

「ハイハイ、私がハンドルを握りますよ。その代わり途中で『降りたい!』とか言わないようにね」

 学生時代、夏休みにカナダでホームステイしているホストファミリーとドライブに行った時、ハンドルを任されるくらい詩織は車の運転が上手かった。

 その時、詩織はホストファミリーが同乗していたので仕方なく大人しく運転をしていた(これSUVだけどキャディのエスカレードプラチナムだ。日本にほとんど入ってない車、V8の6リッター。思いっきりアクセルを踏みたいけどホストファミリーの車だからガマン、ガマン)というキャラクターを持つ詩織に、亜香里と優衣は運転を任せてしまった。

 3人は屋上まで持ってきた武器をそのまま担ぎ、地下1階まで階段で駆け下りる。駐車場にゾンビはおらず、キー付きでガソリン満タンの Ford Crown Victoria Police Car がすぐに見つかった。

「少し飛ばすからシートベルトをしっかりと締めてね。M16は安全装置をかけて片手でしっかり持って、もう一方の手で必ず車のどこかをつかんでいて。念のため『組織』の薄いヘルメットも被って」

 詩織の安全注意に亜香里と優衣はテキパキと体勢を整える。

「では、出発!」

 右の助手席に座る勇者亜香里が発進を告げる。

 詩織はイグニッションキーを回しV8エンジンを何度か吹かせ、アクセルを床まで踏みつけると、ポリスカーは後輪が悲鳴を上げながら発進し、出入口のシャッターを破りながら地上へのアプローチを上りつめ、軽くジャンプをしながら警察署裏の路上へ躍り出た。

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