第184話 猫ちゃんのお食事タイム

 両ひざの関節を砕かれて、両手をひもで縛られたまま地面に寝転がる13人の男たち。

 そのバラバラな装備と使い込んだ武器を見る限り、全員が冒険者ギルドのギルド員だと思われた。


 この襲撃がリタの殺害を目的にしているのなら、町のヤクザ者や破落戸ならずものなどを使うのは考えにくい。

 なぜなら、名門と名高いレンテリア伯爵家に手を出す以上、絶対に失敗は許されないからだ。

 決して戦闘のプロではないそれらの者に、到底このような仕事を任せるとは思えなかった。


 破落戸ならずもののように身元がはっきりしていなければ、確かに足は付きにくいだろう。

 しかし、まかり間違って生きたまま捕えられでもしたなら、仕事に対する責任も矜持も持たない彼らは簡単に口を割るのは目に見えている。


 あまりにそれはリスクが高すぎる。

 依頼主の名を明かさないのは当然としても、何処からどう繋がるかわからないのだ。

 そうなると闘いのプロに依頼するのが順当なのだろうが、このような無法な仕事を頼める相手など限られている。



 戦闘のプロとして、まず最初に思いつくのが騎士だ。

 しかし正義と名誉を重んじる彼らが、このような依頼を受けるとは到底思えない。

 恐らく話を持ちかけただけで通報されてしまうだろう。


 それでは傭兵かと問われれば、先ほどの規律のないバラバラな動きを見る限りそうとは思えなかった。

 国境沿いの町でもあるまいし、そもそもこんな首都界隈に傭兵がいるわけもない。

 結局このように消去法で考えていくと、最終的に行き着くのがギルド員だったというわけだ。


 薬草採集や人探しなど、巷では何でも屋のイメージの強いギルド員だが、そのじつ彼らには手練てだれが多い。

 特に討伐系依頼専門のギルド員であれば、下手な騎士などよりよっぽど腕が立つ。


 特に常識やセオリーが通用しない盗賊討伐や、魔獣などの人外を相手にする場合、儀礼的で上品な騎士の剣技よりも、泥臭い実戦で鍛えられたギルド員の腕の方が頼りになると言われている。

 しかし中には違法まがいのことを平気でする者もおり、ある意味ヤクザ者や破落戸ならずものよりよっぽど厄介な連中でもあるのだ。



 そんな討伐系専門のギルド員が、この中に数人いた。

 しかもその全員が、クルスもよく知っている者たちだったのだ。

 さすがに友人と呼べるほどではなかったが、中には名前も所属も知っており、つい先日ギルド事務所で会話をした者もいるほどだった。

 

 その事実に気付いたクルスは、思わず愕然としてしまう。

 それもそうだろう。

 ついさっきまで同じギルドの仲間だと思っていた者たちに、本気で殺されそうになったのだから。


 それを思うと、クルスの顔に怒りが満ちる。

 無精ひげの目立つ、厳つい熊のような顔を真っ赤に染めて、悲鳴を上げながら地面をのたうち回る男たちを睨みつけた。

 とは言え、彼らはクルスの身内とも言える者たちなのだ。

 それらに対して暴力的な尋問をしなければいけないことに、些か抵抗を感じてしまうのも事実だった。


 しかしクルスとてベテランのギルド員なのだから、敵味方の 取捨選択は十分にわきまえている。

 ここ最近はすっかり危険な依頼から遠ざかっていたが、自分を殺そうとした者に対して慈悲の心を持ち合わせるほど、彼はお人好しでもなければ、優しくもない。


 己の命を狙う者は、一切の躊躇なく斬り伏せる。

 そこに迷いを見せた時点で死ぬのは自分の方なのだ。

 長年ギルド員として生きて来たクルスは、襲いかかる激痛と絶望に叫び続ける男たちの姿に、今や何の感情も持ち合わせてはいなかった。




 顔を殴り、腹を蹴り、潰れた膝を踏みつけながら尋問を繰り返すクルスとクラリス。

 しかしまるで口を割ろうとしない彼らに、二人は次第に焦り始める。


 警邏を伴った護衛騎士のブルームが戻ってくるまであと少し。

 何としてもそれまでに依頼主の名を聞き出せと、きつくリタに命じられていたのだ。

 しかし思うように捗らない現実に、クルスもクラリスも苛立ちを隠せなかった。


 さすがは百戦錬磨のギルド員と言うべきか、膝の激痛には悲鳴を上げているくせに、クルスとクラリスに殴られても一切口を割ろうとせず、凄まじい目つきで睨みつけてくるだけだった。


 砕けた膝をクラリスが腹立ちまぎれに踏みつけてみても、大声で悲鳴を上げるだけで、依頼に関しては何も漏らさない。

 いくら依頼主の名を聞き出そうとしても、絶対にそれだけは口を割ろうとはしなかった。



 そんな彼らの一人を、クルスが殴りつける。

 相手の血で拳は真っ赤に染まり、今やクルスの方が息が上がりそうになっていた。


「はぁはぁ……ヴィリー……お前も相当頑固だな。依頼主に何か義理でもあるのか? そもそもお前ほど腕の立つ奴が、なんでこんな依頼を受けた!?」


「……」


「お前たちがやったのは『直依頼』だろ!? ギルドで禁止されているのはわかっているよな? しかもこんな殺しなんて……金が欲しかったのか!?」


「……ぺっ!!」


 ヴィリーと呼ばれる男が勢いよく唾を吐くと、地面が真っ赤に染まる。

 その様子を見たクルスは、さらに気炎を上げた。


「話したくないなら、べつにいいけどよ!! ――でもお前、自分が何を仕出かしたのかわかってるのか? あのお嬢が誰なのか知ってるか? 一体誰を殺そうとしたのか、お前わかってるのか!?」


「……そんなの知るかよ!! どうせ死ぬんだ、関係ねぇ!!」


 まるで不貞腐れるように、プイっと横を向くヴィリー。

 その横顔を見たクルスは、思わずため息を吐いてしまう。


「はぁ……そうか、知らないなら教えてやるよ。 ――あいつはリタ・レンテリアだ。いくらお前でも、名前くらいは知ってるだろ? あの・・レンテリア伯爵家の孫娘だよ」


「な、なに……レンテリアだと……?」



 ヴィリーの顔に驚きが浮かぶ。

 その顔を見る限り、一体誰を襲撃させられたのか、彼は本当に知らなかったのかもしれない。

 しかしクルスは素知らぬ顔で話し続ける。


「もしかして知らなかったのか? だけどよお前、あの・・レンテリア家に手を出して、ただで済むと思ってるのか? 間違いなく全員縛り首だぞ?」


「ふんっ。望むところだ。殺すならさっさと殺せ!!」


「まぁな……お前が死ぬのは勝手だがよ。でもお前、確かこの前娘が生まれたって言ってなかったか? ――あぁ、わりぃな。お前が仲間と話しているのを横で聞いてたんだ」


「そ、それは関係ねぇだろ!!」


 その瞬間、思い切りヴィリーが気色ばむ。

 恐らく彼は、妻子にまで害が及ぶことを考えていなかったのだろう。

 そんなヴィリーに、まるで叱るようにクルスが怒鳴りつけた。



「バカ野郎!! 大ありだろうが!! わかってるのか? あの・・レンテリア家の孫娘を殺そうとしたんだぞ!? 見せしめに、一族郎党皆殺しに決まってんじゃねぇか、この阿呆が!!」


「なっ!! そ、そんな……」


「お前が殺したんだぞ!! 嫁と生まれたばかりの赤ん坊をな!! ――もっとも、いまさら言っても手遅れだろうけどな!! ……お前が縛り首になった後に、二人とも後を追わされるんだ。助かる道はねぇよ。続きは仲良くあの世でやってくれ」


「うぅ……く、くそぉ……アメリー……シルヴィ……」


「お前のせいで二人は殺されるんだ。きっとあの世でもお前を恨み続けるだろうな。 ――愛する二人に恨まれる気分はどうだ!? まぁ、自業自得だ。ざまぁみろ!!」


「ち、ちくしょー!!!! あの野郎!! 騙しやがって!!」


 潰された膝も殴られた顔も、今やその痛みをヴィリーは感じていないようだった。

 クルスの言葉に現実を思い出した彼は、目には見えない誰かを罵倒し始める。

 果たして彼の目には誰が映っているのだろうか、そうクルスは思うのだった。


 引き続きクルスは依頼主を聞き出そうとしたのだが、それでもヴィリーは口を割ろうとはしなかった。

 



 結果的に未遂に終わったとは言え、仮にも名門貴族であるレンテリア伯爵家の孫娘を襲ったのだ。

 しかも、もしもあのままであれば、皆殺しにされていたはずだった。

 国の根幹を担う貴族を襲うなど万死に値する行為であり、今や彼ら全員が死罪なのは、火を見るよりも明らかだった。


 今回の依頼は、ギルドを通さない非正規なものだ。

 だからここで頑なに依頼主に義理立てをしたとしても、彼らには何も得はないはずだが、そこにはギルド員としての意地があるのだろうか。

 たとえ違法な依頼であったとしても、彼らは冒険者ギルド員としての矜持を守り抜くつもりなのかもしれなかった。

 


 そんな彼らにクルスが憐れむような視線を向けていると、突然背後から声が聞こえてくる。

 その甲高く良く通る声が誰のものなのかは、振り向かなくてもクルスにはすぐにわかった。


「さぁ、皆さん。そろそろ依頼主の名を教えていただけないかしら? あまり強情を張っていますと、ロクなことになりませんわよ。 ――先ほどからペットの猫ちゃんが、お腹が空いたと甘えておりますの」


「グルルルゥ……」


 今や聞き慣れたリタの声とともに、低い唸り声のようなものが聞こえてくる。

 しかしクルスは、とっさに振り向くことができなかった。

 それは何故なら、決して振り向いてはいけないと彼の本能が語っていたからだ。


 クルスの目の前で、男たちの表情が変わっていく。

 ある者は目を見開き、ある者は口を大きく開け、またある者は直視できないとばかりに目を逸らす。

 それは恐怖と驚愕と畏れの表情だった。

 それらが混ざり合った複雑な顔をしながら、ひたすら彼らは同じ一点を見つめていたのだ。


「グオォォ!! グルルルゥ……」 


 変わらず背後から聞こえてくる声に、必死にクルスは耐えていた。

 しかし遂に恐怖と好奇心に負けた彼は、ゆっくり後ろを振り返ったのだった。




 リタが言う通り、そこにいたのは一匹の猫だった。

 いや、それは猫というにはあまりに大きく、あまりに邪悪で、そしてあまりに恐ろしすぎた。 

 それ・・は猫のような顔をしているが、むしろ獅子に近いものだ。

 その証拠に、大人の胴体ほどもある太い首の周りにはフサフサとしたたてがみが生えており、全身を覆う体毛は細く短い。


 おまけに背中にはまるでコウモリのような大きな翼が生えており、それを開くと全幅は4メートルはあるだろうか。

 さらに鋭く尖った尻尾は、サソリのそれのようだ。


 鋭いトゲのような尻尾の先からは、およそ毒にしか見えないような紫色の液体が糸を引いている。

 太い四肢でのしのしと歩く体長約三メートルの身体のフォルムは、確かに見ようによっては猫に見えなくもないが、やはり正確に言うと獅子に近いものだ。



 実物は初めて見たのだが、実はクルスはその名前を知っていた。

 何故なら、彼の子供たちが幼い頃に読んでいた絵本にそれが出ていたからだ。

 クルスは何度もそれを子供たちに読み聞かせてやったものだった。もちろん絵本の中のそれは、もっと可愛らしい姿をしていたのだが。


 それでもその特徴は目の前の化け物にそっくりだったし、邪悪な人食い魔獣として間違いなく絵本の中でも描かれていた。

 そして最後まで敵として主人公の前に立ちはだかった、ボス級のキャラでもあったのだ。

 そう、今でもそれは忘れない。

 その魔獣の名前は、間違いなく「マンティコア」だった。



「うふふふ……さぁ、皆さん。わたくしのペット、『マンさん』をご紹介いたしますわ。わたくしったらこの子をとても可愛がっているものですから、たまには新鮮なお肉を食べさせてあげようかと思いましてね。皆さんにもご協力いただいてもよろしくて?」


 まさに無邪気としか言いようのない笑顔を浮かべて、さらりとリタは言い放つ。

 その様子は、貴族令嬢が集まるサロンで愛猫を自慢してるようにしか見えなかった。

 しかしその口から語られる通り、彼女はこの魔獣に男たちを食べさせるつもりであるらしい。

 その事実に気付いた彼らは、今や膝の激痛さえ忘れてズリズリと後退りを始める。

 そしてクルスは、そんな彼らの様子に気付かないほど目の前の魔獣に目を釘付けにしていたのだった。



「さぁ、マンさん。随分とお腹も空いたことでしょう? どうぞ、おひとつ召し上がれ」


 優雅な所作で促すと、のしのしと歩き出した彼は手近な一人に――噛みついた。


「ぎゃー!!!!」


 マンさんに噛みつかれた男は、次の瞬間には膝から下が無くなっていた。

 見ればマンさんがモッチャモッチャと口を動かしているかと思えば、骨だけを口から吐き出した。


「ぺっ!!」


「ぎぃやぁー!!!! 脚がぁ、脚がぁ!!!!」


 あまりの激痛とショックに、最早もはやその男は地面を転がり回るしかなかった。

 しかし他の男たちにはどうすることもできない。

 助けることも介抱することもできず……いや、それどころか、食われてのたうち回る男から少しでも遠ざかろうと必死になっていた。

 今やそこには、ギルド員としての仲間意識など微塵も見られなかった。



 その後も男は、太もも、左腕、右腕、そして腰と、生きたまま次々とマンさんに食われていった。

 ゆっくりと味わうように咀嚼しながら、マンさんは次なる獲物を物色し始める。

 そうしながらも、痛みと恐怖に暴れ回る男を前足で押さえて、腹から腸を引きずり出し始めたのだった。


「ひぐぁぁ―― ぐはぁ……うぅ……」


 生きたまま全身を食われた男は、最後に声にもならない悲鳴を上げたかと思うと、遂に動かなくなった。


 その姿はあまりに凄惨すぎた。

 生きたまま四肢を食いちぎられて、最後に腸を引きずり出されて死んだのだ。

 凶悪な人食い魔獣に、まるで味わうようにゆっくりと食われていった。


 身体の自由が利かないために十分に距離を取れなかった仲間たちは、皆彼の血を全身に浴びており、中には血塗れの腸を浴びせられた者までいた。

 目の前で仲間を食い殺された男たちは、その凄まじいまでの恐怖とショックに誰も口を開くことができず、ただただ恐怖に顔を歪ませるだけだった。

 あまりの恐ろしさに、中には小便を漏らす者までいる始末だ。


 ちなみにその様子を最後まで見ていたクアドラは、あまりの恐怖のために今度は脱糞してしまっていた。



 そんな男たちの姿にニンマリ笑うと、リタは再び口を開く。


「どうかしら、マンさん。殿方のお肉はお気に召したかしら? もしや、少し硬かったのではなくって?」


「グルルルゥ…… グワウッ!!」


「あら。意外とお気に召しましたのね。それはようございましたわ。――まだまだお代わりは残ってましてよ。マンさん、もうお一人如何いかがかしら? お次は――そうね、あの方なんてどう?」


 残った12人の男の中から、リタは一人の男を指差した。

 するとその男の顔に、凄まじい恐怖が浮かぶ。

 そして叫んだ。


「ひぃー!!!! や、やめてくれ!! お願いだ、食わないでくれぇ!!」


「あら、随分と異なことを仰いますのね。 ――貴方はそうやって立派に命乞いをされますけれど、わたくしなんて悲鳴すら上げさせてもらえませんでしたのよ? あのクソッタレ魔女のおかげでね」


「ひっ!!」


 チラリとリタが視線を移すと、その先のクアドラが悲鳴を上げた。

 そしてブルブルと震え始める。


「それって不公平だと思いませんこと? わたくしはそう思いますの。ですからあなたも、黙ってマンさんに食べられておしまいなさいまし」


 まるで凍りつくような冷たい瞳のリタ。

 最早その瞳には、一欠片の慈悲も見えなかった。

 

「それとも、生きたまま食べられるのはお嫌なのかしら? 随分と我が儘なお方ですのね。 ――それではお聞かせいただけるかしら。此度こたびの襲撃ですけれど、依頼主は何方どなたなのかしら?」


「わ、わかった!! お、教える!! 教えるから助けてくれ!! お願いだ、生きたまま食べられるのだけは勘弁してくれ!!」


「うふふふ……世話が焼ける御仁だこと。 ――それでは詳しくお聞かせいただきますわね」




 女魔術師のクアドラ及び、残ったギルド員全員から依頼主の名を吐かせたリタは、その成果に満足そうに頷いた。


「ふふふ……言質げんちは取りましてよ。これであのクソッタレ侯爵様も言い逃れはできませんわね。地獄の果てまで追い詰めて差し上げますわ、さぁ、見てらっしゃい」


 何やらブツブツと独り言を呟くリタ。

 その彼女が何か思案する様子を見せていると、やっと警邏の者たちがやって来た。

 現場の様子に驚く警邏に手短に事の次第を伝えると、不意にリタは振り向いて歩き出そうとする。

 そんな彼女にクラリスが声をかけた。


「リタさま? 如何いかがされました?」


「えぇ、ちょっとお出かけしてこようかと思いましてね」


 そう言うとリタは、ニコリと笑う。

 男たちに尋問をしていた時と違い、その顔には年相応の愛らしさが広がっていた。

 そんな笑顔に吸い込まれそうになりながら、続けてクラリスは質問する。


「お出かけ……ですか? これから取り調べもありますし、調書も作らなければなりません。リタ様も警邏の方々とご一緒に行かなければ――」


「えぇと、申し訳ないのだけれどクラリス、警邏にはあなたとクルスとブリジットが付いて行ってくれないかしら。私はフィリーネと一緒に一仕事片付けてくるわね。それほど時間はかからないと思うから、それが終わったら取り調べに合流するわ」


「えっ……? 一仕事……ですか? 一体どちらへ? 何をしに行かれるのです?」


 胡乱な顔のクラリスが、続けてリタに質問をする。

 するとリタは、輝くような笑顔で答えた。


「それは決まっているじゃない? この事件の依頼主にお話を聞きにいくのよ」


「えっ……しかし、それは警邏や調査官の仕事では……?」


「確かにそうだけれど…… だけど彼らに任せたら、単なる『貴族令嬢暗殺未遂事件』で終わってしまうでしょう? そんな小さな事件で終わらされてしまったら、面白くもなんともないじゃない? そんなの気に入らないわ」


「し、しかし……」


「せっかくここまでお膳立てしていただいたのですもの。女優としてはこの舞台で最高の演技を見せたいじゃない? それにこの舞台の主催者として、依頼主さんもスポットライトの下に引きずり出して差し上げたいもの」


「……」


「うふふ……たかがクソ虫の分際で、このわたくしに喧嘩を売ったことを一生後悔させて差し上げますわ。 ――あのクソッタレのへぼ侯爵、首を洗って待っていやがれ、ですわ。あのバカヤロウ」


 限界まで唇を弧の形に変えてニンマリとリタが笑うと、その顔を見たクラリスはゾッと背筋に冷たいものを感じてしまう。


 最早もはや淑女なのか破落戸ならずものなのか判然としない口調で口汚く罵るリタ。

 それでもその笑顔は、まるで天使のように愛らしかった。

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