幕間8 チェスの懺悔 其の四

 懺悔室で謎の男性と約束を交わした。

 司祭長から突然結婚を勧められた。


 そんな目まぐるしい一日を過ごしたチェスだったが、翌日から再び本来の仕事に戻ると、いつもと変わらない日常が続く。

 彼女の本業は「神術僧侶」と呼ばれる、言わば研究職のようなものだ。

 教会の別館に専用の研究室と実技場を与えられる研究員は、そこで魔法の研究と実践、そして論文の執筆や編纂などを行っている。


 しかしそこでは毎日毎日、朝から晩まで同じ部屋で同じメンバーと仕事をしているので、所謂いわゆる「出会い」と呼べるものは全くない。

 一般的に「出会い」というと「異性」とのそれを想像するのだろうが、この場合は女性も含めた外部の人間全般のことを指している。



 魔法の研究には秘密が多い。

 そのため研究室には一切の私物の持ち込み、持ち出しを禁止され、仕事中は外部との接触を完全に断たれる。


 そのうえ研究結果が外部に漏れるのを防ぐため、研究員たちの行動は細かく規制される。

 寮と職場を往復するだけなので、基本的に外部の人間に出会うことは全くない。

 そのうえ本来僧侶である彼女たちは、仕事のあとに一杯飲みに行くなどといったこともなかった。


 そんな生活を三年続けて来たチェスは、ある日突然思い切り叫びたくなった。


「もう、こんな生活いやぁ――!!!!」


 そう。そんな修道女のような(いや、実際に修道女そのものなのだが)生活にノイローゼになりそうになったチェスは、心の安定のために外部との繋がりを求めたのだ。

 

 そんな時に魔王討伐の命を受けた。

 初めこそ生きて帰れないような危険な任務に難色を示したチェスだったが、それが神の遣わした試練なのだと無理やり自分を納得させた。

 もしも無事に戻って来られたら、ひとつだけ願いを叶えて貰うことを条件にして。


 もちろんその願いとは、週に一日だけ神殿に出ることだ。

 そこで一般の僧侶に混じって参拝客の相手をしていれば、息が詰まるような今の生活に少しは潤いが生まれるだろう。

 彼女は本気でそう思ったようだ。


 

 魔王討伐の遠征は、本当に辛く厳しいものだった。

 常に命の危険と隣り合わせのうえに、食事すら儘ならない。

 着の身着のままで数ヶ月も風呂に入れず、無事に帰って来た時などは全身垢まみれで異臭を放っていたほどだ。

 もちろん数ヶ月着けっぱなしの下着なんて、元が何色だったのかわからないくらいだった。


 今では笑い話になっているが、チェスの帰還を喜んで抱きしめた主任僧侶が、そのあまりの酷い匂いのために思わず嘔吐えずいたほどだ。

 

 そんな酷い魔王討伐遠征だったが、彼女にとっては何気に楽しかったらしい。

 好奇心旺盛なチェスにとって、魔国の植生はとても興味深かったし、見たことのない動物や魔物を見ることもできた。


 なにより勇者ケビンを中心としたメンバーは皆頼もしく、そこには本当の友情があった。

 これまでずっと彼女を悩ませてきた、他人との希薄な関係。

 そんなものを一瞬で吹き飛ばすような、濃密な人との繋がり。

 同じ志をもつ仲間として互いに命を預け合う。そんな本物の人間関係がそこにはあったのだ。


 



 一緒に戦った仲間たち。

 その中でもケビンは別格だった。

 自分とは一歳しか違わない彼だが、その精神の高潔さは目を見張るものだったし、決してブレない正義感と絶対に諦めない不屈の闘志は容易に真似できるものではない。


 なにより彼は格好良かった。

 決して背は高くないし顔も普通なのだが、何故か彼は男前に見えたのだ。

 身体だって騎士団長のセシリオの方が何倍も逞しかったが、その彼を圧倒する強さを見せつけた。

 強く、優しく、そして時にあどけない少年のような顔を見せる。


 そんな彼に一時心を奪われていたのは事実だが、その想いとはすぐに決別した。

 無事に戻ればエルミニア第二王女との結婚が待っている。

 そしてそれを心から楽しみにしているケビンだったからだ。

 


 攻撃専門魔術師として同行していたアニエス。

 当時世界最強と言われていた彼女は、その二つ名に恥じない活躍を見せてくれた。

 自分とて魔力にはそれなりに自信を持っていたが、目の前で彼女の魔法を見せられてしまうと、自分のそれは児戯に等しかった。


 その彼女がケビンを育てたのだと聞くと、思わず納得したものだ。

 確かに少々気難しいところはあったが、誇り高く高潔な精神を持つアニエスは、尊敬するに値する人物だった。



 騎士団長のセシリオ。

 彼も魔王討伐のメンバー決めでは割を食った人物だ。

 中堅伯爵家出身の彼は己の実力のみで騎士団長の地位まで上り詰めていたが、それを面白く思わない者たちの策略によってこのメンバーに放り込まれた。

 彼が戻らなければ、その後釜に就ける。

 そう思った者たちが大勢いたからだ。

 

 遅くに結婚した彼には、まだ若い奥方と幼い子供が二人いたはずだが、彼らを残して遠い魔国に旅立った彼の想いは如何ばかりか。

 決して生きて戻れる保証のない――いや、死ぬ確率の方が遥かに高いこの遠征に出ることを、家族に何と説明したのだろう。

 それを思うと、とても居た堪れなくなってしまう。



 諜報・特殊工作隊のデボラ。

 彼女と一緒の時間はとても楽しかった。

 些か破天荒な性格の彼女ではあるが、嫌味のない竹を割ったような性格はとても心地よかった。


 デボラのような女性に会ったのは、あれが初めてだった。

 いつも軽口を叩くような飄々とした性格に見えて、実は情に厚い。

 そんな彼女は、事あるごとに自分を心配してくれた。 

 まぁ、あまりにも気に掛けてくれたせいで、夜中にこっそり自分を慰めているところを見られてしまったのはご愛嬌だったが。


 あれから彼女には会っていない。

 諜報機関に所属する彼女は、魔王討伐から帰ってからも常に危険と隣り合わせだと聞く。

 彼女はいつまでそんな組織に身を置くつもりなのだろう。

 できれば近いうちに一度連絡を取ってみよう。



 少々感傷的な想いに気を取られながらも、通常業務をこなしていくチェス。

 そんな彼女が生真面目な性格を発揮していつも通りに仕事をしているうちに一週間が経ち、気付けば約束の日がやって来ていたのだった。




 ――――




 謎の男性との約束をチェスはリンジーに伝えていた。

 男性の告白はリンジーには既にバレていたので、今更チェスはその話を誤魔化そうとは思わなかったからだ。

 しかし、司祭長からの申し出については伝えていなかった。

 それは教会から正式な話が出るまでは決して他言できる内容ではなかったからだ。


 そんなわけで約束の時間まであと10分。

 面会用に用意した部屋の中でチェスが落ち着かなげに歩き回っていると、リンジーは言わずにいられなかった。


「ねぇ、チェス。そんなにそわそわしたってどうしようもないでしょう? そもそもその男性がディートフリート様である保証はないのだし、もしかするととんでもない男である可能性もあるんだから」


「……なによ、その『とんでもない男』って」


「そりゃあ、あんたに惚れるようなマニアなんだもの。『でゅふふふ……あぁ、チェスたん、僕のチェスたん……はぁはぁ……可愛いよ、チェスたん、可愛いよ……にちゃぁ』なんて男かもしれないじゃん」


「……や、やめてくれる? わりと本気で怖いんだけど。もしもそんな男だったら、リンジ―、あなたにあげる」


「いや、いらねーし。結構だし。間に合ってるし」


 何気にモノマネまでしながらからかうリンジーだったが、真顔でチェスが言い返すと本気で嫌な顔をする。

 そんなに嫌ならモノマネなんてしなければいいのに、などと思ってしまうチェスだった。


 

 そんな彼女に、尚もリンジーが話しかけてくる。

 その顔には彼女らしくない、真面目な表情が浮かぶ。


「それはそうと、もしも本当にそのお相手がディートフリート様だったとして、あんたどうするつもり? だいたいあんたは僧侶でしょう? 僧侶が恋心に応えるなんてできないじゃない。 ――余計にディートフリート様が苦しむだけなんじゃないの? あんたもだけどさ」


「確かにその通りだけど…… でもね、仮にも私のことを好きだって言ってくれた人なんだから、結局断るにしたって一度は顔を見て話がしてみたいじゃない。 ――確かに顔を合わせてしまえば、余計に辛くなるかもだけど」


「まぁ……ね。でもさ、その障害が、余計に彼の心を燃え上がらせちゃったりして。『もう自分の気持ちに嘘はつけない。君を還俗させてでもこの想いを成就させる。キリッ』なんつって。 ――あぁ、ええのぉ、ええのぉ!! 私もイケメンにそんなことを言われてみたいのぉ!!」


「いや……でも、その男性がディートフリート様って決まったわけじゃないし。全然別の人って可能性も――」


「大丈夫!! 間違いない!! その男性は絶対のディートフリート様だって――あっ、どうやら時間になったみたい。お邪魔虫は退散するから、あとは一人で何とかしなさい。じゃーねー」


「う、うん。リンジー、ありがとう」


 約束の時間の五分前。

 いそいそとリンジーが部屋から出て行く。

 そこに一人残されたチェスは、ドアを開けて約束の男性が現れるのを待っていた。



 

「失礼いたします――」


 期待と恐れに身を震わせながらチェスが部屋の中で待っていると、ちょうど約束の時間に一人の男性が入って来る。

 チラリと部屋の中を覗き見たその男性は、チェスの姿を確認すると目に見えてホッとした。


 恐らく180センチはあるだろう長身と、動く度にさらさらと揺れる少々長めの金色の髪。

 透き通るような青い瞳は優しげに細められ、思わず見惚れてしまいそうな笑顔を浮かべている。

 些か線の細い色白な顔はとても整っており、その顔は誰が見ても美男子だと言うだろう。

 そんな二十代半ばの男性が、見るからに高級そうなシャツに身を包み、部屋の入口に佇んでいた。


 まるで絵に描いたような美丈夫の姿に、思わずチェスは立ち竦んでしまう。

 するとその姿を見た男性は、少しだけ怪訝な顔をした。


「すいません……入ってもよろしいですか?」


 外見から想像する通りの、透き通るような美しい声音。

 その声にハッと意識を取り戻すと、慌ててチェスは入室を促す。


「す、すいません、ボォーっとしてしまって」


「いえ、お気になさらず。きっとお疲れなのでしょう。貴女はいつも一生懸命ですから」


「あ、いえ、そんな…… ど、どうぞ中へお入り下さい。こちらへかけて――」



 

 扉を閉めた部屋の中で、男性と二人きりになるチェス。

 目を合わせるのさえ恥ずかしくなるようなイケメンに、彼女は第一声を口に出すことができない。

 この期に及んで、頭の中が真っ白になってしまったらしい。

 

 そんな様子に気付いたのだろうか、男性が自分の方から自己紹介を始める。

 優しげに目を細めたまま、耳に残る美しい声音で彼は自分の名を告げた。


「初めまして――ではないですね、先日もお会いしましたし。それでは、まずは私から自己紹介させていただきます。私の名はディートフリート・ジーゲルトと申します。この聖教会を所管する家の次男坊と言えばわかりますでしょうか。この度は私のような者のために、このような席をご用意いただきまして、感謝の言葉もございません」


「い、いいえ、なにもそのようにお礼を言われるようなことでは……あっ、す、すいません、自己紹介もせずに。失礼いたしました。わたくしはチェス・エストリンと申します。こ、この聖教会でしがない僧侶を務めさせていただいている者です。ほ、本日は、よろしくお願いいたしますっ!!」


 にこやかに自己紹介をするディートフリートに、緊張したチェスはしどろもどろになる。

 


 懺悔室で会った男性。

 いつの間にかその正体が、ディートフリートであるかのような話になっていた。

 しかし冷静に考えてみると、それには何ら確たる裏付けも存在せず、単なるチェスの希望的観測でしかない。


 確かにチェスが告げた特徴を聞いたリンジーは、それはディートフリートに間違いないと言い張っていたし、チェス自身もそう思いたかったのも事実だ。

 それが余計に先入観を持たせる結果となった。


 さらに悪いことに、その直後に司祭長から振られた結婚の話だ。

 まるで懺悔室から繋がるようなその話に、すっかりチェスの思考にはバイアスがかかり、その男性はディートフリートその人だと疑わなくなっていたのだ。


 それが蓋を開けてみれば、やはりその通りだった。

 知らない男性に告白されたかと思えば、その直後に男性との結婚話が降って湧いたのだ。こんな神憑り的な偶然など、普通であればあり得ないだろう。

 それほどこの出会いは奇跡的なものだったのだ。


 やはり神は自分を見てくれているのだ。

 そう思わざるを得ないチェスだった。



 何気にチェスがそんなことを考えていると、徐にディートフリートが口を開く。

 その顔には何処かバツの悪そうな表情が浮かんでいた。


「いや、先日は突然失礼いたしました。チェスどのにおかれましては、さぞかし驚かれたことでしょう」


「まぁ……確かに驚かなかったと言えば嘘になりますが……でも、私としては悪い気はしなかったですよ。 ――というよりも、むしろ嬉しかったかもしれません」 


「嬉しかった? しかし、見も知らずの男性に愛の告白をされて、怖いとか気持ち悪いなどと思わなかったのですか?」


「そうですね……正直に申し上げますと初めは少しだけそう思いました。しかし私は神の巫女。どのようなお話であっても粛々と伺う義務がありますので」


「義務……ですか。そうですよね、私のあの告白は、貴女にとっては数多くある懺悔の中の一つでしかないでしょう」


 チェスの言葉に表情を曇らせたディートフリートは、しょんぼりと顔を俯かせてしまう。

 優しそうなイケメンではあるが、その実常にポーカーフェイスを崩さないディートフリート。

 しかし素の彼は意外と表情豊かなのかもしれない。

 その落差を垣間見たチェスは思わず萌えそうになってしまう。

 

 それでもチェスは慌てて言い繕う。


「あ、いえ、そうではありません。貴方様のお顔もお名前もあの時はわかりませんでしたので、わたしはそうするしかなかったのです。お気に障ったのであれば謝罪いたします」 


「いや、そんな、謝罪など滅相もない!! 今回の件は、勝手に私が想いの丈を告げたまでのこと。貴女が謝るようなことは何ひとつありません」


「いえ。それでもなんか、すいません……」


「いえいえ。お気になさらずに。 ――しかし、確かにチェス殿にとって私は初対面だったのでしょう。なにせ私はこれまで貴女の前にこの姿で現れたことはなかったですから」

 

「えっ……?」


 チェスの顔に胡乱な表情が生まれる。

 それはどういう意味だろう、彼女の顔にはそう書いてあった。

 そんな顔を見たディートフリートは、くすりと小さく笑って説明を始めた。



「私がこの聖教会を所管する家の者なのは知っていますね? それでは私の主な仕事はご存じですか?」


「……いいえ。失礼ながら存じ上げません」


 何気にチェスはバツの悪い顔をする。

 彼女とて教会に席を置く僧侶なのだ。

 その人間が所管の貴族家の者の名を直前まで知らなかったどころか、どんな仕事をしているのかも承知していなかったのだ。

 それを想うと、如何に自分が世俗から切り離されているのかを思い知らされるものだった。


 そんな顔を見たディートフリートは、もう一度小さくくすりと笑った。

 その笑みには咎めや嫌味などは一切感じられず、むしろそんな顔をする彼は可愛らしく見えた。


「いいえ、いいんですよ。 ――私の主な仕事は『監査』です。正体を隠して国中の教会を周り、運営状態や信者に対する姿勢などを調べることなのです。もちろんこの教会にも何度も訪れていますよ。貴女はまるで気付いていないようでしたが。ふふふっ」


「も、申し訳ありません……」


「いや、むしろそう簡単に気づかれる方が問題でしょう。 ――貴女は憶えているでしょうか? 酷く汚れて異臭を放っていた浮浪者のことを」 


「えぇ、もちろん憶えていますよ。病気なのにお金もなくて、教会の軒下に倒れていた――えぇ!? もしかして、あれは……」 


 もう一年も前のことを鮮明に思い出すチェス。

 ディートフリートの問いかけに淀みなく答えるその姿は、慈愛に満ちた僧侶そのものだった。

 そんな姿に見惚れる様な顔をしたディートフリートは、その続きを話した。


「そう、そのまさかですよ。あれは私です。私は浮浪者に成りすまして、貴女を試したのです。神術僧侶である貴女がわざわざ神殿に出たいと聞いたものですから、その真意を確かめたくて」


「……」

 

「あれだけ汚れて酷い臭いまでさせていたのに、貴女は嫌な顔ひとつせずに私を助けてくれましたね。それも付きっ切りで」


 

 そうだ。あの時自分は一人の浮浪者を助けたのだ。

 確かに汚れて酷い臭いをさせていたが、魔王討伐の際に自分が放っていたものとそう変わらなかったので、その時は大して気にも留めなかった。


 とにかくその時は、その男性に食事を摂らせるのと病気を治す手伝いをするのに必死だった。

 もっとも途中でその男性はいなくなってしまったのだが。

 

 そうか、あの男性は変装したこの人だったのか……

 自分はなにか失礼なことをしなかっただろうか……


 

「確かに貴女は魔王討伐の英雄だし、類稀なる強力な『魔力持ち』だ。しかし私にはそんなことはどうでもよかった。あの時私は、僧侶としての貴女を見に行ったのですから。 ――そして、その時ですよ。私が貴女を好きになったのは」


「好きに……」


 その言葉を聞いた途端、チェスは顔を真っ赤に染めて俯いてしまう。

 するとディートフリートは、そんな彼女を愛おしそうな目で見つめた。


「はい。あの時私は、心の底から貴女という女性――いや、人に魅入られたのです。そしてその後も貴女に会いたくなった。しかし私がこの姿で会えば、貴女は普段の貴女ではなくなってしまう。貴族である私に対し、畏まってしまうでしょう。だから私は何度も変装して――」


 いや、ちょっと待て。

 確かにこの方の言いたいこともわかるが、それはただ単に変装するのが好きなだけなのでは……

 もしかして、変な趣味でもあるのだろうか……


 何気にそう思ってしまったチェスは、頬を赤らめながらも些かジトっとした上目遣いで見つめる。

 するとその視線に頬を染めたジーゲルト家の次男坊は、徐に姿勢を正すと真正面からチェスを見つめた。



「現在国の方で貴女と私を結婚させる話が動いているのは、聞き及んでいるでしょう?」


「はい……あの懺悔での約束の後、司祭長様からそのお話を頂きました。しかし即答できずにお時間を頂戴したのです」


「そうでしたか……それではちょうど同じタイミングだったのですね。私もちょうど一週間前に父からこの話を聞きました。大変お恥ずかしい話ですが、その話を聞いた私は、喜びのあまり舞い上がってしまったんですよ」


「舞い上がるって……どうして?」


「それは貴女と結婚できるからです。 ――あの懺悔での告白通り、私はあなたを諦めようと必死でした。どう頑張っても僧侶と結婚なんてできませんから。しかしそうしようとすればするほど、どんどん苦しくなっていく。そして神に懺悔をすれば救われるのではないかと思ったのです」


「……そこに救いはありましたか?」


「ありましたとも!! まさかその席で貴女に当たるとは思いもしなかった。こんな偶然があるのですね。まさにこれは神の思し召しだったのでしょう。そしてその直後の貴女との結婚話。そこには神のご意思を感じたものです」


「はい。それは私も思いました。まさかそのお相手が懺悔の席で告白された方だとは……」



 次第に言葉に熱がこもり始めた二人は、自然と身体も近づいていく。

 そして気付けば背筋を伸ばし、彼らは互いの顔を見つめながら真剣な表情をしていた。

 

 不意に二人の会話が途切れると、その場には言いようのない空気が満ちる。

 するとそれを払拭させる勢いで、徐にディートフリートが口を開いた。


「単刀直入に申し上げます、チェス殿。 ――この私と結婚していただけませんか?」


「……」


「なにもこれは人に言われたからとか、国に命じられたからではありません。これは正直な私の想いなのです。私は貴女が好きです。だから貴女とずっと一緒にいたい。どうかチェス殿、私と結婚してください」


「……」



 ともすれば必死とも取れる顔でディートフリートが言い募る。

 その顔を見つめながら、不意にチェスは思う。


 もしもここで自分が首を縦に振らなくとも、最後には国の命令としてこの人と結婚させられるのだろう。

 そしてそれをわかっているはずのディートフリートなのに、敢えて自分の口から結婚の申し込みをしてくれた。

 それだけでも彼の誠実な人柄が伝わってくるし、自分を好きだというその言葉にも嘘はない。


 それでは自分は彼のことが好きなのだろうか?


 確かにディートフリートのことは嫌いではない。

 いや、むしろ好ましいとさえ思っている。

 しかしそこに愛はあるのだろうか?

 自分は彼を愛せるのだろうか?


 

 顔を俯かせ、黙り込んだまま考え込むチェス。

 そしてその姿を不安な顔で見つめるディートフリート。

 ともすれば泣きそうにも見えるその顔を必死に取り繕いながら、急かすことなくチェスの答えを待っている。


 するとしばらく床を見つめていたチェスは、ゆっくりと顔を上げた。



「はい。よろしくお願いいたします。私ことチェス・エストリンは、ディートフリート・ジーゲルト様の求婚をお受けいたします。末永く大切にしていただけますなら幸いです」


 流れる様な淀みのないチェスの言葉。

 そこには一切の戸惑いも迷いも感じられない。

 ディートフリートを見つめる瞳には優しげな光が宿り、最早もはやその顔には直前までの緊張は見えなかった。


 そんなチェスを満面の笑みで見返すディートフリートの瞳には、少しだけ涙が光っていた。


「チェス殿……どうもありがとう。幾つもの偶然と神の思し召しが重なったこのご縁。必ずや貴女を大切にいたしましょう。そして一生愛し続けることを誓います」


 立ちすくむチェスの前にひざまずくと、まるで騎士の誓いのような姿勢をとるディートフリート。

 そしてチェスを見上げながら誓いの言葉を告げたのだった。




 こうしてブルゴー王国聖教会所属の一級女性神術僧侶チェス・エストリンは、僧籍を抜けて還俗した。

 その半年後には聖教会所管貴族――ジーゲルト伯爵家次男ディートフリートと結婚して、幸せな家庭を築くことになる。


 早速翌年には長男が、そしてその二年後には長女が生まれた。

 さらにいつまでも仲睦まじい二人の間には、もうすぐ三人目が生まれるという噂だ。

 

 互いの子供の年齢が近いため、彼らは勇者ケビン・エルミニア夫妻とも親交が深く、互いの子供たちもよく一緒に遊ぶ仲だという。


 そんな彼らの子供たちの中から、将来のブルゴー王国を背負って立つ若い夫婦が生まれていくのだが、それはまた別の話になる。



 ――――――――――――



※下手くそですが、挿絵を描いてみました。

 コピペでどうぞ。


https://31109.mitemin.net/i514269/

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