第138話 激おこスティックファイナリアリティぷんぷんドリーム
ティターニアと別れたリタは、再びユニ夫に跨って深い森の中を駆けていく。
その周りをピピ美が飛び回り、時々高く飛んでは進むべき方角と周りの状況を伝えていた。
そんな彼らだったが、先程までと一つだけ違うところがあった。
それはユニ夫の背中にもう一人の人間が跨っているところだ。
疾走するユニコーンの背に、まるで抱きつくように必死にしがみつく若い女。
なんら特徴のない、何処にでもいそうな地味な女。
それはブリジットだった。
彼女は無理やりリタに同行してきたのだ。
ティターニアと話が終わったリタがユニ夫に騎乗していると、突然ブリジットも一緒に行くと言い出した。
しかし病み上がりで立つことさえ儘ならない彼女は、連れて行っても足手まといにしかならない。
それどころか、そもそもユニ夫の背に這い上がることさえできなかったのだ。
それでもブリジットが必死にユニ夫にしがみつこうとしていると、見かねたティターニアが不思議な力で体力を回復させてくれた。
しかしそれは最低限のものでしかなく、かろうじて身体を持ち上げられる程度でしかなかったのだが。
ブリジットが触れても、ユニ夫は嫌がらなかった。
それは彼女が22歳にして未だ生娘であることを意味しており、そこには若干の気まずさが漂っていた。
15歳で成人してすぐに結婚する者も多いこの時代において、女性の22歳といえば子供が二人や三人いてもおかしくはない年齢だ。
もちろん全ての者がそうではないのだろうが、この国の一般的な常識から言って、その年齢は立派な行き遅れと言っても過言ではない。
もっともそれは、前世でのリタ――アニエスも通り抜けてきた道だ。
彼女の場合はさらにその後190年も生きてきたことを考えると、そんな年齢など大した問題ではなかったのだが。
それでも目の前でユニ夫の背中にしがみ付くブリジットに、若かりし頃の己の姿を重ねざるを得ないリタだった。
そんなわけで、妖精族の女王と別れた二人と一頭と一匹は、朝靄の漂う早朝の森の中を疾走していたのだった。
――――
「ふんっ、そろそろ姿を見せたらどうだ!? どのみちお前たちに未来はないのだ。そのまま籠城を続けるよりも、おとなしく捕虜になった方が身のためだぞ?」
「うるさい!! 我々は絶対に降伏しない!! 無法な侵略者の軍門に下るくらいなら、我々は潔く死を選ぶ!!」
進軍を開始したカルデイア大公国軍から西へ十五キロ、西の三番の砦に叫び声がこだまする。
今から六日前、ハーマン率いる砦救出隊がその任務を失敗して、元から砦にいた者も含めて約六十名が砦に逃げ込んだ。
それから彼らは徹底した籠城を続けていたが、いつまで待っても新たな救出隊どころか、味方の兵の一人すら見ることはなかった。
それでも彼らは必死にその場を死守していた。
しかし想定する倍以上の人数を収容した砦からは、飲み水も食糧も底をつきかけていたし、早晩味方にも見捨てられた空気が漂う砦内は、何処かどんよりとしていた。
しかし彼らは最後まで抵抗するつもりだった。
確かに捕虜になれば水も食事も与えられるのだろうが、最悪人質として利用される恐れがあったからだ。
もしそうなれば、味方の足を引っ張ることになる。
それを思うとこのまま徹底的に籠城し、最後には全員で打って出て突撃するつもりだった。
そんな彼らに向かって、定期的にカルデイア軍が揺さぶりをかけてくる。
砦の前でこれ見よがしに水を浴びて見たり、肉を食いながら酒盛りをしてみたりと精神的にじわじわと追い詰めていく。
そしていまも大声で説得しようとしているところだった。
「お前たちは見捨てられたのだ、今さら味方の救助など待つだけ無駄だ!! 武器を捨ておとなしく投降すれば乱暴はしない!! 水も食糧もふんだんに与える!!」
「しつこいぞ!! 我々は最後まで抵抗する!! 決して武器を捨てはしない!!」
いったい何日、何度同じことを繰り返しているのか。
この働きかけにもそろそろ飽き始めていた頃、砦を取り囲む隊長の元に知らせが入ってくる。
それは本隊からの命令書だった。
彼はその内容にざっと目を通す。
「本隊からの命令で、この砦は放置することになった。もう構うな。奴らが籠城したければさせておけとのことだ。すでに本隊は前進を始めており、これから我々も合流する」
「……それでは、ここの警戒はどうするのですか? 如何に放置と言っても、このままでは出てきた奴らに背後を襲われるのでは――」
「そのために一個中隊をここに残す。本隊の前進が完了するまで、奴らを籠城させたままにしておけとの命令だ」
隊長のその言葉に、目を伏せる者、目を輝かせる者、その反応は様々だ。
殆どの者は本隊に合流して武勲を立てられることを喜んでいたが、中にはこのまま砦の警戒任務を続けたい者もいるようだ。
彼らは敢えて死地に赴きたいとは思っておらず、出来ればこのままここに残りたかった。
兵たちは、誰が残って誰が戦地に行くのかを伺って、互いに目配せを始める。
するとその中の一人が大きな声を上げた。
「私はこのままここに残らせてもらう。どうあっても砦に閉じ籠っている魔術師に話を聞かなければならないのでな」
それはカルデイア軍の助っ人魔術師、ステファンだった。
彼は四十代中頃のひょろりと背の高い馬面の男で、この作戦のためにカルデイア本国から従軍してきたベテランだ。
本来の彼はカルデイア大公国魔術研究所の教官で、国立大学に特任教授の席も併せ持つインテリだ。
その筋では魔術オタクとして有名で、現在の地位は彼にとっては天職とも言えるものだった。
現在は無詠唱魔法についての研究と論文の作成に没頭しており、彼自身も幾つかの無詠唱魔法を完成させていた。
本音を言えば、研究室に閉じこもって魔法の研究に明け暮れていたかった。
しかし慢性的な従軍魔術師不足の穴埋めのために、今回の作戦にステファンは同行させられていたのだ。
とは言え、彼は軍の指揮下には入っておらず、言わば遊撃隊のように
そんな彼が、偶然敵の中に無詠唱魔術師を見つけた。
その姿を見た時、興奮のあまりステファンは小躍りしそうになっていた。
無詠唱魔法が独学で学べるものではない以上、誰かに師事しているのは間違いなかったが、若い魔術師はそれを教えようとしなかった。
そして派手な魔法戦に突入した挙げ句に、大怪我を負って砦の中に逃げ戻っていたのだ。
かなり大きな怪我に見えたが、さりとて命に別状があるとも思えなかった。
それでもその後姿を見せないところを見ると、やはりその怪我で難儀しているのだろう。
せっかく掴んだ貴重な情報なのだ。
ここは是が非でもあの若い魔術師を捕えなければならない。
そしてどんな手を使ってでも、師事する師匠の名と、使える魔法の種類、そして彼の持つ無詠唱魔法の基礎理論を聞き出さなければ気が済まなかった。
それは
砦の周りには、ステファン以外には約五十名の中隊規模の兵士が残されるだけになった。
もちろん指揮のために中隊長が一人残されていたが、彼が何も言わないのでステファンは勝手に動き回っていた。
そんな彼が早速砦の前に移動すると、中にいるはずのロレンツォに向かって叫び出す。
「若き魔術師よ、聞こえているか!? 俺はお前と話がしたい!! この砦が軍事的な意味を失った以上、このまま膠着していても互いに理はない!! 出て来て話をしないか!? 俺はお前と魔法談義をしたいだけなのだ!! 誓って言う、俺はお前に危害を加えるつもりはない!! ただ話がしたいだけだ!!」
しかしその呼びかけに返事はなかった。
今朝の呼びかけには敵の隊長らしき者から返事があったが、ここに及んで完全に沈黙を守っているようだ。
そんな様子を暫く眺めていたステファンは、再度大声を出した。
「返事がないのであれば、こちらにも考えがある!! いいか、10分以内に返事をしなければ、砦に火を放つ!! 精々震えるがいい!!」
「ずいぶんと威勢がええのぉ!! この、バカちんがっ!!」
後方に下がったステファンが時間を計っていると、突然横手から声をかけられた。
それはまるで戦場に似つかわしくない甲高い声で、ともすれば可愛らしいとも表現できるものだ。
カルデイア軍兵士五十名と助っ人魔術師ステファンがその声に顔を向けると、少し離れた小高い場所に一人の幼女が立っていた。
身長104センチ体重16キロの立派なイカ腹を反らして「ふんぬっ」とばかりに仁王立ちした姿は、その愛らしい顔も相まって何処か微笑ましくも見えた。
しかしその顔には凡そ似つかわしくない険しい表情が浮かび、少々たれ目がちの瞳を細めて鋭く睨みつけている。
もちろんそれはリタだった。
彼女は森の中を迂回して、砦の横手からその姿を現したのだ。
水色の幼児用ローブを身に纏い、右手に煌びやかなピンク色のステッキを握り、そしてピクシーのピピ美を供に連れた姿は、巷で話題の児童演劇「魔法少女プリプリ」さながらだった。
そんな見ただけで思わず頬が緩みそうになる幼女が、「ビシィッ!!」と指を突き付ける。
「さては、おまぁが悪い魔術師じゃろ!! わちの弟子に何してくれとん!! わちが代わって成敗してくれる、そこに直れ!!」
「……」
突然現れた幼女に怒鳴りつけられ、成敗するとまで言われたカルデイア兵たち。
さすがに初めは呆気に取られていたが、次第にその場に笑いが生まれる。
中には幼女の容姿と態度のあまりのギャップに、思わずギャップ萌えしそうになる者まで出る始末だ。
そんな些か緩んだ空気の中、中隊長が声をかける。
他の兵士同様に、その顔にはニヤニヤとした笑いが浮かんでいた。
「お嬢ちゃん、こんなところにどうしたんだい? ここは危ないから、ママのところにお帰りよ。それとも迷子にでもなったのかな?」
「おのれぇ……カルデイア兵のくせして、愚弄しくさってからにぃ!! 許すまじ!!」
中隊長の言葉に、ギリギリと奥歯を噛み締めながら怒りを抑えつける五歳女児。
そうしながらも素早く周囲の状況に目を走らせた。
右手には籠城中の砦。
正面に魔術師の男。
左手には約五十名からなるカルデイア兵たち。
大きな魔力を一度に行使できないこの幼い身体では、本来適するはずの広域殲滅魔法は発動できない。
しかしこの人数の兵士程度なら、いまの自分でも楽勝だろう。
近接戦闘しか脳のない彼らなど、遠距離からの
しかし正面の魔術師は少々厄介かもしれない。
対魔術師戦は遠中距離での攻撃魔法の応酬になりがちだ。
互いに
前世の自分であったなら、圧倒的な火力で防壁ごと相手を焼き尽くすことも可能だが、この小さな身体ではそれも叶わない。
そこに来てこの五十名からなる歩兵たちだ。
相手魔術師の攻撃を凌いでいる間に彼らが殺到してくるのは間違いないし、敵魔術師を前にして兵士の相手までしている余裕などあるわけもない。
次に正面の魔術師だ。
見たところ四十代中頃の中年男で、魔術師としてはちょうど脂が乗り始める年齢だ。
魔術師の育成にあまり熱心ではないカルデイアの事情を鑑みると、彼はそれほど強力な魔術師とも思えないが、わざわざこんなところに配置されている以上、それなりの能力を持つと思った方がいいのかもしれない。
もっとも奴一人であれば、それほど脅威だとも思えない。
弱体化したとはいえ、自分は無詠唱で様々な攻撃魔法を行使できるのだ。
たかが詠唱魔術師ごときに後れを取るなどあり得ない。
兵士たちの横槍さえなければ、だが。
うむ……ここはやはり安全を取るべきだろう。
それならば、召喚魔法で一網打尽にしてくれる――
「リタ様!! リタ様じゃないですか!! あぁ、助けに来てくれたのですね!?」
クルクルとその場で踊りながらリタが召喚魔法を唱えようとしていると、突然右手から聞き慣れた声が聞こえてくる。
それが誰の声なのか、リタには見なくてもすぐにわかった。
何故ならそれは、毎日のように聞いていた声だったからだ。
パッと顔に喜色を浮かべて、リタは砦の方に視線を向ける。
するとそこには見慣れた弟子の顔があった。
砦の
遠目から見てもわかるほどに顔を綻ばせ、まるで母親を見つけた幼児のように安心しきっている。
その姿には、師匠への絶対的な信頼が見て取れた。
しかしそんな彼の姿に、リタは違和感を感じた。
満面の笑顔で手を振りまくるロレンツォ。
砦の端から顔を覗かせ、右手を大きく振って――
右手……?
左手は……?
その時、やっとリタは違和感の正体に気が付いた。
そう、愛弟子の身体には腕が一本しかなかったのだ。
見れば彼の左腕はちょうど肘の下辺りから無くなっていた。
まだ慣れていないのか、微妙にバランスを取りながら残った右手だけを振っている。
その姿を見た直後、リタは召喚魔法を唱えるのをやめた。
そして目の前の中年魔術師に向かって凄まじいまでの殺意を放つ。
「……おまぁがやったんか? 我が弟子の腕を
「弟子……? 何を言っている? まさかお前が師匠だとでも言うのか……? このガキが?」
仁王立ちしたまま、怒りの形相で睨みつけてくる小さな女児。
その身体の周りには強力な魔術師特有の陽炎が現れて、美しいプラチナブロンドの髪が風も無いのに
まるで作り物のように整った顔の眉間にはシワが寄り、ギリギリと音が聞こえてきそうなほどに奥歯を噛み締める。
そんな女児に向かってステファンが胡乱な顔をしていると、リタはゆっくりと口を開いた。
「おまぁだけは、絶対に許せぬ!! わちがこの手で成敗しちゃるわ!! 覚悟せぇよ!!」
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