第15話 呪文のいらない魔法

「……わち、まほう、ちゅかった。オウルベアもやっちゅけた。これはほんとのはなしよ」


 唐突に開かれたリタの口から驚くような事実が告げられる。

 両親にとってその答えは想定の範囲内ではあったが、何処かそれを信じたくない気持ちもあった。


 もしもリタが魔法を使えるのが本当だとしても、それは絶対に周りに明かすべきではない。

 何故ならリタが魔力を発現させた事実は速やかに領主に報告しなければいけないからだ。そしてそれは領主を通して国へ報告されて、最終的にリタはその身を保護される。


 保護と言えば聞こえはいいが、それはつまり「強制徴用」と同義であり、リタは国の魔法を司る機関によって連れて行かれてしまうのだ。

 もしもその報告を怠った場合、リタの両親は厳しい処罰を受けることになる。


 それにリタの件がフェルの実家に知られたら彼らは絶対に接触を図ってくるはずだ。そしてリタは屋敷へ連れて行かれてしまうだろう。

 このようにどちらにしても、もしもリタの秘密が明るみに出ればフェルとエメは可愛い盛りの娘を手放さざるを得えなくなってしまう。


 両親としてはそれだけは絶対に避けなければいけなかった。




 「魔力」とは神からの贈り物だと言われている。

 それは選ばれた少数の人間しか持ちえない希少な能力であることを意味しており、それを持つ者はそれだけで将来を約束される。

 それら「魔力持ち」と呼ばれる人間は、国からその身を召し上げられて国家の重要な機関に勤めることになるからだ。


 それはまだ幼い子供であっても同様で、彼らは魔法使いに弟子入りをしたり神殿に配属されたりする。

 その他にも医者になるための英才教育を施されたり、魔法機関の研究者や魔導士協会の幹部など、将来のエリートとして育てられるのだ。


 つまり「魔力持ち」とは、魔力がなければ務まらないような国の重要な機関に配属される優秀な人材という位置づけだった。


 そしてそんな人材を代々輩出しているのがフェルの実家――ハサール王国伯爵家のレンテリア家だ。

 彼の父も祖父も曾祖母もその前も、ずっと何代にもわたって強い「魔力持ち」を輩出してこの国の重要なポストを担ってきた。


 だからその血を色濃く継ぐリタが、強い「魔力持ち」であっても全くおかしなことではなかったのだ。

 

 

 

「……そうなのね。ありがとう、本当のことを言ってくれて」


「そうか。正直に話してくれて、リタは偉いな」


 フェルとエメは口々に褒めてくれたが、その顔の微妙な表情を隠せずにいる。

 薄々予想していたとは言え、いざ娘の口から事実を聞かされた彼らは一体どんな反応をすれば良いのかわからなかった。


 もちろん可愛い娘が「魔力持ち」であったのは喜ばしく、誇らしいものだ。そしてその約束された将来を考えると、親として喜ぶべきなのだろう。

 しかし、ことフェルとエメに限っては些か事情が複雑だった。


 そもそもフェルたちがこの地に逃げてきたのもそれらの事情が関係している。

 だから自分たちの今後を考えると、彼らは単純に喜んではいられなかったのだ。


 

 もっともその話を別にしても、フェルとエメは幼い娘が使う魔法について少々――いや、かなり興味があるのは事実だ。

 来月で四歳になるとは言え、未だ三歳の幼児が誰に学んだわけでもなく独力で身に着けた魔法とやらが一体どんなものなのか、彼らは興味津々だったのだ。


「それで、リタはどんな魔法を使えるんだい?」


「とと様もかか様も、あなたの魔法に興味があるの。あとで少しだけ見せてくれないかな?」


「……れも、あぶないからなぁ。かかしゃまも、ととしゃまも、びっくしするかもらし」


 両親の懇願に対して、何処か気の乗らない返事を返すリタ。

 その顔にはいささか渋い表情が浮かんでいる。

 確かに両親には自分が魔法を使えることはバレているが、それを目の前で実演するのは如何なものか。

 できれば魔法の話はこれ以上膨らませたくないと思うリタだった。



「そう? でも私はあなたの魔法が見てみたいなぁ。きっととっても凄い魔法なんだろうなぁ」


「うんうん、リタが使う魔法なんだから、きっと凄いに違いない。絶対に」


 互いに目配せをしつつ、両親がチラチラと娘の顔を見ている。

 その様子を見ていたリタは、徐々に得意そうな顔になってきた。

 大好きな両親に揃って「凄い凄い」と言われたリタは、とても誇らしい気持ちになって、少しくらいなら魔法を見せてあげてもいいかと思い始めた。


 なんともチョロい三歳児だった。


「おぉ、ええよ。見せちゃるよ。ちょびっとらけな」


 期待に満ちた両親の視線を浴びた三歳女児は、手に持ったスプーンを振り回しながら得意そうに胸を張ったのだった。





「あなたが言う通り、ここで見ていればいいのね?」


 朝食を済ませたリタは、両親の願いを叶えるために早速裏庭に移動した。

 裏庭と言っても家の周り全てが低い草に覆われてるし、隣の家まで歩いて五分は離れているので、何処から何処までがリタの家の庭なのかは誰にもわからなかったのだが。


 それでもリタが「ここが裏庭」とフィーリングで決めた場所まで来ると、両親に離れているように指示を出す。

 

「あぶにゃいから、はにゃれているべし」


「あぁ、はいはい。了解だ」



 両親が離れていくと、リタはその短い脚を大股に開いて仁王立ちになった。

 そのなんとも可愛らしい姿を、フェルとエメが楽しそうに眺めている。


 カンデ達の親から話は聞いていたが、それがどんな魔法なのかはフェルも詳しく聞いていない。

 そもそもカンデとシーロも所詮五歳児と四歳児なので、彼らの説明はいまいち要領が得られなかったし、その内容も相当大げさに言っているように聞こえたのだ。


 それでも襲ってきたオウルベアを撃退したのだからそれなりの魔法だとは思っているが、それにしても一切訓練をしたことのないリタが使う魔法なのだから、それがどの程度のものなのかがとても気になるところだった。


 レンテリア家の次男として生まれたフェルは魔法の知識は幼少の頃から叩き込まれてきた。だから実際に見てみればそれがどの程度のものなのかはわかるはずだ。

 色々あって実家を飛び出したが、魔法の知識にはそれなりに自信を持っているフェルだった。



「さぁリタ。我々は離れて見ているから、オウルベアに使ったのと同じ魔法を使ってみてくれ」


「――ふむぅ、りょうかいじゃ」 


 それまで遠くに生える木をジッと見つめていたリタが、父親の掛け声を合図にして小さな右手を目の前に突き出す。

 その直後、彼女の可愛らしい人差し指の先端から光の矢が飛び出した。


 ドガンッ!! 


 次の瞬間、遠く離れた太い木の幹にぽっかりと穴が空いたのだった。




「ふむぅ……やはり、こにょ程度か……」


 驚きのあまり目を大きく見開いて言葉を発することができない両親を尻目に、当のリタは不満げだ。


 やはりこの小さく痩せた幼い身体ではこの程度のマジックアローを放つのが精一杯のようだ。

 こんな小さな威力では、あのオウルベアに再会したとしてもヤツを倒し切ることはできないだろう。

 あの超絶美味しい卵を再びゲットするためには再度ヤツと相まみえなければならないというのに、これでは先が思いやられる。


 いつまでもこの程度の威力では話にならない。

 卵をゲットしに行く度にイフリートを召喚するのはさすがに彼が気の毒だ。仮にも冥界の四天王の一人であるイフリートに、卵獲りを毎回手伝わせるのはいくらなんでも気が引ける。



 などとリタがぼんやり考えていると、背後からフェルの声が聞こえてきた。


「む、無詠唱……」


 その声に気付いたリタが後ろを振り向くと、そこには驚愕のあまり口を開けっ放しにしている父親と母親の姿があった。




 呪文らしき言葉を一言も発しないまま、娘の指からいきなり光の矢が放たれた。

 そしてそれは遠く離れた立ち木に大きな穴を空けている。

 その光景を見たフェルとエメは、あまりの衝撃に一言も声を発することができなかった。


 確かにあの凶暴なオウルベアを撃退したのだからそれなりに威力のある魔法なのだろうと予想はしていたが、いま目の前で披露されたものは彼らの想定の範囲を超えていたのだ。

 もしも同じものをこの身に受ければ、きっと無事には済まないだろう。

 下手をすれば命にかかわる大怪我をしそうなほどに、目の前で放たれた魔法は凄まじいものだった。


 もっともリタにしてみれば、いま放った魔法はまったくオウルベアを倒せるほどの威力だとは思っておらず、今後改善の余地ありといったところだ。

 しかし間近で攻撃魔法を見たことのないエメにとっては、リタが溜息を吐きそうになるほどの弱小マジックアローであったとしても凄まじいものに見えたのだ。



 しかしフェルの驚きはそこではなかった。

 彼が注目したのは、リタが無詠唱で魔法を行使した点だった。

 通常魔法を行使する際にはその触媒となる「呪文」を詠唱する必要があるのだが、驚くことに彼女は一言も声を発することなく魔法を発動してみせた。


 彼女が使って見せたのは攻撃魔法の基本中の基本とも言える「マジックアロー」らしきものだったが、如何にそれが基本魔法とは言ってもそれを無詠唱で発動するなど聞いたことがない。


 この広い世の中には無詠唱で魔法を使う魔法使いもいるとは聞いた。

 フェルの記憶が確かであれば、遠く離れたブルゴー王国の宮廷魔術師がそれをやってのけると聞いたことがある程度で、その他には知らなかった。

 

 しかしリタが無詠唱で魔法を使ったのであれば、ずっと引っかかっていた疑問の答えが出るのだ。

 魔法を習ったことのない彼女が呪文を知っているわけもない。そして呪文を知らなければ魔法を発動することもできないはずだ。


 しかし無詠唱であれは話は別だ。

 そもそも魔法を発動するのに呪文の詠唱が必要ないのだ。

 だから彼女は呪文を知らなくても魔法を発動できた。


 それはそんな単純なことだったのだ。



 しかし一度も手ほどきを受けたことのない三歳児が、いきなり無詠唱で魔法を使えるものなのだろうか。

 しかし実際にリタは目の前でやってのけた。

 それは確かに彼女の凄まじい才能を感じるものだ。

 

 目の前で不思議そうな顔をしている最愛の娘を見つめながら、背筋に何か冷たいものが走る感覚を味わうフェルだった。

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