冒険者全滅調査委員会

赤見鮭児

CASE1 死者の集う町

01 早朝


 帝国の北部に位置する鉱山の町ロデスパ。

 銅含有率の高い黄銅鉱が取れるこの街には多くの労働者が集まっていた。

 労働者が集まれば、それを相手取る商人たちも集い、小さな経済圏が生じる。

 町は繁栄し、人々はそれぞれに小さな幸福の中、家庭を持ち暮らしていた。


 かつては……。



「畜生! まだまだ湧いてきやがる。きりがねえぜ!」

 パーティーの最前線に立つ戦士は悪態をつき、じりじりと後退する。

 大量のアンデッドを相手取り、細かな傷を負いながらも、パーティーを完全に瓦解させないよう壁になっていた。

 屍人ゾンビ骸骨スケルトン死霊ゴーストたちに囲まれた六人の冒険者たち。

 肩で息をし、疲労の色は隠しきれない。

「神の慈しみを」

 女神官の絞り出す声に呼応し、戦士の体は淡い光に包まれる。傷口は浄化され、塞がっていく。

「馬鹿! 魔力を無駄遣いするな! 殲滅せんめつを優先するんだ!」

 パーティーのリーダー、ケインの叱責が飛ぶ。

「駄目だ! もう持たねえ!」

「俺が退路を開く」

 戦士の悲痛な叫びに盗賊は意を決し、比較的不死者アンデッドの少ない細道へと飛び込んでいく。

 日は傾き始め、霧は深くなっている。視界は悪くとも自分の方向感覚を信じ、盗賊は強引に突き進む。

 その後に魔力の尽きた付与術士エンチャンターが続き、「一気に引くぞ!」とケインの指示も響く。

 巨躯の荷物持ちは鉄製の短杖で立ち塞がる屍人の頭部を飛び散らせ、戦士の様子を心配そうにうかがう。

 戦士は鎚矛メイスを振り抜き、迫っていた骸骨を砕くと、ようやく体の向きを転じる。

「遅れるな! 見失うぞ!」「でも、まだ戦士が!」

 殿しんがりを守る戦士を気にする女神官の腕を掴み、ケインは走り出す。長年放置された土の道はとても走りやすいとは言い難い。

 だが走る。退路を塞ぐ不死者に武器を振るいながら。

 ただ走る。悪霊がささやき、精神を乱してくる、その只中ただなかを。

 なお走る。その先にあるのは希望だと信じて……。走る。


 しかし自己防衛を優先するケインに対し、女神官は逃げることに集中しきれていなかった。置いていってしまった戦士たちを気にして幾度も振り返る彼女はぬかるみに足を取られ転倒する。

「何をやってるんだ!」

 ケインは女神官を引き起こし、また走り出そうと辺りを探る。

 だが、仲間たちの気配はなく、濃い霧の中では痕跡も見つけられない。自分たちのいる場所も分からない。

「仕方ない、緊急用信号を使うか。みんなが助けられる状況なら良いんだが……。まあ最悪ギルドに伝わるさ」

 ケインはいつの間にかそこにあった井戸のふちに腰掛け、天を仰ぐ。

「ごめんなさい、最期まで迷惑をかけてしまって……」

 ケインの正面に立つ女神官の瞳から大粒の涙が零れ落ちる。

「別に最期と決まったわけではないさ」

 ケインは再び立ち上がり、女神官の顎に手を添え、そっと口づけする。

 ここに生者は二人だけ。二人だけの世界。


 そして、大量の死者……。


 こうして熟練の冒険者ケイン率いる鉄鳥団の主力パーティーは全滅した。



 鉱山の町ロデスパ。八年前、伝染病により滅びたこの町は現在では死者の町と化している。



        ――鉄鳥団全滅について、第一次調査報告書――





 想像の翼をたたみ、私はゆっくりと首を回す。

「ふーん、ギルドの調査員の見解はそんな感じなのね」

 死者の町に似つかわしくない可憐な少女。私、アンヘルはこれまた屋外に相応ふさわしくない洒落た椅子に腰かけ、片肘をついて資料を眺める。

「死者六名か。可哀想に、有望株だったのにね」

 背後に目を向けると死者の町に実に相応しい骸骨がカクカクと髑髏しゃれこうべを振っている。

「君も彼らに同情しているの? 優しいのね」

 私の言葉に照れたのか、骸骨はその髑髏にペイントされた赤いラインをなぞる。


 私は再び町の中心の方角へ視線を向ける。白い息を吐く私を、昇り始めた春の太陽が赤く照らす。

「でも一流の冒険者である彼らがそんな理由で全滅したりするかしら? 不死者の数が多いことくらい予測の範囲内だったでしょうに」

 町の入り口付近、かつての街道。風に砂塵が舞い上げられ、視界がくすむ。

 外壁の無い町の境界線はあいまいだ。樹木は全く生えておらず、農業をやっていた痕跡も無い。商業区だったのだろうか、一部は建物の集まった場所もあるが、さりとて道に迷うほど乱雑に密集しているわけでもなさそうだ。

 視界の先の廃屋は石壁の一部が崩れている。隙間から覗く、砂を被ったテーブルにベッド。

 かつてはそこにもそれぞれの思いがあったのだろう。

 そして今回の犠牲者にも……。

「ま、他にも彼らの死に疑問を持った人がいたから私に調査依頼が回ってきたんでしょうけど」

 ポンポンと黒のフレアスカートの砂埃を払い、私は立ち上がる。

「さてと、実地調査を始めましょう」


 私が指を鳴らすと、骸骨はカタカタと椅子を運び移動する。巨岩の如き継ぎ接ぎつぎはぎの筋肉だるまのもとへ。

 その背には大荷物が結び付けられており、椅子を掛ける場所も用意されている。

 骸骨が椅子の設置を済ませると、筋肉だるまはゴオォと声ならぬ音を発し、ゆったりと立ち上がる。

 今日も筋肉だるまのファビオくんは元気そうだ。チャーミングな青い肌に、死臭や腐臭を漂わせない紳士のたしなみも心得ている。防腐薬の匂いは若干するが、まあよし。

 赤のペイントが施された六体の骸骨たちも、黙って私に付き従う。無口で気配もない彼らは思考の邪魔をすることもない。


 広域派遣調査委員。国家の下僕たる私の職業だ。

 人の死を調査することにおいて私のような死霊術士ネクロマンサーほどの適任は他にないだろう。と、普通の人は思うのだ。だが、そう簡単な話でもない。

 何せ予算がなー。国というのはキックバックのない部門への金払いは渋いのである。

 普通の人は私が口寄せでもしながら実況見分すればいいと思っているだろう。しかし死霊術の触媒は高価なものが多い。死者の霊を呼ぶともなれば洒落にならない金額がかかるのだ。

 それに死者との意思疎通は非常に難しい。妄執に囚われている者が多いし、脳が欠けちゃってる奴が大半でまともな思考ができないのだから。

 高い対価を支払っても、それに値する情報が得られるとは限らないということ。

 それでも死霊術士が適任なのは確かなことだけどね。


「結局、地道に見て回るのが一番なのよね。現場百回が調査の基本っと」

 冒険者ギルドの調査員はできるだけ現場の保全に努めたと言っていた。だが鉄鳥団の全滅の後に組まれた大規模討伐隊が不死者たちを退治して回ったのだ。余り期待はしないでおこう。


 町に入っていくと――といっても明確な入口があるわけでもないが――至る所に死者の残骸と聖水を使った痕跡が見て取れる。

「神の愛にーは、使っ用期限があーるんでーすー」

 吟遊詩人が陽気に歌っていた聖水の宣伝ソングを口ずさむ。

 歌詞の通り聖水には有効期限がある。期限が過ぎればただの水。とはいえ、これだけ派手に使っていれば暫くは不死者も自然発生しなそうだ。


「まあ一流の冒険者たちが全滅したら慎重にもなるよね」

 私はひとまず見晴らしの良さそうな場所を捜し歩く。

 今日は霧もなく視界は良好。天気屋の言っていた通りだ。

「まずは大雑把に、広い視点で」

 大通りは廃墟となっている建物が多い。小さな山沿いの高台を目指す。

 山は禿げ上がり、草花はほとんど見当たらず、砂埃が舞う。

 軽く咳込んだ私はこれ以上砂埃を吸い込まぬよう、口元に布を巻きつける。ここが普通の町なら衛兵を呼ばれそうだ。視界の良い場所を探し求めて、私の足元を気遣う骸骨に手を引かれながら歩きまわる。


 小径こみちを通り、私は事件のあった範囲の大部分を見渡せる斜面にたどり着く。

 私はそこで口元を覆う布を外すと、辺りを見回し、両手を広げる。感覚を研ぎ澄まし、力の流れを感じ、読み取る。わずかな情報をその皮膚に、その呼吸の中に感じ取る。

 水面みなもの揺らぎのような、かすかなしびれのような、口に含む香りのような。繊細な不安の揺らぎ。

瘴気禍しょうきかの発生も瘴気の濃度におかしなところも無し。これも天気屋の言っていた通り」

 天気屋は私の直属の上司で気に入らない奴だが、天候や瘴気の動きを見誤ることはない。瘴気は濃いが想定していた通りだ。

 瘴気は魔物を呼び寄せ、あるいは生み出す。今回もロデスパ周辺の瘴気濃度が濃くなったため、不死者の大量発生が予想された。だからこそ、十分な力を持つ冒険者たちが討伐に向かったはずなのだが……。

「特に力の強そうな不死者の痕跡も無く、一般的なものばかりね。ギルドの受付嬢の話通りなら負けそうには思えないんだけど」

 私は不安げに話す彼女の姿を脳裏に描いた。



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