第72話ー③ 宰相殿下の華麗なる”過労”な日常

 一〇月〇七日

 一〇時二九分

 ユンシャン星系

 ユンシャン109

 ウンロウ地区

 フォンユエ聖堂


 帝国の事業、帝国の発展に寄与した者の葬儀には、皇帝から弔使を遣わすのが慣わしである。


 柳井が本国宙域の惑星系を訪問するのは、大抵貴人の葬儀に出席するためである。今回はハガード、ムワイ、ラウリートの更に前の首相だったエーリク・ヨハンソンを弔うために、元首相の出生地であり、終の棲家となった惑星ユンシャン109を訪れていた。


 ユンシャン109は取り立てて特徴のない、帝国の初期開拓時代の典型とも言える惑星であり、人口二億一〇〇〇万人程度。主要産業もそこまで特徴的なものはなく、これまた帝国の初期開拓時代の構想通り、惑星単独である程度の自給自足ができるように考えられた産業構造を持っていた。


 その首都地域であるウンロウ地区にあるフォンユエ聖堂は、帝国国教会の聖堂であり、帝都や各領邦にあるような大聖堂と異なりコンパクトな造りで、そこで行われている葬儀に、柳井が訪れたのだった。


「この度はご愁傷さまです。陛下からも、ご遺族の方々をご案じになるお言葉をたまっております。代理として、私がお伝えに参りました」


 献花を終えたあと、柳井は喪主に近づいて皇帝からの弔書を手渡した。


「陛下には重ねて御礼申し上げると共に、宰相殿下におかれましても、遠路ご足労いただき申し訳なく思います」


 ヨハンソン元首相の孫であるフレドリック・オルソンは、帝国貴族として伯爵の爵位を持つ。ヨハンソン元首相の地盤を引き継いだものの、事故死した父の後を継いで一〇年前に政界入りしたオルソンは、自由共和連盟の議員として高い支持を得ていた。


 元首相は一〇一歳の大往生と言っていい年齢で、帝国中央政界に少しでも興味がある者ならば、誰でもその名を知っている政界の生き字引的存在だった。


「祖父も殿下のことはよく口にしていました。名宰相だと」

「自由共和連盟の大番頭にそう称されては、少しむず痒いですね」


 元々ラウリート政権が長期政権を維持できたのも、元首相が党内を引き締めていたからだと言われており、五九〇年の永田文書事件についても、彼が政界を引退するのと前後してマルティフローラ大公側の政権への介入が増えたことといい、自由共和連盟最後の良心だったとする意見もある。


「しかし、帝国宰相と領邦領主の兼任とは、寝る暇もないのでは?」

「スタッフが優秀な者で、幸いぐっすりと……ただ、あまりゆっくりとお話ししている時間がなくて……」

「こうして弔問に来ていただいただけでも、我が家の栄誉。祖父も喜んでいることでしょう。また帝都で」


 実はこのあと、柳井は四ヶ所の星系を回って五ヶ所の葬儀への弔問を済ませることになっていた。これは柳井の日程に合わせて葬儀を組んでいる帝国貴族や皇統貴族などが居たためで、形式というものを実現させるためには、こうした無茶も必要だろうと柳井は納得した様子で粛々と弔問を済ませていった。




 一〇月一〇日

 一九時二三分

 超空間内 

 巡洋艦アイゼンシュタット

 艦橋


 最後の弔問を済ませた後、柳井が乗る巡洋艦アイゼンシュタットは超空間潜行で一路帝都を目指していた。


「すまないな艦長。タクシー代わりに使ってしまって」

「いえ、これが仕事ですから」


 アイゼンシュタットは、レヴィガータ伯国領邦軍に配備された艦で、元々は近衛軍第二戦隊に所属していた巡洋艦である。インペラトール・メリディアンⅡが領邦軍総旗艦として伯国領内に留まるので、柳井の帝都と領邦との連絡用に帝都に配備させている。


 帝国の領邦領主は領邦軍総旗艦が座乗艦ではあるが、日常的には自身の領邦の巡洋艦を帝都との連絡用に使うことが多い。


 それに加えて、アイゼンシュタットは長らくインペラトール・メリディアンⅡの僚艦として行動しており、つまり柳井に降りかかる無理難題を共にくぐり抜けていた。


 艦長のアレックス・ホアン中佐自身、過去にはインペラトール・メリディアンⅡの砲雷長を務めていた士官であり、柳井とも面識があった。そのため柳井が連絡艦として選んだ背景がある。


「これで殿下の日程も全て消化されましたね。帝都まで、ゆっくりとお休みください」

「ああ、ありがとう」


 どこか上機嫌な柳井が艦橋から出ていくのを見送ったホアン中佐に、副長のラムゼイ少佐が声を掛ける。


「殿下がどこか上機嫌に見えましたが」

「知らんのか? 閣下は狭い部屋がお好きでな。この艦の予備室をとても気に入っておいでの様子だ」

「……エラい人ってのは分からんですね。私なんざ、今の倍は広くてもいいのですが」

「メリディアンⅡでも、しばらく平参謀用の部屋を使っていたくらいだからな。ああいうのをホントの庶民派と言うんじゃないのかね」


 ホアン中佐は手元のコーヒーボトルの中身を飲み干して、艦長従兵に手渡す。


「付け加えるとするなら、食堂の飯もお気に召したようでな。あとで士官達を集めての夕食会にお誘いしようと思うが」

「は、伝えておきます」



 一九時三二分

 士官予備室


「では、私も部屋に戻ります」

「ああ、帝都までゆっくり休んでくれ。ご苦労だった」


 柳井の今回の出張に同行していた宰相付侍従のカール・フォン・マールバッハが、柳井の部屋を後にする。中々の強行軍だが、疲れた様子一つ見せないのを見て、さすが内公出は鍛え方が違うのだろう……などと柳井は感じていた。


「トビー。領邦軍制服も随分馴染んだころかな?」

「はっ。デザインも気に入っております」


 トバイアス・ビーコンズフィールド大尉は領邦軍に転属した際に近衛軍中尉から領邦軍大尉に昇進し、引き続き柳井の警護隊隊長を務めている。柳井が宰相に就任した頃は曹長だったわけで、下士官から大尉までの昇進スピードでは、帝国軍、領邦軍の記録でも異例の出世である。これもビーコンズフィールド大尉自身の努力により、士官養成コースをこれまた異例のスピードで消化したことと無縁ではない。


 あまり自分の権力を使って周囲をむやみに昇進させることのない柳井ではあるが、ビーコンズフィールド大尉については話が別で、佐官への昇進も考えていた。


 柳井曰く、宰相就任最初の一〇年で、ビーコンズフィールド大尉がいなければ一〇回は死んでいた、というのだが、実際にはそれ以上の回数になるだろう、とビーコンズフィールド大尉は後に証言している。


 濃紺色のレヴィガータ伯国領邦軍第一種軍装に身を包んだ大尉は、警護隊隊長を示す大綬と星章に彩られた軍服で誇らしげに胸を張っていた。


「君が居てくれるから、私もあちこちに顔を出せる。最近は少しは警護状況も落ち着いたし、君の気苦労が減ってくれればいいのだが」

「私などのことより、殿下ご自身のことです。外に二名控えております。何かあればお申し付けください」

「ああ、ありがとう」


 大尉も退室すると、柳井は背広をワードローブに吊り下げ、ベッドに横たわる。重戦艦として充実した、それも皇統を乗せる前提で貴賓室まで用意されていたインペラトール・メリディアンⅡと異なり、アイゼンシュタットは近衛軍に配備されていたとはいえ標準仕様のシャーメン級重巡洋艦であり、柳井の部屋も普通の士官用私室と変わりない。


 領邦軍工廠ではアイゼンシュタットを連絡艦として使うことが公布されてすぐに、貴賓室の増設などを柳井に進言したのだが、他艦の整備などを優先させることと柳井が即決したため、計画のみとなっている。


 柳井自身、狭い部屋の方が落ち着くと公言して憚らず、実用一点張りの一〇平米ほどの部屋に喜びさえ感じていた。これは柳井が東部軍管区で長らく民間軍事企業に居た頃に乗務していたコルベットの環境に適応していたが故である。


 二〇時頃まで柳井はベッドに横たわり、その合間に自分の端末で帝都や伯国首都星ガーディナから送られてくる決裁書面に目を通していた。


『殿下。副長のラムゼイであります』

「鍵は開いているよ」


 一瞬の間があって、ホアン少佐が柳井の部屋に入る。


「……不用心ですな、殿下」

「開かれた執務室が私のモットーでね。どうかしたのか?」

「士官一堂、殿下のご乗艦に際して、夕食を共にする栄誉を頂けないものかと」

「なるほど。わかった」



 二〇時〇七分

 士官室


 巡洋艦とはいえアイゼンシュタットも士官室はそれなりの規模であり、超空間潜行中の非番中ということもあり、多くの士官が整列していた。


「それでは、我らが領主柳井殿下のご臨席を賜り、今宵の晩餐としよう。殿下、何か一言頂ければ」

「タクシー代わりに使っておいて、飯まで馳走になるとは申し訳ない。今後ともよろしく頼む」


 柳井が苦笑しつつ言うと、士官達も敬礼と同時に、同じように苦笑していた。


「しかし伯国駐留の部隊からは悲鳴があがっているようですな」

「リカルド中将か?」

「ええ。さすがは東部辺境で鍛えられた元遊撃戦隊司令官。皇帝陛下ご臨席の演習もかくやという激しさだそうで」


 砲雷長の話しぶりに、柳井はまたも苦笑した。旧近衛第二戦隊と東部軍の遊撃戦隊、護衛隊、電子戦隊を再編した領邦軍主力の錬成は、主にザマリ・リカルド中将が中心となって行われていた。


「東部軍の遊撃戦隊は実戦経験が多いからな。かなり荒っぽい演習もしているというが」

「移乗攻撃までしてくるというから、面食らっているとか」


 副長の言葉に、全員が苦笑していた。近衛軍もベイカー侍従武官長指揮の下、演習ではかなり実戦的なメニューをこなしていたのだが、移乗攻撃は全くの想定外で、かなりのショックを受けている、と柳井も報告を受けていた。


 東部辺境部に展開していた帝国軍遊撃戦隊の多くは歴戦の強者揃いで、戦歴としては華々しい近衛軍と比較しても練度は上回り、しかも現場仕込みの荒っぽさもあるフリースタイルの殴り合いのような戦術に特化しており、近衛軍士官を驚愕させていた。


『あれに比べれば、皇帝陛下の艦隊指揮もバレエのようなものだ』と称したのは他ならぬ柳井である。


「安保軍として出動したときも、あのような攻撃を行うつもりなのでしょうか?」

「どうだろうな……ブロックマイヤー大将はそこまでしないだろうが、リカルド中将ならあるいは、といったところか」


 その後も柳井は食事を取りつつ、士官達との意見交換をしたり、戦術討論に耳を傾けたりしつつ、充実した食事を楽しんだ。

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