第71話-② 領邦領主・柳井義久
一月二日
一〇時二〇分
海棠の間
新年早々、柳井の部屋には珍しく来客があった。
帝都にいるので暇を持て余していたマルテンシュタイン外協局長と宰相付侍従のバヤール、ユーベルヴェークである。
ユーベルヴェーク曰く『緊急時対応で待機するなら、宮殿でも自宅でも同じ』で、バヤールに言わせれば『閣下のご相伴』に預かりたいという思惑があり、マルテンシュタイン外協局長はといえば『宰相閣下ともあろうお方が新年のオトシダマも用意していないなどと言うことはありますまい?』とのことだった。
オトシダマはともかく、せっかく来客があるとはいえ、柳井自身に自炊能力は最低限しか備わっていないので、年中無休の宮殿の食堂部に頼んでオードブルを用意してもらったのが数時間前のこと。
つけっぱなしのテレビでは第五九八回ウィーン駅伝大会が流れる中、四人はリビングのテーブルに購買部で買ってきた酒やスナック菓子、それにオードブルを並べて、ビール缶片手に今後のことを話し合っていた。
「レヴィガータ伯国の件、どうなさるおつもりです?」
「新たな領邦は既存の行政機構はそのまま流用できるとして、問題はそれをまとめる領邦中央政府と議会だな」
マルテンシュタインが新年の挨拶もそこそこに、大きな羊の串焼きを頬張りつつ、柳井に気遣わしげな視線を送っていた。柳井はといえば、ビール缶を開けて、カナッペを口にしつつ、首を捻っていた。
帝国の領邦は、伝統的に強い中央集権型の統治機構を持ち、領邦内各星系は領邦首都星の領邦中央政府に統率される。各星系には所謂地方議会もあるが、それはあくまで自治体レベルのものであり、強大な権限を持つ領邦中央政府の決定には逆らえない。
いわば領邦は小さな帝国であり、ここが歪むと領邦経営全てが瓦解する。
「特に首相の人選ですが……」
ユーベルヴェークが骨付き肉にかぶり付きながら、悩ましげに眉をひそめた。
領邦政府の首相は、現在ピヴォワーヌ伯国を除く全ての領邦で中央政府と同様、議会内で多数を占めている政党から出されている。連立政権の場合でも、概ね同様だが、任命するかどうかは領主に大きな裁量権が与えられており、政権側から提示した人物を拒否する事例は、過去いくつもあるし、領主の意向が領邦内政治を大きく左右することは珍しくない。
ただ、イステール自治共和国とその周辺の自治共和国や直轄領を核として形成される自治共和国の場合は簡単ではない。初代首相を自治共和国の首相から選出すると言っても様々な障害がある。
新領邦の経済力で言えば、イステール自治共和国が最大ではあるが、他の自治共和国との差はそこまで大きくない。柳井が総督として本拠地にしているとは言え、イステール派閥ばかり重用すれば他の自治共和国はいい顔をしないだろう、と柳井は考えていた。
「ともかく、新たに中央政府議会を作る選挙が必要ですね」
バヤールの言うことは尤もだと、柳井もユーベルヴェークも頷いた。
帝国の他の領邦は、惑星一個から始まったものが多い。今や領内の星系は一〇を超える帝国最大の領邦であるマルティフローラ大公国も、はじめは首都星シュンボルム一つから始まっていた。
この場合は簡単で、シュンボルムの領邦政府が順次巨大化したのが今の姿になる。
しかしレヴィガータ伯国は、複数星系の寄り合い所帯になる。これをどうバランスさせるかが柳井の悩みの種として新たに加わった。
「旧自治共和国政府は、各星系の地方行政を担うものとなるだけですから、あとは領邦内で中央議会選挙を行うことが必要でしょう。旧政府と議会は規模を縮小してしまえば、政治家にしろ官僚にしろ、中央政府で吸収することになります」
「首相だけは信頼の置けるものを置きたいが」
柳井は帝国宰相として帝都にあって、皇帝を
すでにルブルトン子爵は候補となりそうな政治家には声を掛けており、内々でレヴィガータ伯国領法政府の人事構想は固まりつつあった。
なお、柳井は領主代理についてはルブルトン子爵に依頼するつもりでいた。
実は首相公選制の試金石として特例で行ったブルッフハーフェン自治共和国の首相人事が失敗したことが、柳井に迷いを生んでいた。
ブルッフハーフェン自治共和国は五九一年に辺境惑星連合軍の侵攻を受け、その際に当時の政府閣僚を一度に喪った。
侵攻自体は退けたものの、その後の政府運営を、柳井は皇帝と中央政府に特例を認めさせる形で、試験的に当時の自治共和国議会最大政党から出させた。いわば帝国中央政府と同じ形式にしのだが、これは中央からの官選首相が多いままでは、辺境部の自治共和国の発展に真剣に取り組まないのではという柳井の考えを皇帝が認めて行った施策だった。
結局首相人事が中央政府の手から離れた途端、議会が政局ばかりで空転するようになり、自治共和国民投票により、官選首相制に戻すことが嘆願されてしまった。
柳井が帝国宰相になってから行った政策は大抵上手くいっていたのだが、ここで初めて汚点が付いたことになる。
「ここは慣例通り、首相は領主が任命し、それ以外の閣僚は領邦議員から選出する従来のやり方を踏襲されたほうがよろしいかと」
「そうだなバヤール……そのあたりはイステールにいるルブルトン子爵とロベール君に任せるか……」
一八時二一分
宮内大臣公邸
応接間
「ヴァルナフスカヤ大臣、新年早々押しかけて申し訳ありません」
ヴァルナフスカヤ宮内大臣は生真面目で、在任中、帝都を離れたのは皇帝の妹であるマチルダの結婚式で柳井の随伴として出たときだけで、それ以外は緊急時対応のために帝都を離れていない。
今年もその例外ではなく、宮殿からエクヴィルツ門正面の宮内大臣公邸で、一応の年末年始休暇を取っていた。
夕刻、突然来訪した柳井に嫌な顔をするわけでも、さりとて歓迎するでもなく、いつも通り無表情、無感動に出迎えた大臣は、メイドがワイングラスを満たすのを待ってから、口を開いた。
「私に何か御用でしょうか?」
「宮内大臣になって、今年で何年目でしたか」
「メアリーⅠ世の治世においては九年目になります。先帝バルタザール陛下の御世から当代皇帝メアリーⅠ世の御世まで宮内大臣を続けたのは、異例中の異例でした」
「そうですか……単刀直入に申し上げますが、新領邦の首相、やりませんか?」
「首相?」
ヴァルナフスカヤはそこで初めて表情らしい表情を、つまりは困惑の表情らしきものを浮かべた。
「しかしなぜ私に?」
「人柄をよく知っているので」
「……人柄、ということであれば私は不適格では」
柳井にとって、ヴァルナフスカヤの返答は意外だった。彼女が自身の人柄について自己評価を口にすることなど今までなかったからだ。
「いいえ。新領邦は寄り合い所帯。ブレずに帝国の国益に即した判断を行う必要があります。大臣の人となりなら十分に職責を果たしていただけると確信していますし、責任は、領邦領主が取るでしょう」
「閣下が?」
今度は、ヴァルナフスカヤがやや悪戯っぽい笑みを浮かべた――ように柳井には見えていた。
「まあ、いずれにせよ。少し考えておいてください。あと、後任の大臣候補者も、年明けには陛下にご報告したいので」
二二時二九分
ライヒェンバッハ宮殿
海棠の間
柳井にとって悩ましかったのは、領邦軍人事だった。新領邦は主義派と隣接する形で成立するのだから、万が一主義派が
国防省および帝国軍では数年掛けてこの安全保障部隊をどこから抽出するのかで議論が紛糾していた。従来各方面軍に展開する部隊の大半は対FPU戦闘に投入されていた部隊なのだから、そのまま転用すればいい……というものでもない。
結局、統合参謀本部長-東部方面軍司令長官の数度の会談の末、安全保障軍の編成についてはほぼ決まりつつあったが、これはあくまで間に合わせの仮の姿。本来はレヴィガータ伯国領邦軍を設立し、これを増強し標準編成三個艦隊相当にして、うち二個艦隊を安全保障軍として運用できるようにするのが柳井の構想だった。
柳井が領邦領主になるということで、あの柳井率いる領邦軍、という位置づけになるので、FPUに対する威圧になろうということだった。
また、ベルセフォニアおよびヴェスタリア両国に直接的な軍事協力をする一環として、帝国民間軍事企業による直接の業務請負を許可することを含めた帝国民間軍事企業法の改正が検討され、改正内容について議論が続いていた。
結局、柳井は年末年始休暇だというのに五日の仕事始めまで、散歩やジョギング、休憩を挟みつつ朝九時から夜の二二時頃まで仕事という普段と代わり映えのしない生活で新年を過ごすのだった。
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