龍殺し(ドラゴンキラー)


 「あっ!お父さん、大変!あれ見て!」


 妻と息子は外出してしまい、家に残った娘の燕と二人でテレビを見ながら居間のソファーに座っていた時に、俺に寄りかかって甘えていた燕が「あっ!!」と驚いて指差したテレビに映されていたニュースは


 『……××組の組長が……襲撃され……』


 そんな物騒なニュースを見て、燕が慌てて尋ねてきた。


 「お、お父さん!××組って龍崎のおじさんがいる組じゃないの!?」


 「あぁ……」


 報道を詳しく見たら、どうやら龍崎さんが狙われたらしい。どうなったか、どんな具合かはハッキリとはこのニュースでは分からなかった。

 

 娘の燕と息子の創は榊家のお墓参りに二人で行った時に龍崎さんと会ったことがあるらしい。少し話をして連絡先も交換せずに別れたと聞いて安心した。子供達にはあの世界には関わってほしくないというのが正直な気持ちだ。


 「……龍崎のおじさん大丈夫かな……」


 「あぁ、龍崎さんなら大丈夫だろう。簡単にはくたばるような人じゃないさ」


 龍崎さんの身を案じる燕に俺は確信するように「大丈夫」だと言ったら娘の燕は不思議そうに


 「……お父さんは何で龍崎のおじさんが大丈夫だって自信をもっていえるの?」


 「……あぁ、まぁ、何だかんだでお世話になったし、龍崎さんの悪運の強さはよく目にしたからな」


 それだけ言って誤魔化した。


 龍崎さんが大丈夫だって確信して言えるのは、かつての、死に戻る前の俺が龍崎さんの悪運の強さにあんなに苦しめられたのに、そこいらの奴に簡単に仕留められる筈がないとわかっているからだ。


 かつての記憶、俺が叔父さんの組に入って、それなりに出世した後のこと。

 

 叔父さんが生きていた頃は何も問題は無かった、でも叔父さんが病に倒れ、亡くなった後……

 

 『組』は二つに割れた。


 古参の龍崎さんが跡を継ぐべきだという派閥。

 

 そして、叔父の血縁の俺を担ぎ出す者達と……


 俺にはそんな跡を継ぎたいなんて気持ちは無かったし、龍崎さんもそんな欲はなかったと思う。


 でも、下の者達は違った。自分達の担いだ御輿が頂点に立つように動くのはどの世界にもある話だ。そこには俺や龍崎さんの思惑は関係なく……


 最初は末端の者達同士で抗争が始まった。そうして、一度、動き出したら、どちらかが動かなくなるまで動き出した歯車は止まらなかった。


 叔父を喪い、否応なしに争うことになった俺と龍崎さんを目の当たりにした叔母さんは誰にも何も告げずに消えた。


 俺と龍崎さんを止めることができたかもしれない唯一の存在が消え、後は愚かな修羅共だけが残った。


 ……そうして数々の屍を重ねて、俺は『組』を手にした。

 龍崎さんへ直接は手を下してはいない、それでも俺の意志で決着した。龍崎さんは止めを刺される最期まで俺への恨み言は口にしなかったらしい。


 その日以降、俺は誰も信じられず独りで眠り、目を覚まして鏡を覗けば何か悟ったような眼をした、地獄を独りでさ迷う鬼のような姿が映るようになった。


 裏切り、裏切られ、もう誰も信じられず、権力だけが残った俺が


 ……そして最期に刺客に殺される俺が。


 ☆☆☆☆☆


 「お父さん!大丈夫!?」


 目を開くと俺を覗き込んで心配する娘の姿が見えた。


 「どうしたの!?お父さん!」


 「……あぁ、大丈夫だから……」


 かつての記憶が俺を襲い、囚われようとしていた所を娘の燕が呼び戻してくれたようだ。


 心配してくれる娘を抱きしめ、頭を撫でる。燕は大人しく仔猫のようにされるがまま黙って撫でられていてくれた。


 「……ありがとう、燕」


 「お父さんには私がいるからね。お母さんもいるし、あまり頼りにならないけど創もいるから!」


 燕は俺の死に戻る前の記憶なんて知らないはずなのに何故かそんなことを言ってくれた。俺の様子から何か察したんだろう。もしかしたら昔の修羅の様な表情をしていたのかもしれない。


 「……そうだな。燕がいてくれるから大丈夫だ」


 「そうそう!私がいるから大丈夫だよ!」


 太陽の様に笑う娘の姿に救われた。この手の中にある幸せに感謝する気持ちしかない。


 ☆☆☆☆☆


 後日の報道で龍崎さんが無傷だったことは知れた。俺は大丈夫だろうとは思っていたが、娘の燕もニュースを見て安心していた。燕には言わなかったが、龍崎さんなら襲撃してきた相手を見つけ出しきちんとお返しはしているだろう。


 龍崎さんのことは個人的には世話になった恩人でもあるし、あの様な抗争があったからといって本人にはまったく恨みもない。


 それでも俺と龍崎さんは二度と会わない方が良いのだと思っている。今となっては住む世界が違うし、それがお互いの為だろう。

 

 そんな人間関係も存在するのだ。


 

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