夢旅②


 「……ふわぁぁ」


 横たわっていた身体を起こし、伸びをする。今、何時だろう?窓の外の暗さから恐らく真夜中だと推測できる。隣を見たら娘の燕が布団の中で眠っているようだ。眠る娘を起こさないようにこっそりと携帯電話を見て時間を確認する。


 今現在、私たち家族が滞在しているのは温泉宿だ。主人の運転でやってきて、到着したらしばらくは部屋でのんびりと休んでからそれぞれ女湯、男湯に分かれて温泉を堪能してきた。娘の燕と一緒にお風呂に入るなんて久しぶりで少し気恥ずかしかったが、娘が美しく立派な女性に育ったのは喜ばしい。ただし、胸のサイズは申し訳ないことだが私に似てしまったようでその点に関してはお互いに触れることはなかった。そうして女湯から出たら、主人達も上がってきたようで、息子の創はのぼせたのか男湯から出てきたときに何か疲れた表情をしていたので「どうしたの?大丈夫?」と尋ねたら「……うん、大丈夫だから、ははは……」と苦笑いをしていたのは何故かしら。


 皆が揃った頃にちょうど夕食の時間になり、ご馳走が机の上に並んだ。主人がお酒を頼んだので私もご相伴に預かったら


 「……不思議なことに記憶がないわ」


 気がついたら布団に寝ていたようだ。せっかくこういう所にお出かけしたのだからちょっとだけ味見と思ったら、私のお酒に対する耐性の弱さが出てしまったようだ。子ども達の前でみっともない姿を晒していたらどうしよう……主人が一緒だったから大丈夫だったと信じたい、本当に。


 娘を起こさないように静かに布団から出て、別の部屋に移動する。本当に、もう……


 浴衣を脱いで、生まれたままの姿になり、身体にバスタオルを巻く。そんな私が向かっている先は露天風呂だ。


 主人はわざわざ露天風呂付きの客室を予約した。そして


 『蛍、夜中にこっそりと露天風呂デートしないか?』


 と誘ってきた。もうお互いにいい年なんだし、子ども達に見つかったら恥ずかしいでしょ!と反対したのだが


 『どうしても無理そうなら仕方ない……ひとりで寂しく入ってるよ』


 そんなことを言っていたので、ひとりで待っているのは可哀想だし、ずっと私を待っていてのぼせてしまったらいけないので私も仕方なく露天風呂に入ってあげるのだ、本当にもう、うちの人には困ったもんだ。


 「……蛍、来てくれたのか」


 露天風呂に入り、バスタオルを外し、かけ湯をする。そんな私を主人は嬉しそうに眺めている。


 「もう、こんなおばさんを見てても面白くないでしょうに」


 「何言ってるんだ?蛍は身体のラインが崩れてたり、どこか垂れてたりしてないじゃないか。それに蛍がおばさんなら俺はおじさんだよ」


 そんなことを言ってくれるが、触られたらぽよぽよしてるのは明らかなのだ。少しは運動しなくちゃなぁとは思ってはいるんだけどなかなかねぇ……


 そんな会話をした後に、露天風呂の湯船の中に入り、主人の隣に身体をおさめる。露天風呂からは夜空が眺められ、とても綺麗だ。


 先に湯船に入っていた主人は少し熱くなったのか、露天風呂から上半身を外に出す。そんな主人の背中を見て、私はやっぱり主人の背中は綺麗な方が素敵だなと感じた。そんな背中に私は近寄り


 「お、おい、蛍。その……向こうに子ども達がいるからな?そういうのはマズイ……」


 私が主人の広い背中に額をくっつけたら、主人は何か変な勘違いをしたようだ。だから慌てて私は離れて


 「もう、エッチ!そんなことはしませんから!」


 「あ、あぁ……」


 主人はそっちからしてきたんじゃないかという顔をしていたが、そんなことは無視をした。あんな変な夢を旅行の途中で見てしまったから仕方ないのだ。主人の綺麗な背中が愛しく思えてしまったんだから。


 主人は再び湯船の中に戻り、少し迷うような声色で


 「蛍、その……蛍に俺達のこれからのことで話があるんだ」


 そう話を切り出してきた。忙しい生活の中、わざわざ主人が旅行を計画してここにやって来た。そんな主人がどんな話をするのだろう?私は黙ったまま主人を見つめた。


 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る