大学編 第60話


 「蛍ちゃん、ごめんね」


 水無瀬つばめは友人の鳴海 蛍との電話を終えたら自然とそんな言葉が漏れた。


 「それではお部屋に戻りましょうか」


 「お願いします」


 携帯の電源を切り、長年仕えてくれた真木に車椅子を押されながら個室に向かう。


 真木が頭を下げ部屋から退出し、水無瀬つばめが部屋で一人になるといつも最近の楽しかった宝物のような思い出だけを回顧する。


 ☆☆☆☆☆


 水無瀬の家を出た後、私はホテル暮らしを始めた。身の回りのことは真木さんにお願いしている。こんな私に付き合わせて申し訳ない気持ちと、私の最期の後始末は真木さんにお願いするしかないという考えもあった。


 短い期間の当主とはいえ、才覚があった私は働かなくても生きていけるだけのお金は稼いだ。やっぱりマネーイズパワーだなと苦笑いするのだ。


 あくせく働かなくても良いとなるとどう残りの時間を過ごすのか迷うことになった。残りの人生の暇潰しをしているうちに、日本の大学に通ったことがないことに気付き、こっそりと潜り込んでみようと決めたことは我ながら良い選択をしたと褒めてあげたい。


 そこで出会ったのが、大きな講義室にちょこんと座る鳴海 蛍ちゃんだった。何故か彼女に惹かれた私はお友達になりたいと思った。初めて話しかけるときはドキドキしながら凄い勇気を出して話しかけたことを蛍ちゃんは知らないだろうな。


 すぐに仲良くなった私は大学の飲み会というものに参加してみたくなって蛍ちゃんを誘った。普段なら参加しなかったであろう彼女がたまたま彼氏と喧嘩をしていた時だったので参加してくれた。


 もし、蛍ちゃんの話を聞いて彼氏が酷い男だったなら「別れちゃえ」って言ってやろうかなと思っていたのだが、話を聞いたら他愛もない喧嘩だったので少し呆れつつもお酒をすすめていたら蛍ちゃんは相当弱いらしく簡単に酔い潰れてしまった。


 狼のような男の子達の群れの中に残された子羊のような私達。もし、私一人だけだったら気が合う男の子にお持ち帰りされていたかもしれない。あの時の私は少しだけ自暴自棄な気持ちがあったから。でも隣で酔いつぶれている友人を巻き込んではならないと思い電話をしたのが友人の恋人の睦月君だった。


 初めて見た睦月君は背の高い男性で、私の目からみてもとても良い男性だった。迎えに来た睦月君が蛍ちゃんに声をかけるともうぼんやりとした意識しかない蛍ちゃんが愛しい人を求めるように手を伸ばし、それを迎えるように抱き締める睦月君を見て、私は感動した。お互いを愛し愛される二人を見て、あぁ、私が欲しかったのはこれだったんじゃないかと思ったのだ。


 それからは蛍ちゃんと睦月君とばかり遊ぶようになった。お友達のお家にお泊まりするなんて初めてだったし、本当に幼い頃には女中さんにお風呂に入れて貰ったがすぐにひとりで入ることになっていたからお友達と一緒に入るお風呂がこんなに楽しいなんて知らなかった。


 そんな楽しい時間もやがて終わりのときが近づいてきた。身体の調子が悪くなって、食欲も無くなってきた。本当なら徐々に二人からフェードアウトしていくつもりだったのに離れがたい気持ちがどうしても残り、ずるずると時を重ねてしまったのでとうとう二人にも私の身体の事を知られてしまった。そして何より蛍ちゃんに睦月君への恋心を知られてしまうなんて、私も未熟だなと苦笑いする。


 あの日、あの時、私の告白を受けて睦月君がたとえ同情でも私を選んでくれたらと思うこともある。もし選んでくれたら身も心も捧げ、その日の事は文字通りお墓の中まで持っていっただろう。


 でも今はこれで良かったんだと思う。もし私が睦月君とそんな関係になってしまったら再びあの二人が結ばれることになっても消えない瑕を残すことになるのだから。


 お見舞いに二人が来てくれたときにこっそりと蛍ちゃんとした約束。もし私が生まれ変わったら二人の子どもとして生まれてきたい。そんなことを言ったら蛍ちゃんは


 「いいですよ、つばめちゃんなら大歓迎です」


 そう言って笑っていた。勿論、私もこんな約束は冗談半分だと思っていたのだが、昨日の三人で行った遊園地の一日、それを考えたらもしかして神様がいて、私の願いを叶えてくれるかもしれないと思うのだ。


 もし、蛍ちゃん達の子どもになるために試験があれば一番で合格するつもりだし、脚も速かったので先着順でも負けるつもりはない。その為には睦月君に頑張って蛍ちゃんと子作りしてもらわないとと思って


 『ふふ、蛍ちゃんととっても良い約束をしたんだ。それには睦月君の手助けが必要なんだけど、睦月君、頑張ってくれる?』


 子作りということを内緒でお願いしたら


 『よく分からないが、俺にできることなら何でも全力で頑張るぞ』


 と睦月君が答えてくれたので笑ってしまった。良かったね、蛍ちゃん。睦月君、全力で頑張ってくれるってさ。


 蛍ちゃんの子どもかぁ、本当に私が蛍ちゃんのおっぱいを吸うことになったら笑っちゃうな。おっぱい無くなっちゃうくらい吸ってしまうかも、ふふ。


 そして睦月君が私のお父さんかぁ、そうしたら堂々とチューできるし、一緒にお風呂に入ってもおかしくない。だって娘だもの!我ながらナイスアイデアだね!


 でも睦月君と蛍ちゃんの間には私以外の子どもが出来るかもしれない、あんなにラブラブだからなぁ。

 もし、私に妹が出来たら目一杯可愛がってあげよう!でも弟が出来たら……きちんと姉には逆らわないように教育せねば!

 私が水無瀬の家から出て行くときの腹違いの弟の言った冷酷で憎たらしい言葉は一生許さない。七代祟ってやろうかしら?


 さっきは最後に蛍ちゃんの声を聞きたくて電話をした、何も言わずに居なくなることは本当にごめんね。しばらくのお別れだから、必ず、また逢おうね。


 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る