第23話 変わらないということ
バスに乗って神社に向かうこと凡そ30分。天気は段々と下り坂になっていき、ついには雨が降り出してきた。
「……天気が荒れてきたね」
前に座る平川が呟く。荒れた天気は回復する様子もなく、吹き荒れる雨がバスの窓を激しく叩きつけ、バチバチと大きな音を立てていた。
そんな大雨が降り出してから40分程経ち、ようやく神社へと到着。
雨は降り出した頃に比べて幾分か弱まっているが、傘をささないとずぶ濡れになるレベルだ。
カバンから折り畳み傘を取り出しバスから降りる。神社の鳥居付近にはG組とH組の生徒が、グループと思われる小さな集団毎に鳥居の中へと入っていった。
引率の赤崎先生に到着の旨を伝え、俺達もそれらの集団の後ろから鳥居をくぐる。
鳥居をくぐってすぐ左手にある手水舎で手を水で清める。左手、右手の順番に水をかけ、左手で水をすくい口を濯った。
「へぇ、相田君作法とかきちんと覚えてるんだ」
「……まぁ常識だろ」
常識?めちゃくちゃ嘘です。バスで調べましたよもちろん。
「あれ?バスの中で調べてなかった?」
「あ、そうなんだ……」
平川ぶちのめすぞてめぇ。てかお前俺の前座ってたのになんで知ってんだ。おい新川、その蔑んだ目やめろ。ゾクゾクしない。
「新川、お前顔赤くないか?」
「え?私?……全然大丈夫だよ?」
「……そうか」
少し気になったが、顔をじっと見るのも失礼なので顔を逸らした。それから参道の真ん中を歩かないようにしながら本殿へと向かう。霧がかかっているせいか拝殿との距離がかなり遠く感じた。
ようやく拝殿へと到着。この雨の所為か俺達以外の一般客はほとんどいないようだ。
「次は参拝だね」
前を歩く平川を筆頭に列へと並ぶ。
願い事、か。別段何か願い事があるわけではないが、とりあえずという感じで後ろに続く。
大金持ちになりたいとかプロスポーツ選手になりたいとか、そんなもの願ってる暇があったら努力しろと神様に言われそうだ。
願っただけで叶うものが夢であっていいはずがない。せいぜい願うだけで叶う夢は、明日朝5時に起きれますようにとか今日の夜ご飯はカレーがいいとかそのレベルだろう。
神様は理不尽だ。なんて言う奴がいるが、いるかもわからない存在に自分の夢を押し付けて、悪いことが降りかかれば神様のせいする。ふざけた話だ。
俺達の番が来て3人ずつ二列に並ぶ。まずは女子からということとなった。
というか、そもそも自分の人生において神様のような不確定の存在の力を信じて介入させている時点でもう既に負け組だろ。
なんて、女子達の背中を見ながらなんの生産性もない思考がグルグルと回っている。
俺は理不尽な扱いを受ける神様の肩を持っているのか。それともただ神様という存在を認めたくないだけなのか。
そうして俺達の番が回ってきた。鐘を鳴らし財布から取り出した5円玉を賽銭箱に向かって投げた。
ただこれだけは言える。
俺は地面に落ちた、賽銭箱に投げ入れたはずの5円玉を拾うことなくその場を立ち去る。
俺は神様が嫌いだ。
◇◇◇
「ちょっと寒くなってきたね」
その後御神籤を引いたり本殿を見て回ったところで、新川が不意にに切り出した。確かに雨も弱くはなったが未だ降り続けており、山奥ということで気温は低い。けれど新川の格好を見るとかなり着込んでいるのに、寒いというのは少し変だ。
「なぁ、お前やっぱり……」
「ごめん、ちょっと……つかれ、ちゃって……」
「おい新川!大丈夫か!?」
唐突に新川が俺の方へともたれかかってきた。いや、この場合倒れたところに俺が居たというのが正しいのだろうか。顔は赤くなっており額を触るとかなり熱い。
「唯!」「唯ちゃん!」「新川さん!」
グループのメンバーが駆け寄ってくる。
「おい平川、飯野先生を呼んできてくれ。この辺にいるはずだ。俺達は新川をバスまで連れて行っておく」
「分かった。見つけ次第バスまで来てもらうように言うよ」
「大野と橘は赤崎先生にこのことを伝えて来てくれ。多分バスのところにいるだろうから」
「うん、わかった!」「任せて!」
3人は走り去り、俺は新川を背負う形となった。
竜崎は俺達のところに残って、新川をおぶっていて傘のさせない俺の上から傘をさしてくれている。
ちなみに飯野先生は保健室の先生だ。俺達の先生の中では見た目美人ランキング1位2位を争うレベル。争う相手は赤崎先生。あの人見た目は美人だからね。ホント見た目は。
などと、どうでもいい思考を続けていると新川が目を覚したのか、くぐもったような声で話しかけてくる。
「ごめん、ね。朝は、大丈夫、だったんだけど……」
「分かったからもう喋るな。とりあえずバスまで行くぞ」
「うん……。竜崎、君も、ごめんね」
「……気にするな」
「ごめん…ちょっと、眠いや……」
「あぁ、いいから寝てろ」
「うん……おやすみ、はや……と……」
ドクンと心臓が高鳴る。
『颯人』確かに彼女はそう言った。
編入して初めて会ったときに呼ばれたその呼び名は、どこか胸が暖かくなるような懐かしさを覚える。
あの日俺は彼女に真実を告げなかった。それはただ自分のことを話せば広められて、周りから変な同情を集めたりするんじゃないかと思ったからだ。
けれどこうして関わってみて、彼女はそんなことは絶対にしない人間だと断言できる。
なのに彼女との仲が深まるにつれて俺は俺の現状を話すことを拒むようになっていた。
話せばそんなこと気にしないという風に接してくれるんだろう。俺の中で存在しない昔のように。
多分、俺はそれが嫌だったのだ。
彼女が仲良くしたいのは今の俺じゃなくて過去の俺なんじゃないだろうか。
そんなはずはないといくら否定しても仲が深まるほどにその思いは強くなっていく。
真実を告げた時、俺と彼女の関係は何か変わるのだろうか。
気にしたところで何も事態は好転しない。寧ろ気にすればするほど先を知るのが怖くなる。
俺は現状に満足しているなんて都合の良い言葉を並べて前に進むことを恐れているだけだ。
誰かが言った。現状維持は衰退と同義だと。
まさにその通りだと思う。
けれど、変わらないことは前へ進むよりも難しい。
人類がこれまで進化や変化を促してきたように、人は変わらないということを許容できないからだ。
だからいつか、俺と彼女の関係も変化するのだろう。
例えそれが望まぬ形だったとしても。
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