第2話 憂鬱な朝はトーストと共に
前も後ろも上も下もわからない状態で、何故か底へ底へと沈んでいく感覚がある。
このまま沈んでいくとどうなるのだろう。
そもそも底なんて存在するのだろうか。
そんな疑問を抱きながら、沈みゆく感覚に抗えずどんどん沈んでいく
どんどん
どんどん
◇◇◇
ピピヒピピピピピ……
「……朝か」
枕元に置いてあったアラームを止め、微睡から意識を離すと、右手にあるカーテンを開いた。
普段から寝起きが良い方ではないのだが、今日はいつもに増して悪い。
これもあの夢を見たせいだ。
俺はあの
自分が自分でなくなっていくような、そんな夢を。
「……って、やめだやめ。編入初日だぞ」
そう。今日は高校への編入初日である。
訳あって俺は高校2年から高校生活、スクールライフとやらを始めることとなった。去年は通信制の高校に通っていたのだ。
かといって、別段わくわくしているわけでも緊張しているわけでもない。
人気者になったり友達を100人作りたいわけでもない。
ただ淡々とやり過ごす。それだけだ。
朝から憂鬱な気分になりつつも、台所へ向かい朝食の支度を始める。
いつもの簡易朝食だが、今日はバターは切らしているので、買い置きしていたジャムを取り出し蓋を開けた。
トーストを焼きジャムを乗せると、トーストのこんがりとした香りがジャムの豊かな香りと混ざり合い、まだ起きて10分程だが空腹を刺激してくる。
そして冷蔵庫からアロエヨーグルトを取り出そうとした。しかし、
「うわ、ヨーグルト切らしてたんだった」
バターを切らしたがジャムを買い置きしていたことで、買い物に行くという選択肢をなくしてしまっていたらしい。
朝起きたときの憂鬱な気分がさらに下がっていく。
編入初日から不幸すぎない?
ちょいと心の中で愚痴をこぼしてみるも今の状況が変わるわけでもないので、諦めてパンを口に頬張る。
なんとも味気ない食事だった。
◇◇◇
春の陽気に包まれ、鳥の囀りが聞こえてくる。
暦は4月。3月が別れの季節なら、4月は間違い無く出会いの季節だろう。
別れが来た途端すぐに出会いが来るなんて、人間関係ってのも大変なんだな。なんて益体のないことばかり考えながら、学校に向かって自転車を漕いでいく。
すると、10分もしないうちに今日から通う学校が見えてきた。
私立
学力は中の上、もしくは上の下。
特にこれといった特徴があるわけでもないが、ここで後2年を過ごすと考えると、少し特別な建物に見えなくもない。
校門をくぐり校舎へ入ると、まだ登校時間には早かったのか生徒はまばらであった。
職員室ってどこだ?と思い始めた矢先、
「もしかして、君が編入生か?」
声のした背後に顔を向けると、なんとも整った顔立ちの女性がこちらを凝視していた。
「え、えぇ。お世話になります……?」
「あぁ、すまない。私は今日から君のクラスを担当する赤崎千夏あかざきちなつだ。よろしく頼む」
髪はセミロングで、スーツを着たなんとも顔立ちの整った先生だった。身長も俺とさほど変わらないので170センチといったところか。モデルかと見違えるほどだった。
かなりの美人だ。美人なのだが、なんだろうこの漂う残念臭は。
「ん?どうした。そんなまじまじと」
残念美人なんてラノベの中だけだと思ってたんだけどなぁ。なんて失礼なことを考え出したあたりで先生が訝しげに顔を覗いてきた。
「あ、いえ。なんでも」
「うむ、そうか。それじゃあ手続きがあるからついてきてくれ」
そう言って踵を返し歩いていく。歩き方はモデルそのものだと言っても過言ではない。
うーむ、歩き方1つとってもかっこ良いな。これが残念臭の原因なのだろう。
などとどうでもいいことを考えつつ先生の後ろを追った。
「ここだ」
真っ白な壁を横目に廊下を歩いていく。創立50年以上というなんとも微妙な年数なのだが、新しく改装されたのか壁には傷も殆ど見受けられない。
職員室は私立高校というだけあって小綺麗なものだった。パンフレットで見た公立高校と比べて全く違う。学費が高いだけはあるなぁ。どんなとこに金かけてんだよ。
手続きを終えると、ちょうど始業のチャイムが校内に鳴り響く。階段を上り3階まで上がったところで廊下に出た。
「ここが今日から君が過ごす2年G組だ。私が先に入って後から声をかけるから入ってきてくれ」
そういって教室に入っていった。
あー、自己紹介とかしなきゃなんないのか。したことないし何話せばいいんだよ。
いや、自己紹介ぐらいはしたことあるのだろう。
「おーい、入ってきてくれ」
ぼーっとしていると先生から声をかけられた。
さぁ、俺の輝かしい高校生活の始まりだ。
教室に入るとざわざわと騒がしい声が聞こえてくる。
クラスメイトが全員こちらを伺うように見てくる。
「今日から編入してきた生徒だ。自己紹介を頼む」
俺は一呼吸置くと辺りを見回す。すると1人の少女と目があった。明るい茶髪で整った顔立ちをしたその少女は俺の顔を少し訝しむように見てきた。
「えー、今日から編入してきました
「……う、そ」
先ほどの少女が漏らした驚愕の声が誰かに届くことはなかった。
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