4.落ちこぼれは魔道士になってはいけないらしい

「私は〈深淵の森ラヴィンフォレスト〉のギルドマスターを務める、ライハン・ゼスタだ。今日は君にお願いしたいことがあってね」


 長身のライハンは神経質そうに眼鏡を押し上げ、リリナにありありと軽蔑の視線を向けていた。


 もうそれだけで、リリナはさっさとこの場から立ち去りたかったが、相手は一等級魔道士だ。失礼な振る舞いは許されなかった。


「……なんでしょう」


「我がギルドは優秀な魔道士エルミア・アスノッドをメンバーとして迎え入れることにした。彼女は今後、我がギルドでその実力を伸ばし今よりさらに有名になっていくだろう――しかし、重大な懸念点が一つある」


「懸念点?」


「優秀なエルミアが、”万年等級無しの落ちこぼれ”と同じ学校卒だという、不名誉な事実だ」


「……え?」


 リリナは一瞬、何を言われたか理解できなかった。

 唖然とするリリナにライハンはさらに厳しい言葉を突きつけた。


「3年間魔法の勉強をしてなお、等級のひとつもとれず魔道士見習いのままの奴と同じ魔法学校だったなんて知られたら、大切なエルミアの……ひいては我がギルドの名前に傷がつくと言ってるんだ。くれぐれも君がエルミアと同郷であることを、周囲に言いふらさないでほしい」


「……そ、そんなこと――」


 言われなくたって別に出自を言いまわる気はない。しかしそう反論する前に、ライハンはいかにも不快そうにリリナのマントをちらりと見た。


「まあ一番確実なのは、その汚らしいマントをさっさと捨ててしまうことだが」


「……それは魔道士をやめろっていうことですか」


「そうだ」


 ライハンは無遠慮にじろじろとリリナを見回しながら言葉を続けた。


「聞くところによると君、魔力がないそうじゃないか。それで魔道士になろうというのが、そもそもおかしいだろう。もしかして諦めなければ夢は叶うなんて、本気で思ってるんじゃないだろうな?」


「……」


「今なら人生のやり直しがきく。これは君のためにも言っていることだ」


 一方的に投げつけられた心ない言葉に、リリナは何の言葉も出てこなかった。


「ごめんねリリナさん」


 リリナが押し黙っていると、横からひょこりとエルミアが割り込んできた。


「こうしてしゃべるのは初めてかしら……あなたの名前は何度か耳にしたことがあるわ。”万年等級無し”だなんて、きっとただの噂だろうと思ってたんだけど、今日の正装を見てびっくりしちゃった……本当だったのね」


 そう言いながら、エルミアは悲しそうに眉尻を下げた。 


「本当は私から言うべきなんだろうけど、そんな厳しい言葉、とてもじゃないけど言えなくって……私の理事長パパもね、悩んでいたの。伝統ある我が校からあんなを卒業させてしまうなんて……って。あまりの悩みぶりに私見ていられなくって」


 言いながら、エルミアはいかにも散々悩みきった人間のように、憔悴した様子でうつむいた。


「ゼスタさんはね、別に意地悪をしたくて言ってるんじゃないわ。三年以上魔道士の勉強をしても等級もとれないあなたが、それでもなお魔道士になろうとする姿がとても可哀想で、見ていられないって……言葉は冷たいかもしれないけど、とても思いやりのある人なの」


「エルミア。君も君の父上も、優しすぎる」


 隣からライハンが気遣うようにエルミアの肩に手を置いて、ぎらりとリリナをにらみつけた。


「そもそもこんな等級無しの卒業を認めること自体、間違っているんだ」


「……」


「こんなのが、エルミアと同じフィリア魔法高等学校で魔法の基礎を学んだなどと言ってみろ――学校の品質も疑われるし、なによりエルミアもその程度の低い教育しか受けていないのかと、笑われることになる」


 ライハンはゴミでも見るような冷たい目でリリナを見下ろし、静かに告げた。


「はっきり言って迷惑なんだ。君みたいなのが魔道士になろうだなんて」


「……迷惑……」


「君みたいな存在価値のない落ちこぼれのせいで、輝かしいエルミアの将来に、被害が及ぶと言っているんだ」


「それ、私たちもちょっと思ってたかも~」


 そこへ、ふいに新しい声が割り込んできた。いつの間にか集まっていた野次馬の一人、先ほどリリナの陰口を言っていた女子生徒だった。


「無能と同じ学校の出身ってわかったら、私たちも無能って思われるんじゃないかって」

「そうよ……! せっかくいいギルドが見つかっても採ってもらえないかも……!」

「た……たしかに……――」

「こんな奴のせいで俺たちの未来が潰されるのか……!?」


 いつの間にかリリナたちを囲んでいた卒業生たちは不穏にざわめきはじめ、たちまちリリナにむく視線が、とげとげしい敵意に変わっていって――


「魔道士やめろよ! 迷惑なんだよ!」


 終いには怒声までとんでくる始末だった。


 集まった野次馬たちはまるで、リリナが最悪の大罪人で、自分たちの怒りこそ正義と言わんばかり、声を荒げた。ちらりとエルミアを見ると、この状況に満足したように口の端をつり上げている。


「……私は――」


 それでも魔道士になりたい。


 そう言おうとして、しかし喉元まででかかったその言葉を、リリナは飲み込んだ。


 これまでに、魔力のない自分が魔道士になると言って、理解してもらえたことなんて一度もなかったからだ。


 どんなに言葉を尽くしても笑われるか、貶されるだけだった。今回もどうせ徒労に終わり、あるいは火に油を注ぐだけだ。だったら相手の気の済むまで言わせていた方が、無駄な労力を使わなくてすむということを、これまでの経験則から学んでいた。


「……」


 リリナが反論することを諦め、口を閉ざした――そのときだ。




「実戦においては結果が全てだ。自分の実力を語るのに、出自なんて関係ないだろ」




 唐突に、男の声が飛んできた。

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