モンスターに寄生されたお父さんの笑顔は変わりません。
アリエッティ
第1話 新しくはないけど朝は来た
少し風吹き小鳥がさえずる。爽やかとはこういった事をいうのだろうか?
「ふぅ〜..。」「おはようカナデ!」
「あ、おはようお父さん」
お母さんは寡黙で大人しいが、お父さんはいつも元気だ。どんなときでもニコニコしてる。いつも朝は古臭く新聞を広げて、箸で米を摘み口に運び、周囲を飛ぶハエを煩わしそうにかわしながら、膝についた顎に喰べさせる。
「ご飯は上の口なんだよね。」
「当たり前だろ、ハエは食わんよ」
「ははっ、だよね。」
事の発端は数年前、不動産業に勤める父が知り合いの建築士と地鎮祭に訪れた際、地中に奇妙な物体を発見した父が面白半分でそれを突いたところ大きくなって右肘に食らいつき、それ以来そこに寄生するようになった。
「意志はあんまりないんだよね」
「いや、少し読み取れるぞ。目的まではわからないが、病院に行くときは気を遣ってくれてるのか静かにしてくれているしな。」
「..あ、そうなんだ。」
信じられないが、まぁまぁの意思疎通は出来るようで仲もそこそこ良い。身体的な影響が余り無いのだろうか?
「ご飯どうする?」
「あ〜、時間無いからコンビニで買って来るよ。ありがとね、お母さん」
「いってらっしゃい。気をつけてね」
「いってきます!」
お母さんはまぁまぁ大変そうだ、単純に作る食事の量が増えるから。前は物理的にモノをあげてたけど、今は二食分しっかり作ってる。
「生魚食べてるとき怖かったもんな、大カワウソみたいだった。」
パイ生地とか喰べさせたら気管に詰まらせたりするのかな?
「630円になります。」「……」
店員さんの肘にも牙が生えてたりして
「ありがとうございましたー。」
「今更驚かないけどね」
常識が〝変わる〟って言うけど、それは無い。馴染んで普通になるから。だから初めびっくりする事も皆よく見たら普通の事なのかもしれない。
「おはよー。」
「ホントなんだってばマジで!」
「えーウソだよー」「ありえねぇな」
「だからマジなんだって!」
人の机の周りでワイワイやってらっしゃるのは皮肉にも仲良しの皆さんではありませんか。
大柄のカブ、ヒョロ長のリッチー、そして清純美女のモモ。..よくもまぁこんなにバランスのとれた友人をつくったものですよ、我ながらやるね。
「あ、カナデちゃーん。」「おはよ」
「来たか無愛想」「悪いか。」
「カナデ聞いてくれよー!
今朝とんでもない事があってさー!」
「何?」
はたから見たら賑やかな朝だけど、カブの声が大きすぎるだけだから。でもどうだろ、周りには何軍くらいに見えてんだろ。階級とかわからない。
「俺、犬飼ってるだろ?」
「あぁ..名前なんだっけ。」
「フカミドリ」「あぁそうだわ」
「変な名前だよな。」「だね。」
「そのフカミドリが大変なんだって!
今朝メシあげてたら、いきなり口が裂けてアゴ丸出しになってさぁ!」
「..ふーん。」「反応薄っ!」
「信じられないよね、そんなの。」
「うーん...。」
「なんだよ、お前もかよぉっ!」
仮に本当だとしても、別に驚きは無い
毎朝似たような光景を見てるから。
「だから言ったでしょ?
嘘はいけないってさ、やめなよ。」
「だからウソじゃないんだって!」
「それ、さっきも言ってたぜ?」
「……昼飯どうしようかな。」
何気ない会話ってこれであってるかな見様見真似だけどいつもこうして話していると、先生が来て朝の会。
..っていうのがお決まりのコースだと思う。『日常』ってこれで正しい?
「みんなおはよう、テスト期間が近いが部活継続の生徒も多い。両立というのは難しいかもしれないが、どうにか個人で一生懸命...」
「話下手か。」
話すことが無いなら省けばいいのに、〝無理な事はやめましょう〟ってことを先ず教えてあげるべきだよね。
「うあ..」「なんだ株山?」
「なんで、なんでお前がいるんだ!」
指をさす方向に鼻先でこんこんと窓を叩く獣の姿が。尻尾をプロペラみたいにして器用に良く飛んでるわ。
「なんだあれは!?」
「フカミドリですよ!ウチの犬!」
教室は大パニック、アゴ丸出しの空飛ぶ犬が窓叩いてちゃそうなるのかもね
..1時間目なんだっけ?
『ガリガリ...バリッ!』
「窓を喰い破ったぞ、ホントに犬か」
「皆離れろ!マジで危険だ!」
「自分の犬の筈だけど..」
茶色く変色した突出するアゴが窓ガラスを噛み砕き飲み込んでいく。晴れて好き嫌いがなくなったね、良い事だ。
「フカミドリちゃん、あんなに可愛かったのに。..今も可愛いけど。」
「マジで?」
「モモちゃん心まで綺麗かよ。」
いや、私はあの子の事小学校から知ってるけど、高校生の今に至るまで感覚が少しヤバい。カレーにケチャップとかかけるし、ある意味マジか。
「教室から出ろ、廊下へ出るんだ!」
「大袈裟だって..」
犬くらいでなんだよ、避難訓練?
「モップでいけるかな」
「カナデ、何するつもりだ!
危険だから今すぐ外へ出ろっ!」
だから大袈裟だってば。それにしても丁寧だな、普通テキトーにこじ開けて入ってくるんじゃないの?
『ガジガジ..。』
「ちゃんとカラダの大きさ確保して穴開けてる。」
ヤダ、ちょっとかわいい..!
「ワン..⁉︎」「離れろカナデ!」
「グルオルゥ..!」
「ま、普通に叩くんだけど。」
犬になんて噛まれたくないし、丁度いい穴空いててよかったわ。
「..うん。グラウンド落ちたね、あれ良くしつけといた方がいいわ。」
「..嘘だろ?」「何が?」
「でかい牙向けて口開けてきたんだぞバケモノみたいなでかい口!」
「..だから殴ったんだけど。襲われたたら叩くじゃん、普通。」
「あ、うん..確かに。」「でしょ?」
怖いから逃げる。嫌いだから無視する
変な事されればどうにかするでしょ。
『キーンコーンカーンコーン..』
「……。」
タイミング良くチャイムが鳴って、事態は強制的に収束した。割れた窓はガーゼが貼られて応急処置されたけど、近くの席の子は参ってた。まぁ無理もないか。授業は普段通りに進んで何事もないように生活はまわってたけど、カブは学校を早退した。一応飼い犬だったからね、思ったより繊細な奴だったみたい。
「ふぅ..。」
そして、あっという間に放課後ですわ
「今日は..6月28日か」
いつもならバランスの取れた連中とフラフラ遊びに行くんだけど、今日はそうもいかないよね。
「さいならー」「あ、カナデちゃん」
「悪い、今日は無理。」
「あ..そっか、残念だね..」
「そんながっかりする?
偶にあるじゃんこういう事」
「..うん、だけど今日は特別でね?
フカミドリちゃんの話をしたかったのあの子、凄く可愛いから。」
「なんかお前、あんまり喋らない方が得かもな。」
「え?」「わかんないんならいいわ」
真っ直ぐ帰れたらいいんだけどなぁ、何がいいって言ってたっけ?
「...まぁいいよね、テキトーで」
何がイヤとか特に無いでしょ、多分。
「なんか、時間余っちゃったなぁ。」
店入ったら結構掛かると思ってたけど中広いし、直ぐ済んじゃったわ。
「コンビニでも寄ろ..。」
買うものは決まってる、ツナマヨにぎりとカフェオレと、適当な雑誌一冊。だから数分後には直ぐにほら!
「ありがとうございましたー。」
こうなる訳ですわ
「あの店員さん絶対肘に牙ある」
疑いは真実なり、誰の言葉か知らないけどなにかの本に書いてあった。取り敢えずウチ帰って晩ご飯までは暇つぶしですな。カフェオレにぎりで。
➖➖➖➖➖
「いただきます。」
「今日はハンバーグが、ありがと母さん。凄く美味そうだぞ!」
「そう、なら良かった。」
「ちゃんと褒めるとわざとみたいだよ普通に食べて美味いでいいよね。」
お母さんは余り表情のあるタイプじゃないけど、褒められて喜んでいるのは良くわかる。私もお母さん似だし、
愛想悪いって言われるけど。
「ところでカナデ!
今日は学校で何かあったか?」
「ところでって何よ。
..学校に犬が入ってきてさ、皆大騒ぎなんであんなに驚くんだろうね?」
「犬が入ったのか!
寂しかったんだろ、どこの犬だろな」
「カブのとこだよ。」
「あの大きな子?」「そうだよ」
「フカミドリか、可愛いよなあの子」
「なんで名前知ってんのさ?
可愛いって..モモも同じ事言ってた」
「モモちゃんもか!
あの子と同じか〜、嬉しいな。」
「やめなよ気持ち悪い」
父さんはよくこうやって一日の事を聞いてくる。何にも無い日が多いけど普通の話をケラケラ笑っていつも聞いてる、何が面白いんだろ。
「お母さん妬いてる?」
「ふふ、少しね。」
「大丈夫だ母さん!
母さんが一番だぞオレは!」
「やめなよ気持ち悪い..母さんが嬉しいなら別にいいけど。」
『ガブカブ!』「お、食うか!」
「あら、元気ね。」
「元気ねって..ハンバーグ食べてる」
生々しい舌がミンチの肉を飲み込んでる。怖いけど食べ方丁寧だよな。荒々しさはカワウソ並みだけど。
「それにしてもどこで寄生したのかな犬にまで入るとはね。」
お父さんは地鎮祭のときだけど、あそこって元は空き地だったんだよね。
...そういえばよくフカミドリが土掘ってたな、原因はあそこ?
「お父さん、前に地鎮祭行ったよね」
「ああ、行ったぞ。」
「あのときあそこに家を建てるって言ってたの誰だっけ?」
「確か..山下さんだったか。」
「山下さん....。」
「それがどうかしたか?」
そうか、山下さん。...誰それ?
全然知らないんだけど。
『ガブカブガブ..!』
「お前はどこからやってきたんだ?」
あとで見にいってみるか。
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