第42話 怒りの炎 ➄

やれやれと隼人は三郎を抱きしめ、そのまま畳の上で胡坐をかいた。


「君たちに危害を与えないと約束するから、何があったのか話してくれないか。理由も無く人を襲ったりしないだろ」

 

隼人に頭を撫でられうっとりする三郎を横目に一郎は観念した。


まだ隼人を信用していないが、むやみに攻撃して兄弟達に怪我をさせてはいけないと、一郎は隼人の前に座った。


「俺達は、今この町に住んでいる。普段から人間に見つからないように行動しているのだが、この間、四郎が車にかれてしまった。怪我をした弟の敵討ちをしたまでだ」


「そうだったのか、黒い車か?」


「そうだ、犯人が分からないかったので黒い車のある家を襲った」


「襲われた人達の中には、関係無い人も居たと思うけど。君たちは、その事をどう思っているの?」

 

隼人の質問に一郎は、どう答えた方が良いのか悩む。


隼人としては何気ない質問だったが、一郎にとっては答えの内容次第で隼人に殺されるかも知れないと、恐怖を覚えたからだった。


一郎は、慎重に言葉を選んだ。


「関係の無い人には、悪い事をしたと思っている。犯人が分かっていれば、そいつだけを襲ったのだが・・・」


「仕方ないか、君たちだけが一方的に悪い訳では無いと思う。まあ、火事で亡くなった人が居なかっただけでも幸いだよ」

 

座布団の上で休んでいた四郎は、怪我をした左前足を引きずりながら隼人の前へ出て来た。


「僕が悪いんです。車に轢かれて怪我したから、兄さん達を許してください」


「いや、君に怪我をさせたのは人間の責任だ。しかし、それを理由に火事を起こして人間を襲ったのは君たちの責任だよ」


「死をもって償えば良いのか? 俺が責任を取ろう」と、次郎は一郎の隣に座った。


「はぁ、人間の言葉に喧嘩両成敗と言うのがあるから、今回はこれで終わりにしないか。それに怪我をしているなら治療が必要だ。僕たちが責任をもって君を保護する。君の兄さん達は、人間に危害を与えないと約束してくれるだけで良いよ」

 

隼人に体を撫でられながら膝で丸まって眠る三郎を後目に、鼬の兄弟達は隼人の提案に賛成した。


彼らにそれ以外の選択肢は、無かったのだ。


怪我をした四郎を抱きながら隼人は、空き家から出て来た。


彼の足元には、四郎の兄達が一緒に居る。


外で待っていた正人は、隼人の顔を見て交渉は上手く行ったと確信した。

 

長老は鼬達にちょっかいを掛けた。


「お主ら、小さい妖怪じゃの」

 

怖気づくことなく、一郎は長老を威嚇した。


「猫又か、俺達から見れば若輩者よ。大きさだけで比較すると痛い目に遭うぞ」


「面白うい事を言うのじゃ」と、長老は大きな口を開けて笑う。

 

笑う長老の姿に一郎は妖気を漂わせると、体全身が真っ赤な炎に包まれた。


「火を食う自信はあるのか、猫又よ」


「分かったのじゃ、儂の負けじゃ。降参じゃ。しかし、お主らの妖気は強いが、何年生きているのじゃ」


「まだ、300年を過ぎたぐらいでは無いかな」

 

年数を聞いた正人と隼人は、長老の方をチラっと見て笑い出す。


いつも長寿を自慢し、弱い妖怪を苛める彼は同等の、もしくはそれ以上の実力の妖怪にどんな態度を取るのだろうか。


そんな事を考えると、彼らは面白くなった。


「うっぐ、儂より年上で実力もあるのか。しょうがない、認めてやるのだ」と、長老は顔を背けて話すと、いつもの猫の姿に戻った。

 

怪我をした四郎を車に乗せると、弟を案じた兄達は正人と隼人に弟の事をよろしくお願いしますと何度も頼んだ。

 

隼人は、車の中で考えていた。


四郎が怪我をしなければ、火災事件は起こらなかったはずだと。


もし、お互いの存在を少しでも意識し普段から注意していれば、鼬と人間は案外共存できるのかも知れない。

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